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第八話 芸術と力
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外は黒い雲に覆われ太陽の顔させ見えないほど暗かった。
どんよりとした黒雲から無数の雨粒が降り出しザーザーと音を立てた。
朝からずっと雨が降り続けており今日の体育の授業は外ではなく体育館で行われた。
体育の授業が終わった頃、みんなは体育館を出て教室へ戻った。
女子達が戻って来る前にぼくら男子は教室の中で体操着から普段着へと着替えた。顔と手を通し上を着た後、右足を上げてから左足も上げてズボンを履いた。男子のみんなは会話しながらゆっくりと着替えている。でも、ぼくはパッパと普段着を着て脱いだ体操着とズボンを後ろにあるロッカーへ閉まった。他のみんなが着替え中の時、保健室で着替えていた女子から教室の引き戸をノックした。ぼくと同様、着替え終えた男の子がちょっとだけ引き戸を開けもう少し待っててくれと伝えた。今は、10分休みで早くしないと次の授業が始まる。あまり待たせれば次の授業が始まって女子達も教室へ入れない。みんなが着替えながら会話している中、ぼくは次の授業で使う教科書とノートを出して準備した。
昼休み─
ぼくは教室を出て一人、廊下に立って窓越しに寄りかかりながらスマホに目を落とした。
ぼくのフォロワーは相変わらずのすごい数で日に日にぼくの歌を聴いたユーザーからたくさんのメッセージが届いてくる。ぼくのアバター、NIJIは自分とは思えないほどの明るそうでイケメンな顔をしているアバターが自分だなんて初めは正直、驚いて信じられなかったけど今はもう慣れて悪くないと思えてきた。でも、ぼくがNIJIだっていうことは、まだ誰も知らない。いや、知られてはいけない。教室でEHR(アース)を見ていたら誰かに声をかけられた時にぼくがNIJIだと知られたらまずいのだ。だから、こうして廊下に出てこまめにチェックしているのだ。
廊下には多くの子達がいるけど、さすがに覗かれたりはしないから心配ない。もし、声をかけられでもしたらすぐEHR(アース)のアプリを切ればバレずに済む。通知には最近アップロードしたアカペラカバーソングのことについてたくさんのメッセージが着ている。
もっと聴きたいという声もあれば今度はこの曲を歌ってほしいというリクエストを出す声もあった。神馬くんに誘われてEHR(アース)を始めてからもう一ヶ月。怨嗟や批判するメッセージはあまり見なくなったし、ぼくが現れた事でニュースにもなり騒ぎになった世界中の人達の興奮はだいぶ落ち着いてきている。まるで、嵐が去った後の静けさだ。
外は相変わらず雨が降り続けている。天気予報では宮古島は夕方ぐらいには雨が止むらしいが・・・・
こんな時は、歌を歌いたいがここじゃさすがに歌えない。それに、放課後の帰りの時はクラスメイトを含め高学年から低学年、そして中学生がいるので歌うことはできない。人がいない所といえば、あそこしかない。ぼくはたくさんの称賛とお褒めのコメントを見て笑みを浮かべる。
すると、誰かがぼくを呼んだ。
「羽藤くん」
ぼくはすぐEHR(アース)のアプリを閉じて顔を上げた。
振り向くと隣に両手にポケットを突っ込んだ邑上くんの姿が見えた。邑上くんは相変わらずのイケメンぶりでぼくより背が高いしルックスもいい。本当にぼくとは正反対だ。
突然、隣に現れたのでぼくは驚きながら目を見開いた。
「邑上くん」
廊下を通る女子達が邑上くんに見惚れている様子がちらほら見える。男子達も邑上くんとぼくの会話姿を見ている。
「何かいい事あった?」
一瞬、ドキッとした。まさか、今までぼくの様子を見ていたのかと思った。さすがにぼくが世間で話題を呼んでいるEHR(アース)の超新星 NIJIだということは彼はまだ知らないみたいだ。でも、彼の鋭い指摘にぼくはちょっと動揺した。嬉しそうで浮かれたような顔は一切見せず普段の振る舞いを見せているはずなのに一瞬、体がビクッとした。もしかすると、さっきぼくが笑みを浮かべていたところを見て声をかけたのだろう。
「べ、別に。どうして?」
「最近、友達付き合いがよくなったなぁと思って」
「そうなんだ。でも、別にぼくは何も変わってないしいつも通りだよ」
悟られないよう必死に何でもないフリをしながら真顔で答えた。今のぼくの様子を見て邑上くんはそっか、と納得したような落ち着いたトーンで軽く頷いた。みんなからの視線が来る。冷たい視線というわけではないが、邑上くんがぼくと話している姿を見て次から次へとみんなの視線が届く。ぼくはみんなから来る視線が気になり今すぐこの場から立ち去りたいと思った。
「そういえば。羽藤くん。NIJIって知ってる?」
その言葉を聞いてピクッとした。
「へっ?」
眉を上げてキョトンとしているぼくに邑上くんはもう一度話した。彼は周りを気にしていないかのように話し続ける。
「NIJIだよ。NIJI。EHR(アース)で有名になった」
それを聞いたぼくは苦笑しながら軽く頷いた。
「あ、ああ。もちろん知ってるよ」
ぼくだけどね。と心の中で呟いた。
邑上くんは楽しそうにぼくと話す。彼の笑顔は本当に明るくて爽やか。女子達が魅了する邑上爽馬のチャームポイントといっても過言ではないだろう。邑上くんもぼくの歌を聴いてくれているのかと思った。
「すごいよな。10歳なのに子供とは思えないぐらいの歌声を持ってるんだから。おれ、先週NIJIのファングループに入ったんだ」
「ファングループ」
聞かれない名前だがぼくはあまりピンと来なかった。
ファングループの事について知らないぼくを見て邑上くんは教えてくれた。
「あれ?知らない?一ヶ月前ぐらいEHR(アース)で一般ユーザーがNIJIのファングループを作ったんだ。もちろん、入会費は無料。NIJIの魅力や好きなところなどいろいろ語りつくすグループができたんだよ」
そんなの聞いていない。いつの間にぼくのファングループができたんだと驚きを隠せなかった。別に嫌ではないが、NIJIのファングループがあったなんてちっとも知らなかった。もしかすると、この学校にも誰かが作ったファンクラブに入っている子もいるのだろうか。それに、神馬くんはファングループのこと知っているだろうか?
すると、邑上くんは自分のスマホを取り出しぼくに見せてきた。
邑上くんのスマホ画面に映っているのは、さっき話を聞いたNIJIのファングループサイトだった。管理人は「マイ」という女子だ。顔写真から見ると中学生ぐらいの子だ。入会員はなんと、10000人以上いた。そして、サイトのチャットにはNIJIについてたくさんの吹き出しが出ている。しかも、吹き出しの中にはNIJIの写真がアップされていた。しかも、ぼくが知っているNIJIとはちょっと雰囲気が変わっている。
NIJIが違う服を着ているのだ。
「NIJIって、こんな服着てたっけ?」
疑問を抱いているぼくに邑上くんが答えてくれた。
「これは、グループに入っている人達が勝手に作って着せ替えた衣装だよ」
「えっ?!着せ替え?」
「フォローをしている人だけ自由に相手のアバターをデザインした衣装を着せ替えて写真に撮ることができるんだ。もちろん。本人画像も着せ替え可能。きっと、NIJIのファンの中にデザイナーやイラストレーター、絵が得意とする人がいると思うよ」
相手のアバターや本人画像を自由に着せ替える機能があるなんて全く知らなかった。だから、見覚えのない衣装を着るNIJIの画像がたくさんアップされていたんだ。嬉しいけど、なんと言い表せばいいのか分からない。
ぼくは放課後、教室に残りながら再び邑上くんが教えてくれたNIJIのファンクラブを見ていた。正式入会しなければコメントが送れないシステムになっているが、ぼくは別に入会するつもりはない。というか、NIJI本人であるぼくが自分のファングループに入るなんておかしな事だ。
ファングループサイトのチャットにはいろんなメッセージが書き込まれていた。
アメリカ人:男性47歳《Being 10 years old is now about 5th or 6th grade. Where do you live?(10歳ということは、今は小学5年か6年生ぐらいだよね。どこに住んでいるんだろ?)》
日本人:女性33歳《きっと豪華な家に住んでいるんだろうな~》
アメリカ人:男性26歳《By the way, I haven't heard many rumors about NIJI's use of voice changers these days.(そういえば、ここ最近NIJIがボイスチェンジャー使っている疑惑の噂があまり聞かなくなったね)》
アメリカ人:男性47歳《There are some testimonies among many professional musicians that NIJI hasn't processed their voices.(多くのプロミュージシャン達の中にNIJIは声を加工していないという証言がいくつか出ているからな)》
日本人:男性29歳《悪口言ってる奴は大概、嫉妬してるんだよ。嫉妬。本当はNIJIが羨ましいから調子こいてるんだよ》
日本人:女性17歳《NIJI相手に調子に乗ってるなんてウケるんですけどww》
フィリピン人:女性23歳《胃の中の蛙だねw》
日本人:男性29歳《難しい言葉なのによく知ってますね。日本語話せるんですか?》
フィリピン人:男性23歳《はい。日本大好きなので今も日本語勉強してます》
日本人:女性17歳《すごい!》
ロシア人:男性15歳《Еще я люблю Японию. Выйдет ли скоро новый кавер NIJI?(ぼくも日本大好きです。早くNIJIの新しいカバーソング出ないかな?)》
フランス人:女性31歳《Je suis créateur de mode en France. J'ai essayé de faire des costumes NIJI sans autorisation(私、フランスでファッションデザイナーをやっています。勝手ながらNIJIの衣装を作ってみました)》
フランス人女性のメッセージの上に彼女がデザインした衣装を身に包んだNIJIの画像が添えられていた。
袖を捲りながらアクアマリンとペルシアンブルーを融合したジャケットを羽織り緑のダブルベストと水玉のワイシャツを着ている。そして、レモン色で裾に赤・青・白の三色ボーダーラインが付いた八分丈のズボン、ホワイトブルーのスニーカーを履き頭の上にはリボン付きの黄白色のハットを被ったNIJIの姿が映る。
その画像を見てグループメンバーが「カワイイ!」などの様々な国の言語を使ってファッションデザイナーのフランス女性を褒め称えた。
ぼくもその衣装を見ていいねと思った。確かに可愛らしさと明るさがあってNIJIにピッタリだ。こうやってデザインした衣装をNIJIに着せ替えてくれるなんてよくよく考えてみれば嬉しいことだ。すると、ぼくのアカウントからDMのお知らせが着た。知らないアカウントからのDMだ。
先日は、ソニーミュージックやエイベックスなどという音楽業界の中ですごい有名な会社からうちに入ってアーティストにならないかというお誘いのDMが着たが、神馬くんに教わったとおりに全て断った。ちょっとしつこい所もあったが、ちゃんとぼくの気持ちを受け入れてくれてからオファーのDMは来なくなった。今回のDMはそんな音楽業界に関する会社からのお誘いメールではなく違う人からのメールだった。
名前の英語表記の下にはカタカナで「ネビー」と書かれてある。どうやら、このマックスという子は男の子みたいだ。そんな感じがした。マックスくんのDMを開いてみると一つのメッセージが送られていた。
『أنا من المعجبين بك. أغنيتك رائعة وأنا أستمع إليها دائمًا(あなたのファンです。あなたの歌は素晴らしくていつも聴いてます)』
どうやら、アラブに住んでいる男の子みたいだ。写真にはクリーム色の肌で頭にターバンを巻いているアバターが映っている。歳は12歳と書かれてある。この短期間に一躍有名になったものだと我ながら思う。
そうスマホを見続けているとバスのアナウンスが次は宮古島東急広場前のバス停に着くことを知らせた。
ぼくはすぐ降車ボタンを押した。
バスを降りて傘を差しながらガジュマルの木がある広場へ目指し長い道を歩いた。
道には無数の水溜まりがあって雨の水をはねていた。雨は容赦がないように降り続け傘はぼくが濡れないよう雨の雫を弾く。
ぼくは雨雲を見上げながら歩く。空はねずみ色の雲に覆われ暗く冷たい雨粒を落とす。6月とは違ってどんよりとはしながいが、夕立が来るという天気予報は聞いていない。もし、夕立なら今日よりすごい雨が降るはず。まぁ、夕立だったらさすがに広場へ行こうとは思えない。
こんな時は、何か明るい歌でも歌おう。そう思いぼくは一度、足を止めてランドセルを前に背負いながら開けた。ケースを開きデバイスを耳に装着させEHR(アース)のアプリを立ち上げた。アカウントに移りすぐ音声録音を再生しスマホをポケットにしまった。
雨の中、傘を差しながらリズムを乗せてダンスをしているかのようにリズムを刻みながら歩調を合わせダンスをしているかのようにステップを踏みながら踊る。
♪これからはじまるあなたの物語
ずっと長く道は続くよ
