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14 再会
しおりを挟む多くの王族が集うその場所では、パトリックは偉大ではなかった。一つの小国の王の代理にすぎない。
王になる男だ。と言っても、皆が「自分もだ」と応えるような場所。あるいは「自分こそが王だ」と真実を持って言える場所。この場はそういう場所で、パトリックは特別にはなれない。
誰もパトリックに頭を下げない。
パトリックには居心地が悪い場所だった。
それに、もう長い間体調が芳しくない。
体が重くて、頭はもやがかかったようだ。何か大事なことを忘れているような気がするときもあるし、凶悪なほどの怒りに駆られる時もある。ともかく何もかも調子が悪い。
ただ、帝国に来てからは、自国にいたときよりずいぶんマシにはなっていた。思考もクリアになって、驚いたものだ。
不思議に思うたびに脳裏に浮かぶのは黒髪の少女の存在だ。調子がいいのは「彼女がいないからだ」そういう思考になるたびに、パトリックを首を横に振ってその思考を散らす。
できる限り考えたくなかった。
ため息をついて、パトリックは肺の中の空気を吐き出す。
こんなときに、こんなところで、他人の戴冠を祝うのは面倒だ。たとえ、関係を築いておけば、国のためになるとわかっていても、どうにも気乗りしない。
早く時間が経つことを願って会場の隅に行こうとしたパトリックは、ふと何かが視界の端にうつった気がして、無意識にそちらを向いた。
さらりと音を立てて、白いドレスが揺れる。
パトリックは、目を見開いた。
一人の小柄な少女が、そこにいた。
白く長い髪は背中でゆったりと編まれていて、そこには青い小花がぱらぱらと散りばめられている。
同じ青い花が白いドレスの胸元や指先、スカートのあちこちを彩って、まるで雪の上に青を撒いたようだ。
ほっそりとした腕は、白いチュール生地の布に覆われて、それが大理石の床を撫でる。
美しかった。
しかし同時に見覚えがありすぎる存在。
1年ほど前、アルサンテから忽然と姿を消した。一人の少女。
否、パトリックが追い出した。かつて自国の聖女だった娘。
「リゼット?」
パトリックは呆然とつぶやいた。
リゼットはため息をついた。
挨拶の後、一度はリゼットの元に戻ったディーだったが、すぐに呼ばれて去っていった。
後で聖女として紹介するから、ここで待っていてくれ。
そう言われて、ポツンと壁際に立っている。意図的に目立たないようにしているつもりだが、人々の視線が集まっているのを感じていた。
――ディーのやつ……実はあちこちであれが聖女ですって言いふらしてるんじゃないでしょうね。
微妙に遠巻きにされているので、なおさらそうなのではと疑わしい。
再びため息をついて、リゼットは気まぐれに周囲を見渡した。
あっちもこっちも王族、王族。貴族、貴族。
帝国にも、祖国のアルサンテにも貧しい者はいる。彼らからみれば、頭でっかちで道楽にかまけるバカ男たちと、着飾るしか脳がない女たちだ。
リゼットからみてもそうなのだから、きっとそう見えるに違いない。しかしその中にはきっとリゼットも入るのだろう。自分の衣装に金がかかっていることくらい嫌でもわかる。送り主はどこかの新しい皇帝だ。
彼には民のために今後皇帝としてしっかり頑張ってもらわなければ。そして自分も聖女として頑張らなければ。
そんなことを考えながら人々を眺めていたリゼットは、見知った姿を見つけて、勢いよく顔を逸らした。
一瞬息が止まったような錯覚がした。それほどには驚いた。
ドッドッと心臓が音を立てていて、思わず胸元の花を握りしめれば、手の中で、カサっと音がなる。
想像していなかった訳ではないが、予想外に近い。大股で歩けば、10歩もあれば互いの距離は0になってしまう。そんな距離にいた人物。彼はリゼットが一番この会で会いたくなかった人。
はぁ、詰めていた息を吐いてゴクリと喉を鳴らすと、そっと視線を戻した。
赤いアルサンテの王族の正装姿。かっちりと撫でつけられた金髪。
パトリック・アルサンテが立っていた。
――本当に、近い……。
自然と呼吸が荒くなっていく。
パトリックは何かを探しているようだった。視線をあちこちにやって、ため息をついている。
それが不思議で、つい身じろぎをした瞬間だった。
バチリと、目があった。
「――あ」
声が漏れる。
パトリックの目が見開かれ、そして唇が何かの形を作った。
それが何を示すのか気づいた瞬間、弾かれたようにリゼットは走り出した。
――追いかけてきてる!
後ろから聞こえてくる足音に得も言われぬ恐怖を感じて、リゼットは足を速めた。
とにかく一旦逃げないといけない。
そんな焦燥にかられて、リゼットは会場の外に飛び出る。
目的は休憩室だった。そこなら人混みで姿を隠せるかもしれない。
本当は自室まで逃げたいところだが、遠くまで逃げる前に捕まってしまう気がした。それで、おそらく一番近くて隠れられる場所であろう場所に向かう。
たくさん用意された休憩室はどこも扉が開かれていて、そこには貴婦人たちが集まっている。会場が男の勝負場なら、ここは女の勝負場だ。
とっさに目に入った扉を潜る。
多くの貴婦人たちが、そこにはいた。
質素なソファには色とりどりのドレスを来た女性が。テーブルにはお菓子が並んでいる。
男性も何人かいるようだが、男性は男性で固まって座っていた。
パラパラと視線がリゼットに向いた。しかしすぐにそれは逸らされて、会話に戻っていく。
どうやらさほど興味は抱かれなかったらしい。
リゼットは荒い息を吐き出して、部屋の奥に入る。どこか空いている椅子に座って、パトリックをやり過ごそう。
そう思った時だった。
ぐっと腕を掴まれて、あわてて振り返る。
走って追いかけて来たのだろう。リゼットと同じく荒く息を吸って吐いてと繰り返しているパトリックが、リゼットの腕を掴んでいた。
「リゼット!」
「殿下……」
互いに呼んだのは、同時だった。
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