先生、教えて。

オトバタケ

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「先生、はなかんむりの絵がかきたい」
「あぁ、いいぞ」

 絵にすれば、綺麗な姿をずっと残しておける。
 そうしたいほど、直人にとってはこの花冠が特別なものだということだ。
 そんな大切なものを俺にだけは被せてくれたことに、また淡い期待を抱きそうになっていき、それを止めるために原因である花冠を取ろうと頭に手をかける。

「先生、とっちゃだめっ!」
「え?」
「先生と一緒にかくの」
「そうか、分かった」

 直人は、ちゃんと頭に被っている花冠と分かる絵を描きたいのか。

「先生、そこにすわって」
「はいはい、ここな」

 直人の指示した、窓から射し込む陽射しで明るく浮き上がった床に腰を下ろし、体育座りをする。
 机からスケッチブックを取り出した直人が、画家さながらに鉛筆を走らせていく。
 紙から顔をあげてチラチラと俺を観察する直人の真剣な表情に夢の中の男が重なり、視姦されているような気分になってきて体が熱を持ってきた。
 ぎゅっと膝を抱えて体が暴走するのを抑え、直人を目に入れないように本棚にしまわれた膨大な本の数を数えていく。

「先生、できたっ!」
「え……あぁ」

 本を数えすぎてぼうっとしていた意識が、直人の声で戻ってくる。
 どのくらい時間が経ったのだろう。
 俺に降り注いでいた陽射しはもう消えていて、窓の外はもうすぐ夕方が来るのだと分かる空の色に変わっていた。
 立ち上がり、同じ格好で固まってしまった体を伸ばながら直人の元に向かう。

「きれいにかけたよ」

 直人が得意気に見せてきたスケッチブックには、本当に画家が描いたのではないかというほどの絵が描かれていた。
 書き取り見本のような漢字を書くし、直人は模写をする能力が高いんだな。

「ナオくん、上手いな」
「ありがと」

 照れ臭いのか、はにかみながら頭を掻く直人からスケッチブックを受け取り、じっくりと絵を眺める。
 そこに描かれている俺の顔は凛としていて、瞳が澄んでいる。
 描いた直人の魂が絵に写り込んでいるのか、穢れた俺にはない表情を見せる絵の中の俺に、嫉妬と羨望を抱いてしまう。

「先生も、ぼくをかいてよ」
「いいけど、先生は下手くそだぞ」
「いいよ」

 直人に花冠を被せ、今度は俺が画家を気取る。
 絵に集中していると心のモヤモヤが消えて無心になれたので、一心不乱に腕を動かしていった。
 出来上がったのは小学生レベルのものだったが、それでも直人は喜んでくれて、四つ葉のクローバーの時と同じで大切そうに胸に押し当ててくれた。

「よし、じゃあ夕飯を作りにいこうな」
「はいっ!」

 茜色に染まった空を見て、今日の勉強の終了を告げる。
 キッチンに向かって歩き始めると、頭に花冠を被り、俺の描いた絵を胸に抱いた直人が付いてくる。
 ふと、カルガモの親子の散歩風景が脳裏に過る。
 親ガモは、チョコチョコと後ろを懸命に付いてくる子ガモに対して、今の俺が感じているような、温かく穏やかな気持ちを抱いているのだろうか。

 キッチンに入ると、夫人がダイニングテーブルで餃子を包んでいた。

「あら、お勉強は終わった?」
「うんっ! おしばなを作って、先生の絵をかいたの」
「まぁ、上手に描けた?」
「うん。先生もかいてくれたよ」
「ちょっ、ナオくん、待ってくれ」

 直人が夫人に俺が描いた絵を見せようとするので慌てて止める。
 学生時代、最高評価の並ぶ通知表で、唯一並み以下の評価だったのが美術だ。
 幼児の魂を宿す直人には見られても構わないが、夫人に見られるのは恥ずかしい。
 直人があんなプロ並みの絵を描くので、それを見慣れているだろうから尚更にだ。

「先生がナオくんのためだけに描いた絵だから、見るのはナオくんだけにしような」
「まぁ、ナオくんしか見られない絵だなんて、特別な宝物みたいね」
「とくべつ、やったぁ!」

 苦し紛れに俺が発した言葉に、夫人が魅力的な意味を持たせてくれた。
 隠すようにぎゅうっと俺の描いた絵を抱き締める直人を見て、恥をかかずに済んだと安堵の息を吐く。

「ナオくんの描いた絵はお母様に見せてあげようか」
「だめっ! 先生のとくべつなの」
「分かった。先生しか見ないな」

 直人を真似て、俺も手に持っていた直人の描いた絵を胸に抱く。
 さっきは描かれた俺に嫉妬していたのに、今は絵から温かいものが伝わってくる気がする。

「キッチンに置いておくと汚れちゃうかもしれないから、寝室にでも置いてらっしゃい」
「はい。戻ってきたら夕飯の準備を変わります」
「今日は姫ちゃんが持ってきてくれた惣菜があるから、これを作るだけで終わりよ。これね、姫ちゃんが教えてくれた美味しい餃子の作り方で作ったの。あとでみんなで包みましょ」
「つつむっ!」

 綺麗に包まれた餃子のひだをつつきながら夫人が告げると、直人の目が輝いていった。

「じゃあナオくん、早く絵を置いてきちまおう」
「はいっ!」

 直人を引き連れ、足早に寝室に向かう。
 取り合えずとベッドに絵を置き、料理をするからと花冠も外してヘッドボードに置いた。
 ついでに手も綺麗にしていこうと浴室に入って手を洗う。

「絵と一緒だね」

 先に洗い終えた直人が手を拭きながら、嬉しそうに言う。

「え?」

 顔をあげると、洗面台の鏡に並んで映る二人の顔があった。
 ベッドに並べた二人の顔の絵と同じ光景に、胸がじわりと温かくなっていく。

 キッチンに戻り、三人で餃子を包んでいく。
 なかなか上手く包めない直人は段々と眉が下がっていき、遂に作る手を止めてしまった。

「ちょっと形が不格好でも、一生懸命作った料理は旨いんだ。先生はナオくんが頑張って作ってくれた餃子を食べたいな」
「お母様も食べたいわ」

 俺と夫人の励ましで、やる気を取り戻した直人は、不器用ながらも十個ほどの餃子を作ることが出来た。
 俺が餃子を焼いている間に、直人は夫人に見守られながら惣菜をテーブルに並べていく。

「はい、出来たぞ」

 出来上がった餃子をテーブルに置くと、三人とも直人の作った餃子を箸で掴んだ。

「うん、ナオくん、旨いぞ」
「本当、美味しいわ」
「ほんとぉ? うわぁ、おいしいね」

 俺と夫人の反応を見てから自作の餃子を口に入れた直人が、頬が落ちそうな顔をした。
 それを見て、俺も頬が弛んでいく。

 梅田先生の教えてくれたレシピで作った餃子は本当に絶品で、三人の箸は止まることなくあっという間に皿は空になった。
 食後にお茶を啜りながら夫人から餃子のレシピを聞いたので、国重邸にいる内にもう一度作ってみようかと考える。
 頃合いを見計らって片付けを始め、直人が食洗機に食器を並べ終わると、二人で先にキッチンを出た。
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