にじいろの雨降り注げば
空は高鳴る♪
雨の音と一体になりながらクルリと体を回し左足の踵を上げた後、またステップを踏み出す。
♪眩しい笑顔の奥に
悲しい音がする
寄りそって 今がある
こんなにも愛おしい♪
水溜まりの水しぶきをあげながらも雨の中、傘を持って歩きながらステップを踏むと心が弾んできて楽しくなってきた。雨雲に覆われた暗い空でも踊りながら歌えば憂鬱感がある雨でも楽しくなる。
心が弾みながら雨の中でも有意義に歌う今はとにかく楽しい。
♪手を繋げば温かいこと
嫌いになれば一人になってくこと
ひとつひとつがあなたになる
道は続くよ♪
ゆっくりとステップを刻みながらもう一度、体を回した。
♪風が運ぶ希望の種
光が夢の蕾になる♪
一瞬だけ足を止めた後、次は鼻歌を歌いながらリズムに合わせてステップする。
ぼくが今歌っているこれは、「にじいろ」という女性シンガーソングライター 絢香が歌ったとされる曲。確か、昔やっていた朝ドラの主題歌で起用された歌だとYouTubeの詳細に書いてあった。ぼくはこの歌が何気に好きだ。綺麗に奏でるピアノの音、ウキウキするような楽しい音色を出すトランペットとバイオリン。花を添えるかのようにピアノと一緒に合わせるアコースティックギターの優しいメロディ。
とても明るくて温かい気が休まりそうな素敵な旋律に心が洗われる。まさに、朝にピッタリな爽やかな歌だ。今日みたいな雨が降る日にこの曲を歌うのはいいかもしれないと思い選んだのだ。
今、ぼくはこの歌で胸が躍っている。ぼくの鼻歌が雨音と重なり空が暗くても心は晴れていて最高な気分だ。一滴一滴の雨粒が地面に落ちぼくはダンスをしているかのようにステップを踏み体を回す。
一人雨の中でダンスをする。なかなか悪くないかもしれない。それに、ぼくが鼻歌を歌っている間、雨の音が少しずつ小さくなってきた。降る雨の量も少なくなってきた気がする。
♪なくしたものを数えて
瞳閉ざすよりも
あるものを数えた方が
瞳輝きだす♪
ぼくは足を止めた。
傘を持って目を閉じながら雨が降る暗い空を見上げる。
雨は小雨になり雨雲から一筋の光が次々と差し込んだ。
♪あなたが笑えば誰かも笑うこと
乗り越えれば強くなること
ひとつひとつがあなたになる
道は続くよ♪
ラララララララララ・・・
止めた足を軽快にステップを踏みながら歌った。ぼくは傘を振り回してダンスしながら体を回した。
雨雲が一筋の光によって消えていこうとする。まるで、ぼくの歌が届いたみたいに空が晴れ渡り雨雲が過ぎ去っていく。
ぼくは歌に夢中で音声録音をしているのを忘れているかのように過ぎ去る雨雲の下で一人、いや、傘と一緒にダンスをした。
草木の雫が輝き晴れ空が見えた時、ぼくは足を止めゆっくりと空を見上げながら目を開けた。
♪これからはじまるあなたの物語
ずっと長く道は続くよ
にじいろの雨降り注げば
天は高鳴る♪
ぼくの目に映ったのは、雨雲の裂け目から見える丸い虹の輪だった。珍しい丸い虹の輪を見たぼくはしっかりと目を焼き付ける。普通の虹なら見た事あるけど、丸い虹の輪はとても印象に残るような美しさだった。
ぼくもあの七色に輝く丸い虹の輪のように明るく元気に未来に向かって生きていかなければならない。兄ちゃんと母さん、そして父さんもそう願ってくれているはず。いや、きっと願っている。
兄ちゃんが付けてくれた「虹(こう)」という名前がこんなにも素晴らしいなんて思ってもみなかった。生まれて初めて、自分の宝物を見つけたような気持ちだ。
歌った後、EHR(アース)の音声録音を停止し開いたままの傘を閉じた。
このままアップロードをしようかと思い送信ボタンを押そうとした時、親指が止まった。
送信ボタンを押さずそのまま保存してDMを開く。宛先は、神馬くんだ。
ぼくは、神馬くんにアカペラで歌った絢香の「にじいろ」を添付してメッセージを送った。
そう。神馬くんにお願いしたい事があったのだ。
それから三日後、ぼくがカバーして歌った絢香の「にじいろ」がまたEHR(アース)中に広まった。
今回は、アカペラではなく編曲、つまり演奏を付けた音声だ。
演奏には、ピアノ、トランペット、チューバ、バイオリン、チェロ、バスドラム、トロンボーン、フルートなどの楽器を使いその楽曲は、原曲とは違うオーケストラ風の「にじいろ」となった。実は、アカペラを録音した後、神馬くんに頼んで楽曲アレンジを作ってもらったのだ。
ぼくの歌声とオーケストラの音楽が合わさったこの曲「にじいろ」を聴いた人達はとても感動したとの声がたくさん届いていた。
オーケストラ風の「にじいろ」の音声動画のコメントにはたくさんの感動と称賛のメッセージが書かれている。
再生回数は200万回以上になっていた。いいねの数も3万は超えている。初めて、楽曲を入れてのカバーソングだけど最初、聴いてみたらすごく良かった。
TwitterではNIJIがトレンド1位になっていてSNS中、NIJIの話題で持ちきりだった。芸能界で活躍している俳優や芸人、音楽界で有名なアーティスト達も様々なSNSでNIJIの「にじいろ」を広めていた。
学校へ行く時、バスの中でNIJIの話をしていた女子中学生を見かけもした。
それだけじゃない。神馬くんがぼくのカバーで歌った「にじいろ」のアレンジ楽曲を手掛けた事で彼もちょっとだけ有名人になった。聞けば、EHR(アース)や他のSNSのフォロワー数がいつもより少しだけ増えたと聞く。そんな話を聞いた時、彼は嬉しそうだった。
SNSでNIJIの「にじいろ」の事で様々な声が寄せられている。
日本人:女性15歳《素敵!!》
アメリカ人:男性27歳《NIJIだけに「にじいろ」。なんかいい!》
日本人:男性19歳《おれ、絢香の歌たまに聴くけどNIJIが歌うとこうなるんだ》
日本人:男性36歳《絢香ファンとしてはなんか、納得いかない。原曲の方がまだマシ》
韓国人:女性42歳《좋은 것 같아요. 하지만 원곡 듣고 것이 여정 좋을지도…(素晴らしいと思う。でも、原曲で聞いた方が余程いいかも・・・)》
中国人:女性35歳《你的歌太美了,你会永远爱上它(あなたの歌はいつも聞き惚れてしまう程、美しい)》
称賛するコメントの中には批判気味たコメントもあるが、そんなに過酷ではない。
人それぞれ、好き嫌いがあるから仕方がない。でも、このコメントを見る度にぼくの歌をしっかり聴いてくれているんだと思うと嬉しさが込みあがる。次は何を歌おうか考えているとチャイムが鳴り始めた。チャイムが鳴ると同時にぼくはスマホの電源を消して机の引き出しに入れた。
音楽担当の井口先生が軽くピアノの音を出した。ぼくら生徒達は今日の日直当番の「起立!気をつけ!礼!」と号令を聞き軽く頭を下げた。
今日はリコーダー演奏のテストがあるのだ。一人一人ずつ前に出てたった一人で井口先生とみんなの前でリコーダーを吹くという前代未聞の地獄タイムがあるのだ。歌のテストよりはマシだけど。
今日の課題曲は「小さな約束」
井口先生やみんなの前で一人の男子がリコーダーで「小さな約束」を吹いていた。
