リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険

紺野たくみ

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第1章

その1 きっかけは赤信号と黒いワゴン車

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 おれ、沢口充は、運の悪い男だ。

 悪運は強いのかな?
 何度も死にかけるようなできごとがあったりした。たとえば、二階のロフトから落ちてテーブルの角で頭を打ちそうになったり、尻を打っただけで危うく助かったり。

「気をつけてね、充くん」
 付き合っている彼女に、何度も忠告された。
「きみは人が良いの。でも危険の縁を歩いているのよ。世間は安全じゃ無いわ。気をつけて。わたしより先に、死なないで」

 わかってるよ。
 絶対に、○○○さんより先に死んだりしないよ。
 そしたら心残りで、いてもたってもいられないからさ。

「ふさけないで」
 悲しげな、彼女の顔。きれいな眉をひそめて。
「あなたは、わたしのものなんだから」
「じゃあ、○○○さんは、おれのもの?」
「そうよ。わたしは、きみのもの。どちらかが先に死んだりしたらダメなのよ」
 初めてキスした。
 後にも先にも、そのとき、一度だけの。

                    ※

 きっかけは、歩行者用の信号。
「ちくしょう、いつまで待たせるんだよ」
 思わずグチが出るほど、長い赤信号。

 おれはそのとき、彼女と待ち合わせをしていて、時間を気にしていた。
 街角にクリスマスソングが流れるようになった12月の始めだった。

 クリスマスがやってくる。誰も彼もが浮き足立って。

 彼女と同じ大学に入れるかどうか、おれの成績は疑わしくて、おかげで彼女に勉強を教えてもらえるのは、幸運だったけど。
「クリスマスプレゼント。喜んでくれるかな……」
 ほんとは知ってた。彼女は、心をこめて選べば、何でも喜んでくれるって。

 そのとき。
 急に、あたりの音が、消えた。
 ふと周囲を見回す。

 足先だけ靴下をはいたように白い、黒猫を抱いた、中学生くらいの女の子が、おれと並んで、歩行者信号が青になるのを待っていた。
 
「まだだめ」
 ショートカットの少女は、急に、おれを見上げて言った。
「気をつけて、おにいさん。あなた……」
 色の薄い目が、おれを射貫いた。
「魅入られている。……偶然という名の、死に神に」 

 次に聞いたのは、急ブレーキの音。
 黒いワゴン車が、信号が変わり始めた交差点に強引に進入して、ハンドル操作を誤ったのか、歩道に乗り上げてきたのだ。

 そのとき、おれは何を思っていたのか。
 何も考えてはいなかった。
 ただ、隣にいた少女と、そのまた隣にいたおばさんを押しのけていた。
 かわりにおれは、ワゴン車が迫ってくるのを、ゆっくりと見ていた。

 衝撃が、きた。
 正面から、おれは車と激突した。

 彼女に渡すはずだったプレゼント。
 彼女と過ごすはずだったクリスマス。

 心残りがないと言えば、嘘だ。
 でも、どこかでおれは、納得していた。
 おれは、運が悪かっただけ。

 ……本音は、諦められるはずは、なかったけれど。


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