この恋は始まらない

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第二十一話・読者モデルで風夏ちゃん 一日目

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「小日向よ。とりあえず、俺を呼ぶの止めてくれない?」
お客さんの入れ替えの際。
俺は表に出ていた。
俺の知り合いが来る度に、顔を出して挨拶するのはまあいいだろう。
だって知り合いだからだ。
でも、小日向の同中の友達とか、面識ない人に挨拶するのは違うだろう。
正直、自分から話掛けるのが苦手な陰キャだけあってか、新しい人を紹介されても顔と名前が覚えられない。
覚えられないのに、街でバッタリ出会ってしまったら失礼である。
というのか、女子には友達には友達を知ってもらいたいみたいな習性があるのか?
「でも、友達の友達は友達だよ?」
ええい。
小日向特有のアットホームな幅広い友好関係は、俺には無理だ。
コミュ力が高過ぎる。
初対面の人と仲良しになれるのは、小日向くらいだ。
「いや、そう思ってくれるのは有り難いが、初対面同士は駄目だろ。微妙に気まずくなってたし」
「え~、普通に話していたじゃん」
「ああ見えて、裏側では高度な情報戦が行われていたんだよ」
二人とも小日向の知り合いだから、互いに信頼出来る人という認識で対面していた。
それでも異性となれば、信用たる男かと値踏みするのは当然で、女友達ならば正しい判断だ。
男が可愛い女の子に寄り付くのは得てして、見た目狙いだからだろう。
小日向に対して、そんな気持ちを抱いたことはないが、出来るだけ好感度は稼いでおきたい。
小日向の友達と、二人で会話しつつ、向こう側の苦労話を聞いてあげる。
小日向が自由過ぎるとか。
やばすぎるとか。
中学の林間学校で迷子になったとか。
中学三年間を共に歩んできた友達故か、話題には尽きなかった。
……苦労しているんだな。
脳内に鮮明なヴィジョンが出てくるあたり、小日向は前から変わらないんだな。
苦労が分かる仲間だけあってか、それからは劇的に仲良くなる。
共通の話題が小日向なのは、不服だけど。
小日向のお世話係が、中学時代の友達から俺に移行したという事実を味わう。

まあ、小日向の友達は通っている学校が違うし、危なっかしい小日向を制止出来る人がすぐ側にいて、かなり安心していた。
どんなに離れていても、友達思いなんだろう。
何かあった時用に連絡先をもらったけど、何か違うんだよな。
「途中から仲良かったよね? どして?」
「まあ、知らない方がいいこともあるんだよ」
「そう?」
本人はかなりのアホだけど、友達には恵まれていて羨ましいものである。
メイド姿で綺麗に着飾っているが、いつもと変わらない表情でこちらの反応を待っていた。
ちょっとした笑顔。
小日向が俺の出方を伺っている時に、よくやっている顔である。
子供みたいなやつだ。
「そうだな。小日向の友達がいい人で良かった」
「よかった」
小日向の友達もそうだが、重要なことを忘れていた。
小日向繋がりでちゃんと挨拶しないといけない人が来るんだった。
「そうだ。事務所の人も文化祭に来るんだろう? そろそろじゃないのか?」
「あー、そうだね。ライン見てくる。これ持ってて」
シルバートレイを手渡してくる。
いや、何で俺に渡してくるのか。
お客さんが来る前だし、テーブルに置いておけよ。
小日向は鞄からスマホを取り出して、ラインをチェックしていた。
「次の時間に予約しているから、もう来るって」
「へぇ、早いな。今のうちに裏方の準備終わらせてくるから、落ち着いたら呼んで」
「うん。分かったよ。私も化粧を直しておく」


