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第1章
その19 中庭で、ぴくにっくでえと
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魔導師協会本部の建物というのは、ずいぶん大きなものだった。
ルナと『でえと』をしていいと許可された『中庭』は、リトルホークは見たこともないくらい広い場所だった。
前世を思い出したおれの記憶で、近いものといえば。
サッカースタジアム、観覧席を含めず、コートだけ。それより少しばかり小さい。
そこに、イギリスのロックガーデンみたいに緑の庭木が整然と植え込まれ、迷路のように入り組んでいる区画があったり、花の盛りなのか、さまざまの種類のバラが咲き誇っていたり、かと思えば小川や、池や、噴水。自然の巨岩。
これ、中庭っていうレベルなのか?
その周囲をぐるりと取り巻いているのは、なんか風格のある石造りの建物だ。何棟もあるな。これは、学校も併設しているのかな?
今は、昼時のようだ。太陽神アズナワクが、ほぼ天頂付近にある。
軟禁されていた密室から、迎えに来たルビーとサファイアに両隣をはさまれた、おれは、まるで連行されるようにして、中庭の入り口に、出現した。
魔方陣で転送されたのだ。
「早く歩きなさいよ。のろま」
赤毛のルビーがせき立て、罵倒する。
「しょうがないわよ。彼はおのぼりさんなんだから」
鳶色の髪のサファイアは、おれを庇っているわけではない。田舎者だと揶揄しているのだ。この二人には、どうも初対面から嫌われているっぽいのだ。
「急ぎましょ。あのお方を、お待たせしてしまうわ」
そしてどうやら心底《呪術師(ブルッホ)》とコマラパに心酔している様子である。
おれはルビーとサファイアに引き立てられて、迷路のような、整然と刈り込まれたイチイの間をぬって小走りに進んだ。
そして、ふいに視界が開ける。
目の前には、つるバラの絡んだ屋根と、ベンチ、テーブルのある、東屋があった。
「リトルホーク!」
おれを見つけて、嬉しそうに手を振っている、可愛い嫁、ルナ。
「遅いぞ、小僧」
その隣には、険しい顔のコマラパがいた。
そうなのだ。
おれとルナを二人だけで会わせるつもりはないと言われてしまった。
……まあ、そうなるよね。
でもいい。外でルナに会えて、おれも嬉しい。
「お弁当を作ってきたんだ」
はにかみながら、包みを広げるルナ。
「カオリがね。『ぴくにっくでえと』なら、これがいいって教えてくれたの。おれは前世って、ほとんど覚えてないけど、カオリが知ってるから」
広げた布はランチョンマットがわり。
藤のバスケットに詰め込まれた皿、コップ、飲み物の瓶を取り出して、そこに、バゲットサンドを並べる。それとロールサンドとか、おまけに、海苔を巻いたおにぎり。鳥の唐揚げ。スコーンとクロッテッドクリームとジャム。
「うわあ、すげー! どれもうまそうだ」
「好きなだけ食べて。でもちょっと作り過ぎちゃったから……」
と、ルナは、ルビーとサファイアに目をやった。
「よかったら、一緒に食べて。ぱぱも」
「うむ」
「えっほんと?」
「やったー!」
唐揚げに手を伸ばしたのは、ルビーだった。
おれより先に。
「おいしい~! ムーンチャイルドが作るものって、サイコーうまい!」
満面の笑みで、租借し、呑み込む。
「でも気をつけて。これはエネルギーのかたまりだから、すぐに吸収されるよ。普通の人間が食べ過ぎると酔っちゃうから」
心配そうにルナ(ムーンチャイルド)が注意する。
「ん、わかってる。体力の限界にきたときに、ムーンチャイルドの手作りお菓子食べると、一気に回復するもんね」
「危険よね。こんなにおいしいし。エネルギー酔いはするけど、太らないし」
夢中で食べる、女子たち。
ムーンチャイルドは、こいつらの胃袋をがっつり掴んでるな。
「食べて。ぱぱも。……リトルホークも」
ムーンチャイルドは、持参した瓶から、カップに飲み物を注いだ。アイスティーかな?
おれに注いだものにだけ、底から細かい泡がたちのぼっている。
「いただくよ」
バゲットサンドを手に取った。
バターを塗ったバゲットを輪切りにして厚切りのベーコンを炙ったもの、レタス、ゆで卵を刻んで、パセリを散らしてあって、きれいだ。一口かじる。粒マスタードが、絶妙な感じに入ってる。
「どう? どう?」
「うん。すっごく、うまい!」
「よかったあ!」
ほっとしたようにルナは顔をほころばせた。
おれは、これを、覚えている。
前世で、彼女と公園でデートしたとき、作ってきてくれた。サンドイッチも、きれいな俵形のおにぎり、スコーンも。まったく同じ味だ。
……香織さん。
やっぱり間違いない。わかっていたけど、あらためて、実感する。
おれの可愛い嫁は、ルナは。
前世で、おれが交通事故で死んでしまったために、クリスマスの約束を果たせなかった、お付き合いをしていた彼女。
並河香織さんの、転生した魂だ。
現に、見た目もそっくりなのである。
だから、まだ前世を思い出していなかった十三歳のおれが、カルナックに出会った時、一目惚れしたのは、当然だった。
彼女となら、記憶がなくたって、何度生まれ変わったって、おれは、そのたびに、恋に落ちるに違いないのだ。
「思い出したのか」
サンドイッチと思い出を噛みしめる、おれに。
ぼそりと、コマラパは言った。
「はい。お義父さん」
「まだ、そう呼ぶには早いぞ」
コマラパは釘を差す。
「このシ・イル・リリヤでは。おまえたちはここで出会い、交際を始めたということにするのだ。当分は、わしか、サファイアとルビーが立ち会う。それに、ここの学生たちも、やってくるだろうよ。こんなうまい弁当を東屋で広げていては、な」
その予言は、早くも的中した。
わらわらと、十代半ばの学生らしい集団が、東屋に駆けつけてきたのだ。
「おっ! 老師、ランチですか」
「ムーンチャイルド! あのっ、あの、それ、手作りのサンドイッチ?」
「硬玉石の二人組も?」
「ご相伴したいです~!」
「なんすか、この田舎くさいニーチャンは」
軽いヤツ、遠慮しつつも料理に釘付けになってるヤツ、失敬なヤツ。しかも、ほぼ野郎ばかり。
「いっぱい作ったから、みんなも食べる? でも、みんな。この人のこと、悪口言わないで。そんな人には食べさせてあげないから」
ルナが言うと、色めき立つ。
「了解っす! 学院には田舎出身のヤツも多いし。おれもだし」
なあみんな、と、班長っぽい人の良さそうなおにいちゃんが言う。
しかし他の奴らは返事もそこそこ、
「うわーサイコー!」
「うまいうまい」
「なんだ食べないなら全部おれが、いや僕が」
顔を赤くしながら、ぱくついている。
こ、こいつら!
狙ってるな!
おれの嫁を!
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