先生、教えて。

オトバタケ

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 闇に包まれた繁華街を当てもなく歩く。
 季節は違うが彼と出会ったあの夜みたいだな、と自分の行動を嘲笑すると、視線の先にあの晩に飲んだバーが現れた。
 もしかしたら何かのお告げなのかもしれない、と馬鹿げた期待を抱きながら店に入っていく。

 あの夜と同じきつい酒を煽り、やはりちっとも酔えていない体で街を彷徨う。
 不意に、見覚えのある風景が現れた。
 彼と出逢った、あの薄汚れた路地裏だ。
 蜜を求める昆虫のように、路地の奥へと進んでいく。

 すると、あの夜彼が寝転がっていた場所に人影があるのが見てとれた。
 期待に胸を膨らませた心臓が、ドクンドクンと早鐘を打ち始める。
 逸る気持ちとは裏腹に、期待通りではなかった時のショックに怯えている足は、なかなか前に進もうとしない。

 鉛のような足を引き摺り、やっと辿り着いた人影は、何かに怯えるように胎児の如く丸まり眠る漆黒の髪の青年だった。
 期待通りの人物だったことに歓喜に沸く心に、あの晩と同じならば彼は無理矢理傷付けられているのではないか、と脳が冷静な声を出す。
 一気に襲ってくる恐怖に耐えながらも彼の姿を確認すると、衣服に乱れはなく、顔にも傷付けられた痕は見当たらなかった。
 そのことに安堵すると、体は歓喜に震えて目頭が熱くなってきた。

「おい、大丈夫か?」

 あの夜と同じ言葉を掛けると、ひくひくと痙攣した瞼がゆっくり開いていき、黒曜石のような瞳が現れた。

「ナオ……くん?」

 まだ覚醒しきっていないのか、ぼんやりと俺を見上げる、探し求めていた唯一の愛しい人。

「そうだ、君の結婚相手だ」

 微笑みかけながら黒髪に触れようとすると、はっとしたように肩を揺らして壁際に逃げた彼は、びくびくと震える体を自らの腕で抱き留め、怯えた眼差しを俺に向けてきた。

「どうして逃げるんだ。何に怯えている?」

 ゆっくり近付いていきながら尋ねるも、彼はがむしゃらに首を左右に振るだけで何も答えない。

「克己に記憶移行のことは聞いたんだろ? 移行は成功した。ナオくんの記憶もちゃんと残っている」
「え……」

 彼が消える直前、克己が彼に記憶移行に纏わる話を簡単にしたのだと聞いた。
 人の生死を覆す神の意思に反することをしていた俺に、恐れをなして逃げ出したのかとも考えたが、それだけが理由ではない気がしていた。

「俺の中には、五年前のあの夜に君と出逢って恋をした記憶も、ナオくんとして再び出逢って二度目の恋に堕ちた記憶も、ちゃんと残っている」
「何……言って……」
「君を、先生を愛している。一生傍にいて欲しい」

 俺の言葉を必死で理解しようとしている様子の彼をきつく抱き締め、胸を焦がす想いを込めて囁く。

「ナオ……ナオッ……」

 腕の中の彼が嗚咽しながら、蚊の鳴くような声で俺の名を呼ぶ。

「先生……先生……俺の伴侶、俺の愛する光太郎」

 俺の瞳からも彼への想いが溢れ出し、息を乱しながらも俺はここにいるのだと教えるために、必死で彼の名を呼ぶ。

「俺も……直人を……愛し……てるっ」

 水中で空気を求めるように必死に息継ぎをしながら伝えてくれる彼の想いに、彼を失って干からびていた体が潤っていくのを感じた。
 抱き締める力を緩めて彼の顔を見ると、涙で濡れて紅潮した顔が、俺を愛していると懸命に訴えていた。
 俺も同じ気持ちだと伝わるように微笑み、そっと唇を重ねる。
 甘い彼の唇は、荒れていた俺の心を優しく包み、穏やかで幸せな気持ちにしてくれる。

 触れるだけのキスから、互いを確かめあうような深い口付けに変わる。
 君が必要だ、もう君と離れるのは御免だ、と舌を引っこ抜く勢いで絡める俺に、同じくらい激しく絡め返してくれる彼。
 どちらのものか分からない唾液で口許を濡らし、酸欠になる寸前まで口付けを交わした。

 唇を離し、ぐったりと俺に凭れ掛かってきた彼を横抱きにして、二人の家に帰るべくタクシーを拾いに大通りに出る。
 薄暗い路地の先に煌びやかな光が見え始めると、腕の中の彼が身を捩り始めた。

「どうした?」
「下ろせよ」
「伴侶なんだから構わないだろ」
「構うんだよ。恥ずかしいだろっ!」

 顔を真っ赤に染めて潤んだ瞳で睨まれても、恐怖ではなく官能が刺激されるだけだ。
 可愛らしい抵抗を楽しんでいたい気持ちもあったが、彼の願いは全て叶えて甘やかしてやりたいという気持ちの方が勝ったので、そっと地面に立たせてやる。
 拗ねた様子で明後日の方向に顔を向けた彼が、おずおずと左手を差し出してきた。
 それに掌を合わせて固く握りしめると、様子を伺うようにこちらに顔を向けた彼が、幸せで満たされている俺の顔を見て安堵の笑みを浮かべた。

 手を繋いだまま大通りに出てタクシーに乗り込み、やっと二人揃って二人の家に帰る。
 繋いだ手と寄り添う体で互いの熱を感じ、愛する人が隣にいるという幸せを噛み締めながら揺られていたタクシーを降り、門の中に入ると再び彼を横抱きにして抱えた。
 今度は抵抗せずに、甘えるように俺に身を預けてくる彼。
 時折啄むようなキスをして家の中に入り、一直線に寝室に向かった。
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