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空回る恋の歯車

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 よく眠れずに迎えた翌日。

 記憶の整理をして気持ちを落ち着かせようとしていたけれど、侍女達に慌ただしく支度を整えさせ屋敷の外へと放り出されると馬車に乗ってある場所へと向かっていた。

 近づいてくる見慣れた建物に、そうかと小さく呟いて辺りを見渡した。

 懐かしいと思う反面、十二回も見てきたと思うと何だか複雑な気持ちだ。

 始まりの日を迎えたのなら当然、その後もやって来る。

 色々ありすぎて、今後の事を考えていなかったけれどここから先は大人しくいかなきゃ。



「サラを虐めた過去を変えていくわよ」



 馬車が止まり降り立ったその場で、入り口付近で創設者の像が迎える学校を見つめた。

 記憶の中にある校舎の姿は何一つ変わらない。

 周囲から挨拶が投げられ、可憐に対応する私は今までと何ら変わりないはずだ。

 学校では皆からちやほやされることに優越感を感じていたけれど、今思えば上辺だけの関係でしかないんだから本当に私ったら哀れな女。

 まあ、公爵家に近づきたい下心を持っている人ばかりに囲まれていたんだから、そりゃあちやほやされるわよね。私じゃなくて、家柄を見ていたんだもの。
 
 信頼できる友達も悪事を止めてくれる友達もいなかったお陰で、この後の二年間の生活はいつも息苦しかったし、いじめていたという証言を殿下に売った取り巻きたちのせいで命を落とすんだから。

 彼女達とは必要最低限だけで、あまり関わらないようにしなきゃね。

 下心丸出しで声を掛けようと近づいてくる令嬢達に微笑みかけ言葉を詰まらせたその隙に、私は颯爽と一人教室へと向かった。

 教室の一番後ろの隅の席を確保した私は、一応のために持って来た日記をこっそりと取り出した。



「昨日が聖クラチア祭だから……今日が……」



 白紙のページを睨みつけるようにして、記憶を遡る。

 でも思い出せるのは、昨日のサラに対しての嫉妬が爆発した悪口ばかり綴っていた気がする……。

 そこじゃないのよ。思い出したいのは次の日。

 なにかあったはずなのよ……なにか……。



「聞きまして?本日編入生が来るそうですわよ」


「三学年のこの時期に来るなんて……珍しいですわね」



 教室の前の方で噂が大好きな令嬢達の会話を盗み聞きして、記憶が結びつく。

 そうだわ!今日は、サラがこの魔法学校に編入してくる日!!

 始業式が終わってしばらく経ったこの時期の編入は中々に珍しいと皆の注目の的になっていた。

 それもそのはず。地方の小さな魔法学校に通っていたサラは、昨日殿下を助けた聖女の力故に、平民だったサラの家に男爵位が与えられ、多くの跡取り貴族が通う名門校に通うことになるのだ。

 でも待って……?昨日、サラは聖女の力を使っていない。

 なら、サラの編入はなかったことになるって事?

 でも、編入生の噂が立っている現状は今までと一緒……よね?



「お隣、宜しいか?」


「ええ。お好きにどうぞ」


 掛けられた声に振り返ることなく、私はぐるぐると回る思考回路に浸かっていた。

 妙に隣との距離感が近い事で、ようやく我に返った私は隣に座った人物を見た。



「おはよう、エリーザ。昨夜はしっかり眠れたか?」


「でっ……!」



 朝の清々しさに負けない、爽やかな笑みを浮かべて隣に座っていたのは殿下だった。

 動揺を隠せない私を面白そうに見つめる殿下は、一気に距離を縮めて来たかと思えば耳元で悪戯気に囁いた。


 
「昨夜のエリーザの温もりが忘れられないんだ。君に触れていいかい?」


「なっ……!」
 


 こんな人の目がある教室でなんて事を言うんですの!!と怒って、悪役令嬢らしい立ち振る舞いをしたいのに、体は言う事を聞いてはくれない。

 拒絶しようにも殿下の眼差しが熱い……。



「ひ、人前で、そんな……」



 頑張って吐き出した言葉は、弱々しく悪役令嬢としての風格はまるでない。

 これ以上関わって欲しくないと言うのに、どうしてこんなっ……!



「ああ……そうか。なら二人きりなら許してくれる、そういう事なんだな」



 不敵に笑う殿下は、絶対何かを勘違いしている。

 違う、違う、違う、違いますぅうう!

