33 / 71
1章 訣別
14-1. 納品と懐かしい名前
しおりを挟む
「フェリシテ、依頼されていた黄蘗よ。ほかにもいくつか持ってきているから、確認してくれるかしら」
樹皮はその名の通り明るい黄色の染料になる。森に住む魔獣の間引きついでに採取したものだ。
フォートレル辺境伯家に嫁いだけれど、マンティアルグ辺境伯家の女性がフェリシテのお母さまである当主夫人しかいない。
そのため数年前に立ち上げた刺繍工房だとかレース工房は、今でもフェリシテが責任者だ。
だから染色材料を届ける相手は彼女なのだった。
「最近、意匠が垢ぬけてきたの。見てみない?」
そう言いながら出すのは商品見本だった。
少し前――私たちが王都を引き払った少し後は技術的には悪くないものの野暮ったいものばかりで、正直なところ欲しいとは思わなかった。
「これ……! なんかすごく良くなってる。これは欲しくなるわ!」
付け衿のレースはステンドグラスのような細かな模様が美しい。隣のリボンには色とりどりの糸を使って花が刺繍されている。どちらもデザインの組み合わせだとか配色が絶妙なのだ。
「ほかにもね、服を預かって希望通りの刺繍を入れようかと。これなら持っているドレスの雰囲気を変えられるでしょう?」
辺境の貴族家は正確にはマンティアルグ辺境伯、フォートレル辺境伯、オリオール伯爵の三家しかない。でも名目上は平民でも実質的な下位貴族扱いされている家門が辺境にはあるのだ。
スタンピード以前から神官として森の管理を行っていた人たちの多くは、実家が貴族だったり裕福な平民な家庭出身だった。
スタンピード以降は領主一族の補佐をしたり、森の管理を行う家臣とか代官的な立場になって辺境に根を下ろしている。実質的な下位貴族であり、それなりに裕福なのだ。日々の生活に追われていないから、良い品であれば売れるだろう。王都のように昼餐会だ晩餐会だと日々、派手に飾り立てることはないにしても。
「すごく売れそう……」
「でしょう?」
フェリシテはそう言うとにんまりと笑った。
女性の多くは綺麗なものが大好きだ。
あんまり着飾るのが好きではない私でも、商品を見ると欲しくなるくらいだから、好きな人はとっても欲しくなると思う。
「これから名目としても貴族として陞爵するかもしれないってなったら、もっと欲しくなると思わない?」
「思う!」
今の辺境はただ中央と訣別しただけの、ただの辺境のまま。
だけど独立して一つの国としてやっていこうとするならば、現行制度を実情に合わせて変え、同時に元神官の家門を貴族として引き立てようという案があるのだ。
「でも……急に良くなり過ぎじゃない? どうやって向上させたの?」
「資質のありそうな人を幹部として迎えたのよ。いきなり新参でどうかと思ったけれど、上手くいって良かったわ」
とりあえず工房に放り込んで、という乱暴とも思えることをやったみたいな言い方だ。
でもフェリシテは豪快な中に繊細さを持ち合わせているから、きっと根回しなんかをして、受け入れられる土壌を作ってから入れたのかなという想像は、あっけなく裏切られた。
「実はね、カミラを工房に誘ったのよ。偶然、保護されたから」
「――カミラを?」
フェリシテの口から意外な人物の名が出てきた。
――――――――――――――――――――――――――――――
後書き
北と西の辺境伯家が辺境生活を捨てた理由はこの先で出てきます。
1里=約4km
樹皮はその名の通り明るい黄色の染料になる。森に住む魔獣の間引きついでに採取したものだ。
フォートレル辺境伯家に嫁いだけれど、マンティアルグ辺境伯家の女性がフェリシテのお母さまである当主夫人しかいない。
そのため数年前に立ち上げた刺繍工房だとかレース工房は、今でもフェリシテが責任者だ。
だから染色材料を届ける相手は彼女なのだった。
「最近、意匠が垢ぬけてきたの。見てみない?」
そう言いながら出すのは商品見本だった。
少し前――私たちが王都を引き払った少し後は技術的には悪くないものの野暮ったいものばかりで、正直なところ欲しいとは思わなかった。
「これ……! なんかすごく良くなってる。これは欲しくなるわ!」
付け衿のレースはステンドグラスのような細かな模様が美しい。隣のリボンには色とりどりの糸を使って花が刺繍されている。どちらもデザインの組み合わせだとか配色が絶妙なのだ。
「ほかにもね、服を預かって希望通りの刺繍を入れようかと。これなら持っているドレスの雰囲気を変えられるでしょう?」
辺境の貴族家は正確にはマンティアルグ辺境伯、フォートレル辺境伯、オリオール伯爵の三家しかない。でも名目上は平民でも実質的な下位貴族扱いされている家門が辺境にはあるのだ。
スタンピード以前から神官として森の管理を行っていた人たちの多くは、実家が貴族だったり裕福な平民な家庭出身だった。
スタンピード以降は領主一族の補佐をしたり、森の管理を行う家臣とか代官的な立場になって辺境に根を下ろしている。実質的な下位貴族であり、それなりに裕福なのだ。日々の生活に追われていないから、良い品であれば売れるだろう。王都のように昼餐会だ晩餐会だと日々、派手に飾り立てることはないにしても。
「すごく売れそう……」
「でしょう?」
フェリシテはそう言うとにんまりと笑った。
女性の多くは綺麗なものが大好きだ。
あんまり着飾るのが好きではない私でも、商品を見ると欲しくなるくらいだから、好きな人はとっても欲しくなると思う。
