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リビングにでも向かおうかと考えながら廊下を歩いていると、階段の前で直人が俺の服の裾を引っ張ってきた。
「どうした?」
「はなかんむり、かえしてあげる」
「え?」
「かれちゃう前に、かえしてあげたい」
唇を噛み締めて俯いている直人の、俺の服の裾を掴む手に力が入る。
明日の朝目覚めて、萎れてしまったシロツメクサを見るのが辛いのだろう。
綺麗な時間は限られているのだと実感するためには、枯れた姿を見るのも必要なことだ。
だが直人は、見なくとも枯れた姿の想像ができ、それを見て心を痛めることを分かっている。
「分かった。還してやろう」
俺の返事を聞いて安心したように顔を上げた直人に微笑んでやり、花冠を取りに二階に上がっていく。
花冠を持って一階に戻り、玄関の外に出たのはいいが、どこに還そうか。
空を仰げば、半月が柔らかな光を地上に落としている。
屋敷の灯り以外の人工的な光のないこの辺りでは、行ける範囲は限られている。
屋敷内の庭だと直人の目についてしまうし、門の外に出てすぐの木の根元くらいが妥当だろうか。
色々考えを巡らせていると、隣にいるはずの直人がいなくなっていた。
さぁっと血の気が引いていき、慌てて辺りを見渡すと、門に続くアプローチを颯爽と歩く後ろ姿が目に入った。
「ナオくんっ!」
暗闇に紛れていく長身の影を必死で追い掛ける。
やっと追い付き、膝に手を置いて乱れた息を整えていると、視界の端に見覚えのある風景が映った。
「さいてたところに、かえしてあげるの」
道路に踞った直人が、クローバーの絨毯の上に花冠をそっと載せる。
植物も、最期は生まれた場所に還りたいと思うのだろうか。
月明かりに照らされた直人は穏やかな表情を浮かべていて、直人は国重一家の思い出が溢れる場所で最期を迎えるのを望むのだろうなと思ったら、胸がズキリと痛んだ。
還る場所のない、還りたい場所もない自分が惨めで堪らない。
深海から海面の上の空気を求めるように月を仰ぐと、月光の中に夢の中の男が浮かんできた。
俺の還る場所は、俺が還りたい場所は、お前だ。
なぁ、俺のヒーロー、早く俺を救いだしに来てくれよ。
「先生」
溢れそうになった涙を耐えるために目を瞑ると、甘いバリトンと共に温もりが背中を包み込んできた。
「どこにもいかないで。ずっと一緒にいて」
耳元で囁かれる切ない響きに、胸が甘く締め付けられる。
夢の中の男にそっくりな甘い香りと温もりに、これは夢なのか現実なのか分からなくなってくる。
首に回る逞しい腕にそっと触れ、頬を擦り寄せてみる。
苦しい気持ちも惨めな気持ちも、俺の中の負の感情が全て消えていき、温かくて幸せな気持ちだけで体内が満たされていく。
「くしゅん」
耳元でしたくしゃみの音で、我に返る。
「ナオくん、寒いんだろ。もう帰るぞ」
「やだっ! もっといたい」
「駄目だ。風邪を引いたらお母様が悲しむし、先生はナオくんの先生として失格だって、先生を辞めなくちゃならなくなるかもしれないんだぞ」
「先生がいなくなるのは、もっとやだっ! かえるから、ずっと一緒にいて」
直人に夢の中の男を重ねて欲情するような俺を先生として慕ってくれることに、嬉しさと申し訳なさで心がぐちゃぐちゃになる。
「ナオくんの気持ちは分かったから、帰ろうな」
「はいっ!」
一緒いてやるなんて約束は出来ないが、俺の返事を都合のいいように解釈したらしい直人が元気に返事をした。
やっと背中から離れた直人と並び、屋敷を目指して薄暗い道を進んでいく。
玄関に入ると、何も告げずにいなくなってしまったのを心配していたのだろう夫人が、ほっと息を吐いて迎えてくれた。
「何も告げずに出掛けてしまいすいません」
