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入り婿志願者はお嬢様にメロメロです。
しおりを挟む世渡卓はバスローブ姿でうろうろとベッドの横を往復していた。
落ちつかない。
何せ新婚初夜である。
憧れて憧れて、夜ごと眠れず苦しんだ片思い。競争相手を手段を選ばず蹴り落とし、やっとの思いで射止めた婿の座だ。
今宵、愛しのお嬢様が、全ての意味で自分のものになる。
寝室は室温や湿度に気を遣い、サイドテーブルにミネラルウォーターの水差しとコップ。できれば痛みを与えたくないと、下心込みで探した潤滑剤。シーツなどの寝具はシルクでそろえ、ベッドだって最高級品のダブルベッドを自ら選んだ。
勘のいい玄人なら、このステレオタイプのチョイスですぐわかるだろう。先日まで坂藤卓だったこの男、26才にして童貞なのである。
緊張と期待でため息も出るというものだ。
モテなかったわけじゃない。
細身で高身長、穏やかな物腰に整った顔。しかも成績優秀とくれば、学生時代の告白攻勢は激しいものだった。
「坂藤くん結婚して!」
「無理です」
「坂藤くん好きー!」
「困ります」
「坂藤くん本命チョコもらって!」
「いただけません」
「王子ー!」
「その呼び方どうにかなりませんか」
「すぐるたん、すき!」
「なれなれしい」
「いけめんのおにーたん、あたちとけっこんしよー」
「捕まりたくありませんので」
「年上好きなら私と」
「先生逮捕されますよ?」
「坂藤くん女子が嫌なら僕と」
「帰れッ!」
激しいものだった。
そもそも、卓は世渡家を支える番頭格の家に生まれた。
世渡家は江戸時代から続く商家で、現在は業界3位のホームセンター事業を手がける企業の創業者一族である。本社を東京へかたくなに移転しない会社方針ともども、県内で知られている。
内実もどこか古く、会社の中枢で運営を支えているのも、関連企業を経営しているのも、江戸時代から世渡家を支える番頭格の家々だ。公家や武家でもあるまいに、封建社会並みの形がまだ続いているのだ。
馬鹿らしいと思っていた。
自分はこんな所に長々おらず、将来は海外でもどこでも、好きなところへ行こうと思っていた。
だが。
「おねえちゃまがどこかへあそびにいってしまったの。おにいちゃま、りのといっしょにいてください」
仕立てのいいワンピースを着た痩せた小さな体。不安そうに潤んだ目に困り眉。日を浴びたら火傷してしまいそうな白い肌。
あの日、あの庭で、妖精が心を奪っていったのだ。
父に連れられて行った春の観桜会。
世渡家主催のものである。父に挨拶回りへ引っ張り回された後、気がつけばはぐれていた。そこらで仕事仲間と愚痴でも言っているのだろう。
いくら家族でと言われても、騒ぐのをはばかって、他は未成年など連れてきていない。同世代は見つけられないだろう。学生の正装だからと、学ランを着てきたばかりに浮いてもいる。
自然、卓の足は人気のない方へ向かった。
せっかく来たのだ、桜を見ようじゃないか。
下界の人間たちが騒ぐのをよそに、気品ある日本庭園でしだれ桜は満開だった。苔むした中、太く荒々しい木肌の老木が、風に夢のように淡く白い花を揺らしている。
きれいだった。魂でも抜かれてしまいそうだ。
「おにいちゃま」
しばらく眺めていると、女の子の小さな声がした。半分夢見心地で振り向く。
そこには、小さな手でスカートを握りしめた、幼い女の子が立っていた。
華美ではないが愛らしく改まった様子の、グレー地に水色のワンポイントがあるワンピースを着たおかっぱの子だ。その折れてしまいそうな首に、一瞬息が詰まった。
「おねえちゃまがどこかへあそびにいってしまったの。おにいちゃま、りのといっしょにいてください」
潤んだ瞳はどこまでも深く濃い色。涙で潤んだまつげに、不安そうな白い頬。小さな体は痩せていて、重力さえも障るように見える。
