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17章 魂の冒涜
傷跡
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再生能力の落ちたキメラは、ボロボロになった体で生きようと、必死にもがいていた。
自らが生み出された理由は判らない。
それでも、生きねばならぬという自身の役割だけは、本能が語りかけて来る。
(イキナケレバ……アノコタチノタメニモ……アノコタチ?)
魔物の暴力性に蝕まれ、クェインの精神は既に崩壊している。
だが、眼前に立つ二人の小さな魔法使いの顔が、どこかで見た気がして……
手を握り立つルインとアネシアルテは、変わり果てたクェインに最後の時を与えようと、残り少ない魔力を練る。
人ではなくなったクェイン。せめて最後だけでも美しく。
魔法行使はアネシアルテの役目だ。
彼女が選んだ魔法は、水属性の亜種である氷属性魔法。
その中でも最上位に位置する物を。
アネシアルテの魔力で足りない分が、ルインの魔力から消費される。
その量も尋常ではなく、手足から力が抜けていき、立つのも億劫になってきた。
だが気力で踏みとどまる。
彼の、二人目の母親の最後である。
倒れている暇などない。
十分な魔力が集まると、アネシアルテの声が部屋に響いた。
「凍てつく氷よ。彼の者に安らかな眠りを。儚くとも美しい最後の時を。完全氷結!!」
キメラの周囲に白い靄が漂う。
部屋の中の温度が急速に下がり、壁には霜が降り始めた。
少しの間をおいて、突然巨大な氷樹が、キメラの足下から突き出した。
透き通った青の氷。
周囲の白い靄は、魔法光を受けて輝く氷の結晶に変わる。
氷樹は天井に突き刺さる程巨大で、時間を経るごとに更に成長し大きくなっていく。
その荘厳たる魔法の前では、中に埋められた生物がどんなに醜悪であろうとも、どことなく美しさを感じてしまうだろう。
太い幹に飲み込まれたキメラに身動きなど取れる筈も無く、氷の中で化け物は安らかに息絶えた。
そんな状態でも狂った笑みを浮かべるクェインの顔。
その顔に向かって、アネシアルテは最後の言葉を投げかける。
「母様……今までありがとうございました」
巨大な氷樹は砕け散り、氷霧となって吹き荒れた。
体の芯まで氷漬けになったキメラも、氷と同様跡形も無く消え去る。
キラキラと舞う氷霧に息をのむ二人。
幻想的なその景色を心行くまで眺め、それらが全て消え去る頃、部屋の中も温かくなり全ての終わりを迎えた。
ルインとアネシアルテは満身創痍だ。
魔力もつきかけで、体も傷だらけ。
今すぐにでも眠りにつきたいところだが……状況がそれを許さない。
びしりと、頭上で不穏な音が響いた。
二人が見上げれば、先の氷樹で出来た天井の大穴が見える。
砕ける音はさらに続き、ルインには次に起こるであろうことが容易に想像できた。
「これって……」
「うん……早く逃げないと」
二人は階段目掛けて駆け出した。
ルインらが階段へと辿り着く頃、本格的な崩壊が始まる。
辛うじて堪えていた天井から大岩が降り注ぎ、岩壁も崩れ始めた。
その中で、アネシアルテは不意に足を止める。
部屋の中から何かが聞こえたのだ。
声に誘われ、振り向いて部屋の中を見るとそこには、クェインの姿が……見えた気がした。
「アネシア!早く!」
ルインの呼びかけに我を取り戻すと、アネシアルテは、さようならと呟き階段を駆け上る。
たとへ幻聴だとしても、彼女はその言葉を忘れないだろう。
『ありがとう、アネシア』
その言葉はもう、誰の耳にも届かない。
事後処理はそれは大変な物だった。
二人が必死の思いで研究所から転がり出た時、研究所とその周囲にあった空き地が陥没し、巨大な穴が出来たのだ。
空き地に隣接する家も倒壊する大惨事となったが、幸い人的被害は無かった。
唯一、研究所に預けられていた患者、そしてグレゴス・ファルトナードが、行方不明として扱われることになった。
当然、直前にその場にいたであろうルインとアネシアルテに、詳細を求める声が多数かかる。
だが二人は、計ったように口を噤んだ。
疑る者も多かったが、包帯だらけで寝台に横たわる子供を見た者達は、二人も被害者と思いこみ、それ以上言及することをしなかった。
事の真相は、カルタネシアにのみ伝えられた。
証拠は何もなかったが、彼は子供らの言うことを素直に信じる。
「そうか……お前たちに最後を看取って貰えて、あいつも嬉しかっただろう」
それが不幸中の幸いだと語った。
ルインらが口を噤むことで守られる者は多かった。
化け物となり果てたクェインの尊厳、グレゴスの社会的地位、感死病の治療を受けていた者達が、人間である内に死ぬことが出来た事を喜ぶ者までいた。
陥没した土地は、埋め立てられることに決まる。
瓦礫の数もすさまじく、それらをすべて取り除くなどいくら時間があっても足りない。
地属性の魔法を用いたとしても、瓦礫だけを取り除くなんて器用な真似は出来ず、死者をいたずらに傷つけるだけとして、そのまま埋葬し墓を建てることになったのだ。
事件より一月もする頃には、綺麗に整地された研究所跡地に、偉大なる錬金術師、グレゴス・ファルトナードと、その患者たちの名前が刻まれた墓標が立ち、事故は過去の物として扱われるようになっていた。
元の生活に戻るには、暫しの時間がかかるだろう。
ルインとアネシアルテが受けた精神的被害も大きく、カルタネシアにも、愛する人が死んだことを受け入れ、立ち直る時間が必要だ。
ルインもアネシアルテも、この時ばかりは、魔法学校が休校であることを喜んだ。
自らが生み出された理由は判らない。
それでも、生きねばならぬという自身の役割だけは、本能が語りかけて来る。
(イキナケレバ……アノコタチノタメニモ……アノコタチ?)