「先生が付いていてくれるから心配はしてないわ」
明らかに心配顔で待っていたのに、気を遣ってくれる夫人に胸が苦しくなってくる。
「今日も先に入浴をしたいので、ナオくんをお願いします」
「えぇ。ゆっくり温まってきてね」
穢れた俺を少しでも綺麗にしたくて、綺麗な国重親子から逃げるように二階の浴室に向かう。
浴室に転がり込むと、条件反射のように体は反応していく。
毎晩、この後の直人の入浴補助で雄の俺が暴走しないように、熱を散らしているからだ。
卑しく勃ち上がった中心を見て、穢れた血が抑えられない自分が惨めで情けなくて、悔し涙が溢れそうになる。
泣いてしまったら、赤くなった目を見て直人も夫人も不審がるはずだ。
涙を流した原因を尋ねられるのは嫌だ。
何も聞かれずに慈愛に満ちた顔で優しく包まれるのは、もっと耐えられない。
無垢な魂は、時として穢れた身を切り裂く凶器になる。
穢れた俺でも優しく包んでくれた、あの男に会いたい。
あの男に抱かれれば、穢れた血に打ち勝てる気がするんだ。
記憶が曖昧で顔すら覚えていない俺なんか、五年間お前の存在を忘れていた俺なんか、お前も覚えていないし忘れてしまったのだろうか。
頭は忘れていても、心はちゃんとお前を覚えていて、約束を守ってきたんだ。
お前を思い出したってことは、もうヒーローが現れる時間になったってことなんだろ?
頑張ったなって、お前にここを掻き回して欲しいんだ。
お前のモノでガンガン突いてもらって、穢れた血を全部出してしまいたいんだ。
夢の中の男に抱かれる妄想をして熱を散らした体をシャワーで清めてから眠りに就くまでは、頭と体を切り離したアンバランスな状態で直人のお世話をした。
殆どのことを自分で出来るようになった直人に触れてお世話をする機会は減ったが、それでも暴走しようとする雄の俺を、先生の俺はテレビ画面の向こうのことのように眺めている。
それが必要以上に精神を疲れさせるのか、直人の腕に抱かれても動揺する暇もなく、すぐに眠りに落ちていった。
「どうした?」
「はなかんむり、かえしてあげる」
「え?」
「かれちゃう前に、かえしてあげたい」
唇を噛み締めて俯いている直人の、俺の服の裾を掴む手に力が入る。
明日の朝目覚めて、萎れてしまったシロツメクサを見るのが辛いのだろう。
綺麗な時間は限られているのだと実感するためには、枯れた姿を見るのも必要なことだ。
だが直人は、見なくとも枯れた姿の想像ができ、それを見て心を痛めることを分かっている。
「分かった。還してやろう」
俺の返事を聞いて安心したように顔を上げた直人に微笑んでやり、花冠を取りに二階に上がっていく。
花冠を持って一階に戻り、玄関の外に出たのはいいが、どこに還そうか。
空を仰げば、半月が柔らかな光を地上に落としている。
屋敷の灯り以外の人工的な光のないこの辺りでは、行ける範囲は限られている。
屋敷内の庭だと直人の目についてしまうし、門の外に出てすぐの木の根元くらいが妥当だろうか。
色々考えを巡らせていると、隣にいるはずの直人がいなくなっていた。
さぁっと血の気が引いていき、慌てて辺りを見渡すと、門に続くアプローチを颯爽と歩く後ろ姿が目に入った。
「ナオくんっ!」
暗闇に紛れていく長身の影を必死で追い掛ける。
やっと追い付き、膝に手を置いて乱れた息を整えていると、視界の端に見覚えのある風景が映った。
「さいてたところに、かえしてあげるの」
道路に踞った直人が、クローバーの絨毯の上に花冠をそっと載せる。
植物も、最期は生まれた場所に還りたいと思うのだろうか。
月明かりに照らされた直人は穏やかな表情を浮かべていて、直人は国重一家の思い出が溢れる場所で最期を迎えるのを望むのだろうなと思ったら、胸がズキリと痛んだ。
還る場所のない、還りたい場所もない自分が惨めで堪らない。
深海から海面の上の空気を求めるように月を仰ぐと、月光の中に夢の中の男が浮かんできた。
俺の還る場所は、俺が還りたい場所は、お前だ。
なぁ、俺のヒーロー、早く俺を救いだしに来てくれよ。
「先生」
溢れそうになった涙を耐えるために目を瞑ると、甘いバリトンと共に温もりが背中を包み込んできた。
「どこにもいかないで。ずっと一緒にいて」
耳元で囁かれる切ない響きに、胸が甘く締め付けられる。
夢の中の男にそっくりな甘い香りと温もりに、これは夢なのか現実なのか分からなくなってくる。
首に回る逞しい腕にそっと触れ、頬を擦り寄せてみる。
苦しい気持ちも惨めな気持ちも、俺の中の負の感情が全て消えていき、温かくて幸せな気持ちだけで体内が満たされていく。
「くしゅん」
耳元でしたくしゃみの音で、我に返る。
「ナオくん、寒いんだろ。もう帰るぞ」
「やだっ! もっといたい」
「駄目だ。風邪を引いたらお母様が悲しむし、先生はナオくんの先生として失格だって、先生を辞めなくちゃならなくなるかもしれないんだぞ」
「先生がいなくなるのは、もっとやだっ! かえるから、ずっと一緒にいて」
直人に夢の中の男を重ねて欲情するような俺を先生として慕ってくれることに、嬉しさと申し訳なさで心がぐちゃぐちゃになる。
「ナオくんの気持ちは分かったから、帰ろうな」
「はいっ!」
一緒いてやるなんて約束は出来ないが、俺の返事を都合のいいように解釈したらしい直人が元気に返事をした。
やっと背中から離れた直人と並び、屋敷を目指して薄暗い道を進んでいく。
玄関に入ると、何も告げずにいなくなってしまったのを心配していたのだろう夫人が、ほっと息を吐いて迎えてくれた。
「何も告げずに出掛けてしまいすいません」
「先生が付いていてくれるから心配はしてないわ」
明らかに心配顔で待っていたのに、気を遣ってくれる夫人に胸が苦しくなってくる。
「今日も先に入浴をしたいので、ナオくんをお願いします」
「えぇ。ゆっくり温まってきてね」
穢れた俺を少しでも綺麗にしたくて、綺麗な国重親子から逃げるように二階の浴室に向かう。
浴室に転がり込むと、条件反射のように体は反応していく。
毎晩、この後の直人の入浴補助で雄の俺が暴走しないように、熱を散らしているからだ。
卑しく勃ち上がった中心を見て、穢れた血が抑えられない自分が惨めで情けなくて、悔し涙が溢れそうになる。
泣いてしまったら、赤くなった目を見て直人も夫人も不審がるはずだ。
涙を流した原因を尋ねられるのは嫌だ。
何も聞かれずに慈愛に満ちた顔で優しく包まれるのは、もっと耐えられない。
無垢な魂は、時として穢れた身を切り裂く凶器になる。
穢れた俺でも優しく包んでくれた、あの男に会いたい。
あの男に抱かれれば、穢れた血に打ち勝てる気がするんだ。
記憶が曖昧で顔すら覚えていない俺なんか、五年間お前の存在を忘れていた俺なんか、お前も覚えていないし忘れてしまったのだろうか。
頭は忘れていても、心はちゃんとお前を覚えていて、約束を守ってきたんだ。
お前を思い出したってことは、もうヒーローが現れる時間になったってことなんだろ?
頑張ったなって、お前にここを掻き回して欲しいんだ。
お前のモノでガンガン突いてもらって、穢れた血を全部出してしまいたいんだ。
夢の中の男に抱かれる妄想をして熱を散らした体をシャワーで清めてから眠りに就くまでは、頭と体を切り離したアンバランスな状態で直人のお世話をした。
殆どのことを自分で出来るようになった直人に触れてお世話をする機会は減ったが、それでも暴走しようとする雄の俺を、先生の俺はテレビ画面の向こうのことのように眺めている。
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