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第十三話 後編
それぞれの決着 4
しおりを挟む抵抗することなく黙ったままの栗原優を連れ、犬神絵美は腕を掴んだまま足早に歩いていく
二階の病室からエレベーターを使って一階へ降り、人が全くいないロビーを抜けてそのまま外へ出る
外はすっかり暗くなり、表通りは帰宅ラッシュの車が列を成していた
二人は出入り口の横、施設を背に設置されているベンチへ向かい、そこに栗原優を座らせて、犬神絵美は腕を組んで仁王立ちになる
「ごめん、絵美っち…ずっと連絡してなくて…」
すると、犬神絵美は首を傾げ、少し口角をあげて応える
「何をしけた顔してんの?」
「いや、絵美っちが凄い怒ってるからさ。そうさせたのは俺だし」
犬神絵美は栗原優の横に座り直す
「確かに、栗原と連絡がつかないことは腹が立ってたけど、こうして、誰よりも臼井のそばに居てくれてたんだから、もうどうでも良いでしょ?」
「…あ、ありがとう」
腑に落ちない表情の栗原優を見て、犬神絵美はクスクスと笑う
栗原優はさらに訳がわからなくなっていた
「絵美っち、本当に怒ってないの?」
「いいや、全然」
「じゃあ、さっきの病室内で怒ってたのは?」
「ああ…あれは、演技」
「演技!?」
「うん、演技。上手でしょ?」
「待って待って…え、よく分からないよ、絵美っち」
栗原優は頭を抱えて蹲ってみる
そして顔を上げて尋ねる
「何の為に?」
「…あんたと、立花を引き離す為」
「どうして?」
犬神絵美は視線を外して、黙ってしまった
「どうした?」
「いや…だんだん冷静になってきたら、自分がしたことに驚いちゃってる」
「………」
「私、どうかしてるのかも」
栗原優は、犬神絵美へ視線を向けた
斜め下の方を見つめながら、思い詰めていると言うより、戸惑っている様子だった
「絵美っち…」
すると、犬神絵美の目に、溢れんばかりの涙が溢れてきていた
「ちょっ、どうした?」
「分からない…でも、全部言わせないで」
それを聞くなり、栗原優は自然と犬神絵美の頭を自らの胸に抱き寄せていた
初めて、犬神絵美の温もりを感じる
「…私、好きみたい…栗原のこと」
犬神絵美が話す振動が胸の辺りに伝わってきた
それが栗原優の心を動かす
「…結局、言わせてしまったな」
表通りは相変わらず、車が列を成している
逆光で二人の姿はシルエットでしか映っていないが、その姿は想いを通じ合う恋人そのものに見えているだろう
だが、栗原優は冷静でいた
伝えなければならない事があるからだ
「絵美っちの気持ちは受け止めたよ…ただ、俺の状況が、それを温かく迎え入れてあげられない」
「どういうこと?私のこと、恋愛対象じゃない?」
「そういうことじゃないんだ…実は…」
栗原優は意を決して、今までのことを包み隠さずに話し出した
話している最中、抱き寄せて感じられている温もりが終わることを不安にはなった
それでも、自らに想いをぶつけてくれた、真っ直ぐな犬神絵美に真実を伝えることが、それに応える正しい姿勢だと判断したからだ
栗原優の説明に、犬神絵美は離れることなく、黙って聞いていた
長話を聞けない犬神絵美が、話を遮ることなく、最後まで、静かに耳を傾けてくれていた
それだけでも栗原優にとって、話の内容の深刻さを感じさせないほど、とても心地良く、幸せな時間だった
もう、友人関係すら終わってしまう
犬神絵美という女性が自分から離れ、今から遠い存在になるかもしれない、と寂しさが込み上げてもきていた
だが、話を聴き終えた犬神絵美の感想に、今まで罵倒されることが当たり前だった反応とは違い、穏やかなものだった
「…ありがとう、正直に話してくれて」
「絵美っちに、これ以上嘘をつきたくないから」
「その言葉、これからも約束できる?」
「え?」
「栗原の…いや、優の言葉を…これから先、私は信じて良いんだよね?」
「絵美…」
胸に抱かれていた頭を起こし、犬神絵美と栗原優は見つめ合う
「もちろんだよ…俺が唯一素直でいられる女性の前で、嘘なんか無意味だ」
「…本当に?」
「本当だよ、約束する」
二人の顔が自然に近付いていく
「絵美…俺のことを信じてほしい」
「…うん」
「好きだよ…絵美」
二人の唇が重なり合う同時刻、臼井誠たちが居る病室内では、一つのドラマを終えていた
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