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2章 王都編
15. エピローグ1 ~辺境の王弟~
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ドミニク視点です。
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あの日、朝日が昇ると同時に姿を見せた土壁が、父を無気力にした。
昨日まであった森の、その手前に突如としてできた岩崖は地平の彼方まで続いている。
二度に渡る軍勢に、辺境側が嫌気を差して作ったのだろう。どうやって作ったかはわからないが。
調べたところ、西側は森のそこそこ深い場所が端で、東側は海岸線まで続いているようだ。
非常に硬く見上げるほど高い崖は、隧道を掘るのも難しい。雨水が石を穿つように、小さく少しずつ削ったところで、辺境が邪魔をすればご破算だ。土の魔法結晶を使えばどうにかなるとも思えない。当然のように対策済であろうから。
かといって森を経由しようとしたところで、人が立ち入るのが難しいような奥のこと。魔獣に襲われて生きて森を出るのは叶わないだろう。
海に出るのも無謀だ。
昔は海の向こうの大陸と交易があったというが、暴走した魔獣の行く先は海だった。数えきれないほどの魔獣が崖から落ち、溺死あるいは墜落死した。
その死体を食らった海に生息する魔獣が大型化、凶暴化して海にでるのが叶わなくなったのだ。
今では魔獣に慣れた辺境の住人でさえ、ワイバーンに乗って陸から少し沖に出たくらいの場所を飛翔する程度である。
いずれ自分たちに有利な形で和解を求めてくるだろう。辺境に鉱山はなく、薬草などの売り先もないのだから。といった希望的観測が消えた。
本気で中央と袂を分かつ心算だと、見える形で証明したのだ。
――もしかしたら九死に一生を得て、ふらりと帰ってくるかもしれない。
一縷の希望を持っていた父の心が折れた。
既に当主の座を退いていたのは、良かったのか悪かったのか。
暇を作っては居間から森を眺め、たまに森のすぐ近くまで散歩にでかけていたのが、今では崖を眺めながら涙を流す日々が続く。
最近は私も、家を守る必要はあるのだろうかと思案する日々だ。
子はいない。弟も帰ってこない。
父が臣籍に下ってできた最も新しい家門である。血筋こそ貴いが、残す必要はない。
辺境に転封されるのと同時に、友人が減っていった。
居を辺境に移してからはすべての友人と縁が切れた。
だが淋しいとも空しいとも思わなかった。
所詮、貴族の付き合いとはそういうものなのだ。
王都では第二王子と第三王子が相次いで薨去され、王子たちによる権力闘争は終わりを告げたかに見えた。崖を作られる原因になった二度の戦役が原因で。
しかし父が指摘した通り降嫁した王女が参戦して、相変わらず先が見えない。
こちらに移って良かったと唯一思うのは、継承争いに巻き込まれなかったことだけだろうか。骨肉の争いの様相を呈したそれは、支持陣営の反対側に排除されるだけなら僥倖で、死んだ方がマシな殺され方も有りえるほど、水面下で苛烈な争いを繰り広げているようだった。
辺境の我が家には既に関係ない話だが。
「――父上、帰りましょう」
「…………そうだな」
岩崖を見上げる背中に声をかけた。
もう何度目のやり取りかわからない。
崖のすぐ麓まで行ったところで、割れて道が出てくるのは物語の中だけの話だ。
わかってはいるのだ、父上も。
だけど行かずにはいられない。
森を抜けるどころか、到達するのも目にするのも難しい今でも、森の向こうの辺境の地に行こうと藻掻いている。
影は長くなりつつあって、急がなくては陽が落ちてしまう。
こんな田舎とはいえ、夜ともなれば盗賊が出てもおかしくない。後悔の海に沈む父上を見るのは忍びないが、だからといって惨殺されても仕方がないとは思っていなかった。
姿を消す度に追いかける日々は、私の心も消耗していく。
そして――――――。
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あの日、朝日が昇ると同時に姿を見せた土壁が、父を無気力にした。
昨日まであった森の、その手前に突如としてできた岩崖は地平の彼方まで続いている。
二度に渡る軍勢に、辺境側が嫌気を差して作ったのだろう。どうやって作ったかはわからないが。
調べたところ、西側は森のそこそこ深い場所が端で、東側は海岸線まで続いているようだ。
非常に硬く見上げるほど高い崖は、隧道を掘るのも難しい。雨水が石を穿つように、小さく少しずつ削ったところで、辺境が邪魔をすればご破算だ。土の魔法結晶を使えばどうにかなるとも思えない。当然のように対策済であろうから。
かといって森を経由しようとしたところで、人が立ち入るのが難しいような奥のこと。魔獣に襲われて生きて森を出るのは叶わないだろう。
海に出るのも無謀だ。
昔は海の向こうの大陸と交易があったというが、暴走した魔獣の行く先は海だった。数えきれないほどの魔獣が崖から落ち、溺死あるいは墜落死した。
その死体を食らった海に生息する魔獣が大型化、凶暴化して海にでるのが叶わなくなったのだ。
今では魔獣に慣れた辺境の住人でさえ、ワイバーンに乗って陸から少し沖に出たくらいの場所を飛翔する程度である。
いずれ自分たちに有利な形で和解を求めてくるだろう。辺境に鉱山はなく、薬草などの売り先もないのだから。といった希望的観測が消えた。
本気で中央と袂を分かつ心算だと、見える形で証明したのだ。
――もしかしたら九死に一生を得て、ふらりと帰ってくるかもしれない。
一縷の希望を持っていた父の心が折れた。
既に当主の座を退いていたのは、良かったのか悪かったのか。
暇を作っては居間から森を眺め、たまに森のすぐ近くまで散歩にでかけていたのが、今では崖を眺めながら涙を流す日々が続く。
最近は私も、家を守る必要はあるのだろうかと思案する日々だ。
子はいない。弟も帰ってこない。
父が臣籍に下ってできた最も新しい家門である。血筋こそ貴いが、残す必要はない。
辺境に転封されるのと同時に、友人が減っていった。
居を辺境に移してからはすべての友人と縁が切れた。
だが淋しいとも空しいとも思わなかった。
所詮、貴族の付き合いとはそういうものなのだ。
王都では第二王子と第三王子が相次いで薨去され、王子たちによる権力闘争は終わりを告げたかに見えた。崖を作られる原因になった二度の戦役が原因で。
しかし父が指摘した通り降嫁した王女が参戦して、相変わらず先が見えない。
こちらに移って良かったと唯一思うのは、継承争いに巻き込まれなかったことだけだろうか。骨肉の争いの様相を呈したそれは、支持陣営の反対側に排除されるだけなら僥倖で、死んだ方がマシな殺され方も有りえるほど、水面下で苛烈な争いを繰り広げているようだった。
辺境の我が家には既に関係ない話だが。
「――父上、帰りましょう」
「…………そうだな」
岩崖を見上げる背中に声をかけた。
もう何度目のやり取りかわからない。
崖のすぐ麓まで行ったところで、割れて道が出てくるのは物語の中だけの話だ。
わかってはいるのだ、父上も。
だけど行かずにはいられない。
森を抜けるどころか、到達するのも目にするのも難しい今でも、森の向こうの辺境の地に行こうと藻掻いている。
影は長くなりつつあって、急がなくては陽が落ちてしまう。
こんな田舎とはいえ、夜ともなれば盗賊が出てもおかしくない。後悔の海に沈む父上を見るのは忍びないが、だからといって惨殺されても仕方がないとは思っていなかった。
姿を消す度に追いかける日々は、私の心も消耗していく。
そして――――――。
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