60 / 66
5
しおりを挟む
闇に包まれた繁華街を当てもなく歩く。
季節は違うが彼と出会ったあの夜みたいだな、と自分の行動を嘲笑すると、視線の先にあの晩に飲んだバーが現れた。
もしかしたら何かのお告げなのかもしれない、と馬鹿げた期待を抱きながら店に入っていく。
あの夜と同じきつい酒を煽り、やはりちっとも酔えていない体で街を彷徨う。
不意に、見覚えのある風景が現れた。
彼と出逢った、あの薄汚れた路地裏だ。
蜜を求める昆虫のように、路地の奥へと進んでいく。
すると、あの夜彼が寝転がっていた場所に人影があるのが見てとれた。
期待に胸を膨らませた心臓が、ドクンドクンと早鐘を打ち始める。
逸る気持ちとは裏腹に、期待通りではなかった時のショックに怯えている足は、なかなか前に進もうとしない。
鉛のような足を引き摺り、やっと辿り着いた人影は、何かに怯えるように胎児の如く丸まり眠る漆黒の髪の青年だった。
期待通りの人物だったことに歓喜に沸く心に、あの晩と同じならば彼は無理矢理傷付けられているのではないか、と脳が冷静な声を出す。
一気に襲ってくる恐怖に耐えながらも彼の姿を確認すると、衣服に乱れはなく、顔にも傷付けられた痕は見当たらなかった。
そのことに安堵すると、体は歓喜に震えて目頭が熱くなってきた。
「おい、大丈夫か?」
あの夜と同じ言葉を掛けると、ひくひくと痙攣した瞼がゆっくり開いていき、黒曜石のような瞳が現れた。
「ナオ……くん?」
まだ覚醒しきっていないのか、ぼんやりと俺を見上げる、探し求めていた唯一の愛しい人。
「そうだ、君の結婚相手だ」
微笑みかけながら黒髪に触れようとすると、はっとしたように肩を揺らして壁際に逃げた彼は、びくびくと震える体を自らの腕で抱き留め、怯えた眼差しを俺に向けてきた。
「どうして逃げるんだ。何に怯えている?」
ゆっくり近付いていきながら尋ねるも、彼はがむしゃらに首を左右に振るだけで何も答えない。
「克己に記憶移行のことは聞いたんだろ? 移行は成功した。ナオくんの記憶もちゃんと残っている」
「え……」
彼が消える直前、克己が彼に記憶移行に纏わる話を簡単にしたのだと聞いた。
人の生死を覆す神の意思に反することをしていた俺に、恐れをなして逃げ出したのかとも考えたが、それだけが理由ではない気がしていた。
「俺の中には、五年前のあの夜に君と出逢って恋をした記憶も、ナオくんとして再び出逢って二度目の恋に堕ちた記憶も、ちゃんと残っている」
「何……言って……」
「君を、先生を愛している。一生傍にいて欲しい」
俺の言葉を必死で理解しようとしている様子の彼をきつく抱き締め、胸を焦がす想いを込めて囁く。
「ナオ……ナオッ……」
腕の中の彼が嗚咽しながら、蚊の鳴くような声で俺の名を呼ぶ。
「先生……先生……俺の伴侶、俺の愛する光太郎」
俺の瞳からも彼への想いが溢れ出し、息を乱しながらも俺はここにいるのだと教えるために、必死で彼の名を呼ぶ。
「俺も……直人を……愛し……てるっ」
水中で空気を求めるように必死に息継ぎをしながら伝えてくれる彼の想いに、彼を失って干からびていた体が潤っていくのを感じた。
抱き締める力を緩めて彼の顔を見ると、涙で濡れて紅潮した顔が、俺を愛していると懸命に訴えていた。
俺も同じ気持ちだと伝わるように微笑み、そっと唇を重ねる。
甘い彼の唇は、荒れていた俺の心を優しく包み、穏やかで幸せな気持ちにしてくれる。
触れるだけのキスから、互いを確かめあうような深い口付けに変わる。
君が必要だ、もう君と離れるのは御免だ、と舌を引っこ抜く勢いで絡める俺に、同じくらい激しく絡め返してくれる彼。
どちらのものか分からない唾液で口許を濡らし、酸欠になる寸前まで口付けを交わした。
唇を離し、ぐったりと俺に凭れ掛かってきた彼を横抱きにして、二人の家に帰るべくタクシーを拾いに大通りに出る。
薄暗い路地の先に煌びやかな光が見え始めると、腕の中の彼が身を捩り始めた。
「どうした?」
「下ろせよ」
「伴侶なんだから構わないだろ」
「構うんだよ。恥ずかしいだろっ!」
顔を真っ赤に染めて潤んだ瞳で睨まれても、恐怖ではなく官能が刺激されるだけだ。
可愛らしい抵抗を楽しんでいたい気持ちもあったが、彼の願いは全て叶えて甘やかしてやりたいという気持ちの方が勝ったので、そっと地面に立たせてやる。
拗ねた様子で明後日の方向に顔を向けた彼が、おずおずと左手を差し出してきた。
それに掌を合わせて固く握りしめると、様子を伺うようにこちらに顔を向けた彼が、幸せで満たされている俺の顔を見て安堵の笑みを浮かべた。
手を繋いだまま大通りに出てタクシーに乗り込み、やっと二人揃って二人の家に帰る。
繋いだ手と寄り添う体で互いの熱を感じ、愛する人が隣にいるという幸せを噛み締めながら揺られていたタクシーを降り、門の中に入ると再び彼を横抱きにして抱えた。
今度は抵抗せずに、甘えるように俺に身を預けてくる彼。
時折啄むようなキスをして家の中に入り、一直線に寝室に向かった。