妖精が迷い込んで泣いている。
そう思った。
しばらく黙って眺めていると、少女は返事がないことに困りはじめ、そわそわと回りを見渡してから、何ごとかに気がついて「あっ」と声をあげた。
「わたしは、よわりのといいます。よわくないの、したのむすめです。あやしいひとではないです」
「よわりの……。梨乃お嬢様」
「はい!」
よかった私のこと知ってた! という顔で少女―――梨乃お嬢様が頷いた。
世渡久内といえば現在の世渡家当主。娘はまだ幼い真梨と梨乃の2人だ。世渡家の多分に漏れず、痩せて小さくか弱い体の少女たちだと聞いている。この梨乃お嬢様は、噂に違わぬ細さだ。
世渡家は女系だ。細く弱く小柄な娘たちしか産まれない。だから番頭格の家から優秀な婿を取って存続してきた。現当主も入り婿なのである。娘しか産まれないならたくさん産んで、長女に婿を取り、他を番頭格のうちへ嫁がせ、そうやって今に続いてきた。
ただ、現当主は、妻の体が第1だからと、これ以上は子どもを作らないことに決めたらしい。
今まで以上に存続が危ぶまれる家。
なのに、不思議なことに、この滅びそうな血脈を誰も見捨てたりしないのだ。
江戸時代、世渡家が材木中継ぎを止め、街中へ降りて商売を始めた理由に面白い説がある。
いわく、山で座敷童子を嫁にしたのだと。
産まれるのは全て小さく弱く痩せた娘たち。娘たちの機嫌がいい時は、店に人がどんどんと集ったという。
婿になったものたちが働き過ぎて短命なのは、懸命に働く者のそばでしか、座敷童子は微笑まないからだとか―――。
「僕は、坂藤卓といいます。中学1年です。梨乃お嬢様は、小学生でいらっしゃいますか」
「はい! いちねんせいになりました」
にっこり笑うまなじりに、涙のなごりがある。卓は屈んで、傷つけないよう指でぬぐおうとして我に返った。素手はよくない。急いでハンカチを出してぬぐってやる。
「おひとりで、心細かったのですね。でも、ちゃんとお話しされて、ご立派だと思います。さすが小学1年生です」
「はい! いちねんせいです」
笑顔が可愛い。ずっと見ていたい。
卓は誰かにこんなに心惹かれるのははじめてだった。この少女には、本当に妖精か何かの血が入っているのかもしれない。
「僕でよいのなら、ご一緒しましょう」
「ありがとうございます、すぐるおにいちゃま」
ポケットにハンカチを戻すと、こちらへ自然に手を伸ばしてきた少女と手を繫ぐ。
手が小さい。
細い。
柔らかい。
「えへへ」
お嬢様らしからぬ笑い方も可愛い。
この日、卓は、うろたえたお付きの人が探しに来るまで、梨乃お嬢様と仲良く花を見て過ごした。
たったそれだけだったのに。
「すぐるおにいちゃま、ばいばい」
この、お付きの女性に手を引かれながらこちらを振り向き、愛らしく手を振る少女に、人生すべてを捧げる気持ちになっていた。
卓は励んだ。
誰より励んだ。
必死に勉強し県内トップの高校大学を出て、迷わず世渡家創業の株式会社アカリ、国内第3位のホームセンターを経営する企業に就職した。
その間にも、年に何度か梨乃お嬢様と言葉を交わしていた。
半分は封建社会、関わるものたちはみな親戚みたいなものである。ゆえにあの運命の観桜会のように、世渡家の屋敷や施設で皆が集まる会は多かったのだ。
梨乃お嬢様は卓のことを憶えており、気付けばすぐそばに来てくれた。
「あっ、すぐるおにいちゃま」
「梨乃お嬢様、お久しぶりです」
「おひさしぶりです、おにいちゃま」
「またお姉様とはぐれてしまわれたのですか」
「はい……」
「探しておられるなら、ご一緒しますよ」
「おねがいします」
まあ、自身が困っているせいでもあっただろうが。
「すぐるおにいちゃま」
「卓お兄さま」
「坂藤さん」
年齢が上がるにつれ呼び方は堅苦しいものに変わっていったが、梨乃お嬢様は可憐に愛らしく、箱入り特有のふんわりした雰囲気をそのまま残して育った。
