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第3章 過去と未来
第四者
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「誰?トシ……?」
「いや違う。あんた誰だ?」
背丈は俺と同じくらいで、声の感じからして若くはない。
その男は、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。シルエットだけでは迂闊に近寄って良い相手なのかも分からない俺は、心許ないながらも離そうとしていた鎌を再び握り締めた。
今の今まで、この世界には俺たち三人しか居ないと思い込んでいた。人の気配なんて感じなかったし、これだけ物音立てていたのに誰一人として現れなかったからだ。それなのに今更、しかもこの家の敷地内から突然姿を見せるなんて、不自然だ。
「止まって!」
気付けばサクラは俺の真横まで来ていて、寧ろ俺を庇うように右手で制止し半歩前に出た。
「ちょっ、サクラ下がってろ!」
「アンタがまず下がりなさい!」
こんなところで押し問答をしてる場合じゃないのに——!
「サクラ……そうか、やはりサクラと言ったか」
「「……え?」」
その男の言葉で、俺たちは揃って固まった。互いに見えない顔を見合わせ、再びその男の方を向く。
「とりあえずそこを退いてくれるかな?儂はあまり他人に顔を見せたくなくてのう」
状況が全然掴めない。掴めないけれど、サクラが俺のパーカーの裾を引っ張りそれを促すものだから、言われるがまま数歩後ろへ下がった。
「確かここに……あったあった」
男は、取り出した物をそのまま頭に被せた。どうやら、サクラが見つけていた麦わら帽子らしい。
「あなた、私を知ってるの?」
「……ああ、多分な」
「多分……?」
「まあ、こんな暗いところで立ち話もなんだから、こちらに来なさい」
そう言って、男は来た道をまた戻っていく。まだ大分と頭の混乱は晴れないけど、俺たちに危害を加えるつもりはないようで一安心。少なくとも、『麦わら帽子取りに来ただけかよ』と心の中でツッコミを入れる程度には平生を取り戻せた。
森を抜けると、予想していた通り一面に枯山水が視界一杯に広がった。これでこの家の庭は一周したことになる。とは言っても、広縁から一望できたわけではないから、目の前の景色はまた少し違う。家の角に当たるこの区画の主役は、白い石や砂利ではなく『岩』だ。
男は、その岩の一つにゆっくりと腰掛けた。薄暗い中でようやくそのシルエットを現してなるほど先ほどの行動が理解できた。その麦わら帽子はただの帽子ではなく、黒いメッシュのフェイスカバーが付いている。用途としては虫除けだったり暑さ対策だろうが、この明るさなら顔を隠すには丁度良いかもしれない。
「さて、何から話そうか。とは言っても、あまり多くは語れないがな」
「とりあえず教えて。私を知ってるの?」
サクラはすかさず対面する岩に腰掛けた。男は、暫くサクラの顔をじっと見つめ、そしてチラッと俺の顔も確認し、また視線を戻す。
「……いや、どうやら人違いのようだ」
「何だよそりゃ」
思わず、ずっこける勢いで拍子抜けした。作務衣のような服に下駄という何とも昔ながらの見た目から、恐らくお爺さんの年代にはなるのだろう。声自体も何となく爺ちゃんに似てなくもない。でも、そこまでボケた感じはしないんだが——。
「あなたはこの家の人なの?」
サクラは特にツッコむことなく、質問を続ける。
「……この家のご先祖さまとでも言っておこうか」
「ご先祖さま……?」
「お前たちは、きっと未来から来たのであろう?」
またしても俺たちは、一瞬固まり、そして顔を見合わせた。そのセリフはまるで、この異世界のことを熟知している人間のものだ。
「未来から来たのであれば、儂が書いた日誌も読んでいるのであろうな」
日誌……もしかして、酒と一緒に入っていたあのボロボロの……!?
「そんなものあったっけ?」
サクラは首を傾げながら俺の方を向く。そういえば、トシもサクラも酒を飲んだとは言っていたけど、ノートについては何も言及していない。もしも酒が幾つかある場合、トシと俺が飲んだ酒とサクラが飲んだ酒が別物であれば、ノートの存在を知らない可能性は当然ある。
「サクラは見てないのか?」
「ってことは、アンタは知ってんの?」
「まあ……ほぼ読めなかったけどな」
そう、仮に知っていたところで、ほとんど解読不可能——というより諦めて流した——だったから意味はない。唯一読めた一部分も正直全然覚えていないから、実質俺も知らないのと同義だ。
「ではお前たち、あの日誌を読まずにここへ来たのか?」
男、いや……この家の先祖であればつまり俺のご先祖、男ってのは失礼か。お爺さんはかなり驚いた様子で、声量は変わらずとも語気が一段強くなった。
「それ、読んでないと何かマズいの?」
「まずいも何も……どうやってここへ来たのかも分からなければ、どうやって帰るのかも分からんのではないか?」
「それは、お酒を飲めば帰れるんじゃないの?」
「なるほど……勘は良い。それでお前たちは酒を探していたのか。よくこの家まで辿り着いたものだ」
やはり、酒が帰る鍵になっていて、しかもこの家にあることまでは間違いないようだ。
でも、そこに釘を刺すように「だが」と言い放ち、続ける。
「ただ酒を飲むだけでは帰れんぞ」
「「え……!?」」
「いや違う。あんた誰だ?」
背丈は俺と同じくらいで、声の感じからして若くはない。
その男は、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。シルエットだけでは迂闊に近寄って良い相手なのかも分からない俺は、心許ないながらも離そうとしていた鎌を再び握り締めた。
今の今まで、この世界には俺たち三人しか居ないと思い込んでいた。人の気配なんて感じなかったし、これだけ物音立てていたのに誰一人として現れなかったからだ。それなのに今更、しかもこの家の敷地内から突然姿を見せるなんて、不自然だ。
「止まって!」
気付けばサクラは俺の真横まで来ていて、寧ろ俺を庇うように右手で制止し半歩前に出た。
「ちょっ、サクラ下がってろ!」
「アンタがまず下がりなさい!」
こんなところで押し問答をしてる場合じゃないのに——!