緊張しているのか手がちょっと震えていて所々、ミスはあるがうまく吹いている。この時の音楽教室は静かだからちょっとしたミスは必ず目立つ。時にはヒソヒソ笑いする事もあるがそれ以外はみんな静かに演奏を聴いている。音楽の授業となる時々、あの悪ガキ三人組がみんなを笑わせたりして井口先生に軽めの注意を受けていたが、あの三人が学校に来なくなってから前より少し静かになった気もした。
同じクラスの男子が吹き終えるとみんなは拍手をした。井口先生から今度はミスせずやってみよう、とアドバイスを受け吹き終えた男子が席に戻る。すると、次は井口先生がぼくの名前を呼んだ。
ぼくはリコーダーを持ってみんなの前へ出る。ぼくに視線を送るみんなを見てドキドキしながらもベックを口に加えて吹いた。リコーダーの足部菅から音が出てトーンホールという中間部に空いている穴を抑えたり離したりしながら「小さな約束」の旋律を奏でた。
みんなは静かにぼくの演奏を見てくれている。みんなからの視線はプレッシャーを放っているかのように見えるが、同様に井口先生がジッとこちらを見ている気配を感じた。ぼくはみんなに視線を落としながらただうまく吹けるように集中する事だけで手一杯だった。
吹き終えたら晴れてぼくはこの場から解放できる。今のところ、ミス一つ残らず順調に進んでいる。先生やみんなからの視線を感じていても冷静になりながら最後まで「小さな約束」の旋律を奏でる。
そして、ぼくはこう思った。今日は調子が良いみたいだ。と
放課後、学校帰りの寄り道で神馬くんとハワイアンカフェ「AROHA」に来た。
前と同じテラス席に座っているぼくの手元にはコップ一杯のコーラと神馬くんの側にはプレーン味のマサラダとカフェモカが置いてあった。
そして、ぼくの近くに看板犬のアロウが寛いでいた。他にもお客さんはいたが、テラスにはぼくら二人だけしかいなかった。
「ごめんね。FIRE BALLの楽曲作りで忙しいはずなの頼んじゃって」
ぼくは、FIRE BALLの楽曲作りと編曲作業で忙しかったはずだった神馬くんに、ぼくから自分が歌った「にじいろ」の編曲をしてほしいと突然のお願いをしたので余計に仕事を増やしたと思いちょっと気にしていたのだ。
しかし、神馬くんは全く気にしていないかのようにマサラダをかじりながら軽く手を振った。
「へーきへーき。気にすんなって。きみが依頼してくれたおかげで少しだけだけどおれのフォロワーが増えたんだ。遠慮なくジャンジャン依頼してくれ」
神馬くんはモグモグと口を動かしながらも嬉しそうに言った。
ぼくはストローを口に咥えてコーラを飲んだ。飲むとコーラの量が少しずつ減っていく。口の中が甘味がある炭酸が広がってとても冷たい。
店内にいた二人組の女性が店から出てきた。一人は綺麗な肌を見せてワンピースとサンダルというシンプルで可愛らしい服装をしていてカンカン帽子を被っている。もう一人の女性は、半袖シャツに短パンとスニーカーを履いているお姉さんタイプの人だ。明るい顔を見せた二人は店を離れると姿を消した。暑い中、こうして冷たい物を飲むのは最高だ。
「アレンジ曲を付けるとだいぶ変わるね」
一つ目のマサラダを平らげてカフェモカを一口飲む神馬くんは頷いた。
「ああ。アカペラもいいが、楽曲を乗せるとインパクトがあって気分が盛り上がったりするからな。音楽ってただ、歌を歌ったり曲を聞いたりするんじゃなくて、多くの人に楽しんでもらえるし人間の感情を引き出してくれる一種のエンターテイメントだとおれは思う。曲を聴いただけで時には悲しくなったり、時には楽しくなったり、人間に感動を与えてくれるんだ。感動すればもう一度、聴きたいと思い忘れられなくなる。音楽はすごいんだ。音で人間の感情を表してくれる」
音楽の世界観。やっぱり、音楽は世界観を表すほど、感動を与えるのかとぼくは思った。
今まで、兄ちゃんが死んでから音楽の世界を踏み入れようとはしなかった。ただ、現実と同じく音楽から逃げていた。
神馬くんの話でぼくはふと思い出した。昔、兄ちゃんが言っていた言葉。それは、音楽は〝力〟だということ。
音楽はただ感動するだけではなく〝生きる力〟を与えてくれる。音楽があればどんな事があっても乗り越えられる。昔、兄ちゃんはそう言っていた。今までぼくがいろんなカバーソングを歌って聴いてくれたリスナー達のコメントには感動の声がたくさんあった。もしかすると、ぼくの歌で元気を出した人もいるかもしれない。ぼくの歌声は神様からの贈り物。あんまり自覚はしていなかったけど、自分の歌声を聴いてそうかもしれないと思った。並みの子供とは思えないほどの歌声でありながらも、もしかしたら神様がぼくが立派な歌手になるよう送ってくれたのかもしれない。兄ちゃんがぼくの歌声は神様からの贈り物だと言った意味がなんとなく分かる気もしていた。
学校での音楽の授業ではぼくがNIJIだという事を気づかれないよう控えめに歌うが、今は楽しいと思っている。
「神馬くんって、ギター弾けたりするよね?」
訊ねるぼくに神馬くんは頷いた。
「ウクレレも弾ける?」
すると、神馬くんは
「弾けるよ」
「じゃあ、ここで演奏してもらってもいいかな?」
「へっ?ここで?」
神馬くんは目をぱちくりさせた。
「ぼく、神馬くんの演奏聴いてみたい。ちょうど、店長さんがウクレレ持ってるんだ。貸してもらえるか訊いてみる」
そう言ってぼくは席を立ち店内へ入った。神馬くんは店内へ入って行ったぼくを止めずただポツンと座っていた。
それから数分後、ぼくは店長さんから貸してもらったウクレレを持って神馬くんに渡した。神馬くんは嫌な顔をせず持って来たウクレレを持って音が合っているか確認した。ぼくは席に座った。
「何聴きたいかリクエストある?」
リクエストを出してくれた神馬くんにぼくは率直に答えた。
「AROHAにいるし、せっかくだから夏らしくてハワイっぽい音楽とかがいい」
「そっか。じゃあ」
神馬くんはポロン♪と鳴らした後、慣れた手つきでウクレレを弾き始めた。
ウクレレの音色と共に神馬くんは鼻歌を唄い始めた。ウクレレの優しい音が響いてくる。ウクレレのメロディと神馬くんの鼻歌を聴くとどこかで聞いたことがある音楽だった。タイトルは忘れたけど、スローテンポでありながらとても爽やかで夏にピッタリな曲でありながら神馬くんのウクレレ弾きが上手なのか聴いているだけで気持ちが良くなる。心地の良いウクレレのメロディと響く彼の鼻歌がテラス中に響く。歌が苦手な神馬くんでもさすがに鼻歌は上手にできる。テンポは全くずれていないしウクレレの旋律と彼の鼻歌がちゃんと合わさっていてとても良い。確かに夏のハワイに合う曲だ。後は、海を足せば最高だと思う。
ぼくの近くで寛いでいるアロウは大人しく神馬くんのウクレレ弾きと鼻歌に耳を傾けていた。巧みに指を動かしながらウクレレを弾く神馬くんを見てすごいと感心した。器用に一本一本の弦を指で弾きスイスイとコードを押さえる。歌は上手くなくても神馬くんみたいに気持ち良くウクレレを弾くなんてできない。もちろん、ギターもピアノもだ。人にはそれぞれ得意不得意がつきもの。
