捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

日向はび

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 呆然と、ディーはリゼットを見上げた。
 リゼットはどことなく青い白い顔だったが、しっかり両足で立っていて、怒ったようにディーを睨みつけている。
 どうやら思いっきり叩かれたらしいと、わずかに痛む後頭部に手をあててディーは冷静に思った。
 なにから言えばいいのか、そんな混乱の中でただひたすらディーはリゼットをじっと見つめる。

「――死んだんじゃ?」
「しんでないわよ」

 結局出た言葉はそんな物で、それを受けて不服そうにリゼットが言った。
 言ってから、バツが悪そうに顔をそらす。

「まぁ、死ぬかと思ったけど……」
「?」
「リゼット様、まだお目覚めにられたばかりなのですから、できるだけ安静に……」
「隣の部屋でこんだけ騒がれれば何事かと思うじゃない」
「それは、申し訳ございません」
 
 頭上で交わされるやりとりを、やはり呆然と眺めながら、ディーは状況を咀嚼そしゃくしていく。
 そうして半眼になると、テオの首元を締め上げた。

「おい、こら。リゼットが死んだって言わなかったか?」
「はて、申し上げておりませんが」
「さも深刻な状況ですって顔をしていただろうが」
「あの後長くお眠りになられていて、昨日までは体を起こすのも難しい状態でしたから、深刻です。……あれ、リゼット様起き上がれるようになられたんですね」
「ええ。そうみたいね……ちょっとディー、テオを放してあげなさいよ」
「いや、俺はこいつの言葉に悪意があったように思えてならないんだが」
「なんのためにそのような……」
「さては俺に不満があるな。言ってみろ。言って聞いてやるとは限らないがな。言え」

 ディーはテオをガクガクと揺さぶる。
 やめろやめろと言うのはリゼットばかり。
 さてどうしたものか、と悩むリゼットだったが、視界にどうにも嬉しそうなテオが映って、まぁいいか。と思い直し傍観ぼうかんに徹する。
 最初にふらふらとし始めたのは、ディーだった。
 それは当然だろう。
 貫通していた傷はある程度治ったとはいえ、完治はしていないし、血もずいぶん流した。
 くらくらとするのは当然だ。
 ディーをベットに寝かせ、テオは立ち上がる。

「では、医師を呼んで参ります」

 言ってテオが下がると、代わりのようにリゼットはベットの縁に腰掛けた。

「完全に治し切ったわけじゃないから、油断しないで」
「わかった……いつ、アルサンテについた?」
「……あなたがぶっ倒れた直後には王の間について」
「嫌な物を見せたな」
「別に」
 
 ぶっきらぼうにリゼットは応える。
 実際かなりショッキングで、暴走しかけたので、そんなことないとは言いにくい。
 暴走したことを告げるのも憚られて、リゼットは口を噤む。
 
「さっき」
「何?」
「さっき、テオが、お前が命を使ったと」

 ディーが不安そうにリゼットを見上げていた。
 リゼットはためいきをつき、ゆっくり立ち上がる。

「なんか見て気づかない?」

 全身を見せるように、リゼットは手をわずかに広げた。

「きれいだ」

 ずっこけるとはこのことだろうとリゼットは思った。
 苦笑いをして首を横に振る。

「似合ってる」

 薄い青色のワンピースタイプのナイトウェアに、白いガウン。それをさして真顔で言う。
 リゼットはわずかに赤面して、しかし首を横に振った。

「あのね……」
「かわいいな」
「……」
「それになんだか……あ?」

 そこまで言って、ディーは再び視線をリゼットの全身に向けた。
 違和感がある。
 何だろう。
 そんな気持ちで眺めること数秒。とある一点に視線がいって、首をかしげた。

「大きくなったか?」
「何に対して言ったのか視線を見れば丸分かりだけどあえて聞かずにおいてあげるから、その目をそこに向けるのをやめなさい。はったおすわよ」
「すまん」
 
 素直に視線を顔に向ける。
 顔つきも言われてみれば違う。
 戦時中にもらった手紙でわずかに痩せたと言われていたし、顔色が悪いのもあってスルーしていたが、やはり。

「大人になってる、のか?」

 まだ少女と言っても差し支えのない、小娘だったはず。
 しかしずいぶんと大人っぽくなっている。
 ディーよりはまだ歳下に見えるが、それでもかなり近い年に見えなくもない。

「命というか、寿命というか、若さというか? ちょっと使って」
「俺のために?」
「あなた死にかけてたから、これくらいの代償で済んでよかったわ」
「……死ぬ気だったのか」

 死ぬ気で力を使ったのか?
 その質問に、リゼットは唇を閉じる。

「……もしかしたら、とは思ってたわ」

 それは本当は嘘だ。
 死ぬと思っていた。
 運がよかった。
 きっと、多分それだけ。
 しかしそれを伝える必要はないだろうと考えていた。伝えるにしても今ではないし、それに、おそらく言わなくても彼にはわかってしまうのだ。

「そうか」

 彼の言葉はとても重々しかった。
 リゼットはため息をついてふたたびベッドに座る。
 沈んだ様子のディーを見て、かける言葉はとくに思い浮かばなかった。
 それで結局リゼットも視線を床に落とすしかなく、沈黙する。
 ふとあることを思い出して、リゼットは再び顔をあげた。

「そうだわ」
「ん?」
「まだ、早いかもしれないけど……」

 リゼットはにこりと笑った。

「おかえりなさい。ディー」

 ぱっとディーの表情が晴れた。
 みるみる笑顔になって、そうしてリゼットのほっそりとした手を、傷ついた騎士の手ですくい上げるように取る。
 ディーはそっとリゼットの手の甲に口付けた。
 一瞬手を引こうとしたリゼットの手を、離すまいと握る。
 しばらく手を引こうと試行錯誤していたリゼットだったが、ついには諦めた。

 
「ただいま」
 

 ささやくようなディーの返事に、リゼットは笑顔を返した。
 

 
 
 
 

 
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