「東山くん、ごめんねえぇぇぇ」
「何でこの人泣いているんですか?」
呼ばれた瞬間泣きながら謝られても、ただの罰ゲームなんだが?
事務所の人が五人ほど遊びに来てくれていたが、謝罪から入ったせいか空気が重い。
小日向のマネージャーである白鳥さんが、詳しく説明してくれる。
「この子が、他の子の仕事をダブルブッキングして、ウチの小日向を空いた枠の当て馬にしていたの。それをちゃんと謝りたいのだけど、この子、感情高ぶると泣いちゃうの。ごめんなさいね」
「ああ、この前いきなり仕事になったやつですか? 気にしてないですよ」
文化祭の準備の時に急遽仕事が入っていたっけか。
その理由がダブルブッキングだったのか。
仕事は多い方がいいのだが、小日向的には文化祭頑張りたかっただろうし、負担をかけた分だけ謝りたいのだろう。
「ごめんねぇ~」
「この子にはちゃんとケジメを付けさせるから安心してね」
「ぴぇん」
白鳥さんが謝っている隣で。
他のスタッフ二人が逃げられないように、羽交い締めにしていた。
関節技キメているが、仕事仲間だし大丈夫かな。
付き合いが長くて仲が良いのだろうけど、学生顔負けで騒がしかった。
俺の周りの人間の共通点なのか、みんな五月蝿い。
一番大人な白鳥さんは平謝りである。
「騒がしくして申し訳ないです。これでも真面目に謝罪しに来ていたはずなのですが……」
「まあ、元気そうで良かったってことで。……そうだ。コミケで作った本を渡したいので、受け取って頂けますか?」
夏コミ用に製本した小日向のイラスト集を渡す。
人数分には足りないかも知れないが、渡せる分全部を袋に入れて持ってきた。
白鳥さんは中身を確認する。
「ありがとうございます。お幾らお支払いすればいいのでしょうか?」
「いえ、お金は結構です。小日向の仕事仲間の方からは頂けませんよ」
「今日は仕事を忘れてプライベートで遊びに来ているので、貴方も忘れてもらえると有り難いです」
「オンオフってやつですね」
白鳥さんは出来た人で、子供の俺でも大人と同じように対等に扱ってくれていた。
「それで、お幾らですか?」
「一部千円です」
「は?」
ーーーーーー
ーーーー
ーー
「それだと、印刷費しか回収出来ないでしょう? この質の紙で製本していたら、元が取れないでしょう? イラストに費やした時間と労力に比べて、採算合わないと思いますが??」
白鳥さんの雰囲気が一転した。
やばい。
小日向と同じようなスイッチが入っている。
「それはそうかも知れないですが。同人誌の値段設定の大半はそんな感じですけど……」
安いとは思うが、値段設定は適正だ。
これ以上高値にしたら売れなくなるし、儲けを出している同人作家は少ない方だと思う。
特に俺みたいにイベント毎に数十部を刷っているサークルは、趣味全開の場合が多いし。
白鳥さんは、頭が痛そうにしていた。
「まあ、ウチの小日向と波長が合う時点で、好きなものへのベクトルが似ている可能性が高いとは思っていましたが……」
数万円を手渡してくる。
「貴方のファンからは、ちゃんとお金はもらってください。この本の価値を下げるのは、ウチの小日向の価値も下げることになります」
「貴方だけが関わっている作品であったとしても、貴方のキャラクターの価値を下げることになります。物を作る人間ならば、その価値を見誤らないでください」
「そうですね。すみません」

「あ~、ウチの御大将が白熱してるよ。東山くん可哀想だし、誰か止めてきてよ」
「白鳥さん仕事熱心だからね。無策で絡むと、アタシ達にダメ出ししてくるから沈黙が正解だね」
「白鳥先輩怖いからね。ファッション業界の中でもバリバリのキャリアウーマンだし」
「だから、白鳥マネージャーは結婚がre」


それから、白鳥さんから仕事に関する話をしてもらい、こちらはオタク文化やコミケの話をしていた。
白鳥さんは、特にコミケのアクセサリーサークルに興味を示していた。
小日向経由で話を聞いていたのだろう。
新しい文化を取り入れるのにも抵抗がないあたり、かなり凄い人なんだろう。
俺に助言したり注意してくれるだけでなく、俺が知っている同人活動の情報では、下の立場として素直に感謝して頭を下げていた。
正直それは困るんだが……。
「白鳥さん、また私達を巻き込むんですか?」
「人聞きが悪い。新規事業を開拓するのも仕事でしょう?」
「ウチのモデルを推していく為に、コスプレとか、趣味チャンネルはまだしも、アクセサリーの製作や販売はどうかと思いますよ? 事務所の人員足りませんし」
読者モデルの仕事一筋じゃなく、色々やっているんだな。
前に見学させて頂いた時は、撮影で一日が終わっていたけど、スタッフの人達は思っている以上に大変らしい。
「……率先して仕事をしてくれるなら、好きにやっていいわよ?」
「え? 今、何でもしていいっていいましたよね?」
「ええ、好きなだけ頑張っていいわ」
「好きなだけ……いい響きですね……」
上手く乗せられていた。
しかし、同人イベントは基本的に土日だから、時間外労働になるんじゃないかな。
まあ、深く追及するのは止めておこう。
やる気を削ぐのも悪いからな。