「サクラ……そうか、やはりサクラと言ったか」
「「……え?」」
その男の言葉で、俺たちは揃って固まった。互いに見えない顔を見合わせ、再びその男の方を向く。
「とりあえずそこを退いてくれるかな?儂はあまり他人に顔を見せたくなくてのう」
状況が全然掴めない。掴めないけれど、サクラが俺のパーカーの裾を引っ張りそれを促すものだから、言われるがまま数歩後ろへ下がった。
「確かここに……あったあった」
男は、取り出した物をそのまま頭に被せた。どうやら、サクラが見つけていた麦わら帽子らしい。
「あなた、私を知ってるの?」
「……ああ、多分な」
「多分……?」
「まあ、こんな暗いところで立ち話もなんだから、こちらに来なさい」
そう言って、男は来た道をまた戻っていく。まだ大分と頭の混乱は晴れないけど、俺たちに危害を加えるつもりはないようで一安心。少なくとも、『麦わら帽子取りに来ただけかよ』と心の中でツッコミを入れる程度には平生を取り戻せた。
森を抜けると、予想していた通り一面に枯山水が視界一杯に広がった。これでこの家の庭は一周したことになる。とは言っても、広縁から一望できたわけではないから、目の前の景色はまた少し違う。家の角に当たるこの区画の主役は、白い石や砂利ではなく『岩』だ。
男は、その岩の一つにゆっくりと腰掛けた。薄暗い中でようやくそのシルエットを現してなるほど先ほどの行動が理解できた。その麦わら帽子はただの帽子ではなく、黒いメッシュのフェイスカバーが付いている。用途としては虫除けだったり暑さ対策だろうが、この明るさなら顔を隠すには丁度良いかもしれない。
「さて、何から話そうか。とは言っても、あまり多くは語れないがな」
「とりあえず教えて。私を知ってるの?」
サクラはすかさず対面する岩に腰掛けた。男は、暫くサクラの顔をじっと見つめ、そしてチラッと俺の顔も確認し、また視線を戻す。
「……いや、どうやら人違いのようだ」
「何だよそりゃ」
思わず、ずっこける勢いで拍子抜けした。作務衣のような服に下駄という何とも昔ながらの見た目から、恐らくお爺さんの年代にはなるのだろう。声自体も何となく爺ちゃんに似てなくもない。でも、そこまでボケた感じはしないんだが——。
「あなたはこの家の人なの?」
サクラは特にツッコむことなく、質問を続ける。
「……この家のご先祖さまとでも言っておこうか」
「ご先祖さま……?」
「お前たちは、きっと未来から来たのであろう?」
またしても俺たちは、一瞬固まり、そして顔を見合わせた。そのセリフはまるで、この異世界のことを熟知している人間のものだ。
「未来から来たのであれば、儂が書いた日誌も読んでいるのであろうな」
日誌……もしかして、酒と一緒に入っていたあのボロボロの……!?
「そんなものあったっけ?」
サクラは首を傾げながら俺の方を向く。そういえば、トシもサクラも酒を飲んだとは言っていたけど、ノートについては何も言及していない。もしも酒が幾つかある場合、トシと俺が飲んだ酒とサクラが飲んだ酒が別物であれば、ノートの存在を知らない可能性は当然ある。
「サクラは見てないのか?」
「ってことは、アンタは知ってんの?」
「まあ……ほぼ読めなかったけどな」
そう、仮に知っていたところで、ほとんど解読不可能——というより諦めて流した——だったから意味はない。唯一読めた一部分も正直全然覚えていないから、実質俺も知らないのと同義だ。
「ではお前たち、あの日誌を読まずにここへ来たのか?」
男、いや……この家の先祖であればつまり俺のご先祖、男ってのは失礼か。お爺さんはかなり驚いた様子で、声量は変わらずとも語気が一段強くなった。
「それ、読んでないと何かマズいの?」
「まずいも何も……どうやってここへ来たのかも分からなければ、どうやって帰るのかも分からんのではないか?」
「それは、お酒を飲めば帰れるんじゃないの?」
「なるほど……勘は良い。それでお前たちは酒を探していたのか。よくこの家まで辿り着いたものだ」
やはり、酒が帰る鍵になっていて、しかもこの家にあることまでは間違いないようだ。
でも、そこに釘を刺すように「だが」と言い放ち、続ける。
「ただ酒を飲むだけでは帰れんぞ」
「「え……!?」」
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