リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険

紺野たくみ

文字の大きさ
24 / 64
第1章

その24 リトルホークは求婚する

しおりを挟む
          24

 ああ腹立たしい!

 そもそも、魔導師協会本部の中庭では、おれの可愛い嫁ルナ(この国ではムーンチャイルドと呼ばれている)が、おれと『お付き合い』からやり直すため『ぴくにっくでえと』をしたいと望み、心をこめたお弁当を作ってきてくれたのだ。
 付き添い(監視)としてついてきた実の父親コマラパや、護衛のルビー、サファイアたちを交え、楽しくランチをしていたのである。

 ちょうど昼飯どきだったこともあり、いい匂いをかぎつけてふらふらやってきた、魔導師協会付属学院の生徒たちにもお裾分けしてやり、親睦を深めた。
 イケメンな学生、ブラッドに、ムーンチャイルドを危険なことから守る『紳士同盟』に入ってくれと誘われた。

 ここまでは、良しとする。

 しかし、その後にやってきた、大きな図体をした貴族様、カンバーランド卿というヤツは、いただけなかった。
 いい年こいた、熊みたいなおっさんのくせに、ムーンチャイルドを欲しいと言う。
 館から出さないし何もさせない監禁状態で、おっさんの夜の相手だけすればいいなどと寝言をほざいた。
 それをコマラパが徹底的に拒絶すると、今度は逆ギレ。
 上から目線の俺様口調に豹変したカンバーランド卿。
 コマラパに対して、愛娘ムーンチャイルドをエルレーン公国の権力者である自分に差し出せと豪語したのである。

 バカか! バカだろ!
 目の前が真っ赤になって、怒りで身体が熱くなって、がくがくして。
 気がついたらおれは叫んでいた。

「このエロ親父が、ふざけんな。おまえにムーンチャイルドは、渡さない! おれが彼女に結婚を申し込む!」
 おれが声をあげた後。あたりは、しんと静まりかえった。
 ああ、みんな、引いてる……。

 せっかくお近づきになったけどブラッドたち『紳士同盟』ともおさらばだな。おれだけ抜け駆けすると宣言しちまった。一抹の寂しさを感じたが、男には、やらなければならないことと、時が、あるのだ。

 しかし、周囲の音が消えたように静かになったのは、ほんの一瞬だった。
「おお、なんて素晴らしい!」
「すげーぞリトルホーク!」
「あっぱれなバカだ!」
「そこまでの覚悟とは!」
「おれ、いや僕、いますっげー感動してるよ」
 我らが『紳士同盟』諸君は、口々に感嘆の声をあげ、おれに賞賛の嵐を送ってきたのだった。

「きみは本当に素晴らしいよ、リトルホーク!」
 中でも、誰より熱心におれを賞賛したのは、イケメン貴公子ブラッドだった。

「あれ? みんなもムーンチャイルドのことを狙ってたんじゃん? いいのかよ、おれが彼女に求婚しても」

「リトルホーク。きみはエルレーン公国の国民じゃない。しがらみもなく自由に羽ばたける。僕たちにはそれが眩しくて、憧れるんだ」

 生まれもお育ちもいいお貴族様の仲間、確定だ。
 そういえばブラッドはカンバーランド卿を、叔父さんだと言ってた。ということはブラッドの家もかなりの上級貴族で……?

 まあいいか。
 今、考えるべきは、細かいことはどうでもよくて。

 おそらく生まれて初めて平民に喧嘩を売られたショックで震え、ぶつぶつと呪文みたいなことを呟いているカンバーランド卿のことでも、もちろん、なくて。

 ルナのもとに、おれは、ゆっくりと近づいた。

 間近に、彼女の顔がある。
 日光を浴びれば容易く痛んでしまう白い肌。きっちりと結んで三つ編みにした、濡れたように艶やかな漆黒の髪。夜空のような深い黒に染まる瞳。

「ムーンチャイルド。おれの嫁になってくれ!」

 視線が、絡み合った。
 彼女はまっすぐに、おれを見た。
 目元が、うるんだ。
 薄い、小さなくちびるが、わずかに開いて。
 こくりと、喉が鳴った。
 けんめいに、応えてくれようとしているのだ。おれの、礼儀や慣習を無視した、全然、なっちゃいない求婚プロポーズに。

「おまえの、よめ……に」
 言いかけて、あとの音が、出てこない、愛らしい、おれのルナ。    
 涙をためた目で、頷いた、最高の美少女。

 コマラパは彼女を下に降ろした。
 ルナは、はじめはゆっくりと足を踏み出した。
「おいで」
 呼ぶと、嬉しそうに微笑んで、歩みはやがて小走りになり、ひろげた、おれの腕の中めがけて飛び込んできた。

「ルナ……! ルナ、ルナ……!」
 おれは無我夢中で彼女を強く抱きしめた。

「……待ってたんだから!」
 彼女は、泣きそうに、笑った。
「離さないで。もう」

 驚いたことに、ルナは、自分から唇を寄せてきた。
 唇が触れ合った瞬間、少しだけ怯えたように、びくんとしたけど、おれが抱き寄せても、今度は逃げなかった。

(今なら、いける?)
 ふと、おれの中には、いけない衝動が頭をもたげてきていた。
 しかし、これは誰にも気づかれてはいけない。
 今ならば、嫁は抗わず、最後まで行けそうだ、なんて。
 ……最低だよな……我ながら。
 やましい衝動を懸命に抑え、おれはルナの唇をむさぼった。
 最後まで、なんて無理は、望まないが。
 舌を入れるくらい、なら。
 今の、ルナとだったら。
 いけるんじゃ……ないかな~。
 よし。
 それを試そうとしたときだった。


「まったく、せっかちな男だな」
 落ち着いた音程で語りかける、美声が、した。

 聞き覚えのある声だ?
 いやしかし!
 そんなはずは……?

 振り返ったおれの目に飛び込んできたのは。

 ものすごい美人だった。

 緩く三つ編みにした、床まで届く、真っ直ぐで豊かな黒髪。淡い青色の瞳。まるで神々の造作になるかのように整った、美しい面差し。
 その鋭い視線で、おれの心臓を鷲掴みにして……

「相変わらず騒がしい男だな。言葉遣いもなっていないし育ちのほども知れている。こんなやつを伴侶に選んで本当にいいのか、ムーンチャイルド」
 冷ややかな眼差しをおれに向ける、魔導師協会の長《呪術師ブルッホ》が、佇んでいた。

 その姿を目にしたルビーとサファイアは、早速、その傍らに駆けつける。
「呪術師さま!」
「お師匠さま~!」
 ルビーたちが甘えるので、他の学生達は間近には寄れないが、それでも遠巻きにして、尊敬の念を強力にアピールする。
「お師匠さま!」「お師匠さま」「ボス~!」
「学長様。申し訳ございません、今回も、叔父が侵入してしまい、ご迷惑をおかけしました」
 ひとり、真面目に頭を垂れているのはブラッドくんだ。
「そのことは気にしなくてもよい。君もこれまで、さんざん叔父上に迷惑をこうむっただろう。あぶり出せてよかったくらいだよ。この後の対処は、私に任せなさい」
「ありがとうございます!」

 その一方で、おれはといえば。
 東屋の片隅でいまだ立ち直れないでいるカンバーランド卿なみに衝撃を受け、立ちすくむのだった。

「な! 《呪術師ブルッホ》なんで、あんたがここに……」

 ありえないことに遭遇した。

 なぜなら《呪術師ブルッホ》は、おれが今、抱きしめているルナと、肉体と魂を共有する、別の人格。多重人格の一つなのだから。
 ルナと《呪術師ブルッホ》が、同時に並び立っているなんて、ありえないのだ。

「ああ……それはだな」
 人の悪い笑みをたたえて、《呪術師ブルッホ》は非常に満足げだった。

「ちょっとした《呪術》だよ。もちろん。何しろ私は《呪術師ブルッホ》なのだからね」

 それから彼は、大股で歩み寄ってきた。
 と、おれの顔のそばで少しばかり身を屈めて、囁いた。

「精霊に誓いを立てた伴侶なら、それくらい、見分けがつかなくては」

呪術師ブルッホ》が囁いた、その途端。

 背筋が、凍った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが

ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...