鼻歌交じりのウクレレの音色はテラスだけではなくドアや窓が開いている店の中にも響いているみたいだ。ゆっくり体を揺らしながら弾いている姿を見せる彼はとても楽しそうな顔を浮かべている。まるで音楽の世界に慕っているみたいだ。神馬くんの楽しそうな顔を見るとこちらも楽しくなるし気持ち良くなる。音楽は音による芸術で知能や技術などを教えてくれる。そして、歌は感情を込めて心に届く言葉だと4年生の頃、井口先生から聞いたことがある。楽器も歌も音楽を含めた芸術の一つで神馬くんの言っていたように人間の感情を引き出してくれる力を持っている。音楽は生きる〝力〟と人間の感情を引き出し感動させたり楽しませる〝芸術〟。そして、歌は感情と心を表す言葉。音楽はなぜ音による芸術なのか、そして音楽がどれだけ大切な存在なのかちょっとだけ分かった気がした。音楽に救われた人だってきっといるに違いない。
ぼくがこうして音楽を愛せるようになったのも神馬くんと兄ちゃんのおかげだと思っている。今は、NIJIとしてEHR(アース)で世界中にいる多くの人達にNIJI(ぼく)の歌を楽しんでくれている。音楽は、人と人の繋がりを作ってくれる素晴らしい芸術だ。
神馬くんが奏でるウクレレの優しい音色と鼻歌を聴き始めてから5分経った。
演奏が終わると神馬くんは満足そうに笑っていた。そして、ぼくはさっき演奏してくれた曲は何なのか訊ねてみると神馬くんは答えてくれた。
平井大の「Life is Beautiful」という曲だと─
どんよりとした黒雲から無数の雨粒が降り出しザーザーと音を立てた。
朝からずっと雨が降り続けており今日の体育の授業は外ではなく体育館で行われた。
体育の授業が終わった頃、みんなは体育館を出て教室へ戻った。
女子達が戻って来る前にぼくら男子は教室の中で体操着から普段着へと着替えた。顔と手を通し上を着た後、右足を上げてから左足も上げてズボンを履いた。男子のみんなは会話しながらゆっくりと着替えている。でも、ぼくはパッパと普段着を着て脱いだ体操着とズボンを後ろにあるロッカーへ閉まった。他のみんなが着替え中の時、保健室で着替えていた女子から教室の引き戸をノックした。ぼくと同様、着替え終えた男の子がちょっとだけ引き戸を開けもう少し待っててくれと伝えた。今は、10分休みで早くしないと次の授業が始まる。あまり待たせれば次の授業が始まって女子達も教室へ入れない。みんなが着替えながら会話している中、ぼくは次の授業で使う教科書とノートを出して準備した。
昼休み─
ぼくは教室を出て一人、廊下に立って窓越しに寄りかかりながらスマホに目を落とした。
ぼくのフォロワーは相変わらずのすごい数で日に日にぼくの歌を聴いたユーザーからたくさんのメッセージが届いてくる。ぼくのアバター、NIJIは自分とは思えないほどの明るそうでイケメンな顔をしているアバターが自分だなんて初めは正直、驚いて信じられなかったけど今はもう慣れて悪くないと思えてきた。でも、ぼくがNIJIだっていうことは、まだ誰も知らない。いや、知られてはいけない。教室でEHR(アース)を見ていたら誰かに声をかけられた時にぼくがNIJIだと知られたらまずいのだ。だから、こうして廊下に出てこまめにチェックしているのだ。
廊下には多くの子達がいるけど、さすがに覗かれたりはしないから心配ない。もし、声をかけられでもしたらすぐEHR(アース)のアプリを切ればバレずに済む。通知には最近アップロードしたアカペラカバーソングのことについてたくさんのメッセージが着ている。
もっと聴きたいという声もあれば今度はこの曲を歌ってほしいというリクエストを出す声もあった。神馬くんに誘われてEHR(アース)を始めてからもう一ヶ月。怨嗟や批判するメッセージはあまり見なくなったし、ぼくが現れた事でニュースにもなり騒ぎになった世界中の人達の興奮はだいぶ落ち着いてきている。まるで、嵐が去った後の静けさだ。
外は相変わらず雨が降り続けている。天気予報では宮古島は夕方ぐらいには雨が止むらしいが・・・・
こんな時は、歌を歌いたいがここじゃさすがに歌えない。それに、放課後の帰りの時はクラスメイトを含め高学年から低学年、そして中学生がいるので歌うことはできない。人がいない所といえば、あそこしかない。ぼくはたくさんの称賛とお褒めのコメントを見て笑みを浮かべる。
すると、誰かがぼくを呼んだ。
「羽藤くん」
ぼくはすぐEHR(アース)のアプリを閉じて顔を上げた。
振り向くと隣に両手にポケットを突っ込んだ邑上くんの姿が見えた。邑上くんは相変わらずのイケメンぶりでぼくより背が高いしルックスもいい。本当にぼくとは正反対だ。
突然、隣に現れたのでぼくは驚きながら目を見開いた。
「邑上くん」
廊下を通る女子達が邑上くんに見惚れている様子がちらほら見える。男子達も邑上くんとぼくの会話姿を見ている。
「何かいい事あった?」
一瞬、ドキッとした。まさか、今までぼくの様子を見ていたのかと思った。さすがにぼくが世間で話題を呼んでいるEHR(アース)の超新星 NIJIだということは彼はまだ知らないみたいだ。でも、彼の鋭い指摘にぼくはちょっと動揺した。嬉しそうで浮かれたような顔は一切見せず普段の振る舞いを見せているはずなのに一瞬、体がビクッとした。もしかすると、さっきぼくが笑みを浮かべていたところを見て声をかけたのだろう。
「べ、別に。どうして?」
「最近、友達付き合いがよくなったなぁと思って」
「そうなんだ。でも、別にぼくは何も変わってないしいつも通りだよ」
悟られないよう必死に何でもないフリをしながら真顔で答えた。今のぼくの様子を見て邑上くんはそっか、と納得したような落ち着いたトーンで軽く頷いた。みんなからの視線が来る。冷たい視線というわけではないが、邑上くんがぼくと話している姿を見て次から次へとみんなの視線が届く。ぼくはみんなから来る視線が気になり今すぐこの場から立ち去りたいと思った。
「そういえば。羽藤くん。NIJIって知ってる?」
その言葉を聞いてピクッとした。
「へっ?」
眉を上げてキョトンとしているぼくに邑上くんはもう一度話した。彼は周りを気にしていないかのように話し続ける。
「NIJIだよ。NIJI。EHR(アース)で有名になった」
それを聞いたぼくは苦笑しながら軽く頷いた。
「あ、ああ。もちろん知ってるよ」
ぼくだけどね。と心の中で呟いた。
邑上くんは楽しそうにぼくと話す。彼の笑顔は本当に明るくて爽やか。女子達が魅了する邑上爽馬のチャームポイントといっても過言ではないだろう。邑上くんもぼくの歌を聴いてくれているのかと思った。
「すごいよな。10歳なのに子供とは思えないぐらいの歌声を持ってるんだから。おれ、先週NIJIのファングループに入ったんだ」
「ファングループ」
聞かれない名前だがぼくはあまりピンと来なかった。
ファングループの事について知らないぼくを見て邑上くんは教えてくれた。
「あれ?知らない?一ヶ月前ぐらいEHR(アース)で一般ユーザーがNIJIのファングループを作ったんだ。もちろん、入会費は無料。NIJIの魅力や好きなところなどいろいろ語りつくすグループができたんだよ」
そんなの聞いていない。いつの間にぼくのファングループができたんだと驚きを隠せなかった。別に嫌ではないが、NIJIのファングループがあったなんてちっとも知らなかった。もしかすると、この学校にも誰かが作ったファンクラブに入っている子もいるのだろうか。それに、神馬くんはファングループのこと知っているだろうか?
