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へっぽこ召喚士の特訓③

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 そんな感情が渦を巻かけていたが、フワリと優しい温もりと気持ちのいい毛並みがミアに触れた。俯いていた顔を上げれば、遠くを見つめるフェンリルが傍に寄り添っていた。



『何故、あいつ達が閉じしていた心を騎士達に開いたか分かるか』


「え……?」



 突然の問いにフェンリルに釘付けになっていると、心地のいい風が二人の間を流れた。静かに時間が過ぎていき、眩しい朝日が街を照らし始める。

 その輝きに反射するフェンリルの毛並みが、眩しくて思わず目を細めた。



『答えはあんただ。ミア』


「わた、し……?」


『あんたが褒めてくれるから、あんたの喜ぶ顔が見たいから――あんたに認められたいから、あいつらは我武者羅に頑張ってるんだ』



 言葉を紡ぐフェンリルは遠くを見つめていた視線を、ミアへと移すと今までに見たこともない優しい表情で彼女を見つめた。

 寄り添うフェンリルの熱が直に伝わり、まるで抱き寄せられているような感覚にミアの心は溶かされていく。



『ここ数日の間で何があったのかオレは知らない。ただ、あんたが一生懸命になっている姿をオレらは知っている。凍えたオレらに温もりを与えてくれたのは間違いなくミア、あんただ。そんなあんたの、落ち込んでいる姿を見たいとは思わない。だから何かあれば手伝う。一人で抱え込もうとするな。オレ達は――家族、だろ』


「フェンリル……」



 真っ直ぐ見つめてくるミアに、急に目を逸らしたフェンリルは荒く鼻を鳴らした。



『ったく、調子狂うな……』



 そっぽを向いたフェンリルが何を言ったのか聞き取れなかったミアだったが、彼の言葉に胸の奥で渦巻く何かが綺麗サッパリ消え去っていくのを感じる。

 それが温かく胸に溶け込んでいって、ぎゅっと胸元を握りしめた。



「ありがとう、フェンリル」



 フェンリルを力強く抱きしめると、離れろと言わんばかりに抵抗してくるのを無視して顔を擦り付けた。

 嫌がるフェンリルから離れて、今自分達が直面している問題を説明する。

 第四部隊の言われように、精霊の森の消失に森を消失させた何かが動いていること、それに対抗する力が今ここにはないこと。

 それを黙って聞いてくれるフェンリルだったが、まだ手付かずの本日分の仕事に気づき、慌てて仕事に取り掛かる。

 朝から上機嫌のミアにとことん甘える魔獣達から愛情を貰い受けていると、フェンリルは何やら魔獣達に声を掛けていた。それを気にしつつも粗方朝の仕事が終わる頃には、魔獣達は騎士達と共に、街近くの森での魔物討伐の依頼をこなしに出かけて行った。

 皆が居なくなった獣舎の掃除が終わり、一息ついた所で召喚術の特訓を始めることにした。



『さて。オレはあんたの監督をしておいてやる』


「すっごく心強い」


『そう言っててまた弱音吐いたら、暫くの間はブラッシングさせないからな』


「ひどいっ!!」



 頬を膨らませながらも、軽くなった心と共に召喚術を発動させるための魔法陣を描く。そこまでは完璧と言っても良かったが、術を発動させた途端に失敗を知らせる煙が上がった。

 クシャミをして伏せるフェンリルに、慌てて駆け寄った。



「ごっごめん!!」


『いい。この煙にも慣れてきた』



 もう少し説教じみた嫌味を言われるかと思ったが、フェンリルの表情は真剣そのものだ。



『あんたの魔力は、どうも引き寄せる力が足りない』


「引き寄せる、力?」


『召喚には共鳴が必要だろう。だというのに、あんたから放たれる魔力はどうも引きが弱い。強く召喚したい対象を思い浮かべて、来いと喚べ。今は神獣は後回しだ。比較的気性の穏やかなペガサスでいいから強く思い浮かべて喚べ』


「分かったわ」


『召喚士として未熟なのは分かるが、もう少し自信を持て。怖がる気持ちが相手にも伝わるんだ。あんたの優しさに触れれば、召喚獣なんか意図も簡単に懐く。いい例がここには沢山いるだろ?』


「ふふ。ありがとう。じゃあ……やってみるね」



 吹き抜ける風に任せるように魔法陣の光を泳がせ、術を生み出す。

 緻密に描かれていく魔法陣の文字達は、意志を持つかのように動き出す。言われた通りに来て欲しいことを強く願いながら、静かに目を閉じてペガサスの姿形を思い浮かべた。

 真っ白で品のある毛並みに、スラリと長い脚。そして特徴的な大きな翼に、額の角。幼い頃に絵本の中に描かれていたペガサスを思い浮かべると、自分の魔力の中に何かが近寄ってくる感覚がした。



(私、頼りない召喚士なんだけど……どうか、姿を現してくれないかな?)



 願わくば共鳴して欲しい、そう願った途端魔力が絡みついた。

 

(ご主人様は温かくて優しいね。いいよ。僕が傍に行ってあげる)


 頭の中に流れ込むように聞こえてきた声に、はっと目を開ければ、魔法陣の上には抱き抱えられる程の小ささではあるが、翼を持ったペガサスがそこに居た。



「ヒン!」


「嘘っ!出来た……!!」



 胸へと飛び込んでくるペガサスを抱き留めると、宝石のように輝く瞳を瞬かせた。

 柔らかい翼の手触りの心地良さに、思わず顔が緩む。



「やったよフェンリル!!私、私っ召喚出来た……!」


『誰が子供を召喚しろって言った。これじゃ戦力にならないだろうが――』


「可愛い~!!今日からよろしくね!」



 フェンリルの声はミアの耳に届くことはなく、彼女は愛くるしい声で鳴くペガサスに夢中になる。

 忌々しい煙も、咳き込みもない。初めて成功した召喚術への喜びが湧いて出てくる中、何故か彼の姿が過ぎる。


(団長に褒めて貰いたい、なんて……なんでこんなこと思うの?)


 頑張る姿を誰かに認めてもらいたい、そう思わないこともなかったが、初めて感じる感情に戸惑いを隠せない。自分を見て欲しいという感情がいつの間にか暴れ出し、いつしか彼に会いたいとまで思ってしまう。



(なんだろう、胸がドキドキする。団長を思うだけで――なんか苦しい)



 リヒトに触れられた髪や頬にまだ温もりが残っているようで、妙に擽ったい。彼を思えば思うほど、自分の中で何かの歯止めが利かなくなる。

 これ以上考えてはダメだと首を横に振って、知らぬ間に上がってきた体温を下げようと試みる。それがペガサスには面白かったのか、真似て楽しそうに首を振った。そして、やれやれと言った呆れ顔のフェンリルも首を横に振った。

 呆れて立ち上がるフェンリルは、檻の中へと戻ろうとするが僅かに足取りがおかしい。

 ペガサスに夢中のミアをいい事に、フェンリルはバレないようにしながら獣舎の影に隠れていった。



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