先生、教えて。

オトバタケ

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 その後は、二人で洗濯物を干していった。
 俺の服ばかり干したがる直人に、無理矢理押さえ付けている雄の俺が暴れだそうとしたが、直人のボタンの付いたシャツよりも俺のTシャツの方が干すのが簡単なだけだからだ、と先生の俺が冷ややかに告げて何とかそれを制した。

「先生、干したふくがダンスしてるよ」

 洗濯物を干し終わると、吹き始めた風でユラユラと揺れ始めた服たちを指差た直人が、楽しそうに言う。

「ナオくん、こっちにおいで」

 その様子を微笑ましく眺めていると、ふと思い浮かんだ光景を実行するため、庭の方に歩いていって直人を手招きする。

「なに?」

 俺の正面に立った直人の手を何も言わずに握ると、直人は不思議そうに首を傾げた。

「ダンスをしよう」
「ダンス?」

 先程のクルクルダンスで俺がヘロヘロになったのを思い浮かべたのか、直人の顔が今にも泣きだしそうに歪んでいく。

「ほら、ユラユラ、ユラユラ。洗濯物と一緒だぞ」

 握った手を左右に揺らし、それに合わせて体も揺する。
 笑顔の俺に、段々と表情が明るくなっていた直人は、俺の動きに合わせて揺れだす。

「先生、ダンスたのしい?」
「あぁ、ナオくんは?」
「たのしいっ!」

 ダンスに抱いてしまった嫌な印象を上塗りしてやりたくて思い付いた行動だが、直人の表情を見て功を奏したなと安心する。

「ぼく、こういうダンスもしってるよ」
「え……」

 左手を離して俺の腰を抱き、繋がったままの右手を肩の高さまで上げた直人。
 そして混乱する俺をリードして、社交界で踊っているかのように優雅にステップを踏んでいく。
 甘い香りと温もりで嫌でも夢の中の男を思い出してしまい、押さえ付けても押さえ付けても劣情が沸き上がってきてしまう。
 このままでは、先生の俺が雄の俺に飲み込まれてしまう。

「ナオ……」

 耐えきれずに直人から離れようとすると、離さないと言わんばかりに腰を抱く腕に力を込めて、グイッと抱き寄せてきた。
 そういえば、国重夫婦の結婚式のアルバムに、夫婦がダンスを踊っている写真があった。
 直人の前で、夫婦はダンスを踊って見せたことがあるのだろう。
 直人にとってこれは、家族でトランプをするのと変わらない日常的なものなのだ。

「先生、大好き」

 耳元で甘いバリトンに囁かれて、背中に電流が走って体が発火しそうになる。
 その言葉には、雄の俺が期待するような意味などはない。きっと国重氏が、ダンスをしながら夫人に囁いていたのを真似ただけだ。見た目は大人の男でも、大人の真似をしたがる無垢な魂を宿す幼児だということを忘れるな。
 直人の肩に真っ赤になってしまっているだろう顔を埋め、この戯れに飽きてくれるのを待つ。

 雄の俺にふしだらに塗り替えられていく細胞を先生の俺が必死で阻止していると、高速で刻む心音に重なり車のエンジン音が聞こえてきた。
 そういえば今朝、夫人が梅田先生が検診に来るのだと話していたことを思い出す。

「ナオくん、梅田先生が……姫子おば様が来たぞ」
「うん。姫子おばさまにダンス見せてあげよ」

 暗に離してくれと告げたのに、直人は反対に抱き寄せる力を増していった。

「ナオくん、光太郎くん、おはよう」

 車のエンジン音が消えると、背後から梅田先生の元気な声が響いてきた。

「姫子おばさま、先生とダンスしてるの」

 梅田先生に向けて発せられた甘いバリトンが鼓膜を震わせ、そこから体全体に震えが広がっていく。
 甘い痺れが走って力の抜けてしまった腰をグイッと引き寄せた直人が、梅田先生に披露すべく軽快にステップを踏む。

「まぁ、上手ね。お義兄さんとお姉ちゃんのぽうっと見とれちゃうような素敵なダンスにそっくりよ」
「お父さまとお母さまと一緒なの、うれしい!」

 パチパチと拍手をしながら告げた梅田先生の言葉が相当嬉しかったのか、尚もダンスを続ける直人に心臓の動きが限界に達しそうになる。

「ナオくん、先生もう疲れちまったよ。それに先生も姫子おば様の顔を見て挨拶したいから、ダンスは終わりにしような」
「やだ。もっと」
「明日、天気がよかったら洗濯物を干した後に踊ろうな」
「うん、分かった」

 直人を宥め、やっと腕の中から開放される。
 天気予報では、明日と明後日は雨だったはずだ。家の中だとダンスをするには狭くて危ないと断れば、二日はしなくても済む。
 なんとか反応させずに済んだ股間に目をやりながら新鮮な空気を吸い、体内を先生の俺で満たしていく。
 雄の俺と先生の俺の入れ換えが済んで顔を上げると、夫人がよくするのと同じ慈愛に満ちた表情の梅田先生が、すぐ脇まで歩いてきていた。

「梅田先生、おはようございます」
「おはよう。ナオくんと仲良くやってるみたいね」
「はい」
「そうだよ。ぼく、先生が大好きだもの。先生もぼくが大好きなんだよ」

 隣にいたはずの直人が背後から俺を抱き締め、肩に顎を乗せて梅田先生に自慢気に言う。
 息と一緒に全て吐き出した雄の俺が再び顔を覗かせそうになるが、目の前にいる梅田先生の存在がそれにブレーキをかける。

「今日も食材はありますか? あるなら運びます」
「えぇ、持ってきたわ。まだ車の中に入っているからお願いしてもいい? あっ、そうそう、お昼用に老舗料亭の幕の内弁当を買ってきたの。今日だけの特別販売なんですって。だからお昼の準備は必要ないわよ。そうだわ、門を出てちょっと行ったところにシロツメクサがたくさん咲いてる場所があったの。とても綺麗だったから食材を片付けたら行ってみるといいわ。じゃあ、お姉ちゃんの診察をしてくるから、またお昼にね」

 相槌を打つ間も与えずにマシンガンの如く話し終えた梅田先生が、ヒラヒラと掌を振って玄関に向かって歩いていく。

「シロいクサ?」
「え? あぁ、シロツメクサな。小さな白い花だ。見に行きたいか?」
「うん。見たいっ!」
「じゃあ、さっさと食材を片付けちまおうな」
「はいっ!」

 まだ背後から俺を抱き締めている直人の吐息と甘いバリトンが耳元を擽るたびに背中に走る電流に耐えながら、それを悟られないように今出せる限りの落ち着いた声で会話を終えると、やっと背中から離れた直人が梅田先生の白い四駆に小走りで向かっていった。
 俺もその後を追い、今回もぎゅうぎゅうに食材の詰められた箱を二人で運んでいく。
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