それから少し時間が経過し、各々でゆっくりとティータイムを楽しんでいた。
白鳥さん達は小日向を囲んで話をしており、内容までは聞こえないが、メイド服を着込んでいる小日向を褒めているのかな?
いや、メイド服の布の質の高さに興味津々であった。
「へぇ、メイド服ってコスプレ衣裳の割にはちゃんと作られているのね。いい生地使っているし、市販のやつじゃないわよね?」
「えっと、メイド喫茶のお店からレンタルしているので、既製品よりもかなりいいやつですよ」
スタッフの人に熱心に説明する小日向であった。
仕事のこととなると、誰よりも真面目だな。
事務所仲間の文化祭を遊びに来たというより、仕事の一環も兼ねて学生からアンケートを取っている感じだった。
メイク専門スタッフのみーちゃん?だっけか。
たしか、キレた小日向にシュークリーム口に放り込まれていた人だな。
その人は、地味めなクラスメートに声かけして、プロのメイクを披露していた。
専用のメイク箱を取り出して、複数のブラシを使い分けながら化粧をしていく。
化粧慣れをしていない女の子を、熟練の手付きで綺麗に着飾っていた。
化粧によって、普通の女の子がモデルになる。
限られた時間で素早く済ませる。
流石プロである。
先ほどまでの空気感とは違い、のほほんとした表情は凛とした鋭い目付きに変わっていた。

「あー、相変わらずだね」
仕事モードの同僚を見つつ、お菓子を食べながら優雅に傍観していた。
直接話すのは初めての人かな。
俺からしたら名前も分からない人だが、相手側はこちらをよく知っているのか、気兼ねなく接してくる。
「いつもあんな感じなんですか?」
「女子高生の化粧が出来るから張り切っているんじゃない? 風夏ちゃんの文化祭に遊びに来たのは本当だけど、こういう機会だと女子高生を合理的に拝めるからね」
「言い方……」
「ま、とりあえずよろしくね。初対面だし、握手でもしておこうかしら?」
握手して、名刺を受け取る。
「読者モデルをスカウトするのがワタシの仕事なの。よろしくね。ねえ、もしよかったら、可愛い女の子を紹介してくれないかしら?」
メイド服を着た女子を指差していた。
「なるほど。知らない成人女性が、女子高生に近付いたら事案ですもんね」
「ちょっ、女の子同士だし!? 捕まらないからね??」
「知りませんけど、スカウトしたいなら直接話したらいいじゃないですか。何で俺に聞いたりするんですか」
「ワタシだけなら見た目しか判断要素ないけど、君みたいな顔見知りなら、内面も分かるでしょう?」
「……俺なら小日向と仲いいし、事務所の方向性に合った人間を知っているだろうと思ったんですか」
「ご明察! だけど、君って案外性格悪いね。その捉え方するのは陰キャでしょ」
「否定はしませんが。……とはいえ、小日向と同等の逸材は居ないと思いますが?」
他の読者モデルの人は雑誌で見たことがある程度だが、 かなりの美人揃いである。
新しい人をスカウトするにしても、即戦力になるような人を求めているだろうし、この学校で探すのは適していないと思う。
「ほら、風夏ちゃんの親友いるじゃん。可愛い子」
「誰ですかね? 三人くらい居ますけど」
「じゃあ三人とも紹介してよ」
強欲で貪欲な人だ。
サラッと言っているが、みんなを紹介する権限はないし、小日向が教えていないことを教えるのも何か違うか。
紹介したらそれなりに責任は発生するから、不要な言動は出来ない。
当たり障りなく対応するべきか。
「ん~。話し掛けたいなら構いませんが、全員モデルには興味ないと思いますよ?」
「ええ。最初はそういうものだし、承諾がもらえればいいわ。誰かの知り合いなら、ワタシの交渉成功率が上がるもの」
ナンパ慣れしている野郎並みに強メンタルであった。
息抜きついでに、他の人のお菓子を勝手に食べている。
剛胆なのか、デリカシーがないだけか。
「間違えないように、俺の知り合いの名前を教えておきますね。紙に書くので、ちょっと待っててください」
「ありがとう。気が利くわね」
「いえ、小日向の知り合いなら、それくらいは手伝いますよ」
「あら、いい男。……色々してもらっているし、新しい紅茶もらうわ。ちゃんと売り上げに貢献しなくちゃね」
スタッフ全員分を頼んでくれた。
見た目や喋り方に似合わず、かなり優しい人なんだろうけど。

