先生、教えて。

オトバタケ

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 腕で体を抱え込んで痛みに耐えていると、パッと脳裏を過った考えに、二階の寝室に向かって駆け出す。
 一年前まで直人は大人の男だったということは、五年前も当然大人の男だった。
 夢の中の男にそっくりな甘い香りも温もりも、直人があの男だったのならば説明がつく。
 パチリと全てのピースが嵌まったパズルが、希望の光を放つ。

 寝室に転がり込み、荒い息のまま開けたことのない左のクローゼットを開けてみる。
 そこに掛かっていたのは、ずっと屋敷にいる三歳児程度の知能の直人には着る必要のないスーツだった。
 何枚もある高級そうなスーツを端から確認していくと、真ん中辺りに見覚えのある黒いスーツがあった。
 それを取り出し、そっと抱き締めてみると、あの男の甘い香りが漂ってきた。
 間違いない、俺のヒーローは直人だったのだ。

「先生、お水のじゅんびできたよ」

 やっと巡り逢えたヒーローのスーツに頬を擦り寄せていると、俺を呼ぶ大きな声と共にバタバタと廊下を走る音がして、直人が寝室に入ってきた。

「先生?」

 探していた俺が見つかって嬉しいのか、ダダダと駆け寄ってきた直人が、俺がスーツを抱き締めているのを見て足を止めた。
 グッと強引に俺の腕の中のスーツを奪い取った直人が、抱えるものがなくなった俺の体を抱き寄せた。

「ナオ……くん?」
「先生がだっこしていいのは、ぼくだけなの」

 ぎゅうっと抱き締められ、ヒーローの甘い香りと温もりに包まれて、嬉しくて幸せで涙が溢れそうになる。

「先生、どっか痛いの?」

 耐えきれずに零してしまった涙を見て、直人が心配そうに聞いてくる。

「いや、痛くない。ただ嬉しいんだ」
「うれしい?」
「やっと逢えたから。ずっと逢いたかったから」
「ぼくも先生にずっとあいたかったよ。あえてうれしいよ」

 次から次へと溢れてくる涙を、直人が吸いとっていってくれる。
 擽ったくて、だけれど幸せな感触に、ぎゅうっと直人にしがみつく。
 すると、涙を追って頬を上下していた直人の唇が、俺の唇を塞いだ。
 五年前のあの夜、直人と初めて交わした口付けと同じ、砂糖菓子のように甘いそれに蕩けていく。

 口内に侵入してきた直人の舌を出迎え、溶け合って一つになれたらいいのにと願いながら絡め合う。
 俺を優しくベッドに寝かせた直人が、欲情に濡れた顔で覆い被さってくる。
 腕を伸ばして、その逞しい体を受け入れようとした刹那、この直人はあのヒーローとは違うんだ、と先生の俺が吠えた。

 この直人は、母親のために幼児に戻ってしまった直人だ。大人の男の時には出来たことを忘れていたのだから、俺を助けたことも覚えてはいない。
 脳内で叫ぶ先生の俺の言葉に、燃えるように熱かった体が急激に冷えていく。

「ナオくん、朝顔に水をあげにいくんだろ」
「あとでいい。今は、先生におチンコをいれたいの」

 直人は硬くなったモノを、同じように硬くなってしまっている俺のモノに押し当ててくる。

 あのヒーローとは違うが、ヒーローと直人は同一人物だ。幼児に戻ってしまった直人も、お前を求めてくれている。同一人物なのだから、この直人を受け入れても構わないだろ?
 雄の俺が、直人を受け入れてしまえと囁く。

 お前が求めていたのはヒーローの直人だろ? 無垢な魂を持つ幼児の直人を護るのが、お前の仕事だろ?
 先生の俺が、劣情に流されるなと喝を入れてくる。

「ナオくん、お尻に挿れていいのは夜だけなんだ。お風呂に入って綺麗にしないと、お尻にバイ菌が入って先生は病気になっちまうんだ。それに、お尻に挿れられると凄く疲れて眠たくなっちまうから、夜だけにしような」
「うん、分かった。夜になったらいれさせてね。やくそくだよ」
「あぁ、約束だ」

 俺が病気になると聞いて素直に言葉に従った直人と、指切り代わりにチュッとキスを交わすと、俺の上から降りていった。
 今は受け入れない。だが、今は幼児であれ、求め続けてきたヒーローと同一人物で、俺を求めてくれている直人を拒むことは出来ない。
 先生と雄、二人の俺の訴えを聞いて出した答えは、夜だけは体を開くというものだった。

 俺もベッドから降り、床に放られたスーツを整えてクローゼットに戻して、朝顔に水をやりに庭に向かう。
 朝顔の鉢の横には、観葉植物用なのか、細長い注ぎ口の小さめのじょうろが置いてあった。

「優しく水を掛けてやりな」
「うん」

 じょうろを持った直人が、チョロチョロと水を掛けていく。

「よし、いいぞ」

 土の表面が水気を帯びてきたところでストップをかける。
 息を止めていたのか、ふぅと深呼吸をする直人がおかしくて吹き出してしまう。
 釣られて直人も笑いだし、穏やかな空気が庭の一角を包んだ。

「朝が雑炊だったからか、先生腹が減ってきちまったよ。ナオくんは昼飯は何が食いたい?」

 直人が求め続けていたヒーローだったと分かって安心したのか、大罪を犯してしまってから失せていた食欲が戻ってきた。

「んー、スパゲッティ!」
「スパゲッティな。何味にする?」
「ケチャップの!」
「ナオくん、ケチャップ好きだな」
「うん、好き。でも、いちばん好きなのは先生」

 ケラケラ笑う俺の肩に両手を乗せ、愛しいものを見るように目を細める直人に、嬉しさと照れ臭さで顔に熱が集まってくる。

「ナオくん……。ありがとな」

 チュッと触れるだけのキスをして、昼食の準備をしにキッチンに向かった。
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