トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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19章 ※

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 志貴は、何をされても逆らわなかった。
 追手を撒いたとはいえ、敵はすでにテオバルドを捉えている。治外法権の認められている公使館とは異なり、一等書記官の宿舎にすぎないこの場所も安全とは言えない。
 それでも、命の危険を顧みずに自分を求める愛しい男を、志貴も求めずにはいられなかった。二人に残された時間はほんのわずかで、意地や建前でこの交情を滞らせることはできなかった。
 それに志貴には、恋人の名に酔う男を卑しい体で受けとめ、彼の恋情を失望に換える務めがある。
 性急に求められ、縺れる指でそれに応え、シャツのボタンを外そうとするのを止められる。男の視線に炙られながら、着ているものを一枚一枚剥ぎ落とされた時から、志貴の体を支配するのは、欲情を滾らせた小麦色の獣だった。
 全裸にした志貴を部屋の真ん中に立たせ、彫像を愛でるように、テオバルドはその視線で志貴の全身をじっくりと舐め上げる。長いおあずけを食わされた犬が、飢えを満たすかのようだ。
 舌舐めずりする音まで聞こえそうで、羞恥で肌に火を点けられた志貴が思わず俯くと、綺麗だ、とうっとり囁きながら、腰に手を回してテオバルドが逃げ道を塞ぐ。
 そのまま浴室に連れ込まれ、シャワーの湯を流し込まれて体の奥深くまで何度も洗われる屈辱的な仕打ちに耐え切った時、志貴の羞恥心は殆ど擦り切れていた。
 立ち上る湯気の中、言われるままに浴槽の縁に手を掛け、膝をついて腰を掲げ、強いシャワーの湯で秘部を執拗にくつろげられ脱力する志貴を、熱く見つめるテオバルドの表情は恍惚としている。長らく狙っていた獲物を脚の間に捕らえ、喉笛を引き裂く瞬間を楽しむ獣のようだ。
 あまりに即物的な行為も、残された時を考えれば、抗議する時間すら惜しかった。諾々と男の手に従いながら、志貴は震える声で先を促す。

「っ……も、もう、いいだろう……?」

 縋るような問い掛けに、テオバルドは色悪の笑みを浮かべる。

「可愛いな、志貴。こんな目に遭わされて、それでも健気におねだりか。待ちきれないのか、俺を」

 テオバルドが揶揄するのは、先を乞う言葉だけではなかった。執拗なシャワーの湯に中を嬲られて、志貴の欲望はゆるく勃ち上がり、その身を震わせていたのだ。
 羞恥に言葉が続かない志貴に、平坦な調子でテオバルドが問いを重ねる。

「──それとも、男を欲しがって尻が疼くようになるほど、衛藤に抱かれたのか」

 抱かれてはいない、とは言えなかった。
 これまで何度も、紙一重の行為を重ねてきた。
 一洋の想いを知らされた今、あれをただの相互自慰と強弁することはできなかった。一洋は、自分の欲を殺して想う相手を案じ奉仕し続け、何も知らない志貴は、愚かにも彼の引いた一線を自ら越えたのだ。
 挿入こそなかったが、一洋は自らの精で志貴の中を──前も後ろも──侵した。志貴の体を手懐け、一人では悦を極められないように仕向け、その欲望を管理した。
 何も知らなかったからこそ、受け入れられた関係だった。そして今後何を求められたとしても、断るつもりもその権利も志貴にはない。
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