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3話

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男に連れられ入った部屋は洗面所のような場所であった。
とても広い洗面台、そしてそれに引けを取らない巨大な鏡。
奥にはガラス越しに巨大な浴槽が見える。
鏡に映るみすぼらしい格好の自分と身なりが整っていて威厳のある横の男を見比べると、あまりにも自分が場違いな存在であるということを実感する。

「中の物は適当に使え、私は居間にいるから身体を流して綺麗にしたら来るように」

「う、うん」

「場所が分からなくなったら人形パペットに聞け、じゃあな」

カタカタと音を立てて人形が部屋の前で止まる。
どうにも不気味でこの人形は苦手だ。
なるべく見ないように扉を閉め。衣服を脱いだ。

「うわぁ……少し小さな大衆浴場みたいだ」

床は少し足触りのいい材質になっており、壁はツルツルと磨かれた石でできている。
そしてシャワー浴びようとすると、これまた見慣れない形だ。
何やら少し複雑になっている。
取手を捻ると、蛇口から勢いよくお湯が出てくる。そのすぐ近くにある突起を引っ張ると今度はシャワーが出てくる。
何もかも新鮮で、こんな状況なのに少し楽しんでしまっている自分に気づく。
なんとか緊張感を保とうとするが、シャンプーや石鹸はとてもいい香りがして、心が否が応でも安らいでいく。
身体を洗い終え、お湯がなみなみと張ってある浴槽をチラッと見るともはやその誘惑に勝つことは出来なかった。

「ふぅ~」

今日1日溜まっていた疲れがお湯に溶けていく。
自転車を無茶な風に走らせた脚も、緊張で凝ってしまった肩も癒されていく。
つい数時間前の自分は、こんな豪華な浴槽に浸かってのほほんとしているなんて想像できないだろう。

実際自分が物のように購入され、一体どんな風に扱われるかとても不安だったが、あの男は案外親切な人間なのだろうか。
あの眼は少し苦手だけれど……。

「……行くか」

少し重いガラスの扉を開けると、洗面所のドアが開く。

「うわぁぁ!」

カタカタと音を立てて人形がタオルを持って入ってくる。

「あ、ありがとう」

相変わらず不気味な人形から少し距離をとってふかふかのタオルで身体を拭く。
拭いている間に扉の音が聞こえ、どうやら人形は出ていってくれたようだ。
そしてふと洗面台に目をやるとある事に気がつく。

「あれ……?俺の服は?」

ない、置いたはずの場所には跡形もない。
まさかあの人形━━━━━━━


あわててドアを開け、上半身だけを出してキョロキョロ見渡すと、そこには何も持っていない人形がふらふらといるだけだった。

「あ、あの」

人形に話しかけるとカタカタと近づいてくる。
服が無くなっている旨を伝えてみるが、人形に反応はない。
どうしたものかと考えて、代わりの服がないかを伝える。

「ひっ……!?」

すると人形は突然動き出し、胸や腰、足の付け根からかかとまでを触ってくる。
突然の挙動に身体が固まってしまっていると。人形はふらふらと先程の持ち場のようなところに戻ってしまった。
困惑しているとどこからともなくもう一体の人形が何やら衣類を抱えてやってくる。

「も、もう1体いるんだ」

不気味な人形が2体揃ったことに動揺しつつ衣服に目をやると、絶句した。
その人形が持っていたのは純白のワンピースに漆黒のエプロン、そして女性ものの下着であった。

「いやいやいや!こんなの着れないって!」

そう言うと2体の人形が動き出し腕を触ってくる。
身体が宙に浮き、あまりの恐怖に涙が出そうになっていると、人形は勝手に下着を取り付け始めた。
靴下を履かされ、パンツ、少し大きいシャツ、そして──フリフリのワンピースとエプロン。
流れるように着させられ、自分も人形…そう、着せ替え人形になってしまったかのような気分になる。
エプロンを結び、最後に可愛らしいヘッドドレスをセットすると人形は持ち場に戻っていった。

「……………」

唖然とする俺、少し動くとヒラヒラと揺れるスカート。生地が高い物なのか、手触りはとても心地が良い。
服を着ているのに下が少しスースーする。パンツは流石にアレの違和感がすごい。
胸は…と思い手を伸ばしかけるが、こんな事をしている場合ではない。

「えーっと、この館の主人のところまで案内してくれるか?大至急!」

人形にそう話しかけると少し先程より速い速度で動き出す。
階段を登り、廊下を曲がってすぐの部屋を案内される。

「ここに……?」

案内してくれた人形に聞くと人形は何も言わずに去っていってしまう。
そりゃ口がないんだからそうか、と変に納得し、ドアノブに手をかける。
それにしてもこの格好は一体どういうことなのか、この状態をあの男に見られると思うと死ぬほど恥ずかしいが、早く着替えたいという一心で扉を開ける。

「あ、あの」

「遅いぞ………む、なんだその格好は?ふざけているのか?」

「こ、これは!!違うんだ!!」

「何が違うんだ?妙に着こなしてはいるが…」

俺は恥ずかしすぎて言葉を紡ぎ紡ぎ、単語一個一個話すような口ぶりで今起きた事を説明する。
風呂から出たら人形に服を持っていかれてしまった事、服を頼んだらこの服が来てしまったこと、そして無理矢理着させられた事。

「あぁ……なるほど、つまりこの屋敷にはお前のその身体に合う服が使用人用の、それも婦人向けのそれしか無かったのだ」

「そんな、じゃあ今日はずっとこの服のままって事?」

「あぁそれとお前の着ていた服だが、恐らく人形がゴミと勘違いして捨てたと思うぞ。だから今日だけではなく今日以降ずっとだ」

「えぇ!?」

「はっはっは、まぁいいじゃないか、よく似合っているぞ」

そういうと男は指を鳴らす。
部屋の隅にあった姿見が滑らかに滑ってくる。

「ほら、こんなに使用人の服が似合う男もそうはおらんぞ」

「あ………」

鏡の中には可愛らしい服を着た人物が映っていた。
ヘッドドレスのせいなのか、自分でもそれほど悪くないと思え、一瞬でもそう考えてしまった事がとても恥ずかしかった。

「さて私の自己紹介やお前にはここで何をやってもらうかを伝えようと思っていたのだが、そんなに張り切られるとこちらも手の出し甲斐がある」

椅子に俺を座らせると、髪を手で撫でるように触り始める。

「話の前にもう少し私好みの姿にしてやろう」

段々と深く入り込むように男が頭を撫でていくと、触れられた場所がどんどん熱くなっていく。
マッサージをされているような感覚で、とても気持ちがいい。ずっと撫でられていたい、そんな気持ちになる。
ふと鏡を見ると、とろんとほぐれた表情で髪が肩ぐらいまである可愛い女の子の姿があった。
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