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1章 訣別
25. 断絶
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「いっそのこと、攻めてこられないように森の外側に大きな障害を作ってしまうのはどうかしら?」
「というと……?」
「城壁とか、断崖とか」
第一城壁くらいの高さの崖があれば、ワイバーンのない中央は越えられない。接触を完全に断ちたくないなら、裂け目の一つでも作っておけば問題ないだろうと思う。
「接触しようと思えばできなくもない、微妙な距離感では争いしか生まないなら、もう関係を断つしかないんじゃないかって」
ランヴォヴィル領の村人が薬草を手に入れられなくなるのが困ると思っていたから、考えないようにしていた。
でももう無理なら、中央が諦められるような物理的な何かを作ってしまえば良いのではないかと思う。
「今までは中央側が森の恵みを得られないと困るからと言っていたけど、何年経っても森に入るような村人はいなかったもの。入ってくるのが争いのためだけなら、立ち入れないようにしてもいいかなって」
国王の使者がジャックやカミラを引き連れてきた後、確実に絶縁できるように森の外に城壁を作るという案もあったのだ。でも一番、質の高い薬草が手に入るのが王都から見て南西から南にかけての森だから実行しなかった。薬が手に入らなくて死ぬのは、いつの時代でも平民だから。
だけどこれほど森を傷めつけ、辺境にとって害にしかならないのなら、もういいかなという気になった。
「案外、その方が良いかもしれないな」
お父様が私に同意し、次にフォートレル辺境伯や司令官、マンティアルグ辺境伯も賛同してくれる。
「城壁を作るか……?」
「でしたら崖はどうでしょうか? アド川に沿って辺境側の岸壁に沿う形では?」
司令官の提案は、随分と中央寄りに境界を作るというものだった。辺境伯領を流れる川の上流は全て森にあり、中央に上流を持つ川はない。森の外の川といえば、森に源流があり西の辺境を抜けランヴォヴィル侯爵領や更に東の領地を流れた後北の辺境伯領から海に辿り着く。以前は北の辺境伯領ではなくマンティアルグ辺境伯領に流れていたらしいけど、スタンピード以前に川の少ない北の辺境伯領地に流れを変えたと聞いたことがある。
アド川上流、森を抜ける辺りは急峻な上に川幅があり渡河は難しい。また森自体が深く国内で最も原初の森に近い場所であり更に上流に向かうのは避けられる。もっと下流のランヴォヴィル侯爵領では畑などの水源として使われている。かの領地では川の南岸を辺境と見做して、野蛮な土地扱いであり誰も住んでいない。東の領地でも同様だ。
だから領主の面子を潰す以外に影響はない。
とはいえ……。
「結構、領地の端から距離があると思うのだけど……?」
「放牧地としてすら使われていない、中央人が見向きもしない土地です。我々が利用しても問題ないでしょう」
王都周辺は過密だけどそれ以外は村はまばらだ。ワイバーンで上空を飛んだときに、随分ともったいない扱いの土地だと思ったことはある。スタンピード以降、人が減って人が住む土地よりも住んでいない土地の方が多い。元から人の少ない地方だったらしいから、森の恵みを必要としなければ、街道の整備がいい加減で辺鄙な土地に住むより、もっと王都に近い土地に住みたいのだろう。
「本来なら領地間の戦争になるんでしょうが、こちらが辺境から出ない限り戦いにもなりはしないでしょう。我々が中央側の森の手入れを止めてからも一向に森に入らなかったのだから、どうでも良い話でしかないかと」
「森でしか手に入らない薬草などは西の辺境で間に合うということだな……」
お父様や辺境伯二人が考え込むけど、長い時間は必要なかった。
「付き合いが切れて久しい相手を気遣う必要はないな」
フォートレル辺境伯の一言で決まったけど、心の中ではきっと全員が以前から「もう中央との付き合いはいらないかな」と思っていた気がする。
五日後、私はアド川流域に来た。
対岸にはランヴォヴィル侯爵領の村があるから、作業は村人が帰宅する夕暮れ時だけだった。とはいえ土の魔法結晶を間隔を空けながら埋めるだけだから大した労力ではない。
別に昼間に堂々とやっても良かったけど無駄に目立ちたくなかったし、不必要に争う必要もない、そういった判断だった。
私は埋められた魔法結晶を道標にしながら全力で魔法を行使するだけだ。百里以上の地面の隆起になるから、魔力を補う意味でも有用だった。
「行くよー!」
合図代わりに声をかけると魔法結晶に込められた魔力も使いながら一気に地面を隆起させた。
攻城兵器で崩されても良いように、それなりの幅を持たせている。雨風に曝されて削られたり崩れたりしないようにそれなりに硬くしている上に、定期的に魔法で強度を維持する予定だ。
出来上がったばかりの崖は目視できないほど先まで続いているから、成功しているかどうかはわからない。
だから確認用の人が何人も配置され、次々と問題なしという報告が上がってくる。最後の報告を聞き届けた後、ほっと息を吐く。