普通にスカウトは失敗していた。
よんいち組含め、西野さんや他の女子にもモデルに興味がないか聞いていたが惨敗だった。
理由は色々あれど、モデルに興味がある人間はこのクラスには居なそうだったし、小日向を知っている人間は彼女の生活の大変さを理解しているので、生半可な気持ちでは頷けなかったはずだ。
同性とはいえ、何人も断られていたら、心が折れるものだが。
「うんうん。でも、ガードが硬い女の子の方が燃えるわぁ」
強靭な心臓してるな、この人。


スタッフのみんなが帰るのを見送って、表から裏方に戻る。
あの後、色々な人に名刺を貰い、名前と顔が一致するまでにらめっこしていた。
裏方の仕事をしながら、空いた時間を使用して覚えることにする。
英語の単語帳眺めている感じで、名前と特徴を呟きながら意識付けしていく。
「東山、交代時間だぞ」
「ああ。ありがとう」
男子に代わってもらって、一時間休憩する。
入れ替わり立ち替わりでバタバタしているけど、疲れている時間はない。
休憩の二回目を一緒に回るのは、小日向だからだ。


「お待たせ!」
小日向はメイド服から制服に着替え直してきた。
予算の関係でクラスメートで着回してもらっているが、手間とか時間を考えたら失敗だったのかも知れない。
一々更衣室まで行って、着替えるのも大変だ。
クラスの女子は、みんな不平不満なく着替えてから休憩してくれているが、確実に俺の落ち度だろう。
着替える時間も加味して、西野さんや秋月さんが上手くシフトを回してくれていた。
クラス委員として失敗してばっかりだな。
人の優しさに甘えているから、何とかなっている。
裏方の男子達も何だかんだ協力的だ。
それが一層、悔やまれる。
「お疲れ様。すまないな」
「何で謝ってるの?」
「いや、着替えるの大変だろ?」
「あーね! でも私は着替えるのも楽しいから、問題ないよ」
読者モデルだから、着替えるのも好きなのか。
いつも以上に楽しそうにしているし、ご機嫌である。
「そうだな。……ありがとう。一時間しかないし、早く回るか」
「うん!」
お喋りしていても仕方ないので歩き始める。
小日向は他のクラスを覗きながら、いいお店がないか探していた。
「なに食べようかなぁ」
「え……? 二時過ぎなのに、今から飯食べるのか?」
最初の休憩で、めちゃくちゃ飯食べていた気がするんだが。
「いっぱいお仕事したらお腹が空くのは当たり前だよ」
「いや、そうだけど。お腹が空くのは早くないか?」
消化能力高過ぎ。
食べるの大好きな人間からしたら普通なのかも知れないけれど、よく食べるやつだなって常々思う。
それでいて幾ら食べてもプロポーションに影響しないのだから、特異体質なのか。
皮下脂肪が少ないと、その分お腹が空くのかも知れないな。
「今日はチートデーだからいいの。いっぱい食べても実質ゼロだから」
「そうか。我慢して機嫌悪いよりはマシだからいいけどさ」
小日向はそう言って、自分を納得させている。
文化祭を色々見ながら、小日向の食べ物を購入ていく。
お昼を食べているのだから、お腹が空いたとはいえど多少の加減はするだろう。
いや、相手は小日向だ。
無理な話である。
「たこ焼きとお好み焼き。あ、たい焼きも食べたいよね!」
軽快なステップで買っていく。
冷凍食品三種の神器みたいなやつを全部食べる気であった。
祭り気分になり、はしゃいでいるみたいだ。
いやまあ、金を出すのも食べるのも小日向なので、口出しするのも本来なら違うが。
小声で話す。
「なあ、全部食べ切れるのか?」
「二人で食べるなら普通でしょ?」
「俺は別に腹減ってないぞ……?」
「……せっかくだから食べて」
勿体ないんだけど。
買う前に聞いておけばよかった。
俺は甘いの苦手だから、たい焼きは食べられないしな。
作ってくれた人には申し訳ないが、半分くらいは後で食べることにする。
熱々の方が美味しいたこ焼きなどは早めに食べるとして、冷めても美味しいやつは後回しだな。
「あとは食べる場所だね」
「どこも混んでいるっぽいな」
外部のお客さんもいるから、飲食スペースは満員だった。
「いつもの場所はどう?」
「いつもの?」
そこは何処のことを指しているか分からなかったが、小日向がスムーズに歩いていくから、何となく分かってしまった。
漫研の部室をプライベートスペースにするのはどうかと思うが、誰も来ない場所としては有りだな。
文化祭だというのに、静かなものだった。
展示物を観に来てくれないのは悲しいけどさ。
部室の中はあまり変わらず。
机にテーブルクロスを敷いて、各々の作品を展示していた。
部長や俺含めて、一般向けの漫画を書いている人は同人誌を持ってきていて、他の部活メンバーはイラストを数枚飾っていた。
「誰も居ないか……」
俺は気にしないが、みんな普通に絵が上手いし、見てもらいたいんだがな。
まあ、やばい絵を描くのが本職の同人作家もいるから、一般人は呼べないんだけどね。
漫研の作品は見てもらいたいが、周知させてはいけない日陰者ばかりだ。
とりあえず俺が使っている机の上を片付けて、食べるスペースを確保する。
テーブルクロスと同人誌は邪魔なので、部長の机の上にでも置いておくか。
「いつもの机は使っているし、今日は俺の机を使って」
「私の机……」
いや、借りてるだけだろ。
表情に悲壮感あるけど、何度もよだれで汚してるの知っているんだが。
大切なら、もうちょっとは綺麗に使ってやってくれよ。
「ほら、温かいうちに食べろよ」
「そうだね。たこ焼きは熱々じゃないと美味しくないもんね」
熱々のたこ焼きを頬張る。
いや、辛そうにしてまで一口で食べる意味よ。
「お茶飲むか?」
「はふはふ、大丈夫!」
飯漫画みたいに美味しそうな食べ方をするもんだなと思いながら、眺めていた。
「半分食べて」
「ええ……、量多くないか?」
八個入りの四個を俺に寄越してきた。
それに加えて、お好み焼きも渡してくる。
すまないが、たい焼きはいらん。
「男の子ならこれくらい普通じゃない? 量は私と同じだし、成長期だからいっぱい食べて」
「高校生だし、これ以上成長しないと思うが……。お言葉に甘えるわ」

