トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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17章

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 日曜日の朝、時間通りに共同玄関の呼び鈴を押したテオバルドは、自動車で迎えに来ていた。トポリーノハツカネズミの愛称を持つ、イタリア製の二人乗りだ。
 まさか車で来るとは思わず志貴が目を丸くすると、テオバルトはニヤリと笑う。「志貴とデートするから」とナヴァスから借りてきたのだという。

「職を失ったところで、暇を持て余すだけで悠々自適なのさ。あいつは」

 命の恩人であり、また気前よく貴重な自動車を貸してくれた旧友を、テオバルドは手加減なくこき下ろしている。
 彼らの一筋縄ではいかない友情にクスリと笑いを洩らす志貴を、テオバルドは顔をしかめながら助手席に追い立てた。志貴が助手席に収まったのを確認して、車は滑らかに走り出す。
 しばらく走って市街地を抜けると、そこには早春のメセタが広がる。一面の、乾いた枯草色の平原だ。
 荒涼として寂しい風景だが、地平線とは無縁の東京の下町で生まれ育った志貴には、胸のすくような眺めだ。飽きずに車窓に目を向けながら、運転席の男に訊ねる。

「どこへ向かっているんだ?」
「あんたが見たいと言ったところさ」
「……もしかして、君の生まれ故郷?」
「あんたのとは違って、桜の坂道なんて風流なものはないけどな」

 二時間ほどのドライヴの間、二人の間に殆ど会話はなかった。
 誘われた時にテオバルドが見せた緊張に、何となく志貴も身構えていたのだが、テオバルドは機嫌良さそうにハンドルを握っている。その様子に志貴の硬さもほぐれ、また意外にも穏やかな運転に、ドライヴ自体を楽しむ余裕も生まれた。
 梶の視察や出張に随行する以外、マドリード市街から殆ど出ることのない志貴にとって、私的な遠出は、子供のようだが心躍るものだ。
 車は平原からなだらかな山の中に入っていた。小さなハツカネズミは小回りが利き、うねる山道も小気味よく走る。山肌を縫うようにしばらく進むと、目の前が開け小さな村が現れた。
 目立った特徴もない、こじんまりとした寂れた山村だ。地形と木々の様子から、村人の多くは林業と農業で生計を立てているのだろうと窺える。

「着いたぞ」

 テオバルドが車を停めたのは、村の目抜き通りを抜けたところにある、小さな尖塔を備えた古い建物だった。尖塔の先には、十字架が掲げられている。
 キリスト教国では、教会を中心に集落が形成される。敢えて集落の外にぽつんと建っている時点で、普通の教会ではなく俗世と隔たった場所――修道院なのだと知れた。

「ここは……」
「ここなら、こんなピカピカの新車を停めても人が寄り付かない」

 古い石造りの修道院は、今は使われていないようだった。
 その性格上、活気に満ちる場所ではないが、高く生い茂りそのまま枯れた雑草に取り囲まれ、人の手が入っていないことが明らかな寂れ方をしている。しかし、イギリスの田園地帯でよく見る聖堂の廃墟とは違い、屋根が落ちるような朽ち方はしていない。
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