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菫川ヒイロ

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好きになってはダメな人でした

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 今、自分の目の前で繰り広げられているこの状況にどう対処するべきなのかを考
 えてしまっている時点で俺はあきらめるべきなのだろう。どう考えたって異常な
 光景としか思えないのに、周りの雰囲気はまったくといっていい程逆で、ただた
 だ笑顔が浮かぶ。そんな中で俺はどうすれば笑えるのかを必死に考える事しか出
 来なくて、自分の横に誰がいるのかなんて考える余裕はなかった。


「どうだ、楽しんでいるか? 」


「私はこの瞬間が何よりも好きなんだ、お前にも分かるだろ? 」


「何をしたっていいさ、これはそういうものだぞ? 」


「私は心底思うよ、貴族でよかったって」


 俺の横でそう言って来るのがシマノ氏だと気が付いた時にはもう遅く、彼の口角
 が上がるのを見て寒気を覚えたのは彼の顔が本気で言っているのだと実感出来て
 しまったからだ。その目の奥のドロドロとした暗闇に引きずり込まれるのではな
 いかという不安が少しずつそして確実に大きくなっていき俺の身体を縛って行く
 のが分かった。

 
 知ってはいたのだ。
 貴族としての嗜みだとかなんだとか言ったってそれを受け入れられるのはやはり
 その資質を持ち合わせている人間だけで、流行りだからとかなんとか言ったって
 ネトラレとかは異常者の思考なのだから、そんな趣味嗜好を大々的に自慢なんて
 するような奴らが集まるここは異世界としか思えなかった。
 
 
 頭では分かっているつもりだったし、何となくもやついていた気持ちもその内に
 どうにかなるだろうと思っていたのに実際にはそんな事はなく、ただただ膨れ上
 がって行くそのもやをどうしても取り払う事ができずにいた。
 
 
 一体何がそんなに楽しいのだろうか? なんてそんな疑問を持ってしまったらも
 う止められはしない。次々と溢れて来るのは疑問という名の嫌悪感でしかなくて、
 きっとこれを飲み込めたのならば俺はもう貴族になってしまうのだろう。
 
 
 でもそんな事は絶対に無理だった。
 きっと何も考えずにいられたらよかったのだろう。自分の考えだけが正しくてそ
 れ以外は存在しないものなのだと、間違っているのだと言い切れるぐらいでない
 とこの場に立ってなどいられない、ここはそういう場所だった。
 
 
 そして俺は漸く気が付く。海で見た時はまったく気が付かなかったけど。
 どうしてあんな目をしていたのかを、どうしてあんな風に周りを見ているのかを
 俺は何も気が付く事が出来なかったのだ。気付くタイミングならいくらでもあっ
 たはずなのにそんな事にすら頭が回っていなかったのだからとっくの昔に俺はす
 っかりのまれてしまっていたのだ、貴族という化け物達に。
 
 
 無数の光る目がギラつき、手が足がどこからともなく伸びて来る。
 そんな化け物達の所業が俺には恐怖でしかなく、今俺はとても嫌なモノをみせら
 れているはずなのにそこにいる奴らはまるでおもちゃを与えられてはしゃいでい
 る子供のようで、自分達がしている事に何の疑問を抱く事もなく、ただただ歓喜
 しているのだからそこが彼等にとっての楽園なのだろう。
 
 
 だけど何かがおかしかった。パラダイスであるはずのそこがどうしても悍ましく
 見えてしまうのだ。そんな化け物の中でおもちゃのようにの弄ばれている彼女は
 明らかに異質だった。どうしてなのかその化け物達の中で彼女だけが普通だった。
 そこに居るのが当たり前のようにそこに居るのだ。そんな事がどうして出来るの
 かが俺には理解できない。本当ならとっくに狂っていてもおかしくはないだろう
 に、それでも淡々とそこに彼女は居た。
 
 
 これが最後のチャンスなのだろう。
 分かっている、貴族になれればどれだけの利益があるのかという事ぐらい。一体
 何の為に今まで努力をして来たのかと思い返せば答えなんて簡単に導き出せるの
 だからそれに従えばいいだけだ。
 
 
 決して育ちが悪かった訳ではない。
 見下せるものなどいくらでもあったし、それが当然の場所に俺は生まれた。
 だからなのだろう、自分が見下されるという状況を受け入れる事が出来なかった
 のは。そんな自分を受け入れられなかったのだ。だから何としても貴族になると
 決めたはずだった。
 
 
 これまでどれだけのものをつぎ込んだだろうか?
 貴族になれれば全て回収出来るのだともう惨めな気持ちになんてなる事はないと
 自分を納得させてやって来たというのに、まさかこんな所で最後の最後でとはと
 自分でも思う、思うけどそれでも自分の中でどうしても譲れないものがあった。
 俺はまだ人間に居たかっただけなのだ。
 
 
 だから俺は貴族になる事をあきらめたのだ。
 叶わぬ夢を見ていただけだと自分を納得させて。
 
 






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