最後の魔導師

蓮生

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第2章 旅立ち

別れの時①

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 翌朝、まだ静かな夜明けの時間をけたたましく扉を叩く音でやぶったのは、彼だった。

「おい!ニゲル!起きろ!!」

 話し合いでの寝不足も吹っ飛ぶほどびっくりして、寝台の上でニゲルは飛び起きた。
 ドンドンドンドンと何度も激しく打ち付ける音に、何事かとあわてて扉を開く。

「どうしたの」

 一階の階段を駆け上がって廊下を走ったのか、マーロンが切羽詰せっぱつまった様子で、はあはあと息を切らして立っていた。

シャツや手が血まみれだ。

「マーロン、血が……」

「…ちがう、これは付いただけ!俺のじゃない!!サフィラスが大変なんだ!」

「え?…まさか」

「すごい怪我なんだ!」

「なにがあったの!?」

「さっきフラフラと一人で帰ってきたと思ったら、ニゲルを呼んでるんだ!早く!」

「…っ!」

 マーロンが廊下を走る、その後ろをニゲルもついて行く。

 一体何が起きたのか。昨晩食卓で話した時は、ケガするような何か危険な事がこれからあるなんて、そんなそぶりは全くなかったではないか。

 今帰宅したということは、あの話し合いの後、真夜中に出かけたというのか。

「連れてきたよ!」
バン!とマーロンが目的の部屋の扉を開くと、ニゲルの目に、寝台に力なく腰掛こしかけて頭やどうに血のにじ包帯ほうたいを沢山巻きつけたサフィラスが飛び込んできた。そのかたわらにはウエンさんと、スマルさんの姿もある。


 まるで、戦地から帰ってきたボロボロの兵士のようなさま。

 全身泥まみれ、満身創痍まんしんそういだ。

 左脚も刃物で切られたのか、あのきれいな青い下衣がももからひざにかけてパックリと割れ、その周りが赤い血でれ、青い生地を黒っぽい色に染めていた。
 あまりの変わり様で、信じられないものをみた気持ちになって夢ではないかと足の力が抜けていく。

「あぁ……!あぁ……なんで…」
 ニゲルは自らの導師にふらふらと近寄って、さまよう手を、震えながらのばした。そして、次の瞬間、サフィラスの足元にがくりと膝をついていた。

「なんでこんなひどいけがを!」
 目の前の恐ろしい見た目の傷からは、じわじわと血がにじみ広がっているのがわかる。見ているこっちまで血の気が引いて倒れそうになる。

「…私は大丈夫だ。心配するな」
 サフィラスは、れて血のにじんだ唇で小さくつぶやいた。しゃべるのも億劫おっくうそうだ。
 綺麗な髪も泥だらけで、ほおや爪にも泥が付いている。上衣もあちらこちら引っ掻いて破れたようなあとや、草の汁が付いたのか、血がこびりついたのか、綺麗だった青い色がくすんで汚くなっている。処置のためにき出しにされた胴をおおう白い包帯は、後ろから前に向かって血のシミが広がっており、背中側は包帯が真っ赤になっていた。

 とても、まともに歩けるようには見えない。

(…こわい…)

 慄く身体を抑えようと力を入れても、手や足がガクガク震えてしまう。

 命を狙われるということは、幾度いくどもこんな苦痛に耐えるという事なのだ。明日は我が身だと、否が応いやがおうでも突き付けられている気がした。
 

「夜中、まさか昨日あの後…出かけた訳じゃないよね…?どういうこと!?どこに行ってたんだよ!」

「……洞穴に、行かなければと思ってね」

 気怠けだるげな回答に、やっぱりと両手をにぎりしめていた。

「…なんで!あいつが来るのに!何で誰にも言わずに行くんだ!!」

「…けれど、お母さんからの預かり物だけでも、早く取りに行かなければと思ってね。しかしまあ、待ち伏せされるなんて、してやられたよ。全く」
 サフィラスのなんともないと言わんばかりの平気そうな顔に、次第に腹が立ってくる。

「僕はサフィラスが怪我をしてまであの袋の中身やお金が大事とは思ってない!もう無茶はやめて…」

 自分達の荷物のせいでこんな大怪我をして死ぬ目にあったのかと思うとゾッとする。あんなもの、捨てたって良いのだ。誰かが傷ついたりするくらいなら。

「…あぁ。わかってるよ。そんなに悲しまないでおくれ」

 ニゲルは泣くまいとわななくくちびるをみしめてうつむいた。
 くやしくて、頭に来て、無力な手を白くなるほどにぎり、爪を立てた。

 これも全て自分が非力だからだ。

 足手まといだから。
 だからニゲルには何も言わずにすべて自分で処理してしまうのだ。
 こんな事では命がいくつあっても、足りはしない。
 早々にサフィラスは死んでしまう。そんな気がして平気ではいられない。