 顔が真っ赤になった私が首を横に振った所でまるで説得力はない。
 
 周囲の目線に気に掛ける余裕も無かったけれど、私に救いの手を差し伸べるように始業の鐘が鳴り響いて、殿下がゆっくりと離れた。

 

「じゃあ、次の休みは空けておいてくれ」



 私の返答しないことも関係なしに殿下は嬉しそうに小さく笑っていた。

 その笑顔の破壊力、凄まじいです……殿下ぁ。

 狼狽える私を置き去りに、先生が教室に入ってくると教室内は一気にざわついた。

 余裕が無かったけれど、その声を聞いた途端に私の中で何かが燃え滾った。



「本日より、皆さんと一緒に勉学に励んで参ります。サラ・ミルズと申します。よろしくお願い致します」



 短めに整えられたチョコブラウン色の髪を揺らしながら、教室全体を見渡す円らなネオングリーンの瞳はキラキラと輝き、鈴の音のように軽やかで可愛らしい声はしっかりと皆の耳に届た。

 何より誰もを惹きつける、花が咲くように笑うその笑顔は……誰もが釘付けになる。

 殿下の隣に相応しいサラが教壇に立って、挨拶をしている姿が目に焼き付く。

 憎いと思っていたはずの相手なのに、今の私は素直にサラの事が可愛いと心の奥底から思った。



「サラさんはお父様であるハベル男爵様と共に新たな薬を開発し、その功績が認められ本日より皆さまとこの国をより良いものにしていく大事な一人として迎えられました。学校での時間は一年を切っていますが、大切な仲間として良い関係を築きあげていって下さいね」


 
 先生の紹介で益々教室内のざわめきが響き渡る中、私は大きく静かに深呼吸をして気持ちを静めた。

 今までとは何かが違うこの人生……でも私のやるべきことはただ一つ。

 サラといい関係を作って、殿下との恋を応援する。例え、殿下からのクリティカルヒットを与えられようが、私は絶対にめげたりしない。

 殿下との関わりは、昨日までなんだから。

 意気込んだ瞳を殿下に小さく向けると、どこか仏頂面な表情でサラを見つめているのは気のせいかしら。

 視線を送りすぎては勘違いされると、そそくさと視線をサラに戻す。

 目で追いたくなるような不思議なオーラを漂わせる彼女は、緊張を隠すような笑みを浮かべたまま誰も居ない席に着いた。



「……!」



 これまでの記憶の中とは違う風景に、私はやらかしたと頭を抱える。

 本来なら聖女として扱われるサラは、殿下が直々に隣へ座るように声を掛け、校内の案内の提案を持ちかけて二人で過ごす時間が始まるのだ。

 親密になっていく二人に我慢できなくなって、私のサラに対する嫌がらせが始まっていくはずなのに。

 声を掛けるべき相手が私の横に居てどうするんですか!!

 不安がって、サラがとっても可哀想じゃない!
 


「先生!」



 勢いのまま挙手をした私は、立ち上がってサラを見つめた。



「サラ様に授業の進行を教える方が隣に居ないのは、どうかと思われます」


「確かにそうですね。エリーザさん、お願いしてもよろしいですか?」


「構いませんけれど、私よりも生徒会長も務めるクラウド様に任せた方が良いかと。校内の案内もクラウド様の方が知っていることも多いでしょうし、何よりサラ様には早く学校に慣れて頂きたいですから」



 上手くまとめ上げられた気がするわ。先生も納得しているように頷いているし。

 後は殿下、サラと上手にやって下さいませ。

 ふふんと、勝ち誇った笑みを浮かべた直後、隣からもの凄い圧を感じる。

 恐る恐る隣に居る殿下を見れば、眉間にしわを寄せていた。



「クラウドさん、サラさんの隣にいいかしら?」


「……はい」



 仕方なくといった様子で席を立った殿下は、一度だけこちらを見た気がするが一瞬過ぎて表情が見えなかった。

 私が勝手に決めたことに対して怒っていらっしゃるなら好都合。

 そして知って下さい。サラという一人の少女の、その素晴らしさを。

 これから貴方達は恋に落ちて、この国を支えていく大きな存在になるのだから。

 問題は、サラの聖女としての力をどう引き出すか……ね。

 でも今は焦らず二人の恋を応援すればいいのよ!

 大丈夫、これまで経験したあれこれが私にはあるのだから。悪役令嬢として、二人を全力でくっつけてみせる..……!


 
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