先生、教えて。

オトバタケ

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 浴室に向かうと、まだ脱水の最中だった。

「服さんたちが、クルクルダンスしてるね」

 ドラム式の洗濯機の窓を覗いた直人が、楽しそうに声を上げる。
 回る洗濯物を見てダンスをしていると例えるなんて、子供らしい発想に笑みが零れる。

「もう少しで終わるから、ダンスを見て待っててくれな」
「先生、ぼくもクルクルしたい」
「え?」

 しゃがんで洗濯機の中を覗いていた直人が立ち上がり、背後で見守っていた俺を抱き締めて、腰に腕を回してきた。
 突然の行動に唖然としている俺の体を、力強い腕で軽々と持ち上げて廊下に連れ出した直人は、そこでクルクルと回転を始めた。

 直人の甘い香りと温もりが夢の中の男と重なって、心臓が激しく波打つ。
 逆上せた頭に回転も加わり、眩暈と吐き気が襲ってきて、直人にギュッとしがみついてしまう。

「先生?」

 俺の異変に気付いた様子の直人が、回転をやめた。

「先生、大丈夫?」

 不安げに俺の顔を覗き込んできた直人に大丈夫だと笑いかけたいのに、歪む視界に耐えられずに目を瞑ってしまう。
 つうっと目尻から、液体が垂れる感触がする。

「先生、死んじゃやだっ!」

 悲痛な叫び声を上げる直人を宥めてやりたいのに、体は鉛のように重くて動かない。

「やだっ! やだよ、先生っ!」

 骨が軋むほど俺を抱き締めてくる直人。
 俺が死ぬことをこんなに嫌がってくれる相手が一人でもいてくれるなんて、それだけで生きてきた価値があったな。
 直人の自立を手伝う為の人生だったのならば、それはそれでいい人生だったと言えるな。

 段々と細くなっていく意識が途切れそうになった時、頬に生暖かくてざらざらしたものが這っているのに気付き、一気に意識が戻ってきた。
 目を開けると、鳶色の髪が眼球に触れそうなほどの距離にあって、頬を覚えのある感触が上下していた。
 これは、舌で肌を舐められている感触だ。
 前戯で舐められることしか知らない俺の肌が、その先の快感を期待して熱を持っていく。

「ナオ……くん?」
「先生、よくなった?」

 やっと出せた掠れた声に気付いた直人が俺の頬から顔を離し、潤んだ瞳で様子を確認してくる。
 直人は苦しくて生理的な涙の流れてしまった俺を、犬が人の顔を舐めるのと同じような感覚で舐めたのだ。

「あぁ、大丈夫だ。心配かけてごめんな」
「よかったぁ」

 やっと笑い掛けてやれると、ほっとしたように目尻を下げた直人が俺の胸に顔を埋めて擦り付けてきた。
 犬が喜びを伝えるのと同じ行動に微笑む先生の俺が、卑しい行為を期待するな、と雄の俺とざわつく肌に言い聞かせる。

 暫く俺の胸で犬のように戯れていた直人が落ち着きを取り戻したので浴室に行くと、もう洗濯機は洗い終わっていた。

「ナオくん、カゴに入れてくれるか?」
「はいっ!」

 いつもの元気を取り戻した直人が、洗濯機から洗濯物を取り出していく。
 怪我が治ったら家事は夫人がやるので教える必要はないのだろうが、好奇心旺盛な直人は俺がやることは何でもやりたがる。
 出来ないより出来た方が便利だし、必要最低限のことだけはきっちり教えて、あとのことは遊びの延長といった風で俺も一緒に楽しみながらやっている。

「よし、上手く出来たな」

 洗濯機の中身を全て入れ終わったカゴを持とうと腰を曲げると、それを阻止するように直人が手早くカゴを持ち上げてしまった。

「今日は、ぼくが全部やるの」

 真顔になった直人に真っ直ぐな眼差しを向けられて、胸がトクンと高鳴る。
 だが、ただならぬ決意がみなぎっている表情を見て、さっき俺の気分を悪くさせてしまったことに責任を感じているのだと分かった。

「じゃあ、お願いするな。手伝って欲しい時はちゃんと言うんだぞ」
「全部ぼくがやるからだいじょうぶ」
「そうか、期待してるな」
「うん、がんばるっ!」

 磨く前から輝いている宝石の原石のような直人の笑顔が眩しくて目を細め、この無垢で愛しい魂を護るんだと改めて心に誓う。

 庭に出て爽やかな青空を仰いでいると、早速直人が干した洗濯物をパンパンと叩いて皺を伸ばす音が響いてきた。
 俺の横でずっと観察していたからか、俺にそっくりのやり方をしていて思わず吹き出してしまう。

「先生、だめ?」

 自分のやり方が間違っていて笑われたと思ったのか、眉を下げた直人が不安げに俺を見てくる。

「いや、凄く上手いぞ。先生のやり方にそっくりだから、よく観察してたんだなって嬉しくて笑っちゃったんだ」
「ほんとぉ? 先生と一緒なのうれしい。ずっと先生見てたの」

 顔を綻ばせた直人は、口笛でも吹きだしそうなほど上機嫌で洗濯物を干していっている。

 何でも自分でやりたがる直人が、勉強のために先生の俺を見るのは当たり前のことじゃないか。直人から発せられる熱視線は、邪な感情など含まない純粋なものなんだ。
 直人自身に劣情は抱かずに淡い期待はしなくなっても、夢の中の男を重ねた直人に劣情を抱いて淡い期待をしてしまうため、結局は直人を前に先生の俺と雄の俺の戦いは絶えることなく続いている。
 夢の中の男が俺に甘い感触を残し、魅惑的な約束までしていったもんだから、雄の俺が直人を夢の中の男と勘違いして暴走しないように、直人は違うのだ、と常に言い続けなければならない。

 ぎゅっと目を瞑って雄の俺を押さえ込んで、先生になった顔を直人に向けると、絡まった洗濯物と格闘していた。

「ナオくん、手伝おうか?」
「だいじょうぶ」

 混乱して冷や汗が浮かんでいるような顔をしているくせに、頑なに平気だと言い張る直人。

「それじゃ服が破れちゃうぞ」
「はい……」

 俺の言葉に焦ったのか、無理矢理服を引っ張りだした直人を制すると、ガクッと音がしそうなくらい肩を落として絡まった洗濯物を渡してきた。

「見てみな、優しくやれば取れるからな」

 捩り鉢巻きのようになってしまっている服を解いていくと、暗くなってしまっていた直人の瞳が段々と光を取り戻してきた。

「ほら、もう取れそうだ。先生がこっちを干すから、ナオくんはそっち干してくれな」

 絡まっていたのは、俺の寝間着のTシャツと直人のパジャマの上着だった。
 直人側の黒い生地を指差しながら言うと、直人は俺側にある白い生地を掴んだ。

「ぼく、先生のふくを干す」
「え、あぁ、分かった」

 俺のTシャツを渡すと、直人は嬉しそうにそれに顔を埋めた。

「先生をだっこしてるみたい」

 Tシャツに頬擦りしながらうっとりしたように言う直人に、鼓動が早まり一気に体温が上がっていく。

「どっちが早く干せるか競争な」

 それ以上見ていると雄の俺が暴れだしてしまうと焦り、直人の意識を別の方向に誘導する。
 ぬいぐるみのように抱いて眠る俺が着ている寝間着だから、ぬいぐるみの一部だと思ってやっただけの行動なんだ。
 子供の可愛らしい行動に、汚れた感情を抱くな。
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