捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

日向はび

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25 目覚めたら

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 ディーは、気づけば暗闇の中に立ち尽くしていた。
 生ぬるい空気が漂っている。寒さも暑さも感じない。
 見渡してもなにもないただの暗闇が続いていた。
 
 ――俺、死んだのか?

 そう呟こうとして、声が出せない事に気づく。
 パニックになる事はなかった。ただ「ああ、声が出せない場所なんだな」と思っただけだった。
 両手を見る。
 不思議な事に、帝国でいつも着ていた服を身につけている。
 刺された腹部を見れば、傷もなにもない。体も不思議と軽かった。

 ――死後ってこんな感じなのか。

 そんな事を思って、ディーはすぐに目を伏せた。
 気にかかるのはテオの事だ。

 ――俺を刺したわけだしな。お前のせいじゃないよ。

 伝えたいが、もう伝えられないのだろう。
 それからもう一人。

 ――リゼット……。

 おぼろげだが、彼女が何か、ひどく傷ついていたのを見た気がする。
 もしかして見られてしまったのだろうか。と不安になる。
 ――俺の死に顔を見られたのだろうか。
 ――血だまりに倒れている姿を見たら、きっとショックだろうな。

 行ってくると言った。
 行ってらっしゃいと言われた。
 ならば「ただいま」と言わなきゃいけないはずなのだ。
 はず、なのに。

 ――言えなくて、怒るだろうか……。

 心の中で言う。
 言葉にできないのがこれほどもどかしいとは思わなかった。
 ディーは熱をもった瞼を閉じる。
 不意に何かが聞こえた気がして顔をあげる。
 見渡して、しかしなにもなくて、首をかしげた。気のせいか。そう思った瞬間、また――。

『…………』

 ――え?

『…………!』
 
『…………て』
『……え……きて』

 聞き覚えのある声に瞬く。

 これは、この声は――。

「リゼット?」

 つぶやいた瞬間、何かに強く腕を引かれた気がした。
 
 




 

 唐突にディーは覚醒した。
 心は不思議と凪いでいて、大きく息を吸い込むことが出来た。
 それでも夢から覚めた衝撃からなのか、フゥ、フゥ、と荒い息が吐き出された。
 その呼吸が落ち着いた頃に、ディーはようやく自分が見慣れない部屋に寝かされている事に気がついた。
 瞬きをして周囲を見渡す。
 白い装飾のされた天蓋。美しい刺繍がなされたカーテンがゆったりと周囲を覆っている。
 きょろっと周囲に視線をめぐらせる。カーテンの向こうで、数人の人間が動いているのが見えた。

「誰だ……」

 かすれた声でつぶやいた瞬間、人々の動きが止まった。
 すぐにカーテンが音を立てて開けられ、そこにいた人物にディーは目を丸くする。

「テオ?」

 呼んで、すぐにどうしようとディーは思った。
 泣きそうな顔で幼馴染が佇んでいる。手を触れることも出来ないという様子で、カーテンを握りしめたまま固まっているとも言えるだろう。
 そうなっているのはおそらく、ディーを刺してしまったことへの罪悪感からだ。

「すまん」

 言ってから、やってしまったなと思って気まずくなる。
 先に謝っては、彼の立つ瀬がない。
 実際テオは一瞬意表をつかれたように目を丸くしてから、ぐしゃっと顔を歪めてしまった。
 泣きはしないが、泣きたいという顔だった。

「申し訳、ありません。我に返ってこんな……」

 言って首を横に振る。
 ディーは横になったまま苦笑いを浮かべた。
 
「いいさ。罪には問われまい」
「そういう問題では……」
「責めて欲しいのか? 俺に? どうせ散々あちこちから糾弾されているお前をか?」

 テオは黙り込んだ。
 眠っている間にテオの免職を望む声はあっただろうと思われた。かなりの方面から厳しい咎めを受けただろう。
 ディーが死んでいたら、彼の首は今頃胴体とお別れしている。
 そうでなくても、普通に考えればこの場にいることすら叶わず拘束されていてもおかしくない。にもかかわらずそうなっていないということは。

「兵士はかなりやられていたか」

 偽の聖女に。
 そう問えば、テオは苦々しい顔をして頷いた。

「城内に入ったほとんどの騎士が。どこかでまとめて魅了にかかったようです。私は、城の廊下で……。皆しばらくして魔法が解けたかのように正気に戻りました。とはいえその間にあったことを忘れたわけではありません」

 まとめる者がい無いので、テオを処罰することもできてい無いのだろう。

「とりあえず、俺は起きた。お前への処分はなし」
「それは……」
「寝起きで疲れてるんだ」
 
 言外に話は終わりだと告げるディーに、テオは何も言わずに黙り込んだ。
 ふと、ディーは思い出したように傷のあった場所を探った。
 触れてみて首を傾げる、おそらく貫通していたのに、痛みがないとは一体どういうことだろう。
 もしや、リゼットが間に合って治してくれたのだろうか。こんな芸当ができるのは彼女しかいない。
 戦が終わったと呼びつけられて最初に見たのがディーの死にかけの姿とは、悪いことをしたものだ。そう思って苦笑する。

「テオ、リゼットは? 礼を言わねばな」

 テオが息を呑む音がした。
 不審に思って視線を向ければ、蒼白になっているテオの姿がある。

「どうし……」
「リゼット様は………」

 そこまで言って口を噤む。
 氷塊が背中を背滑り落ちたような感覚がした。
 呆然と上半身を起こす。

「おい……リゼットは、どうした」

 カラカラと乾いた口でディーは尋ねる。
 テオが視線を逸らしたのを見て、ディーは毛布を跳ね除けるように立ち上がった。

「ディー!」
「うるさい、リゼットは……」

 言ってがくりと膝をつく。テオが慌てて支えようとしたが、その手を逆に握ってディーは膝をついたまま詰め寄った。

「どこにいる。リゼットは、彼女はどこだ?」
「リゼット様は……陛下の傷の、治療をしてくださいました。しかし、命を、つかわれたと……。それでそのまま――」
「まさか――」

 ざわざわと胸の中に嫌な物が広がっていく。
 ――ああそんな。そんなバカな。

 最後に話したのはいつだ。いつ――。
 ディーは目を見開く。
 夢の中で聞こえたのは、彼女の声ではなかったか。あれは切実で、まるで泣いているかのようだった。
 ディーを助ける為に、彼女は……。
 絶望が襲いかかる。
 どうして、どうして止めなかったのか。とテオを なぶりたくなるほどの激情にかられて、テオの胸元を強くつかむ。
 
「では、彼女は、リゼットは死――」「んでない!」

 スパーンと音を立てて、後頭部に衝撃が走った。
 目を白黒させて振り返る。

 両手を腰に当てて仁王立ちするリゼットが、そこにいた。
 
 
 
 

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