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心を溶かす薬
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しおりを挟むいつだってありのままの自分で生きている人間が羨ましかった。
俺は、そうは生きられない。必死に厚い良い人間の皮を被り、必要とされる人間であるために今日を生きる。
ありのままの自分ではダメだと分かっているから。本当の自分なんて自分が一番信用できない。
こびりついた愛想笑いは俺の顔から剥がれることはなく、今日も厚い外面で会社に出社した。
「おはようございます。課長」
俺が所属する技術部の課長がエレベーター前にいるのが見えて、声をかけた。
「おお、深海くん、おはよう」
普段垂れた眉がいっそう下がって、課長は俺を見た。
「深海くんは仕事が早くて助かるよ。いつも、急に仕事を振ったりしてしまって悪いね」
「いえ、そんなことないです。僕にできることがあればぜひやらせてください」
仕事は嫌いじゃない。特に技術の仕事は専門知識を駆使して営業の人が使う資料を作ったりサポートをする。
エレベーターが一階に着いて、乗り込む。技術部のフロアは六階だ。階数ランプをぼんやりと眺める。
すると三階で止まり、控えめなベルの音を鳴らし扉が開いた。三階は大きな会議室があるので、きっと会議が終わった部署の人たちだろう。
外にいる人物を見て、課長は目を見開いた。
企画営業部の佐野課長だ。
「よう、佐野、朝早くから会議か?」
「そうなんだよ、新規顧客獲得の打ち合わせでな。昨日はつい飲みすぎて、年寄りにはつらいよ」
二人は顔を見合わせて笑う。二人は昔からの仲らしく、部署は違うが砕けた会話から気の置けない関係だと分かる。
それよりも、企画営業部ということはあの男もいるだろう。背の高い、ガタイのいい男が。
案の定、男は最後に乗り込んだ。俺からは男の広い背中が見えている。
昨日、俺を抱いた男が同じエレベーターに乗っている。
ひかると俺は部署こそ違えど同じ会社に所属している。しかも、同期だ。
会社ではあまり話さない。別に意識しているわけではなく、お互い何となくそうしている。同じ会社にセフレがいるなんて、しかも同期の男となんてお互い何のメリットにもならない。それぐらいの距離がちょうど良いと思っている。
六階に到着する。静かに扉が開く。
ひかるとすれ違うとき少しだけタバコの匂いがした。この男はタバコを吸わないので、俺が吸ったタバコだろう。
さっきまで隣で寝ていた男が、会社に行けばただの同期だ。赤の他人。微かにするタバコの匂いだけが唯一、俺と抱き合っていたことを現実だと教えている。
そういえば、ひかるといる時は厚い皮を被らなくてもいい。無理に笑ったりもしない。余計なことを考えないですむ。
皮を被る前に、ひかるの手が俺を暴く。ぐずぐずに溶かして、俺の中を掻き回す。俺という形はなくなって、自分の情けなさとか存在意義とかそんなことを忘れて、ただ快感に沈んでいく。
ひかるとのセックスは気持ちがいい。昨日の余韻が残っているのか身体に熱が蘇る。散々、抱き合った身体はまだあの男を覚えているようだ。
その熱を誤魔化すように、俺は自分のデスクに急いで向かった。
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