 「スマル、あれをニゲルに」
 サフィラスがスマルさんに目配せをすると、スマルさんは、あの、お母さんが残した箱に入っていた茶色い袋をニゲルにと、差し出してきた。

「なんとかこれだけは守れた。他の物はすまない…」

 渡された袋には焦げたような跡がいくつか見える。それに、かなり薄汚れていた。
「いいんだ!そんなこと!!初めから大した物なんてない家だから。サフィラスが無事ならそれで十分だよ…ありがとう…」

 ぎゅっと袋を抱きしめると、やはり火薬の匂いがした。

「こんな荷物のために、ごめんなさい…!けが、すごく酷いよ…しばらく動かないほうが良いね」

 手当てをしていたスマルさんを見上げると、頷いている。
「そうね、背中がちょっとひどいから、服を着るとすれて血がにじんでしまうし、綺麗にしておかないとんでしまうかもしれないわ」
「僕、手伝う。何かできる事があるならやり方教えて」

「あら、ありがとう。じゃあ、包帯をかえるときに手伝ってくれる?」
「うん、まかせて。頭の傷は大丈夫なの?」
「…そうね、ザックリと切れているんだけど、切り傷の断面が綺麗だから、こっちはきっと治りは早いわ」
「…はぁ…すごい血で本当にびっくりした…本当に治るの?」
 ニゲルは未だに震える指を胸の前でにぎりこんだ。心臓がとまりそうなほど驚いたのだ。

「サフィラスは大丈夫よ!こんな事で負けたりしないのよ。早く治るように栄養のつくものを作らなきゃね」
 スマルさんはニゲルをげんき付けようとしているのか、笑顔を向けてくる。
「僕に出来る事は何でもやるよ」
「そう、ありがとう」

「サフィラス…行くのは…このけがじゃあ、すぐには無理だね…」
 こんなケガをしたら、長旅はきっと身体に堪えるんじゃないだろうか。そんな思いがよぎる。

「そうだな…この怪我だから今日は動けない。だが、時間もない。2日後の夜にしよう、いいね?」

 ニゲルは神妙しんみょうにうなずくと、そばにいたウエンさんを見上げた。

「あ、あの、この袋の中には、おっきなマントが入っていたんだ。僕たちは使えないから、どうしようかと思っていて。2人が大きくなるまでこの荷物はここに置いていきます…ウエンさん、えっと、お金も沢山は入ってないけど、アーラとマリウスにお金が必要な時、使ってください」

 ウエンさんはニゲルが押し付けた袋をキョトンとして見下ろすと、ふっと笑みを浮かべる。

「…なにいってんだ。お母さんがニゲル達に残したんだぞ?私がもらえるわけないだろう。お母さんにしかられるぞ。なんであげたんだってね」
「…あ、そうかな…。それなら、マントはもう少しみんなの身体が大きくなるまでとっとくかな…。じゃあ、お金だけでも…。これからの事もあるし…」

 ーーーその頃に、自分が生きているかはわからないな。
 そう、思ったのはぐっと胸の内にしまう。


「おにいちゃん」

 はっとして、部屋の扉を振り返ると、アーラとマリウスが扉のかげからのぞいている。

「あ…」
 しまった。
 今の話を聞かれただろうか。

「にいちゃん…サフィラスさんどうしたんだよ…すっごい血が……」

 マリウスは状況を察したのだろう、サフィラスを見て、真っ青な顔をしている。
「洞穴の家?まさか、そこでやられたの…?」

「…うん」

 ニゲルの答えに、マリウスは扉から一歩、二歩と、後ずさった。とたん、逃げるかのようにダッと走って廊下に消えて行く。
アーラもそれを見て、後を追うように消えた。

「ウエン、驚かせたみたいだ…すまないが2人を見てきてくれ」
「ああ」
 ウエンさんがすぐにでも追いかけて行こうとしたその腕を、ニゲルはパッと取った。
「…いや、まって。僕がいくよ」

 ニゲルは2人に話さなければならない。昨日の話。自分が決めた事を。

「…大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」

 ちゃんと言おう。そして、たとえ2人とけんかになっても、きっと最後には分かってもらえる事を心の中で祈った。



 そのニゲルを、大人たちの後ろでじっとマーロンが見つめていることに、誰も気づいてはいないのだった。
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