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第3章 過去と未来
未来への責任
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衝撃の一言。一瞬、奈落の底に突き落とされた気分になった。
俺たちが目指していたものの先に、まだ『何か』があるのか、と。
「どういうこと?」
「さてな……残念ながら、迂闊にあれこれ教えるわけにはいかんのだ。お前たちがそれを見てこっちに来ていないのであれば尚更な」
どういうことなのか、話の筋が全く見えてこない。でも一つだけ……何となく分かるのは、このお爺さんは決して俺たちに意地悪をしているわけじゃないってこと。そういう感じの口調ではない。
「……未来が変わる、かもしれないから?」
サクラは独り言のように呟いた。
「おお、どうやら未来の子供は昔よりずっと賢いようだな。その通りだ」
麦わら帽子が、小さく前後に揺れる。
サクラは振り返らなかった。ただずっと、お爺さんの見えない表情を見据えるように、真っ直ぐな目を向けている。
「でも、どうして……未来が変わるって分かるんだ?」
俺が問うと、お爺さんは少し考える仕草を見せた。どこまで話そうか、といった具合だろう。暫くして、その悩ましげな雰囲気を解いて、口を開いた。
「儂は子供の頃に……何度かこの世界へ来た。それこそ、お前たちと同じ年頃だ。この世界は素晴らしい。現実を忘れ、一人の時間を過ごせる。何より、過去と未来の時間旅行ができる。あまりに非現実的で、あまりに美しい。
儂はこの世界に取り憑かれた。その時の経験を元に書いたのがあの日誌だ。儂が見つけたこの世界の法則はあれに書いておる。
だがな、一つだけ儂は見落としておった。この旅の恐ろしさを」
一息置いて、続ける。
「時間旅行というものは、その時代の景観をただ愉しむだけであれば何の問題もない。懐かしさを感じるであったり、目新しさに心を躍らせたり、その程度であれば、だ。
だがな……もしそこに『強い感情』が表れたら、どうなると思う?例えば、『この未来は変えたい』なんてヤツだ。そんなもの、自分では制御出来まい。感情とは勝手に抱くものだ。そしてそれを現実に持ち帰ったとしよう。その次の時間旅行で、全く何も変化が無いと思うかね?」
「……何かが、変わっていたってこと?」
「そうだ。なにも変わるのは変えたいところだけではない。その他の未来までも、大きく変わった。儂はその時……大いに恐怖したよ」
恐怖……?変えたくない未来が変わったらそれはショックだろうけど、恐怖とはまた違うような……。
「罪悪感、的な?」
「勿論それもある。だがな、一番の恐怖は何も変えたつもりはないのに変わっていたことだ。
儂はあくまで、未来を知り、負の感情を抱いただけで、現実に帰ったらさも変わらない生活を送るただのガキ。特段の行動を起こすことは出来ん。それなのに変わっていたのだ。
事の重大さが分かるか?感情ひとつで生まれてくるはずだった人間の芽を摘んだ可能性だってある、ということだ。それで儂は、この世界に来るのをやめた。『未来を知る』という行為が、時として未来を壊すことに繋がる。それを知った上でこの世界へ来れるほど、儂は愚かにはなれなかった」
「…………」
「これで分かったであろう。お前たちも話していた通り、未来は変わるのだよ、良くも悪くも。だから、儂は多くは語れんのだ。ここでのお前たちの行動は、お前たちの意思で決めるしかない。お前たちの現実が、儂の助言を受けた上で成り立っておると言い切れない以上な」
この世界に来ること自体、大きな責任が伴うということか。そして今まさに、俺たちはその瞬間に立ち会っている、と。
「なるほど!じゃあ少なくとも、私たちはあなたに感謝しなくちゃいけないわね」
ポンと手を叩き放ったサクラの第一声は、とても重苦しい話を聞いた後のそれではなかった。
「いや、サクラ何を言ってんだよ——」
「だってそうでしょ?もしこの人が未来を変えなかったら、私ら生まれてない可能性あるって事じゃん」
「……あっ!言われてみれば、そうなのか……?」
サクラの言葉に流石のお爺さんも驚いたのか「ハハハハ!」と声高らかに笑ってみせた。確かに、可能性の話をすればサクラの言う通りだ。
「これは一本取られた。そうよのう……そう解釈もできなくはない。未来の子供はえらく肯定的に捉えてくれるものだな」
「未来というより、きっとそういう教育を受けたせいね」
少し誇らしげなサクラを後ろから見ていて、何故だか俺も嬉しくなった。こうなると、話半分に聞いていた『都会のお姉さん』ってのも、あながちバカにはできないのかもしれない。場所が違えば教育も変わるのだろうか。
「あれ、でも……よくよく考えてみたら、それならどうして今ここにいるの?」
「あ、確かに」
そうだ……うっかり見落としていたけれど、子供の頃にやめたと言い、大人になった今、ここに存在しているのは明らかに辻褄が合わないぞ?
