トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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13章

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 アスター家が父の命を贖うと言うのなら、遠慮する理由はない。過小な望みはアスター家の誇りを傷つけるだけであり、志貴に遠慮している余裕はない。矢嶋周という外交官が成したであろう仕事に、和平工作が含まれたであろうことは、アスター家も志貴も確信している。父の望みを叶えることは、両者の目的に適うのだ。
 それにこの望み――早期の講和が叶えば、互いに爆撃が可能な地理関係にあり、直接の被害が甚大なドイツの動向にも影響を与えるだろう。つまり、イギリスに利することにもなる。
 ジェイムズは、所望するものをようやく得た王のように頷いた。

「うちの首相も、カサブランカの『無条件降伏』には内心賛同しかねているだろうから、和平工作は悪くない手だ。日本が欲張らなければ、事が成る公算は高い。あの宣言以来各地の戦闘は激化して、こちらの損失も拡大している。アメリカの思惑だけで、強硬論を持ち出されるのは迷惑千万なのだ」

 後からどう取り繕っても、一度口にしてしまった言葉は取り消せない。
 無条件降伏を受け入れたら、武装解除しても丸腰のまま殺されるかもしれない。全国民が奴隷に落とされ財産を奪われ国土を分割されても、文句は言えない。――そういうことだと、誰しもが思うだろう。
 ならば、座して国の終焉を待つよりは、誇りを取り、徹底抗戦に臨もうとするのは当然だ。無条件降伏の宣告は、政治的解決の道が途絶されたことを意味している。

「その点、イタリアは賢明でした」
「結果的には無条件降伏となったが、旗色悪しと見れば、無駄に国土を傷つける前にさっさと停戦に動く。良くも悪くもムッソリーニを拾ったり捨てたりする国王がいたからな。――挙句、国民も見捨てて逃亡する王だが、役に立つこともある」

 自国の国王夫妻は、王女二人とともに、激しい爆撃に曝されたロンドンから疎開することなく国民を鼓舞し、バッキンガム宮殿が直撃を受けても臆することなく公務を続けている。
 近世の価値観から脱することのできなかった四つの皇家の四つの帝国が、さきの大戦で消滅している。王権は、ただ権利だけで成り立つのではない。覚悟と献身――高貴なる義務を果たさずして何が王か、とジェイムズは揶揄しているのだ。

 翻って、母国はどうなのか。志貴の懸念はそこにあった。現人神とは、王権神授説に拠る君主と概念は同じだ。
 果たして母国の元首ヘッドは、屈辱的な場になるであろう和平交渉に際し、義務を果たそうとするだろうか。自らの立場だけではなく、国民を守ろうとするだろうか。

「……さっきから左頬で笑っていますよ」

 その笑みは、イタリア国王だけに向けられたものではあるまい。同じ立憲君主制を採りながらもイギリスとは異なり、母国の主権は国民にはなく、君主が持つ。その重さを理解しているのか見極めようではないか、と唆されているようだ。
 悪い奴は左頬で笑うという。指摘しても、ジェイムズは洒脱なウインクを飛ばしてくるだけだ。自覚はあるのだろう――一国の命運の懸かった工作すらも楽しもうとする、性質の悪い悪童である自覚は。
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