すると、邑上くんは自分のスマホを取り出しぼくに見せてきた。
邑上くんのスマホ画面に映っているのは、さっき話を聞いたNIJIのファングループサイトだった。管理人は「マイ」という女子だ。顔写真から見ると中学生ぐらいの子だ。入会員はなんと、10000人以上いた。そして、サイトのチャットにはNIJIについてたくさんの吹き出しが出ている。しかも、吹き出しの中にはNIJIの写真がアップされていた。しかも、ぼくが知っているNIJIとはちょっと雰囲気が変わっている。
NIJIが違う服を着ているのだ。
「NIJIって、こんな服着てたっけ?」
疑問を抱いているぼくに邑上くんが答えてくれた。
「これは、グループに入っている人達が勝手に作って着せ替えた衣装だよ」
「えっ?!着せ替え?」
「フォローをしている人だけ自由に相手のアバターをデザインした衣装を着せ替えて写真に撮ることができるんだ。もちろん。本人画像も着せ替え可能。きっと、NIJIのファンの中にデザイナーやイラストレーター、絵が得意とする人がいると思うよ」
相手のアバターや本人画像を自由に着せ替える機能があるなんて全く知らなかった。だから、見覚えのない衣装を着るNIJIの画像がたくさんアップされていたんだ。嬉しいけど、なんと言い表せばいいのか分からない。
ぼくは放課後、教室に残りながら再び邑上くんが教えてくれたNIJIのファンクラブを見ていた。正式入会しなければコメントが送れないシステムになっているが、ぼくは別に入会するつもりはない。というか、NIJI本人であるぼくが自分のファングループに入るなんておかしな事だ。
ファングループサイトのチャットにはいろんなメッセージが書き込まれていた。
アメリカ人:男性47歳《Being 10 years old is now about 5th or 6th grade. Where do you live?(10歳ということは、今は小学5年か6年生ぐらいだよね。どこに住んでいるんだろ?)》
日本人:女性33歳《きっと豪華な家に住んでいるんだろうな~》
アメリカ人:男性26歳《By the way, I haven't heard many rumors about NIJI's use of voice changers these days.(そういえば、ここ最近NIJIがボイスチェンジャー使っている疑惑の噂があまり聞かなくなったね)》
アメリカ人:男性47歳《There are some testimonies among many professional musicians that NIJI hasn't processed their voices.(多くのプロミュージシャン達の中にNIJIは声を加工していないという証言がいくつか出ているからな)》
日本人:男性29歳《悪口言ってる奴は大概、嫉妬してるんだよ。嫉妬。本当はNIJIが羨ましいから調子こいてるんだよ》
日本人:女性17歳《NIJI相手に調子に乗ってるなんてウケるんですけどww》
フィリピン人:女性23歳《胃の中の蛙だねw》
日本人:男性29歳《難しい言葉なのによく知ってますね。日本語話せるんですか?》
フィリピン人:男性23歳《はい。日本大好きなので今も日本語勉強してます》
日本人:女性17歳《すごい!》
ロシア人:男性15歳《Еще я люблю Японию. Выйдет ли скоро новый кавер NIJI?(ぼくも日本大好きです。早くNIJIの新しいカバーソング出ないかな?)》
フランス人:女性31歳《Je suis créateur de mode en France. J'ai essayé de faire des costumes NIJI sans autorisation(私、フランスでファッションデザイナーをやっています。勝手ながらNIJIの衣装を作ってみました)》
フランス人女性のメッセージの上に彼女がデザインした衣装を身に包んだNIJIの画像が添えられていた。
袖を捲りながらアクアマリンとペルシアンブルーを融合したジャケットを羽織り緑のダブルベストと水玉のワイシャツを着ている。そして、レモン色で裾に赤・青・白の三色ボーダーラインが付いた八分丈のズボン、ホワイトブルーのスニーカーを履き頭の上にはリボン付きの黄白色のハットを被ったNIJIの姿が映る。
その画像を見てグループメンバーが「カワイイ!」などの様々な国の言語を使ってファッションデザイナーのフランス女性を褒め称えた。
ぼくもその衣装を見ていいねと思った。確かに可愛らしさと明るさがあってNIJIにピッタリだ。こうやってデザインした衣装をNIJIに着せ替えてくれるなんてよくよく考えてみれば嬉しいことだ。すると、ぼくのアカウントからDMのお知らせが着た。知らないアカウントからのDMだ。
先日は、ソニーミュージックやエイベックスなどという音楽業界の中ですごい有名な会社からうちに入ってアーティストにならないかというお誘いのDMが着たが、神馬くんに教わったとおりに全て断った。ちょっとしつこい所もあったが、ちゃんとぼくの気持ちを受け入れてくれてからオファーのDMは来なくなった。今回のDMはそんな音楽業界に関する会社からのお誘いメールではなく違う人からのメールだった。
名前の英語表記の下にはカタカナで「ネビー」と書かれてある。どうやら、このマックスという子は男の子みたいだ。そんな感じがした。マックスくんのDMを開いてみると一つのメッセージが送られていた。
『أنا من المعجبين بك. أغنيتك رائعة وأنا أستمع إليها دائمًا(あなたのファンです。あなたの歌は素晴らしくていつも聴いてます)』
どうやら、アラブに住んでいる男の子みたいだ。写真にはクリーム色の肌で頭にターバンを巻いているアバターが映っている。歳は12歳と書かれてある。この短期間に一躍有名になったものだと我ながら思う。
そうスマホを見続けているとバスのアナウンスが次は宮古島東急広場前のバス停に着くことを知らせた。
ぼくはすぐ降車ボタンを押した。
バスを降りて傘を差しながらガジュマルの木がある広場へ目指し長い道を歩いた。
道には無数の水溜まりがあって雨の水をはねていた。雨は容赦がないように降り続け傘はぼくが濡れないよう雨の雫を弾く。
ぼくは雨雲を見上げながら歩く。空はねずみ色の雲に覆われ暗く冷たい雨粒を落とす。6月とは違ってどんよりとはしながいが、夕立が来るという天気予報は聞いていない。もし、夕立なら今日よりすごい雨が降るはず。まぁ、夕立だったらさすがに広場へ行こうとは思えない。
こんな時は、何か明るい歌でも歌おう。そう思いぼくは一度、足を止めてランドセルを前に背負いながら開けた。ケースを開きデバイスを耳に装着させEHR(アース)のアプリを立ち上げた。アカウントに移りすぐ音声録音を再生しスマホをポケットにしまった。
雨の中、傘を差しながらリズムを乗せてダンスをしているかのようにリズムを刻みながら歩調を合わせダンスをしているかのようにステップを踏みながら踊る。
♪これからはじまるあなたの物語
ずっと長く道は続くよ
にじいろの雨降り注げば
空は高鳴る♪
雨の音と一体になりながらクルリと体を回し左足の踵を上げた後、またステップを踏み出す。
♪眩しい笑顔の奥に
悲しい音がする
寄りそって 今がある
こんなにも愛おしい♪
水溜まりの水しぶきをあげながらも雨の中、傘を持って歩きながらステップを踏むと心が弾んできて楽しくなってきた。雨雲に覆われた暗い空でも踊りながら歌えば憂鬱感がある雨でも楽しくなる。