もう本当にめちゃめちゃ可愛いのだ。
お嬢様が年頃となれば、でてくる話はあれしかない。
縁談である。
現在の世渡家には娘がふたりだけ。そのためどちらにも婿をとることになるという。その相手は慣例通り、番頭格の家から優秀な人材を迎え入れるのだとか。
「俺はなんとしてでも、梨乃お嬢様の婿になる」
「そっかあ、お前ずっとそう言ってたもんなあ」
同期にして一番のライバル、茂佐射我へ居酒屋のカウンターで宣言すれば、彼はだぶだぶのスーツにもしゃもしゃの髪と、仕事ができるとはとても思えない姿で笑った。
「梨乃お嬢様が俺の人生の意味だ」
「お前きれいな顔してヤバいひとだよねー」
「だから、お前の動向を聞いておきたい。お前はどうする? 婿レースに参戦するつもりか?」
「俺は真梨さま狙いなんだよ」
「……初耳だな」
「言ってなかったからね!」
長女の真梨お嬢様は、大人しい妹と違い好奇心旺盛な性格である。ただ、体が弱いためか他に原因があるのか、人のえり好みが激しいという。
「なら組まないか。俺たち二人で、他の候補を根絶やしにしよう」
「蹴散らすんじゃないんだ? 根絶やしなんだ!?」
「草も生えないようにしてやる」
「えっ待って、お前婿に収まった後の経営考えてないでしょ!」
見た目も性格も正反対のふたりの共闘で、競争相手は早い段階からリタイアしていった。婿レースに関係ない妻帯者たちは、そんな様子を苦笑いしながら見ていたようだが、そこは卓の興味の外である。
そうして、ふたりは希望通り、世渡家の婿に選ばれた。
華燭の典は、梨乃お嬢様が20才になった誕生日に行われた。豪華ではあったものの、新婦の弱い体を配慮し、途中からは新郎ひとりで延々と続く祝福をあしらうことになった。
「梨乃お嬢様の、愛らしく可憐で世界一キュートな花嫁姿を愚民どもに見せるのは、短時間でよいと思います」
「あっ、そう手配しますぅー」
裏ではプランナーがドン引きだったが些細なことである。
酒を飲まされ愚痴られ、恨み言を吐かれようとも卓は気にも留めなかった。
なぜなら。
今晩、あの、焦がれに焦がれて焦げ付きそうなほど愛しい、世界で1番魅力的な梨乃お嬢様と――。
そうして話は冒頭に戻る。
「お風呂、いただきました」
きちんと髪は乾かしたものの、バスローブ姿でほかほかと熱気を放ちながら、梨乃お嬢様が寝室へ入ってきた。
20才を迎えた後も小柄で細く愛らしいが、肌を桃色に染めている様子はたまらなく色っぽい。肩までの柔らかそうな髪、潤んだ濃い瞳に赤く小さな唇。派手な美貌でこそないものの、華奢で可憐である。
あの運命の観桜会以降、もしや自分はロリコンではないかと卓は密かに悩んだものだ。色々と確かめた後『梨乃お嬢様』にしか反応しないことがわかって、安心したらいいのか絶望したらいいのか、判断がつかなかったことを憶えている。
梨乃お嬢様は、反応できず立ち尽くす卓の横を通り過ぎ、ベッドへちょこんと座った。黒目がちのまなざしを卓へ向ける。その姿を顔だけで追っていた卓は、あああ上目遣い可愛い。可愛いー!! と心の中で叫んだ。直視していられず顔をそむけると。
「じゃあしましょうか」
「!?」
お嬢様がのたまった。
卓は目を剥き、驚きのあまり「出たなショ〇カー!?」と言わんばかりの振り向き方で梨乃お嬢様―――己の花嫁を見る。
「これからふたりでどうするのか、ご存じですか」
「ええと、夜の営みです」
「たとえばどんな」
愛しのお嬢様は小首をかしげた可愛い。
「裸にむかれて、いやらしくて恥ずかしくてとてつもなく痛いことをされるのだと」
「えっ」
「夫婦は必ずすることだから、泣いても笑ってもどうにもならないので腹をくくれと言われました」
「ええっ」
「そのうち慣れるそうです……人間ってすごいですね」
「失礼ですがどなたからそれを」
「お姉様です」
あの女ァ!!