それから黙々と食事をしながら、まったりしていた。
特に会話することもない。
適当に過ごす。
部室に居る時は、そういう空気感がある。
双方共に、会話がなくても気にしていなかった。
小日向が食べる度に美味い美味い言っているので、ツッコミを入れるべきか悩んでいたくらいだ。
「そういえば、漫画研究部の展示見せてよ」
「ん? ああ、俺のやつね。昔の同人誌で良かったらどうぞ」
俺のサークルで描いているメイドさん本①から、最新刊までを持ってきていたので、小日向に渡す。
「ほうほう」
「つか、ツイッターに上げているのと内容一緒だぞ?」
「そうなんだ。でも、スマホだと画面小さいから、こっちの方が見やすくていいよね」
「そうか? 今どきのやつにしては、紙媒体が好きとか珍しいな」
「だって、いいものは手元に置いておきたいじゃん」
小日向らしい返しにビックリした。
「まあ、そうだな。ありがとう」
「もがもが??」
「いや、食べながら喋るなよ。待ってるから」
会話の途中で、たい焼きを頭から頬張る必要あった??
読者モデルだというのに、花より団子だ。
食べている表情は幸せそのものだし、カロリーの取りすぎで後悔しない程度に楽しむのはいいと思う。
それにしても食べ過ぎだけど。
小日向が、たい焼き一個を食べ切るまで静かに待っている。
「絵を描くの楽しい?」
「ん? ああ、楽しいよ」
「そっか。よかった」
小日向は上機嫌らしく、鼻歌交じりである。
「そういう、小日向は最近どうだ?」
「楽しいから大丈夫だよ」
「そうか」
「うん」
まじか。
一言で終わった。
文化祭の準備ばかりだったためか、こうして二人で会話する機会は少なくなっていた。
だから、いつもより多少は会話を広げるべきなんだが、小日向は機嫌よく同人誌に目を通していたので静かにしておく。
ストレスに弱くて、テンションの起伏が激しいやつだから心配していたが。
今は大丈夫そうだな。
俺は気付かれないくらいの小さな溜め息を吐く。
正直、文化祭の対応で疲れてしまった。
色々な人と挨拶を交わし、無茶振りされたり、訳が分からん絡み方ばかりされていたが、面と向かってちゃんと挨拶しないといけない人達だった。