心が弾みながら雨の中でも有意義に歌う今はとにかく楽しい。
♪手を繋げば温かいこと
嫌いになれば一人になってくこと
ひとつひとつがあなたになる
道は続くよ♪
ゆっくりとステップを刻みながらもう一度、体を回した。
♪風が運ぶ希望の種
光が夢の蕾になる♪
一瞬だけ足を止めた後、次は鼻歌を歌いながらリズムに合わせてステップする。
ぼくが今歌っているこれは、「にじいろ」という女性シンガーソングライター 絢香が歌ったとされる曲。確か、昔やっていた朝ドラの主題歌で起用された歌だとYouTubeの詳細に書いてあった。ぼくはこの歌が何気に好きだ。綺麗に奏でるピアノの音、ウキウキするような楽しい音色を出すトランペットとバイオリン。花を添えるかのようにピアノと一緒に合わせるアコースティックギターの優しいメロディ。
とても明るくて温かい気が休まりそうな素敵な旋律に心が洗われる。まさに、朝にピッタリな爽やかな歌だ。今日みたいな雨が降る日にこの曲を歌うのはいいかもしれないと思い選んだのだ。
今、ぼくはこの歌で胸が躍っている。ぼくの鼻歌が雨音と重なり空が暗くても心は晴れていて最高な気分だ。一滴一滴の雨粒が地面に落ちぼくはダンスをしているかのようにステップを踏み体を回す。
一人雨の中でダンスをする。なかなか悪くないかもしれない。それに、ぼくが鼻歌を歌っている間、雨の音が少しずつ小さくなってきた。降る雨の量も少なくなってきた気がする。
♪なくしたものを数えて
瞳閉ざすよりも
あるものを数えた方が
瞳輝きだす♪
ぼくは足を止めた。
傘を持って目を閉じながら雨が降る暗い空を見上げる。
雨は小雨になり雨雲から一筋の光が次々と差し込んだ。
♪あなたが笑えば誰かも笑うこと
乗り越えれば強くなること
ひとつひとつがあなたになる
道は続くよ♪
ラララララララララ・・・
止めた足を軽快にステップを踏みながら歌った。ぼくは傘を振り回してダンスしながら体を回した。
雨雲が一筋の光によって消えていこうとする。まるで、ぼくの歌が届いたみたいに空が晴れ渡り雨雲が過ぎ去っていく。
ぼくは歌に夢中で音声録音をしているのを忘れているかのように過ぎ去る雨雲の下で一人、いや、傘と一緒にダンスをした。
草木の雫が輝き晴れ空が見えた時、ぼくは足を止めゆっくりと空を見上げながら目を開けた。
♪これからはじまるあなたの物語
ずっと長く道は続くよ
にじいろの雨降り注げば
天は高鳴る♪
ぼくの目に映ったのは、雨雲の裂け目から見える丸い虹の輪だった。珍しい丸い虹の輪を見たぼくはしっかりと目を焼き付ける。普通の虹なら見た事あるけど、丸い虹の輪はとても印象に残るような美しさだった。
ぼくもあの七色に輝く丸い虹の輪のように明るく元気に未来に向かって生きていかなければならない。兄ちゃんと母さん、そして父さんもそう願ってくれているはず。いや、きっと願っている。
兄ちゃんが付けてくれた「虹(こう)」という名前がこんなにも素晴らしいなんて思ってもみなかった。生まれて初めて、自分の宝物を見つけたような気持ちだ。
歌った後、EHR(アース)の音声録音を停止し開いたままの傘を閉じた。
このままアップロードをしようかと思い送信ボタンを押そうとした時、親指が止まった。
送信ボタンを押さずそのまま保存してDMを開く。宛先は、神馬くんだ。
ぼくは、神馬くんにアカペラで歌った絢香の「にじいろ」を添付してメッセージを送った。
そう。神馬くんにお願いしたい事があったのだ。
それから三日後、ぼくがカバーして歌った絢香の「にじいろ」がまたEHR(アース)中に広まった。
今回は、アカペラではなく編曲、つまり演奏を付けた音声だ。
演奏には、ピアノ、トランペット、チューバ、バイオリン、チェロ、バスドラム、トロンボーン、フルートなどの楽器を使いその楽曲は、原曲とは違うオーケストラ風の「にじいろ」となった。実は、アカペラを録音した後、神馬くんに頼んで楽曲アレンジを作ってもらったのだ。
ぼくの歌声とオーケストラの音楽が合わさったこの曲「にじいろ」を聴いた人達はとても感動したとの声がたくさん届いていた。
オーケストラ風の「にじいろ」の音声動画のコメントにはたくさんの感動と称賛のメッセージが書かれている。
再生回数は200万回以上になっていた。いいねの数も3万は超えている。初めて、楽曲を入れてのカバーソングだけど最初、聴いてみたらすごく良かった。
TwitterではNIJIがトレンド1位になっていてSNS中、NIJIの話題で持ちきりだった。芸能界で活躍している俳優や芸人、音楽界で有名なアーティスト達も様々なSNSでNIJIの「にじいろ」を広めていた。
学校へ行く時、バスの中でNIJIの話をしていた女子中学生を見かけもした。
それだけじゃない。神馬くんがぼくのカバーで歌った「にじいろ」のアレンジ楽曲を手掛けた事で彼もちょっとだけ有名人になった。聞けば、EHR(アース)や他のSNSのフォロワー数がいつもより少しだけ増えたと聞く。そんな話を聞いた時、彼は嬉しそうだった。
SNSでNIJIの「にじいろ」の事で様々な声が寄せられている。
日本人:女性15歳《素敵!!》
アメリカ人:男性27歳《NIJIだけに「にじいろ」。なんかいい!》
日本人:男性19歳《おれ、絢香の歌たまに聴くけどNIJIが歌うとこうなるんだ》
日本人:男性36歳《絢香ファンとしてはなんか、納得いかない。原曲の方がまだマシ》
韓国人:女性42歳《좋은 것 같아요. 하지만 원곡 듣고 것이 여정 좋을지도…(素晴らしいと思う。でも、原曲で聞いた方が余程いいかも・・・)》
中国人:女性35歳《你的歌太美了,你会永远爱上它(あなたの歌はいつも聞き惚れてしまう程、美しい)》
称賛するコメントの中には批判気味たコメントもあるが、そんなに過酷ではない。
人それぞれ、好き嫌いがあるから仕方がない。でも、このコメントを見る度にぼくの歌をしっかり聴いてくれているんだと思うと嬉しさが込みあがる。次は何を歌おうか考えているとチャイムが鳴り始めた。チャイムが鳴ると同時にぼくはスマホの電源を消して机の引き出しに入れた。
音楽担当の井口先生が軽くピアノの音を出した。ぼくら生徒達は今日の日直当番の「起立!気をつけ!礼!」と号令を聞き軽く頭を下げた。
今日はリコーダー演奏のテストがあるのだ。一人一人ずつ前に出てたった一人で井口先生とみんなの前でリコーダーを吹くという前代未聞の地獄タイムがあるのだ。歌のテストよりはマシだけど。
今日の課題曲は「小さな約束」
井口先生やみんなの前で一人の男子がリコーダーで「小さな約束」を吹いていた。
緊張しているのか手がちょっと震えていて所々、ミスはあるがうまく吹いている。この時の音楽教室は静かだからちょっとしたミスは必ず目立つ。時にはヒソヒソ笑いする事もあるがそれ以外はみんな静かに演奏を聴いている。音楽の授業となる時々、あの悪ガキ三人組がみんなを笑わせたりして井口先生に軽めの注意を受けていたが、あの三人が学校に来なくなってから前より少し静かになった気もした。
同じクラスの男子が吹き終えるとみんなは拍手をした。井口先生から今度はミスせずやってみよう、とアドバイスを受け吹き終えた男子が席に戻る。すると、次は井口先生がぼくの名前を呼んだ。
ぼくはリコーダーを持ってみんなの前へ出る。ぼくに視線を送るみんなを見てドキドキしながらもベックを口に加えて吹いた。リコーダーの足部菅から音が出てトーンホールという中間部に空いている穴を抑えたり離したりしながら「小さな約束」の旋律を奏でた。