「これから名目としても貴族として陞爵するかもしれないってなったら、もっと欲しくなると思わない?」
「思う!」
今の辺境はただ中央と訣別しただけの、ただの辺境のまま。
だけど独立して一つの国としてやっていこうとするならば、現行制度を実情に合わせて変え、同時に元神官の家門を貴族として引き立てようという案があるのだ。
「でも……急に良くなり過ぎじゃない? どうやって向上させたの?」
「資質のありそうな人を幹部として迎えたのよ。いきなり新参でどうかと思ったけれど、上手くいって良かったわ」
とりあえず工房に放り込んで、という乱暴とも思えることをやったみたいな言い方だ。
でもフェリシテは豪快な中に繊細さを持ち合わせているから、きっと根回しなんかをして、受け入れられる土壌を作ってから入れたのかなという想像は、あっけなく裏切られた。
「実はね、カミラを工房に誘ったのよ。偶然、保護されたから」
「――カミラを?」
フェリシテの口から意外な人物の名が出てきた。
――――――――――――――――――――――――――――――
後書き
北と西の辺境伯家が辺境生活を捨てた理由はこの先で出てきます。
1里=約4km
180
あなたにおすすめの小説
聖女でなくなったので婚約破棄されましたが、幸せになります。
ユウ
恋愛
四人の聖女が守る大国にて北の聖女として祈りを捧げるジュリエット。
他の聖女の筆頭聖女だったが、若い聖女が修行を怠け祈らなくななった事から一人で結界を敷くことになったが、一人では維持できなくなった。
その所為で西の地方に瘴気が流れ出す。
聖女としての役目を怠った責任を他の聖女に責められ王太子殿下から責任を取るように命じられる。
「お前には聖女の資格はない!聖女を名乗るな」
「承知しました。すべての責任を取り、王宮を去ります」
「は…何を」
「祈り力が弱まった私の所為です」
貴族令嬢としても聖女としても完璧だったジュリエットだが完璧すぎるジュリエットを面白くおもわなかった王太子殿下はしおらしくなると思ったが。
「皆の聖女でなくなったのなら私だけの聖女になってください」
「なっ…」
「王太子殿下と婚約破棄されたのなら私と婚約してください」
大胆にも元聖女に婚約を申し込む貴族が現れた。
冤罪で家が滅んだ公爵令嬢リースは婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!
山田 バルス
恋愛
婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!
【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~
Mimi
恋愛
若様がお戻りになる……
イングラム伯爵領に住む私設騎士団御抱え治療士デイヴの娘リデルがそれを知ったのは、王都を揺るがす第2王子魅了事件解決から半年経った頃だ。
王位継承権2位を失った第2王子殿下のご友人の栄誉に預かっていた若様のジェレマイアも後継者から外されて、領地に戻されることになったのだ。
リデルとジェレマイアは、幼い頃は交流があったが、彼が王都の貴族学院の入学前に婚約者を得たことで、それは途絶えていた。
次期領主の少年と平民の少女とでは身分が違う。
婚約も破棄となり、約束されていた輝かしい未来も失って。
再び、リデルの前に現れたジェレマイアは……
* 番外編の『最愛から2番目の恋』完結致しました
そちらの方にも、お立ち寄りいただけましたら、幸いです
善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
従姉妹に婚約者を奪われました。どうやら玉の輿婚がゆるせないようです
hikari
恋愛
公爵ご令息アルフレッドに婚約破棄を言い渡された男爵令嬢カトリーヌ。なんと、アルフレッドは従姉のルイーズと婚約していたのだ。
ルイーズは伯爵家。
「お前に侯爵夫人なんて分不相応だわ。お前なんか平民と結婚すればいいんだ!」
と言われてしまう。
その出来事に学園時代の同級生でラーマ王国の第五王子オスカルが心を痛める。
そしてオスカルはカトリーヌに惚れていく。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!
山田 バルス
恋愛
王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。
名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。
だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。
――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。
同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。
そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。
そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。
レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。
そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる