先生、教えて。

オトバタケ

文字の大きさ
4 / 66

 これも書けるあれも書ける、と直人が得意気にノートに綴る漢字を眺め、好きだと教えてくれた絵本を読んでやっていると、いつの間にか窓の外が緋色に染まっていた。

「そろそろ夕飯を作んなきゃいけない時間だな。ナオくん、先生のお手伝いをしてくれるか?」
「うん、するっ!」

 勢いよく立ち上がって部屋を出ていこうとする直人を止め、机の上の片付けをするように言う。
 しかし、やり方が分からないのか困ったように眉を下げた。

「先生も手伝うから一緒にやろう」
「はいっ!」
「ノートは閉じてここに置いて、鉛筆はここに入れて」

 俺の指示通り、片付けをしていく直人。

「先生、ぼく、お片付けできたよ」
「上手に出来たな。先生も手伝うから少しずつ出来ることを増やしていこうな」
「なんでもできるようになったら、お母さまとけっこんできる?」
「んー、結婚は出来ないけどお母様は喜ぶはずだぞ」
「ほんとぉ? じゃあ、ぼく、がんばるね」

 三歳児が大好きな母親を喜ばせたいと思うのも、結婚したいと思うのも当然のことじゃないか。
 俺でさえ抱いていた感情なのに胸の奥がジクジク痛むのは、片付けをさせたことのない過保護すぎる母親に苛立っているせいだろうか?

 キッチンに入ると、夫人が冷蔵庫の中を覗いていた。

「夕飯は俺が作ります」
「ぼくもお手伝いするよ」

 俺に続いて宣言する直人に、振り返った夫人の目尻が下がっていく。

「今日はハンバーグを作ろうと思っていたの。先生、お願いしてもいい?」
「ハンバーグですね。分かりました」

 冷蔵庫から必要な食材を取り出して作業台に置くと、キラキラと瞳を輝かせて指示を待っている直人と目があった。

「じゃあナオくんは、レタスをこういう風に千切ってザルに入れてくれ」

 サラダ用にレタスを三枚ほど剥き、一口大に千切ってザルに入れる。
 レタスを直人に渡すと、真剣な眼差しで千切り始めた。
 その様子を夫人が見守っているのを確認し、俺は玉葱を微塵切りにしていく。

「先生、できたよ」

 粗方野菜を切り終えると、ザルを大事そうに抱えた直人が近付いてきた。

「上手に出来たな。次は肉を捏ねて貰おうかな」
「うん。がんばるっ!」

 ボールに入れた挽き肉を捏ねてみせてやると、粘土遊びのようだとでも思ったのか、直人の口角がニヤリとあがった。

「遊びじゃないからな。みんなが食べるものだから大事に捏ねるんだぞ」
「うん、あそばない。ちゃんとやる」

 俺の手付きを真似て、懸命に挽き肉を捏ねていく直人。

 三十分後、ハンバーグとサラダ、野菜スープとご飯の夕飯がダイニングテーブルに並んだ。

「いただきます」

 ちゃんと手を合わせて夕飯を食べ始めた直人は、意外にも箸使いが綺麗だった。
 だが、口に上手く入れられずに口の周りをデミグラスソースでベトベトにしている。
 幸せそうにモグモグしている顔に微笑ましさを覚えながら、また口の端にソースを付けて直人に指で拭き取られないように気を付けて、俺もハンバーグを食べる。

「先生、ハンバーグすごくおいしいよ」
「ナオくんが一生懸命捏ねてくれたからだな」

 直人のお陰なのか、いい肉を使っていたせいなのか分からないが、今まで作った中で一番美味いハンバーグだった。
 俺と直人は勿論、体の細い夫人まで完食して夕飯は終わった。

「先生、ナオくん、ありがとう。とっても美味しかったわ」

 夫人の言葉と空になった皿を見て満足げに微笑んだ直人が、ティータイムの時と同様に食洗機に器用に食器を入れると、後は任せてという夫人を残してリビングに向かった。

「先生、いいもの見せてあげるね」

 リビングに入ると壁際に置かれたキャビネットに向かった直人は、引き出しを開けてガサゴソとやり、何かを抱えてソファーにやって来た。

「先生、こっちにきて」

 ティータイムの時に座った一人掛けのソファーで待っていると、直人が昼寝をしていた長いソファーの方に手招きし、隣に座るように言ってきた。
 移動して腰掛けると、大事そうに抱えていたものをテーブルに置いた直人。

「アルバム?」

 直人が抱えていたのは、年季のはいった古いアルバムだった。
 直人の長い指が厚い表紙を捲ると、今より少し若く見えるウエディングドレス姿の夫人と、五十くらいのタキシード姿の男性が写っていた。

「お母さまとお父さまのけっこんしきの写真なんだよ」

 直人の父親である国重氏は、四年前に亡くなっていると依頼書に記されていたのを思い出す。

「お父さまは、博士なんだよ。今は遠いところでお仕事をしてるから、帰ってくるまでぼくがお母さまを守るの」

 ぎゅっと拳を握って宣言する直人は、父親が亡くなったことを理解していないのだ。

「ナオくんなら、お母様を守ってあげられるよ」

 純粋すぎる直人を抱き締めてやりたい衝動に刈られたが、そうしてしまったら、父親の不在が永遠の不在なのだを伝えてしまうことになりそうで、グッと我慢してそう告げた。
 俺の言葉を聞いた直人は、嬉しそうに笑った。

 暫く一緒に国重夫婦の結婚式のアルバムを眺めていると、直人が股間を押さえてモジモジしだした。

「先生、おしっこしたい」
「え、あぁ。トイレはどこだ?」
「リビングのとなり」

 依頼書には排泄補助が必要だと書いてあったが、どこまで補助をしたらいいのかが分からない。
 夫人に確認したいが、直人の状態を見ると確認をしにいく余裕はなさそうだ。
 直人の腕を掴み、トイレに向かう。

「自分で脱げるか?」
「先生、もれちゃう」

 首を左右にブンブンと振る直人が、切羽詰まった声をあげる。

「分かった、今脱がせてやるな」

 膝立ちになり、手早くズボンのボタンを外してチャックを下げ、下着共々下げる。
 すると、雄々しい男の象徴が現れた。
 性的興奮はしない筈なのに、しっかり大人の成りをして使い込んだ色をしているソレに目を奪われていると、ブルッと体を震わせた直人は我慢していたものを溢れさせてしまった。
 アンモニア臭のする生温い黄色の液体が、ソレの目の前にある俺の顔に注がれていく。

「先生、ごめんなさい」
「先生が脱がすのが遅かったせいだ。今度は上手に出来るように頑張ろうな」

 項垂れている直人を宥め、突いてグチャグチャに掻き回して欲しくなるような立派な男の象徴から目を逸らす。
 直人は体が大きいのだから、ブツが大きくても不思議じゃないだろ。無垢な天使の子のモノを、性の道具のような目で見るんじゃない。施設の子達が粗相をしてしまっても、平常心で片付けをしていたじゃないか。
 尿を掛けられたのを艶事のように感じて興奮してしまった脳に喝を入れ、落ち着かせる為に深呼吸をする。

「まぁ、先生、どうなさったの?」

 俺が必死に直人のブツを脳内から追いやっていると、異変に気付いた夫人がやって来た。

「俺が服を脱がすのに手間取ったせいです。ナオくんはちゃんと教えてくれたのに、すいません」
「いいのよ。先生もナオくんも今タオルを持ってくるから、ちょっと待っててね」

 謝る俺と項垂れている直人に、大したことないと言うように明るく告げた夫人がタオルを取りに行ってくれる。
 幸い直人には尿は掛かっておらず、俺の服が殆どを吸いとったので床も少し濡れただけだった。
 戻ってきた夫人から受け取ったタオルで手を拭いて、直人にズボンを穿かせてやる。
 そして、夫人と待っていてもらうように告げ、シャワーを浴びさせて貰うことにする。

あなたにおすすめの小説

魔性の男

久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。 最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。 そう、思っていた。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖
BL
溺愛ドS×天然系男子 俺様副社長から愛される。古い家柄の養子に入った主人公の愛情あふれる日常を綴っています。心臓に疾患を抱えながら、ロックバンドのボーカルとしてステージに立つ夏樹。彼を溺愛するのは、年上で俺様な副社長・黒崎圭一。夏樹は養子として名家に迎えられ、音楽と経営、二つの人生の狭間で揺れていた。それでも黒崎は、束縛と独占欲を隠すことなく、夏樹のすべてを受け止めようとする。ステージを降りる日が近づくかもしれない中、家族の問題、過去の傷、そして未来への不安が静かに忍び寄る。繋いだ手を、決して離さないと誓った二人の、溺愛と再生の物語。※本作からでもお読みいただけます。 黒崎家には黒崎の兄弟達が住んでいる。黒崎の4番目の兄の一貴に親子鑑定を受けて、正式に親子にならないかと、父の隆から申し出があり、一貴の心が揺れる。そして、親子鑑定に恐れを持ち、精神的に落ち込み、愛情を一身に求める子供の人格が現われる。自身も母親から愛されなかった記憶を持つ黒崎は心を痛める。黒崎家に起こることと、黒崎に寄り添う夏樹。 作品時系列:「恋人はメリーゴーランド少年だった。」→「恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編」→「アイアンエンジェル~あの日の旋律」→「夏椿の天使~あの日に出会った旋律」→「白い雫の天使~親愛なる人への旋律」→「上弦の月の天使~結ばれた約束の夜」→本作「青い月の天使~あの日の約束の旋律」