季節は違うが彼と出会ったあの夜みたいだな、と自分の行動を嘲笑すると、視線の先にあの晩に飲んだバーが現れた。
もしかしたら何かのお告げなのかもしれない、と馬鹿げた期待を抱きながら店に入っていく。
あの夜と同じきつい酒を煽り、やはりちっとも酔えていない体で街を彷徨う。
不意に、見覚えのある風景が現れた。
彼と出逢った、あの薄汚れた路地裏だ。
蜜を求める昆虫のように、路地の奥へと進んでいく。
すると、あの夜彼が寝転がっていた場所に人影があるのが見てとれた。
期待に胸を膨らませた心臓が、ドクンドクンと早鐘を打ち始める。
逸る気持ちとは裏腹に、期待通りではなかった時のショックに怯えている足は、なかなか前に進もうとしない。
鉛のような足を引き摺り、やっと辿り着いた人影は、何かに怯えるように胎児の如く丸まり眠る漆黒の髪の青年だった。
期待通りの人物だったことに歓喜に沸く心に、あの晩と同じならば彼は無理矢理傷付けられているのではないか、と脳が冷静な声を出す。
一気に襲ってくる恐怖に耐えながらも彼の姿を確認すると、衣服に乱れはなく、顔にも傷付けられた痕は見当たらなかった。
そのことに安堵すると、体は歓喜に震えて目頭が熱くなってきた。
「おい、大丈夫か?」
あの夜と同じ言葉を掛けると、ひくひくと痙攣した瞼がゆっくり開いていき、黒曜石のような瞳が現れた。
「ナオ……くん?」
まだ覚醒しきっていないのか、ぼんやりと俺を見上げる、探し求めていた唯一の愛しい人。
「そうだ、君の結婚相手だ」
微笑みかけながら黒髪に触れようとすると、はっとしたように肩を揺らして壁際に逃げた彼は、びくびくと震える体を自らの腕で抱き留め、怯えた眼差しを俺に向けてきた。
「どうして逃げるんだ。何に怯えている?」
ゆっくり近付いていきながら尋ねるも、彼はがむしゃらに首を左右に振るだけで何も答えない。
「克己に記憶移行のことは聞いたんだろ? 移行は成功した。ナオくんの記憶もちゃんと残っている」
「え……」
彼が消える直前、克己が彼に記憶移行に纏わる話を簡単にしたのだと聞いた。
人の生死を覆す神の意思に反することをしていた俺に、恐れをなして逃げ出したのかとも考えたが、それだけが理由ではない気がしていた。
「俺の中には、五年前のあの夜に君と出逢って恋をした記憶も、ナオくんとして再び出逢って二度目の恋に堕ちた記憶も、ちゃんと残っている」
「何……言って……」
「君を、先生を愛している。一生傍にいて欲しい」
俺の言葉を必死で理解しようとしている様子の彼をきつく抱き締め、胸を焦がす想いを込めて囁く。
「ナオ……ナオッ……」
腕の中の彼が嗚咽しながら、蚊の鳴くような声で俺の名を呼ぶ。
「先生……先生……俺の伴侶、俺の愛する光太郎」
俺の瞳からも彼への想いが溢れ出し、息を乱しながらも俺はここにいるのだと教えるために、必死で彼の名を呼ぶ。
「俺も……直人を……愛し……てるっ」
水中で空気を求めるように必死に息継ぎをしながら伝えてくれる彼の想いに、彼を失って干からびていた体が潤っていくのを感じた。
抱き締める力を緩めて彼の顔を見ると、涙で濡れて紅潮した顔が、俺を愛していると懸命に訴えていた。
俺も同じ気持ちだと伝わるように微笑み、そっと唇を重ねる。
甘い彼の唇は、荒れていた俺の心を優しく包み、穏やかで幸せな気持ちにしてくれる。
触れるだけのキスから、互いを確かめあうような深い口付けに変わる。
君が必要だ、もう君と離れるのは御免だ、と舌を引っこ抜く勢いで絡める俺に、同じくらい激しく絡め返してくれる彼。
どちらのものか分からない唾液で口許を濡らし、酸欠になる寸前まで口付けを交わした。
唇を離し、ぐったりと俺に凭れ掛かってきた彼を横抱きにして、二人の家に帰るべくタクシーを拾いに大通りに出る。
薄暗い路地の先に煌びやかな光が見え始めると、腕の中の彼が身を捩り始めた。
「どうした?」
「下ろせよ」
「伴侶なんだから構わないだろ」
「構うんだよ。恥ずかしいだろっ!」
顔を真っ赤に染めて潤んだ瞳で睨まれても、恐怖ではなく官能が刺激されるだけだ。
可愛らしい抵抗を楽しんでいたい気持ちもあったが、彼の願いは全て叶えて甘やかしてやりたいという気持ちの方が勝ったので、そっと地面に立たせてやる。
拗ねた様子で明後日の方向に顔を向けた彼が、おずおずと左手を差し出してきた。
それに掌を合わせて固く握りしめると、様子を伺うようにこちらに顔を向けた彼が、幸せで満たされている俺の顔を見て安堵の笑みを浮かべた。
手を繋いだまま大通りに出てタクシーに乗り込み、やっと二人揃って二人の家に帰る。
繋いだ手と寄り添う体で互いの熱を感じ、愛する人が隣にいるという幸せを噛み締めながら揺られていたタクシーを降り、門の中に入ると再び彼を横抱きにして抱えた。
今度は抵抗せずに、甘えるように俺に身を預けてくる彼。
時折啄むようなキスをして家の中に入り、一直線に寝室に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる