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第1章
その21 紳士同盟への誘い
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赤い魔女セラ二アという名で、この世界の歴史に頻繁に姿を現す忌まわしい存在のことを、コマラパは口にした。
おれとコマラパ、そしてルナは、そいつに以前、会ったことがある。
赤い髪に暗赤色の目をした青年で、セラニス・アレム・ダルと名乗っていた。赤い髪といっても、普通の色ではない。
鮮血を思わせる鮮やかな赤、瞳は静脈を流れる血のような暗い赤だ。若い女性の姿形をとる『赤い魔女』のときも、それは同じなのだった。
セラニス・アレム・ダルは、人智を越えた道具『魔天の瞳』を各地の上空に飛ばしていて、この世界全体を常に監視している。
だから、魔導師協会本部の中庭は、常人には見えない屋根で覆われているのだと、コマラパは言った。
「ああ、ほんとうだ」
さっきまでの、おれは。
歴史のありそうな広大な魔導師協会本部の建物や、前世で知っていたイギリスのロックガーデンを思わせる、整然と刈り込まれた植え込みや注意深く配置された巨岩や小川やオベリスクに目を奪われていたり、付き添いのルビーとサファイアにせき立てられていたせいもあって、頭上に注意を払ってはいなかったのだ。
だが、今、視線を上に向けてみれば。
それは、あった。
精霊の森の上空を覆っていたものに似ている。
透明でありながら銀色に柔らかく光る靄が中庭の上に被さっているのだ。
しかし視界を阻害されるということは、ない。
はっきりと質量はある。
かろうじて似ているものをあげれば、ガラス張りの温室だろうか?
「ここは聖域ですから」
おれの考えていることを読んだのか、イケメンな王子様ブラッドは、おれの目をまっすぐに見るのだった。
「我々、学生は、外の世界に満ちあふれている不合理や人の悪意から、学院に通う間は、守られているのです」
彼はおそらく清廉な人物に違いないと思えた。
なんか家庭とか親戚とか?
複雑な事情がありそうだなあ。
凜とした声に耳を傾けているうちに、おれは、悟る。
「そうか。学院が必要な理由は……子供たちを外界の危険から守ることか。学生として迎え入れることで」
ここは保護区か?
「それもあるが、わたしはそれほど博愛主義ではない」
コマラパは、ルナを抱え上げる。
「全ては我が娘、ムーンチャイルドの身の安全のためだ」
おれなんかには見せたこともないような優しい笑顔を向けた。
ムーンチャイルドは、おれの嫁のルナは、嬉しそうに笑って、コマラパの大きな胸板に、柔らかそうな頬を押しつける。
「ぱぱ。だいすき」
「よしよし」
コマラパは破顔一笑。
「僕たちも、一丸となってムーンチャイルドを守ります」
ブラッドが宣誓する。
すると、東屋でムーンチャイルド特製のランチを夢中でぱくついていた男子生徒たちは、口々に合わせる。「おれもおれも」「僕たちも」「絶対にお嬢さまを守り抜きます」「銀月の姫君」「呪術師様の妹君を」
ん?
なんかヘンなのが混じってなかったか?
っていうか。
「お義父さん。《呪術師》との関係はどういうことになってるんだ。親子?」
少しフェイク情報を流しているようだ。
呪術師とムーンチャイルドは、別人ということで通しているのだろうか。
そうだ、対外的には『レニウス・レギオン』と名乗っていると呪術師は言っていた。それはかつてレギオン王国国王の叔父であり現在はグーリア大国皇帝のガルデルの息子。
さっきこいつら、ルナが呪術師レニウス・レギオンの妹だって言ってた?
レニウス・レギオンはガルデルの末子だったはず?
「おまえにお義父さんと呼ばれるのはまだ早い」
コマラパがルナをベンチに降ろして、座らせるやいなや。サファイアとルビーが飛んできて、左右に寄り添う。
「それについては、おまえとは後でじっくり話し合う必要があるな。ここで話していては学生たちの昼休憩が終わってしまう」
コマラパが、ルナを抱き上げようと手をのばす。
ところがルナは、首を左右に振った。
「どうしたね、ムーンチャイルド。そろそろお昼寝の時間だろう。精霊の姉さんと兄さんが、待っているよ」
「いいのっ。寝なくてもいいもん」
頑固にルナは言い張る。
「もう少しここに。一緒に、いたい」
え、それって。
おれと?
「リトルホーク君と、ですか」
ブラッドの丁寧な口調に、ほんの少し、気落ちしたような雰囲気が、影を落とした。
「いいですね。短い間に、そんなに彼女の心を捉えるなんて、うらやましい限りです」
やめてくれ。
罪悪感がわいてくるじゃないか。
そんな、バカな。
おれはルナの伴侶なんだから当然なのに。
だけど、このシ・イル・リリヤでは、誰も知るはずはないことだ。
故郷の母ちゃん父ちゃん、姉ちゃん。婚姻の儀に立ち会い、一晩中飲んで食って歌って祝ってくれた、村のおっちゃんおばちゃんたちを、思い出す。
懐かしい村のみんなに教えたい。
おれ、やっとルナに再会できたよって。
まだ前途多難そうだけどな。
「いや、おれなんか田舎者で、がさつで……」
イケメン貴公子なブラッドが落ち込むと、おれはなんかフォローしないといけない気がしてくる。優柔不断は、おれの性分じゃないのにな。
「リトルホーク」
イケメンな王子様ブラッドは、おれを見据え。
本題に入った。
「僕と、紳士同盟を結びませんか?」
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