辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良

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1章 訣別

12-2. ジョルジュの後悔

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 ――ああ、そういうことか。

 悲劇の貴公子という言葉を聞いて、ストンと腑に落ちる。辺境を中央より一段低く見るために私を貶めていたのは国王だ。王都でのジョルジュは野蛮人の姫に差し出された悲劇の王子様扱いで、常に同情される可哀そうな存在。私への当てつけだとばかり思っていたけど、それだけではなかったのだろう。

 婚約解消前から別の令嬢を侍らせていたのは不誠実だけど、これも国王が噛んでいた。不誠実な態度は貴族の常識でも平民の常識でも明らかにおかしいのに、ジョルジュの非はないものとされている。私や辺境が悪であり、婚約させられた被害者と見做されていたから。

 本来、誹られるべき言動が許されていた理由は「可哀そう」の一点に集約する。
 言い換えればジョルジュが「悲劇の貴公子」であり続ける限り、私たちの婚約と破局の事象の糸を引いた人物にも批判の目は向かない。たとえ貴族の価値観にそぐわないものであっても。利用されたのはジョルジュも同じだ。

「だからと言って家族まで捨てなくても!」
「残念ながら僕が死んだ方が公爵家としては都合が良いんだよ」
 皮肉シニカルな笑みは、今まで見たことがなかった。

「甘ったれで勉強嫌いだった僕が、王宮で職を得られるとは思えないし、どこかに入り婿になれるとも思えないしね。やり直すなら何のしがらみもない土地が楽なんだ」

「でも慣れてないでしょう? 力仕事ばかりなのだし」
「平民の大変さと貴族の大変さとは質が違うだけで、どう生きたって大変なのは変わらないよ」
 今まで楽をしていた分のツケが回ってきただけだと呟いて肩を竦める。

「後悔はないのね?」

「しっぱなしだよ、後悔なんて。流されて婚約するんじゃなかったとか、決まった婚約を厭んだとしても無責任な真似をするんじゃなかったとか。義務から逃げ出して楽な方に逃げて遊び回ってたとか」

 王都に居た頃の自分を全否定する言葉に、どう返したら良いか考える。身も蓋もない言い方だけど、顔以外に取り柄のない残念貴公子だったのだ。

「成長したね。自分を客観視できるようになったなんて、すごい一歩だわ」
 与えられた特権の上に当然の如く座っていた貴族の子息とは思えない。

「トドメを刺してやるな」
 見るとジョルジュは傷ついた顔をしている。
 自分で言って自分で傷ついただけだとも思える。私が肯定したことで、婚約解消前の自分の酷さを思い出させたのか……。

「なんだかごめんなさい……」
「いや……良い所がなかったんだから、言われても仕方がないよ」
 力ない笑みを浮かべてた一瞬の後に、引き締めた表情に戻った。

「僕はここでただの村人として生涯を終えるつもりだ。ジョルジュ=ミラボーは夜襲のときに死んだ。魔獣に食い荒らされて死体の判別は無理だった、ということにしておいてほしい」

「夏までだ」

 仕事に戻ろうとするジャックの背中に、クロヴィスが声を上げる。

「夏至祭まで、もう一度よく考えてみろ。もし帰りたくなったら森の向こうに送ってやる。夏至を過ぎたら木が成長して森を越えるのは難しくなるからな」

「わかった。もう一度考えてみるよ」
 振り向きもせず返事をする。既に意識は世話をするワイバーンの方に向いていた。

「邪魔をしては駄目そうね」
「帰るか」

 私たちも自分の仕事に戻る。視察は終わったけど、まだすべきことは残っている。
 ワイバーンに乗って上空から森を一望すると、遠くに平野が広がっているが、人の営みは見えない。馬で一日移動した土地に家はなく、数日後の夕方にようやく南端の村に到着するほど、ランヴォヴィル侯爵領では森から離れた所に人の生活がある。

「森の恵みを甘受し、脅威と対峙しながら生活している私たちと、森から距離を取ることで対処している人たちとでは、考え方が違って当然なんでしょうね」

「そうだな、次に邂逅するとしたら百年後や二百年後になるのかもしれないな」

 大陸を分断し人を絶滅させる勢いだった魔獣の暴走スタンピードから立ち直り国ができてから二百年。少しずつ森を削り国土を広げた王国は、辺境の離反という形で初めて領土を削った。
 南と東の辺境伯家は隣国の辺境伯家と合流し、一つの国として歩み始めたと、後から思うのかもしれなかった。
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