みんなは静かにぼくの演奏を見てくれている。みんなからの視線はプレッシャーを放っているかのように見えるが、同様に井口先生がジッとこちらを見ている気配を感じた。ぼくはみんなに視線を落としながらただうまく吹けるように集中する事だけで手一杯だった。
吹き終えたら晴れてぼくはこの場から解放できる。今のところ、ミス一つ残らず順調に進んでいる。先生やみんなからの視線を感じていても冷静になりながら最後まで「小さな約束」の旋律を奏でる。
そして、ぼくはこう思った。今日は調子が良いみたいだ。と
放課後、学校帰りの寄り道で神馬くんとハワイアンカフェ「AROHA」に来た。
前と同じテラス席に座っているぼくの手元にはコップ一杯のコーラと神馬くんの側にはプレーン味のマサラダとカフェモカが置いてあった。
そして、ぼくの近くに看板犬のアロウが寛いでいた。他にもお客さんはいたが、テラスにはぼくら二人だけしかいなかった。
「ごめんね。FIRE BALLの楽曲作りで忙しいはずなの頼んじゃって」
ぼくは、FIRE BALLの楽曲作りと編曲作業で忙しかったはずだった神馬くんに、ぼくから自分が歌った「にじいろ」の編曲をしてほしいと突然のお願いをしたので余計に仕事を増やしたと思いちょっと気にしていたのだ。
しかし、神馬くんは全く気にしていないかのようにマサラダをかじりながら軽く手を振った。
「へーきへーき。気にすんなって。きみが依頼してくれたおかげで少しだけだけどおれのフォロワーが増えたんだ。遠慮なくジャンジャン依頼してくれ」
神馬くんはモグモグと口を動かしながらも嬉しそうに言った。
ぼくはストローを口に咥えてコーラを飲んだ。飲むとコーラの量が少しずつ減っていく。口の中が甘味がある炭酸が広がってとても冷たい。
店内にいた二人組の女性が店から出てきた。一人は綺麗な肌を見せてワンピースとサンダルというシンプルで可愛らしい服装をしていてカンカン帽子を被っている。もう一人の女性は、半袖シャツに短パンとスニーカーを履いているお姉さんタイプの人だ。明るい顔を見せた二人は店を離れると姿を消した。暑い中、こうして冷たい物を飲むのは最高だ。
「アレンジ曲を付けるとだいぶ変わるね」
一つ目のマサラダを平らげてカフェモカを一口飲む神馬くんは頷いた。
「ああ。アカペラもいいが、楽曲を乗せるとインパクトがあって気分が盛り上がったりするからな。音楽ってただ、歌を歌ったり曲を聞いたりするんじゃなくて、多くの人に楽しんでもらえるし人間の感情を引き出してくれる一種のエンターテイメントだとおれは思う。曲を聴いただけで時には悲しくなったり、時には楽しくなったり、人間に感動を与えてくれるんだ。感動すればもう一度、聴きたいと思い忘れられなくなる。音楽はすごいんだ。音で人間の感情を表してくれる」
音楽の世界観。やっぱり、音楽は世界観を表すほど、感動を与えるのかとぼくは思った。
今まで、兄ちゃんが死んでから音楽の世界を踏み入れようとはしなかった。ただ、現実と同じく音楽から逃げていた。
神馬くんの話でぼくはふと思い出した。昔、兄ちゃんが言っていた言葉。それは、音楽は〝力〟だということ。
音楽はただ感動するだけではなく〝生きる力〟を与えてくれる。音楽があればどんな事があっても乗り越えられる。昔、兄ちゃんはそう言っていた。今までぼくがいろんなカバーソングを歌って聴いてくれたリスナー達のコメントには感動の声がたくさんあった。もしかすると、ぼくの歌で元気を出した人もいるかもしれない。ぼくの歌声は神様からの贈り物。あんまり自覚はしていなかったけど、自分の歌声を聴いてそうかもしれないと思った。並みの子供とは思えないほどの歌声でありながらも、もしかしたら神様がぼくが立派な歌手になるよう送ってくれたのかもしれない。兄ちゃんがぼくの歌声は神様からの贈り物だと言った意味がなんとなく分かる気もしていた。
学校での音楽の授業ではぼくがNIJIだという事を気づかれないよう控えめに歌うが、今は楽しいと思っている。
「神馬くんって、ギター弾けたりするよね?」
訊ねるぼくに神馬くんは頷いた。
「ウクレレも弾ける?」
すると、神馬くんは
「弾けるよ」
「じゃあ、ここで演奏してもらってもいいかな?」
「へっ?ここで?」
神馬くんは目をぱちくりさせた。
「ぼく、神馬くんの演奏聴いてみたい。ちょうど、店長さんがウクレレ持ってるんだ。貸してもらえるか訊いてみる」
そう言ってぼくは席を立ち店内へ入った。神馬くんは店内へ入って行ったぼくを止めずただポツンと座っていた。
それから数分後、ぼくは店長さんから貸してもらったウクレレを持って神馬くんに渡した。神馬くんは嫌な顔をせず持って来たウクレレを持って音が合っているか確認した。ぼくは席に座った。
「何聴きたいかリクエストある?」
リクエストを出してくれた神馬くんにぼくは率直に答えた。
「AROHAにいるし、せっかくだから夏らしくてハワイっぽい音楽とかがいい」
「そっか。じゃあ」
神馬くんはポロン♪と鳴らした後、慣れた手つきでウクレレを弾き始めた。
ウクレレの音色と共に神馬くんは鼻歌を唄い始めた。ウクレレの優しい音が響いてくる。ウクレレのメロディと神馬くんの鼻歌を聴くとどこかで聞いたことがある音楽だった。タイトルは忘れたけど、スローテンポでありながらとても爽やかで夏にピッタリな曲でありながら神馬くんのウクレレ弾きが上手なのか聴いているだけで気持ちが良くなる。心地の良いウクレレのメロディと響く彼の鼻歌がテラス中に響く。歌が苦手な神馬くんでもさすがに鼻歌は上手にできる。テンポは全くずれていないしウクレレの旋律と彼の鼻歌がちゃんと合わさっていてとても良い。確かに夏のハワイに合う曲だ。後は、海を足せば最高だと思う。
ぼくの近くで寛いでいるアロウは大人しく神馬くんのウクレレ弾きと鼻歌に耳を傾けていた。巧みに指を動かしながらウクレレを弾く神馬くんを見てすごいと感心した。器用に一本一本の弦を指で弾きスイスイとコードを押さえる。歌は上手くなくても神馬くんみたいに気持ち良くウクレレを弾くなんてできない。もちろん、ギターもピアノもだ。人にはそれぞれ得意不得意がつきもの。
鼻歌交じりのウクレレの音色はテラスだけではなくドアや窓が開いている店の中にも響いているみたいだ。ゆっくり体を揺らしながら弾いている姿を見せる彼はとても楽しそうな顔を浮かべている。まるで音楽の世界に慕っているみたいだ。神馬くんの楽しそうな顔を見るとこちらも楽しくなるし気持ち良くなる。音楽は音による芸術で知能や技術などを教えてくれる。そして、歌は感情を込めて心に届く言葉だと4年生の頃、井口先生から聞いたことがある。楽器も歌も音楽を含めた芸術の一つで神馬くんの言っていたように人間の感情を引き出してくれる力を持っている。音楽は生きる〝力〟と人間の感情を引き出し感動させたり楽しませる〝芸術〟。そして、歌は感情と心を表す言葉。音楽はなぜ音による芸術なのか、そして音楽がどれだけ大切な存在なのかちょっとだけ分かった気がした。音楽に救われた人だってきっといるに違いない。
ぼくがこうして音楽を愛せるようになったのも神馬くんと兄ちゃんのおかげだと思っている。今は、NIJIとしてEHR(アース)で世界中にいる多くの人達にNIJI(ぼく)の歌を楽しんでくれている。音楽は、人と人の繋がりを作ってくれる素晴らしい芸術だ。
神馬くんが奏でるウクレレの優しい音色と鼻歌を聴き始めてから5分経った。
演奏が終わると神馬くんは満足そうに笑っていた。そして、ぼくはさっき演奏してくれた曲は何なのか訊ねてみると神馬くんは答えてくれた。
平井大の「Life is Beautiful」という曲だと─
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