卓は思いつく限りの罵詈雑言を心の中で吐いた。
梨乃お嬢様の姉、真梨お嬢様は、茂佐射我――今は世渡射我――と2年前に結婚している。
どうやら才能食いのイケメン嫌いであったらしい彼女は、もっさいながらもやり手の茂佐をはじめから気に入っていたのだという。ただ、茂佐は身なりを構わないだけで元はいいものだから、新郎として整えられた時にはなかなかの美男子ぶりだった。その彼を見た瞬間「誰だお前!!」と吠え、花嫁姿で走って逃げようとしたあたり、真梨お嬢様はいい性格をしている。
弱く小さな体で大脱走はうまくいかず、結婚式の写真には、苦虫をかみつぶしたような顔の新婦の顔が写った。
卓はこの義理の姉に言いたい。
お前、うっかりイケメンと結婚してしまったからって、うちの夫婦の幸せを妨害するなよ!!
高笑いが聞こえてきそうである。憎い。
「梨乃お嬢様」
「はい、ええと。卓さん」
「っ!」
名前呼びにメロメロにされそうになったところを耐え、卓は花嫁の前に立つ。
「夫婦の営みは幸せなものだといいます。確かにはじめては痛いようですが、恋人たちの愛の営みでもあるのです」
卓は梨乃お嬢様の前にひざまずき、小さな左手をとった。手の甲に口づける。甘く柔らかな肌に脳髄が溶ける。止めろ煩悩はもう少し引っ込んでいろまだ早い。
「ずっとずっと、お慕いしておりました。この14年、あなただけを想って生きてまいりました。残りの人生すべても、お嬢様へ捧げさせてください」
卓の渾身の告白である。
目を見開いてお嬢様は固まった。
しばらくそのまま時が過ぎる。
先に耐えられなくなったのは卓だった。
「重いですよね……申し訳ありません」
くそう恥ずかしい辛い死にたい、と心中泣きわめきつつ、卓は視線をそらした。いい年をしてかっこつけて不発とは。明日はヤケ酒だ。その耳にほわんと声が届く。
「王子様が、王子様みたいな告白してくれるなんて……」
「えっ」
目が合った瞬間、梨乃お嬢様はぼっと火がついたように真っ赤になった。
え。
これって。
もしかして。
「いえ。えっと。卓さんは。すぐるおにいちゃまは、私のことが好きなのですか」
「心の底から」
「わあ」
可愛い可愛い花嫁は、空いた手で赤い頬をおさえる。
「どうしよう嬉しい」
「お嬢様」
「すぐるおにいちゃまは、ずっと私の、王子様なんですよ?」
「えっ」
「大好きです♡」
「梨乃お嬢様……!!」
「わあ」
卓は花嫁を抱きすくめ、ともにベッドへ倒れ込んだ。そのまま組み敷きくちづけをする。
「んっんう、う……」
愛しいひとの唇は、思った以上に小さく柔らかい。わざと音を立てて何度も何度も唇をついばめば、花嫁は鼻にかかった甘い声を出した。可愛い声に耳の中をくすぐられているようだ。
唇を離し上から眺めれば、梨乃お嬢様はくちづけで目覚めた姫のように、ゆっくりと目を開いた。
とろん、とした眼差しで見返し、小さく熱い息を吐くのは、愛しい乙女。これから己の手で女にする妻だ。
自分にとって、世界で一番神聖なものを暴いていく背徳にめまいがする。
「可愛い……。梨乃お嬢様、好きです。あなたが好きです。どうぞ、身も心も私のものになってください」
「なる。なります……。すぐるおにいちゃまも、私のに、なって」
熱に浮かされたように言い、愛しいひとは卓の首に腕を絡めた。
バスローブをはだけ、痩せて小さな儚い体に思うさまくちづけを落とす。自分もまた着ていた物を脱ぎ捨てて、自分の体を這う小さな手の感触に酔いしれる。最初のくちづけで興奮したか、可憐な花嫁はどこに触れても反応する。
甘い匂いと体温と、可愛いあえぎ声は童貞には刺激が強すぎた。まだそこに何も触れていないのにもう出そうだ。
「梨乃お嬢様、感じる声まで可愛い……」
「梨乃、あっ、梨乃って、言って、くださ……ああんっ」
「梨乃、好きだ、梨乃っ」
夢にまで見た体に唇と手を這わせ、足の間へ指先をもぐり込ませれば、くち、と濡れた音がした。興奮しすぎておかしくなりそうだ。卓は荒い息をなだめながら手を伸ばし、潤滑剤の容器をつかむ。
