奥様は貴族社会に馴染んでいるように擬態している

おばあ

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1 転生奥様

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 ウィニフレッド・アーデン次期侯爵夫人は前世の記憶を持っていた。
 幼い頃から何やらここではない何処かで暮らした記憶か何かがあるような気がしていた。何かが違うという感覚も拭えなかった。

 成長するにつれてその記憶らしきものは薄まるどころかはっきりして、成人の頃には地球という星の日本という国で暮らしていた前世の記憶だと分かった。
 何かが違う感覚の理由も分かった。人間の毛髪の色がカラフルなのである。南国の鳥かと思った。
 それとともに、幼い頃からなんとなく日常生活が不便だとか何かが違うと思っていた理由も分かった。前世での三百年から四百年前の西洋のような文化・文明だったからだ。

 逆転生かと最初は思った。何の因果で逆転生?下手に前世の記憶があるから生きにくくてしょうがない。前世で何か悪い事でもしただろうか、ここって地獄?とまで悩んだ。しかし違っていた。
 
 それは十五歳で学園入学と知った時におや?と思い、卒業記念宴会で王子が婚約破棄を宣言するなんて事を仕出かした事で判明した。 
 どうやらここは前世の日本で出版か公開されていた小説か漫画かゲームの世界らしい。自分がどういう役柄かは分からない。
 しかし群衆の一人であるようだ。王子の婚約者ではなかったのだから。

 なのでお馬鹿な王子先輩が婚約者先輩に冤罪を吹っかけて返り討ちにあう様を扇の陰でニヤニヤ笑いながら堪能した。そうしたらその様子を同級生だった今の夫に見られていた。
 その時に所謂おもしれー女認定されてしまったらしく、その後婚約の申し込みが来た、という馴れ初めである。こんな馴れ初め恥ずかしくて誰にも言えないとウィニフレッドは今でも思っている。馬鹿正直に全部言わなければいいだけの話であるが。

 そんなこんなでなんだかんだ言っても生まれて生きてきたので生活の不便には慣れた。前世の記憶で新しい商品作るとか社会システム構築とか不便を便利に変えようなんて気はさらさらなかった。だって使う側だったから。どんな構造か知らないし、プラスチックはこの世界になさそうだし。

 しかしどうしても慣れない事があった。情報伝達である。
 お茶会か夜会で口伝である。他は吟遊詩人、以上。
 新聞ないの?瓦版も?
 いや、ファッションとか流行りの情報は口コミでもいいけど。何処其処の誰それが何々したってそれ本当?間に何人挟んだ情報?伝言ゲームって知ってる?知らないよね、聞いた話そのまま本気にしてるもんね。他の人に話してるよね。最初の話からどれだけ離れてる?悪口ほどそんな感じ。前世の小学生時代を思い出す。悪口は盛り上がるよねー。でもいい歳してこれ?
 うんざり。
 それと遠回しに話す事。遠回しで語られる、解釈が幾通りにもなる話を他人に告げる意味はあるのか。ただ日常の不満の発散か。話題の人物を陥れる意図があるのかないのか。
 その話は私のこの解釈で合ってる?バナナの事を黄色い果物と言ったらレモンだと思われた事ないの?大丈夫なの?その前にその言葉はそのまま受け取っていいの?え?例えなの?何が言いたいの?
 毎度毎度そんな気持ちになってしまって落ち着かないのである。

 お茶会に行って帰ってくるたびにぐったりしている妻を見て、夫のバーソロミューはそんなに疲れるなら行かなくてもいいと言う。優しい。いい夫だと妻は思う。

 しかしウィニフレッドは変な所で真面目なので貴族夫人として大事な情報収集をサボる訳にはいかないと思っている。その情報の精度が問題で悩みどころなんだが。


「それなら行かないで影とか隠密とか密偵とか使えばいいじゃない」

 毎度毎度疲弊して帰ってくる妻を見ていられなくなった夫は提案した。

「そんなの当家にいました?」

「いるよ、そりゃ。うち侯爵家だから」

「どこの侯爵家にもいるものなの?」

「高位貴族は持ってるでしょ。公言しないだけで」

 そういうものなのか。え?実家にもいたの?

「茶会は、世間ではどう思ってるかの把握くらいでいいんだよ」

「えええ~?」

 そんな軽くていいんだ。ってかもっと早く言って欲しかった。いや行かなくていいと言ってくれてたか。その時に承知してれば言ってくれてたかな。まあいいや。
 言ってもしょうがない事は言わない事にしている。何故なら疲れるから。

「でも、噂話の真偽にわざわざ人を動かすのも抵抗があるの……」

 よその領地で何かあったとか、国境沿いがきな臭いとか、大臣が代わりそうだとか、政治的な話なら夫が正確な所を把握している。だからその辺はへーほーふーんと聞いているだけである。聞いたことのない話は誰かの意図が絡んでいる可能性をんで夫に報告している。スパイか。

 だから疲れるのは人間関係の噂話だ。
 参加者全員が言った通りそのままを覚える事は不可能だ。そんな脳みそあったら何か別の事に活かしている。それこそ今頃何処かの貴族の屋敷の天井裏に潜んでいたかもしれない。

 どこぞの伯爵家長女が異母妹を虐めているというのは本当か。某家で結婚後夫人が姿を見せないのは夫の溺愛が原因だというのは本当か。先日婚儀があった伯爵家では新妻が夫に「お前を愛する事はない」と言われたというのは本当か。どこかの高位貴族の息子が庶民の娘に熱を上げて婚約者をないがしろにしているというのは本当か。あそこの子爵家で家人が暗殺されたというのは本当か。
 ウィニフレッドはこのように解釈したがこれが合っているのか。

 思えば令嬢時代は気楽だった。全部聞き流していた。「そうなんですの」「まあ」と、返事くらいはした。聞いた内容は覚えていない。流行りものの情報だって家に来た商人から聞けばいいだけなんだし。

 影とか隠密とか密偵とかは大変な仕事である。死して屍拾うものなしと言われるくらいだ。誰が言ったんだっけ?
 ウィニフレッドの思考には前世からと思しき言葉が混ざる。
 お茶会でも噂話にうっかり「それどこソース?」と訊きそうになった事がある。目の前に苺ソースのかかったケーキがあったので我に返って口に出さずに済んだ。

 それはともかく、大変な仕事なのに「あそこの奥さんが言ってた事って本当?」くらいの気軽さで使っていい人達ではないと思うのだ。
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