特に小日向のマネージャーの白鳥さんには、クリエイターとして叱られてしまったし。
考えさせられることばかりだ。
こうして毎日パソコンに向かい合い。
小日向のイラストを描くことで、俺が思っている以上に色々な人が絵を見ていて、応援してくれていた。
ツイッターだけでなく、リアルでも声を掛けてくれるし、サインをお願いされることだってある。
ガチで俺のファンの人は、小日向のイラストだけではなく、メイドのイラストだって応援してくれる。
俺からしたら過剰なくらいに褒められている気がして、周りの人の気持ちに応えられているのか不安になる。

でもまあ、絵を描くのは楽しいし。
色々な人と関わることが増えて、時間に追われるのは大変だけど、他者から学ぶことは多い。
性格はアレだが、メイドさんにせよ。レイヤーさん達にせよ。
その道のプロばかりだしな。
「ねえねえ」
「ん? どうした?」
「メイドさんってお仕事は実際にあるのかな? ほら、お食事作ったりお掃除したりして」
「実際にあるのかは分からないが……。やっていることは、ハウスクリーニングとかと一緒だしな。似た職業はあるんじゃないか?」
「でも、それだと何か違うよ? ハウスクリーニングはおば様だもん」
そりゃそうだな。
ハウスクリーニングのおば様にメイド服を着せるわけにもいかないしな。
「文化祭でメイド服を着て、そういう仕事に興味を持ったのか?」
「うん。可愛い衣裳を着て仕事をしたら楽しいもん。他の子も同じだよ」
「でも小日向の本職は読者モデルだろう? メイド服を着て仕事をするのもなぁ……」
小日向の性格からして、家事が出来るタイプじゃない。
やんわりと流しておくか。
読者モデルじゃない仕事をしている小日向は何か嫌だし。
「そうだな。メイド服を着て、家の手伝いでもしてみたらどうだ? 家の手伝いなら、小日向のお母さんも喜んでくれるだろう?」
「ほうほう。その手があったね」
「でも、手伝うのはお茶を淹れるくらいでいいからな? 火とか危ないものに触れる仕事はするなよ?」
「もー、子供じゃないんだから心配しなくていいよ。料理だって得意なんだから」
無理な話だ。
小日向は中学の妹と同等レベルの危なっかしいやつだぞ。
先ほどまで紅茶を配膳するだけで、滅茶苦茶に緊張をしていたではないか。
「いやもう、今更だが、小日向は読者モデル一筋でいいんじゃないか? それ以外の仕事はしなくていいだろ?」
「他にも色々やりたい」
わがままなやつめ。
元からファッション脳筋なんだから、他の武器を担いでも戦えないやん。
「いやいや、小日向は配信とかもしているじゃん。これ以上色々する必要あるか?」
「あるよ! みんなの為にも、ファッション業界を盛り上げていかないとね」
「……ようやるわ」
「東山くんも一緒だよ」
「やっぱりそうなるよな」
「私達は、一心同体だからね!」
どやっ。
笑顔の小日向は可愛かった。
流石、世界一可愛い読者モデルなだけある。
「ああ、そうだな」


それから休憩が終わって教室に戻り、小日向が買い過ぎて余らせた食べ物を、裏方の男子連中にあげる。
「俺の食べ残しですまないが食べてくれ。たい焼きは手をつけてないから安心して」
「サンキュー」
「甘いの好きだから、助かる」
男子だけあってか、気にせずパクパク食べてくれていた。
可愛いやつらめ。
俺はエプロンを付けて、アルコールで手を消毒する。
「表ばかり出てしまってすまない。残り時間はしっかり働くからよろしくな」
「東山」
俺の名前を呼び、拳を出してくる。
拳と拳を合わせて。
「うぇーい。大変だろうけど、最後まで頑張ろうぜ。みんなで一致団結ってやつだ」
「ああ、ありがとう」
陽キャのノリには抵抗あるけど。
たまには悪くないな。


最後の最後は、男子連中と頑張って裏方で過ごし、文化祭一日目は終わっていった。
怒涛過ぎる一日だったが、とても楽しい。
明日はもっと頑張ろう。
そういう気持ちにさせてくれていた。
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