中身を出し指になじませ、愛しいひとの柔らかな場所を傷つけまいと準備をしてから、彼はその場所へ触れ始める。
「あっ、やぁんっ、卓、さんっ、おにいちゃ、あああっ」
柔らかく熱いひだをなぞり、潤むそこに指を沈めていく。慎ましやかに隠れる小さな突起をもう片方の手でいじれば、白く小さな体がびくびくと跳ねる。
手間を惜しむことはしない。時間も惜しまない。ただひたすら卓は優しく指を動かして梨乃を啼かせ、そこをとろとろに蕩かしていく。くちくちと濡れた音と甘いあえぎ、男女の荒い息だけが部屋を支配する。
少しずつ、少しずつ、ほぐして指を増やしていく。熱く絡みつく中に自分のものを入れた時を想像して、卓はもう張り詰めすぎて痛いくらいだ。
ほしい。
ほしい。
世界で一番愛するひとと、今すぐにでも繫がりたい。
「あ、だめ、こわい、こわい、なにか、や、だめ、だめ、あ、あ、ああああっ!」
ずっとずっと思い続けてきたひとは、女であることを改めて主張するかのように、きゅうっと体を反らして果てた。その声で男の情欲を煽りながら、卓の指を思い切り締めつけた。
果てて、ベッドの上にくたりと脱力した梨乃へ覆い被さる。
「すぐ、る、さん……?」
絶頂のなごりが抜けず舌をもつれさせる梨乃の足をあげさせ、指で位置を確かめ、すでにカウパーで濡れた自分自身をあてがう。
「痛いと思います……きっと」
「そんなかお、しないで」
梨乃は情けない顔をした卓の頬に触れ、笑う。
「はやく、すぐるさんの、およめさんに、して」
たまらず一気に貫けば、梨乃は声にならない悲鳴をあげた。少しずつじわじわ入れる方が痛いと聞いて、一気にしたが無茶だっただろうか。ああ、でも熱くてきつくて狭くて絡みついて、まともに考えていられない。卓の腰が勝手に動いて愛するひとをむさぼる。
「ひっ、あ゛あ゛っ、あ゛あ゛う゛、う゛う゛っ」
「梨乃、やっと、梨乃、梨乃っ。やっと叶った、好きだ、好きだ、あなたが、ああ、ずっと!」
「あ゛う゛、すぐ、すぐるさん、わた、わたしっ、わたしもぉっ!」
苦悶の声をあげながら、梨乃は卓へ懸命に返事をする。卓は彼女の足を離し、小さな体を抱きしめ、ありったけの情熱をもって伝える。
「誰にも、渡したくなかった、絶対っ。梨乃、梨乃っ」
「わた、しの、おうじっ、おうじさまっ、だいすきいっ」
吐息とともに口にされた「だいすき」に、卓は果てた。
愛するひとの奥深くに放つ14年分の思いは―――なかなか終わりが、見えなかった。
「おとうさまに、教えていただいていたの」
はじめて会って言葉を交わした日から、また会えないかと思っていた。会うたび次が待ち遠しくて、会えそうな日を父親に教えてもらっていた、そう言って、腕の中の愛しいひとがくすくす笑う。
愛おしさに前髪に触れ頭をなでれば、梨乃は気持ちよさそうに目を閉じる。ふたりとも、むつみ合った体の熱はそのままに、気だるい体をベッドへ横たえ抱き合いながら、思いつくままにぽつぽつと互いの話をする。
「卓さんは、小中高に大学と、モテモテだとか聞かされたときは、悲しくて泣きました。私はずいぶん子どもだから……」
「それは」
「入社されてがんばっていると聞いて、応援していました。もしかしたら、お相手に選ばれてくれるかもって」
そうして、世界で一番大事なお姫様は、幸せそうに、眠たげに、卓の胸へ顔をうずめた。
「初恋が、叶っちゃいました……」
それはこちらのセリフだと卓は思う。ふたりとも14年越しの恋だ、よくぞ叶ったものである。腕の中に愛しいひとがいるのだ、眠るのがもったいない気がするが、目が覚めたら1番に、梨乃の顔を見られるのも悪くはない。卓は目をつむった。
明日から、ふたりで紡ぐ時間が始まる。
とりあえず、愛しい新妻に余計なことを吹き込んでくれた義理の姉に、どんなお返しをするのか考えておかなければ―――。
『健康優良男子が不健康女子に片思い中です。』番外編
『入り婿志願者はお嬢様にメロメロです。』 END
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