先生、教えて。

オトバタケ

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「よし、じゃあシロツメクサを見に行こうな」
「やったぁ!」

 手際よく食材をしまい、スポーツドリンクをコップ一杯ずつ飲んで水分補給をしてから、門の外のシロツメクサの群生ポイントを目指す。

「ナオくんは、あんまり外には出ないのか?」
「うん。お庭で遊ぶの」
「そうか」

 これだけ広大な庭ならば、どれだけでも走り回れるものな。
 玄関から門まで続くアプローチを直人と並んで歩きながら、左右に広がる芝生を見遣る。

 自分でやれることの増えた直人が、次に覚えるのは外の世界だろう。
 しかし外の世界は、煉瓦の塀に囲まれて世間から切り離されたようなこの屋敷のように、温かく穏やかな空気だけが流れているわけではない。
 無垢な魂を傷つけたくはない。だが、好奇心旺盛な直人には、世界はこんなに広くて色んなことがあるのだということを教えてやりたいとも思う。
 俺がそう思っても、子供を護りたい一心の母親は少しであっても傷つくのを嫌がるかもしれない。
 施設の子達と散歩に出ると常に向けられる好奇の眼差しと嫌悪の眼差しを思い出し、口内に苦みが広がっていく。
 夫人の意見と直人の意思を確認し、もし外の世界に出ると言うのならば俺が全力で護ろう。

 門を出て少し歩くと、道路のすぐ脇の木々の間に出来た一メートル四方くらいのスペースがクローバーで緑色に染まり、緑の絨毯に点々とシロツメクサが咲いていた。

「先生、これがシロいクサ?」
「そうだ、シロツメクサな」

 道路に踞った直人が、ツンツンとシロツメクサの白くて丸い頭をつつく。

「ナオくん、この葉っぱを見てみな。葉っぱは何枚ある?」

 俺もその横に踞り、足元のクローバーを一本千切って直人に渡す。

「一、二、三枚!」

 それを受け取った直人が、一枚ずつ指を乗せて数えていく。

「そう、三枚で正解だ。だけどな、この中には四枚葉っぱがあるやつもあるんだ。隠れてるからよーく見て探さないと見つからないんだぞ。宝探しみたいだろ?」
「おもしろそうっ!」
「あぁ、面白いけど探すのは大変だぞ。ナオくんには見つけられるか?」
「できるっ!」
「じゃあ、どっちがたくさん見つけられるか競争な。でも、葉っぱも花も踏まれると痛がるから優しく探して、四枚の葉っぱだけを取るんだぞ」
「うん。やさしくさがす」

 勢いよく緑の絨毯に踏み入ろうとしていた直人が、俺の忠告を聞いて足を引っ込め、道路に踞ったまま首を伸ばして四つ葉のクローバーを探し始めた。
 痛いということがどういうことか分かっていて、それを与えないように心配りが出来る直人に愛しさを覚えながら、俺も四つ葉のクローバーを探し始める。

「よし、そこまでだ」

 チラチラと直人の様子を確認しながら、真剣に探すその顔に高鳴ってしまう胸を誤魔化すために自分の作業に集中していたので、どのくらい時間が経ったのか分からないが、太陽が頭上近くまで昇ってきたのでタイムアップを告げる。

「ぼく、いっぱいみつけたよ」
「本当か? じゃあ、一本ずつここに出して数えような」
「はいっ!」
「いーち、にっ……」

 玉入れの結果発表のように数を数え始めると、自信満々の表情を浮かべた直人が大きな掌に握っていた四つ葉のクローバーを、俺がトントンと叩いた地面に並べていく。

「さーん、よーん……先生は三枚で終わりだ。ナオくんはまだあるのか?」
「ごっ! おわりぃ!」

 掌から最後の一枚を取り出して地面に並べ終えた直人が、パッと開いた両手を顔の横に上げて花が咲くように満面の笑みを浮かべた。
 シロツメクサよりも美しい花の開花に、俺の顔も綻んでいく。

「凄いな、五枚も見つけたのか。じゃあ、優勝の花冠をやるな」
「はなかんむりぃ?」
「これだ」
「うわぁ、きれい!」

 背後に隠していた、四つ葉のクローバーを探しながら摘んだシロツメクサで編んだ花冠を直人の前に差し出すと、瞳がキラキラと輝いていく。

「優勝おめでとう」

 鳶色の髪にシロツメクサの花冠を被せてやる。
 目を細めて頭上の花冠に優しい手付きで触れる直人が、お伽話に出てくる王子様のように見えて、キュルンと胸が鳴った。

「この四つ葉のクローバーは、幸せを運ぶって言われているんだ」
「ほんとぉ? お母さまのお怪我もなおる?」
「すぐには無理かもしれないけど、治りは早くなるかもしれないな」
「じゃあ、お母さまにあげる」

 地面に並べた五枚の四つ葉のクローバーを、大事そうに掌で包む直人。
 自分で見つけた幸せを全て母親に捧げると言う直人に、チクリと胸が痛む。
 受け取った四つ葉のクローバーを大切にしまう夫人の姿が想像出来てしまうから、俺には叶わなかった母親の愛情を一身に浴びる直人に嫉妬したのだろうか。

「先生が見つけたのは、全部ナオくんにあげるな」

 四つ葉のクローバーを持っているくらいで幸せなど訪れないだろう。
 だけれど、穢れた血の流れる俺には来なくても、無垢な魂を宿す直人の元には幸せも喜んでやって来るかもしれない。

「先生、ありがと」

 俺とは違い、幸せにも神にも愛されるだろう直人の手が、地面に残る三枚の四つ葉のクローバーを掴もうと伸ばされていく。

「あっ!」

 だが、俺なんかの見つけた幸せなどいらないと言うかのようにその手は、突如あがった叫び声と共に緑の絨毯の方に向かっていってしまう。

「これ、先生にあげる」

 緑の絨毯に埋まっていた直人の手がプチッと千切ったのは六枚目の四つ葉のクローバーで、笑顔で俺にそれを差し出してくる。

「先生が貰っていいのか?」

 無垢な直人の見つけた幸せを、穢れた俺が受け取ってもいいのかと躊躇する。

「うん。でもね、先生がみつけたのと一緒にしまうの」
「へ?」
「ぼくと先生はけっこんしてかぞくになるから、一緒に幸せになるの」

 夫人がよくするあの慈愛に満ちた表情を浮かべて言う直人に、胸の奥から温かいものが沸き上がってきて、何故だか泣きたくなってきてしまった。
 純白の幸せがどす黒く染まってしまいそうで怖かったが、直人の見つけた四つ葉のクローバーが欲しくて堪らなくて、広げた掌を差し出す。
 そこに、優しく四つ葉のクローバーを乗せる直人。
 掌にちょこんと乗ったそれから、じわりじわりと幸せが染み込んでくるような気がする。

「もうすぐお昼だし、帰ってからしまい方を考えような」
「先生のと一緒?」
「あぁ、ちゃんと二人のを一緒にしまうからな」
「はいっ!」

 そのままここにいたらガキのように泣いてしまいそうな気がして、慌てて立ち上がる。
 涙が零れ落ちないように目尻に力を込めて、屋敷に戻るべく暖かな陽射しが降り注ぐ道を直人と並んで歩き始めた。
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