俺たちが目指していたものの先に、まだ『何か』があるのか、と。
「どういうこと?」
「さてな……残念ながら、迂闊にあれこれ教えるわけにはいかんのだ。お前たちがそれを見てこっちに来ていないのであれば尚更な」
どういうことなのか、話の筋が全く見えてこない。でも一つだけ……何となく分かるのは、このお爺さんは決して俺たちに意地悪をしているわけじゃないってこと。そういう感じの口調ではない。
「……未来が変わる、かもしれないから?」
サクラは独り言のように呟いた。
「おお、どうやら未来の子供は昔よりずっと賢いようだな。その通りだ」
麦わら帽子が、小さく前後に揺れる。
サクラは振り返らなかった。ただずっと、お爺さんの見えない表情を見据えるように、真っ直ぐな目を向けている。
「でも、どうして……未来が変わるって分かるんだ?」
俺が問うと、お爺さんは少し考える仕草を見せた。どこまで話そうか、といった具合だろう。暫くして、その悩ましげな雰囲気を解いて、口を開いた。
「儂は子供の頃に……何度かこの世界へ来た。それこそ、お前たちと同じ年頃だ。この世界は素晴らしい。現実を忘れ、一人の時間を過ごせる。何より、過去と未来の時間旅行ができる。あまりに非現実的で、あまりに美しい。
儂はこの世界に取り憑かれた。その時の経験を元に書いたのがあの日誌だ。儂が見つけたこの世界の法則はあれに書いておる。
だがな、一つだけ儂は見落としておった。この旅の恐ろしさを」
一息置いて、続ける。
「時間旅行というものは、その時代の景観をただ愉しむだけであれば何の問題もない。懐かしさを感じるであったり、目新しさに心を躍らせたり、その程度であれば、だ。
だがな……もしそこに『強い感情』が表れたら、どうなると思う?例えば、『この未来は変えたい』なんてヤツだ。そんなもの、自分では制御出来まい。感情とは勝手に抱くものだ。そしてそれを現実に持ち帰ったとしよう。その次の時間旅行で、全く何も変化が無いと思うかね?」
「……何かが、変わっていたってこと?」
「そうだ。なにも変わるのは変えたいところだけではない。その他の未来までも、大きく変わった。儂はその時……大いに恐怖したよ」
恐怖……?変えたくない未来が変わったらそれはショックだろうけど、恐怖とはまた違うような……。
「罪悪感、的な?」
「勿論それもある。だがな、一番の恐怖は何も変えたつもりはないのに変わっていたことだ。
儂はあくまで、未来を知り、負の感情を抱いただけで、現実に帰ったらさも変わらない生活を送るただのガキ。特段の行動を起こすことは出来ん。それなのに変わっていたのだ。
事の重大さが分かるか?感情ひとつで生まれてくるはずだった人間の芽を摘んだ可能性だってある、ということだ。それで儂は、この世界に来るのをやめた。『未来を知る』という行為が、時として未来を壊すことに繋がる。それを知った上でこの世界へ来れるほど、儂は愚かにはなれなかった」
「…………」
「これで分かったであろう。お前たちも話していた通り、未来は変わるのだよ、良くも悪くも。だから、儂は多くは語れんのだ。ここでのお前たちの行動は、お前たちの意思で決めるしかない。お前たちの現実が、儂の助言を受けた上で成り立っておると言い切れない以上な」
この世界に来ること自体、大きな責任が伴うということか。そして今まさに、俺たちはその瞬間に立ち会っている、と。
「なるほど!じゃあ少なくとも、私たちはあなたに感謝しなくちゃいけないわね」
ポンと手を叩き放ったサクラの第一声は、とても重苦しい話を聞いた後のそれではなかった。
「いや、サクラ何を言ってんだよ——」
「だってそうでしょ?もしこの人が未来を変えなかったら、私ら生まれてない可能性あるって事じゃん」
「……あっ!言われてみれば、そうなのか……?」
サクラの言葉に流石のお爺さんも驚いたのか「ハハハハ!」と声高らかに笑ってみせた。確かに、可能性の話をすればサクラの言う通りだ。
「これは一本取られた。そうよのう……そう解釈もできなくはない。未来の子供はえらく肯定的に捉えてくれるものだな」
「未来というより、きっとそういう教育を受けたせいね」
少し誇らしげなサクラを後ろから見ていて、何故だか俺も嬉しくなった。こうなると、話半分に聞いていた『都会のお姉さん』ってのも、あながちバカにはできないのかもしれない。場所が違えば教育も変わるのだろうか。
「あれ、でも……よくよく考えてみたら、それならどうして今ここにいるの?」
「あ、確かに」
そうだ……うっかり見落としていたけれど、子供の頃にやめたと言い、大人になった今、ここに存在しているのは明らかに辻褄が合わないぞ?
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