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1章 訣別
14-1. 納品と懐かしい名前
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「フェリシテ、依頼されていた黄蘗よ。ほかにもいくつか持ってきているから、確認してくれるかしら」
樹皮はその名の通り明るい黄色の染料になる。森に住む魔獣の間引きついでに採取したものだ。
フォートレル辺境伯家に嫁いだけれど、マンティアルグ辺境伯家の女性がフェリシテのお母さまである当主夫人しかいない。
そのため数年前に立ち上げた刺繍工房だとかレース工房は、今でもフェリシテが責任者だ。
だから染色材料を届ける相手は彼女なのだった。
「最近、意匠が垢ぬけてきたの。見てみない?」
そう言いながら出すのは商品見本だった。
少し前――私たちが王都を引き払った少し後は技術的には悪くないものの野暮ったいものばかりで、正直なところ欲しいとは思わなかった。
「これ……! なんかすごく良くなってる。これは欲しくなるわ!」
付け衿のレースはステンドグラスのような細かな模様が美しい。隣のリボンには色とりどりの糸を使って花が刺繍されている。どちらもデザインの組み合わせだとか配色が絶妙なのだ。
「ほかにもね、服を預かって希望通りの刺繍を入れようかと。これなら持っているドレスの雰囲気を変えられるでしょう?」
辺境の貴族家は正確にはマンティアルグ辺境伯、フォートレル辺境伯、オリオール伯爵の三家しかない。でも名目上は平民でも実質的な下位貴族扱いされている家門が辺境にはあるのだ。
スタンピード以前から神官として森の管理を行っていた人たちの多くは、実家が貴族だったり裕福な平民な家庭出身だった。
スタンピード以降は領主一族の補佐をしたり、森の管理を行う家臣とか代官的な立場になって辺境に根を下ろしている。実質的な下位貴族であり、それなりに裕福なのだ。日々の生活に追われていないから、良い品であれば売れるだろう。王都のように昼餐会だ晩餐会だと日々、派手に飾り立てることはないにしても。
「すごく売れそう……」
「でしょう?」
フェリシテはそう言うとにんまりと笑った。
女性の多くは綺麗なものが大好きだ。
あんまり着飾るのが好きではない私でも、商品を見ると欲しくなるくらいだから、好きな人はとっても欲しくなると思う。
「これから名目としても貴族として陞爵するかもしれないってなったら、もっと欲しくなると思わない?」
「思う!」
今の辺境はただ中央と訣別しただけの、ただの辺境のまま。
だけど独立して一つの国としてやっていこうとするならば、現行制度を実情に合わせて変え、同時に元神官の家門を貴族として引き立てようという案があるのだ。
「でも……急に良くなり過ぎじゃない? どうやって向上させたの?」
「資質のありそうな人を幹部として迎えたのよ。いきなり新参でどうかと思ったけれど、上手くいって良かったわ」
とりあえず工房に放り込んで、という乱暴とも思えることをやったみたいな言い方だ。
でもフェリシテは豪快な中に繊細さを持ち合わせているから、きっと根回しなんかをして、受け入れられる土壌を作ってから入れたのかなという想像は、あっけなく裏切られた。
「実はね、カミラを工房に誘ったのよ。偶然、保護されたから」
「――カミラを?」
フェリシテの口から意外な人物の名が出てきた。
――――――――――――――――――――――――――――――
後書き
北と西の辺境伯家が辺境生活を捨てた理由はこの先で出てきます。
1里=約4km
樹皮はその名の通り明るい黄色の染料になる。森に住む魔獣の間引きついでに採取したものだ。
フォートレル辺境伯家に嫁いだけれど、マンティアルグ辺境伯家の女性がフェリシテのお母さまである当主夫人しかいない。
そのため数年前に立ち上げた刺繍工房だとかレース工房は、今でもフェリシテが責任者だ。
だから染色材料を届ける相手は彼女なのだった。
「最近、意匠が垢ぬけてきたの。見てみない?」
そう言いながら出すのは商品見本だった。
少し前――私たちが王都を引き払った少し後は技術的には悪くないものの野暮ったいものばかりで、正直なところ欲しいとは思わなかった。
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付け衿のレースはステンドグラスのような細かな模様が美しい。隣のリボンには色とりどりの糸を使って花が刺繍されている。どちらもデザインの組み合わせだとか配色が絶妙なのだ。
「ほかにもね、服を預かって希望通りの刺繍を入れようかと。これなら持っているドレスの雰囲気を変えられるでしょう?」
辺境の貴族家は正確にはマンティアルグ辺境伯、フォートレル辺境伯、オリオール伯爵の三家しかない。でも名目上は平民でも実質的な下位貴族扱いされている家門が辺境にはあるのだ。
スタンピード以前から神官として森の管理を行っていた人たちの多くは、実家が貴族だったり裕福な平民な家庭出身だった。
スタンピード以降は領主一族の補佐をしたり、森の管理を行う家臣とか代官的な立場になって辺境に根を下ろしている。実質的な下位貴族であり、それなりに裕福なのだ。日々の生活に追われていないから、良い品であれば売れるだろう。王都のように昼餐会だ晩餐会だと日々、派手に飾り立てることはないにしても。
「すごく売れそう……」
「でしょう?」
フェリシテはそう言うとにんまりと笑った。
女性の多くは綺麗なものが大好きだ。
あんまり着飾るのが好きではない私でも、商品を見ると欲しくなるくらいだから、好きな人はとっても欲しくなると思う。
「これから名目としても貴族として陞爵するかもしれないってなったら、もっと欲しくなると思わない?」
「思う!」
今の辺境はただ中央と訣別しただけの、ただの辺境のまま。
だけど独立して一つの国としてやっていこうとするならば、現行制度を実情に合わせて変え、同時に元神官の家門を貴族として引き立てようという案があるのだ。
「でも……急に良くなり過ぎじゃない? どうやって向上させたの?」
「資質のありそうな人を幹部として迎えたのよ。いきなり新参でどうかと思ったけれど、上手くいって良かったわ」
とりあえず工房に放り込んで、という乱暴とも思えることをやったみたいな言い方だ。
でもフェリシテは豪快な中に繊細さを持ち合わせているから、きっと根回しなんかをして、受け入れられる土壌を作ってから入れたのかなという想像は、あっけなく裏切られた。
「実はね、カミラを工房に誘ったのよ。偶然、保護されたから」
「――カミラを?」
フェリシテの口から意外な人物の名が出てきた。
――――――――――――――――――――――――――――――
後書き
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