魔物の暴力性に蝕まれ、クェインの精神は既に崩壊している。
だが、眼前に立つ二人の小さな魔法使いの顔が、どこかで見た気がして……
手を握り立つルインとアネシアルテは、変わり果てたクェインに最後の時を与えようと、残り少ない魔力を練る。
人ではなくなったクェイン。せめて最後だけでも美しく。
魔法行使はアネシアルテの役目だ。
彼女が選んだ魔法は、水属性の亜種である氷属性魔法。
その中でも最上位に位置する物を。
アネシアルテの魔力で足りない分が、ルインの魔力から消費される。
その量も尋常ではなく、手足から力が抜けていき、立つのも億劫になってきた。
だが気力で踏みとどまる。
彼の、二人目の母親の最後である。
倒れている暇などない。
十分な魔力が集まると、アネシアルテの声が部屋に響いた。
「凍てつく氷よ。彼の者に安らかな眠りを。儚くとも美しい最後の時を。完全氷結!!」
キメラの周囲に白い靄が漂う。
部屋の中の温度が急速に下がり、壁には霜が降り始めた。
少しの間をおいて、突然巨大な氷樹が、キメラの足下から突き出した。
透き通った青の氷。
周囲の白い靄は、魔法光を受けて輝く氷の結晶に変わる。
氷樹は天井に突き刺さる程巨大で、時間を経るごとに更に成長し大きくなっていく。
その荘厳たる魔法の前では、中に埋められた生物がどんなに醜悪であろうとも、どことなく美しさを感じてしまうだろう。
太い幹に飲み込まれたキメラに身動きなど取れる筈も無く、氷の中で化け物は安らかに息絶えた。
そんな状態でも狂った笑みを浮かべるクェインの顔。
その顔に向かって、アネシアルテは最後の言葉を投げかける。
「母様……今までありがとうございました」
巨大な氷樹は砕け散り、氷霧となって吹き荒れた。
体の芯まで氷漬けになったキメラも、氷と同様跡形も無く消え去る。
キラキラと舞う氷霧に息をのむ二人。
幻想的なその景色を心行くまで眺め、それらが全て消え去る頃、部屋の中も温かくなり全ての終わりを迎えた。
ルインとアネシアルテは満身創痍だ。
魔力もつきかけで、体も傷だらけ。
今すぐにでも眠りにつきたいところだが……状況がそれを許さない。
びしりと、頭上で不穏な音が響いた。
二人が見上げれば、先の氷樹で出来た天井の大穴が見える。
砕ける音はさらに続き、ルインには次に起こるであろうことが容易に想像できた。
「これって……」
「うん……早く逃げないと」
二人は階段目掛けて駆け出した。
ルインらが階段へと辿り着く頃、本格的な崩壊が始まる。
辛うじて堪えていた天井から大岩が降り注ぎ、岩壁も崩れ始めた。
その中で、アネシアルテは不意に足を止める。
部屋の中から何かが聞こえたのだ。
声に誘われ、振り向いて部屋の中を見るとそこには、クェインの姿が……見えた気がした。
「アネシア!早く!」
ルインの呼びかけに我を取り戻すと、アネシアルテは、さようならと呟き階段を駆け上る。
たとへ幻聴だとしても、彼女はその言葉を忘れないだろう。
『ありがとう、アネシア』
その言葉はもう、誰の耳にも届かない。
事後処理はそれは大変な物だった。
二人が必死の思いで研究所から転がり出た時、研究所とその周囲にあった空き地が陥没し、巨大な穴が出来たのだ。
空き地に隣接する家も倒壊する大惨事となったが、幸い人的被害は無かった。
唯一、研究所に預けられていた患者、そしてグレゴス・ファルトナードが、行方不明として扱われることになった。
当然、直前にその場にいたであろうルインとアネシアルテに、詳細を求める声が多数かかる。
だが二人は、計ったように口を噤んだ。
疑る者も多かったが、包帯だらけで寝台に横たわる子供を見た者達は、二人も被害者と思いこみ、それ以上言及することをしなかった。
事の真相は、カルタネシアにのみ伝えられた。
証拠は何もなかったが、彼は子供らの言うことを素直に信じる。
「そうか……お前たちに最後を看取って貰えて、あいつも嬉しかっただろう」
それが不幸中の幸いだと語った。
ルインらが口を噤むことで守られる者は多かった。
化け物となり果てたクェインの尊厳、グレゴスの社会的地位、感死病の治療を受けていた者達が、人間である内に死ぬことが出来た事を喜ぶ者までいた。
陥没した土地は、埋め立てられることに決まる。
瓦礫の数もすさまじく、それらをすべて取り除くなどいくら時間があっても足りない。
地属性の魔法を用いたとしても、瓦礫だけを取り除くなんて器用な真似は出来ず、死者をいたずらに傷つけるだけとして、そのまま埋葬し墓を建てることになったのだ。
事件より一月もする頃には、綺麗に整地された研究所跡地に、偉大なる錬金術師、グレゴス・ファルトナードと、その患者たちの名前が刻まれた墓標が立ち、事故は過去の物として扱われるようになっていた。
元の生活に戻るには、暫しの時間がかかるだろう。
ルインとアネシアルテが受けた精神的被害も大きく、カルタネシアにも、愛する人が死んだことを受け入れ、立ち直る時間が必要だ。
ルインもアネシアルテも、この時ばかりは、魔法学校が休校であることを喜んだ。
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