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エピローグ
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調査報告書には、簡潔にこう記された。
《吉野山における昏睡事例、全件終息。該当区域における異常反応は以後確認されていない》
そこには、誰も知らない一つの出会いも、
ひとりの妖と交わされた言葉も記されていない。
ただひとつ——
《当該地点に宿っていた桜の霊的反応は、すでに消失している》
それだけが、物語の終わりを静かに物語っていた。
そして春が巡った。
神崎は再び、吉野山を訪れていた。
桜はもう、ほとんど散っていた。
地面には薄紅の名残が絨毯のように敷かれ、風にさらわれて舞っている。
かつて枝垂れ桜があった場所には、まだ背の低い若木が芽吹いていた。
「……もう、いないんですね」
神崎は膝を折り、小さな若木にそっと触れた。
葉はやわらかく、生まれたばかりの命の温度がそこにあった。
「でも、ちゃんと……春は来るんですね」
風が吹いた。
ふるりと若木の葉が揺れた。
その音が、どこか懐かしい声にも似ていた。
背後で足音が止まる。
「一本、余った」
振り返ると、黒野アイリが立っていた。
手には温かい缶コーヒーを二本。
「……ありがとうございます」
缶を受け取り、ふたり並んで腰を下ろす。
言葉は交わさない。
けれど、その沈黙には、確かに“何か”が残っていた。
もう誰の記憶にも残らない桜の妖。
けれど、誰かの心には——
確かに、あの春の記憶が刻まれている。
神崎は目を閉じる。
こうして、ひとつの春が、静かに幕を閉じた。
《吉野山における昏睡事例、全件終息。該当区域における異常反応は以後確認されていない》
そこには、誰も知らない一つの出会いも、
ひとりの妖と交わされた言葉も記されていない。
ただひとつ——
《当該地点に宿っていた桜の霊的反応は、すでに消失している》
それだけが、物語の終わりを静かに物語っていた。
そして春が巡った。
神崎は再び、吉野山を訪れていた。
桜はもう、ほとんど散っていた。
地面には薄紅の名残が絨毯のように敷かれ、風にさらわれて舞っている。
かつて枝垂れ桜があった場所には、まだ背の低い若木が芽吹いていた。
「……もう、いないんですね」
神崎は膝を折り、小さな若木にそっと触れた。
葉はやわらかく、生まれたばかりの命の温度がそこにあった。
「でも、ちゃんと……春は来るんですね」
風が吹いた。
ふるりと若木の葉が揺れた。
その音が、どこか懐かしい声にも似ていた。
背後で足音が止まる。
「一本、余った」
振り返ると、黒野アイリが立っていた。
手には温かい缶コーヒーを二本。
「……ありがとうございます」
缶を受け取り、ふたり並んで腰を下ろす。
言葉は交わさない。
けれど、その沈黙には、確かに“何か”が残っていた。
もう誰の記憶にも残らない桜の妖。
けれど、誰かの心には——
確かに、あの春の記憶が刻まれている。
神崎は目を閉じる。
こうして、ひとつの春が、静かに幕を閉じた。
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