救世の魔法使い

菅原

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18章 御伽噺

親子

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 史上稀に見る大戦が終わったとはいえ、毎日祭りに明け暮れているような暇は、町人たちにない。
数日後には祭囃子も鳴りを潜め、多くの人は日常の中に戻っていった。
ルインも最初こそ祭りに現を抜かしてはいたが、学校長の帰還から、直ぐに魔法学校が再開するであろうと予想し、その準備を始めていたところだ。

 ところがどうしたことか。
十日経っても二十日経っても、目当ての報せがルインの下に届くことは無く、気づけば越冬までしてしまったではないか。
魔法学校休校の理由が、学校長不在であるのならば、学校長が戻ってきた今、直ぐにでも開校出来る筈である。
 その疑問を感じたのはルインだけではない。
共に魔法学校からの報せを待っていたアネシアルテも、変わらずに続く自由な日々に首を傾げていた。

 疑問を持ちつつも、魔法学校へと続く転送魔法陣が止まっている今、生徒から魔法学校への連絡手段など無く、事の真相は確かめようもない。
二人はもやもやした気持ちを抱えながら、今年もまた、アネシアルテの誕生会の日がやって来た。

 
 その日は、アネシアルテの十七歳になる誕生会。
この年になる頃には、既に自立する子らも何人かいるのだが、カルタネシアは少なくとも、魔法学校を卒業するまでは娘の誕生を祝うつもりでいた。
今回も来訪する人らを招き入れ、宴が催される。

 二年前の誕生会で、アネシアルテがルインの名前を出して以来、彼女の誕生会に訪れる貴族は大きく数を減らしていった。
それから二回目ともなると、本当に祝福をしてくれる者だけが姿を現すようになり、アネシアルテにとっても喜ばしい宴となる。

 例年通り、純白のドレスに身を包むアネシアルテ。
年を経るごとにその美貌は磨きがかかり、エルフの血も相まって、誰に聞いても口をそろえて美女と答える程に美しく育っていた。
 更に、ルインの立ち位置もこれまでと少々異なり、以前はアネシアルテの背後に仕えていたのだが、今では肩を並べて歩き、共に来賓客と挨拶を交わすまでになっている。
右の顔を隠す鬼の面は頗る目立っていたであろうに、貴族故の嗜みか、誰にも言及されることは無い。
また、二人の関係ももはや周知の事実であるようで、茶化すような言葉も一切無い。
主であるカルタネシアも、そういった話が上がっても拒否することをしなかった。


 来賓客と共に、宴を楽しむルインとアネシアルテ。
そこへ、給仕長から声がかかった。
「お楽しみの処を失礼いたします。カルタネシア様があちらでお呼びです。お急ぎとのことなので、申し訳ありませんが、足を運んでいただけませんでしょうか?」
共にいた来賓客も空気を読み、二人は別れて案内を受ける。

 声に誘われてそちらへ向かうと、小さな男児を連れた、一つの夫婦の姿があった。
二人はカルタネシアと仲睦まじそうに話している。
その二人の姿を見て、ルインの身体が固まった。
 狼狽するルインを気遣って、アネシアルテが声をかける。
「……どうしたの?」
どうもこうもない。
そこにいたのは、忘れたくても忘れられない……
「僕の……父と母です」
彼の脳裏に、忌々しい記憶がよぎる。

 ルインの記憶の中にいる両親は、二つの顔を持っていた。
一つは優しく笑う顔。もう一つは恐怖に歪んだ顔。
前者の両親は、幼き自身を優しく撫で、絵本を読んでくれて、多くの愛を注いでくれた。
後者の両親は、食事に薬を仕込み、眠った自身を貴族に売り払った。
 カルタネシアと話をする二人は、当時のことなど覚えていないかのように、笑いながら小さな子供の頭を撫でている。

 カルタネシアは、ルインとアネシアルテの存在に気付くと、声を上げ手招きをした。
「おお、来たか二人とも。こちらだ」
彼の視線を辿って、ルインの父と母も視線を移す。
すると途端に、二人の顔が驚愕に染まった。
 まるで死者の霊を見てしまったというような眼差し。
異様な仮面をつけていようとも、数年の間で成長していようとも、その顔は忘れない。
「カルタネシア様!?あいつはもう奴隷ではなくなったって……!」
態と聞こえるように言っているのでは、と思わせる程、大きな声でカルタネシアへと詰め寄る。
ところがカルタネシアは、怯えて騒ぐ父親を飄々とあしらっていく。
「私は何も間違ったことは言っていませんよ。彼はもう奴隷ではありません。我がセイムセイン家の家族ですから。勿論、他の奴隷や給仕たちも、大切な家族ですよ」
 ルインの両親は、それが詭弁であることを知っている。
だが余りにも堂々という物で、二人とも声が出せなかった。