地響きが凄かったから村人たちは何事かと思っただろうけど、既に辺りは暗いから確認できない筈。翌朝になって川向うに断崖絶壁が出来上がっていて吃驚するだろう。
「というと……?」
「城壁とか、断崖とか」
第一城壁くらいの高さの崖があれば、ワイバーンのない中央は越えられない。接触を完全に断ちたくないなら、裂け目の一つでも作っておけば問題ないだろうと思う。
「接触しようと思えばできなくもない、微妙な距離感では争いしか生まないなら、もう関係を断つしかないんじゃないかって」
ランヴォヴィル領の村人が薬草を手に入れられなくなるのが困ると思っていたから、考えないようにしていた。
でももう無理なら、中央が諦められるような物理的な何かを作ってしまえば良いのではないかと思う。
「今までは中央側が森の恵みを得られないと困るからと言っていたけど、何年経っても森に入るような村人はいなかったもの。入ってくるのが争いのためだけなら、立ち入れないようにしてもいいかなって」
国王の使者がジャックやカミラを引き連れてきた後、確実に絶縁できるように森の外に城壁を作るという案もあったのだ。でも一番、質の高い薬草が手に入るのが王都から見て南西から南にかけての森だから実行しなかった。薬が手に入らなくて死ぬのは、いつの時代でも平民だから。
だけどこれほど森を傷めつけ、辺境にとって害にしかならないのなら、もういいかなという気になった。
「案外、その方が良いかもしれないな」
お父様が私に同意し、次にフォートレル辺境伯や司令官、マンティアルグ辺境伯も賛同してくれる。
「城壁を作るか……?」
「でしたら崖はどうでしょうか? アド川に沿って辺境側の岸壁に沿う形では?」
司令官の提案は、随分と中央寄りに境界を作るというものだった。辺境伯領を流れる川の上流は全て森にあり、中央に上流を持つ川はない。森の外の川といえば、森に源流があり西の辺境を抜けランヴォヴィル侯爵領や更に東の領地を流れた後北の辺境伯領から海に辿り着く。以前は北の辺境伯領ではなくマンティアルグ辺境伯領に流れていたらしいけど、スタンピード以前に川の少ない北の辺境伯領地に流れを変えたと聞いたことがある。
アド川上流、森を抜ける辺りは急峻な上に川幅があり渡河は難しい。また森自体が深く国内で最も原初の森に近い場所であり更に上流に向かうのは避けられる。もっと下流のランヴォヴィル侯爵領では畑などの水源として使われている。かの領地では川の南岸を辺境と見做して、野蛮な土地扱いであり誰も住んでいない。東の領地でも同様だ。
だから領主の面子を潰す以外に影響はない。
とはいえ……。
「結構、領地の端から距離があると思うのだけど……?」
「放牧地としてすら使われていない、中央人が見向きもしない土地です。我々が利用しても問題ないでしょう」
王都周辺は過密だけどそれ以外は村はまばらだ。ワイバーンで上空を飛んだときに、随分ともったいない扱いの土地だと思ったことはある。スタンピード以降、人が減って人が住む土地よりも住んでいない土地の方が多い。元から人の少ない地方だったらしいから、森の恵みを必要としなければ、街道の整備がいい加減で辺鄙な土地に住むより、もっと王都に近い土地に住みたいのだろう。
「本来なら領地間の戦争になるんでしょうが、こちらが辺境から出ない限り戦いにもなりはしないでしょう。我々が中央側の森の手入れを止めてからも一向に森に入らなかったのだから、どうでも良い話でしかないかと」
「森でしか手に入らない薬草などは西の辺境で間に合うということだな……」
お父様や辺境伯二人が考え込むけど、長い時間は必要なかった。
「付き合いが切れて久しい相手を気遣う必要はないな」
フォートレル辺境伯の一言で決まったけど、心の中ではきっと全員が以前から「もう中央との付き合いはいらないかな」と思っていた気がする。
五日後、私はアド川流域に来た。
対岸にはランヴォヴィル侯爵領の村があるから、作業は村人が帰宅する夕暮れ時だけだった。とはいえ土の魔法結晶を間隔を空けながら埋めるだけだから大した労力ではない。
別に昼間に堂々とやっても良かったけど無駄に目立ちたくなかったし、不必要に争う必要もない、そういった判断だった。
私は埋められた魔法結晶を道標にしながら全力で魔法を行使するだけだ。百里以上の地面の隆起になるから、魔力を補う意味でも有用だった。
「行くよー!」
合図代わりに声をかけると魔法結晶に込められた魔力も使いながら一気に地面を隆起させた。
攻城兵器で崩されても良いように、それなりの幅を持たせている。雨風に曝されて削られたり崩れたりしないようにそれなりに硬くしている上に、定期的に魔法で強度を維持する予定だ。
出来上がったばかりの崖は目視できないほど先まで続いているから、成功しているかどうかはわからない。
だから確認用の人が何人も配置され、次々と問題なしという報告が上がってくる。最後の報告を聞き届けた後、ほっと息を吐く。
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