 ルインは誘われるままにその輪へと加わる。
居心地は最悪だ。話すことなど思い浮かばないし、そもそもどういった態度でいればいいのか分からない。
だがアネシアルテは違った。
目の前の夫婦はルインを……自らの子を薬で眠らせ売り払ったのだ。
そんなものは親のすることではない。
彼女は珍しく、貴族であることを利用して、ルインの両親を困らせることにした。
 ドレスの裾をつまみ上げ、丁寧に恭しくお辞儀をする。
「初めまして、フォルト様。アネシアルテ・セイムセインと申します。ルイン君にはいつもお世話になっております」
余りに礼儀正しく挨拶をするアネシアルテに、二人は気圧された。
そしてその美しい唇から、売り払った我が子の名が出てくると、冷や水を浴びたように震えあがる。

 萎縮してしまった夫婦とは、それから会話といえるものは生まれなかった。
アネシアルテがルインを褒めれば、ええ、とか、まあ、とか呟くだけ。
カルタネシアがルインを褒めれば、冷や汗を流して恐縮し、ひたすら頭を下げるだけだ。
ルインはそんな両親を見ながらも、その間一言も言葉を発しなかった。
 居たたまれなくなったルインの両親は遂に、話を遮り逃げるように立ち去ろうとする。
だがその時、二人が連れてきていた男児が、ルインに声をかけた。
「あの……ルイン様は、お父さんとお母さんの知り合いなんですか?」
 この問いかけに、ルインはどう答えようか悩む。
本当の事を伝えるべきか、当たり障りのない嘘を言ってごまかすべきか。
周囲の人らは口を挟む気はないらしく、少しの静寂が辺りを包んだ。


 暫く時間をおいて、ルインは口を開く。
「君のご両親には……以前大変お世話になったんだ。お父さんは力持ちで、間違ったことが大嫌いだった。お母さんは優しくて、料理がすごく上手。二人とも立派な人で……だから、君はお父さんとお母さんを大切にするんだよ?」
「はい!分かってます!」
男児の元気な返事を聞いて、ルインは安心した。
(この子ならばきっと大丈夫。あの時の僕よりも、しっかりしているのだから)
ルインは、当時の自分と目の前の男の子を比べ、その先を想像する。
彼が成長し、愛する人と一緒になり、親子そろって食卓を囲む幸せな光景を。
(そこにはもう……僕の居場所はないんだ)
それが少し切なくて、少し悲しくて……ルインは両親に一つ礼をすると、すぐにその場を後にした。

 立ち去る息子の言葉を聞いた父親は、思わず手を伸ばす。
あの日手放してしまった大切な物を、取り戻すために。
だが、その手は息子に届くことは無い。
 手を払ったのはカルタネシア。
彼は無言で愚かな父を叱る。
愛すべき子を自ら手放しておいて、今更どの面をして抱きしめる気なのか。
貴様は親が持つその権利を、自ら手放したのだ、と。
 カルタネシアの鋭い目に、父は歯を食いしばりながら手を戻す。
それから一つ頭を下げると、親子三人そろって屋敷から去っていった。


 誕生会も終わりに近づき、来賓客が軒並みセイムセインの館を後にする。
奴隷と給仕たちはそれぞれ後片付けに追われ、宴の主役となったアネシアルテも漸く出番を終えた。
久しぶりに人前に出て疲れが出たのか、足取りが重いアネシアルテに向けて、ルインが声をかける。
「お疲れ様、アネシア。後は僕たちで片付けとくから、部屋に戻って休んでたら?」
「ありがとう、ルイン。でも貴方も疲れたでしょう?久しぶりにご両親に会って」
あれだけ酷い扱いをされた人らとの再会が、全く影響しないわけが無い。
それでもルインは、周りの人に心配させまいと、笑顔を振りまく。
「僕も少ししたら休ませてもらうさ」
「そう……じゃあ悪いけど、先に休ませてもらうわね」
額に少し汗を浮かべながらも、笑顔でそう答える。

 アネシアルテが自室へ向けて踵を返し、一歩足を踏み出した……その時。
不意に、彼女の足から力が抜け、そのまま崩れ落ちた。
「危ない!」
ルインは咄嗟に抱き抱えるが、アネシアルテは苦しそうな顔を浮かべながら、意識を失ってしまう。
その様子にただならぬものを感じ、彼は大声を上げた。
「誰か!誰か来てください!アネシアが……!」
宴の終わった屋敷内が、再び騒がしくなる。
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