学ランを脱がさないで

ルルオカ

文字の大きさ
上 下
6 / 11
「学ランを脱がせて」と恋ははじまらない

しおりを挟む




幼いころ、姉にちんこを、洗濯ばさみで挟まれてからというもの、俺は女不信だ。

いや、女を愛らしいと思うし、彼女を作りたいし、勃起もするし、セックスもしたい。ただ、どれだけ、しおらしく、健気にふるまわれても「裏では、鬼のように俺の陰口を叩いているのでは」と疑いの目で見てしまう。

まさに、姉がそうだらからだ。外で見かける姉は、またたびを嗅いだ猫よろしく、恋人にしなだれかかっていたりする。

が、帰宅すれば「あのけち臭い野暮野朗が!」「早漏で女みたいに喘ぐんじゃねえよ!」と聞くに堪えない、罵言を吐き散らす。病院に連れて行きたいほどの、二重人格ぶりを見せつけられては、女に偏見を抱くのも、しかたないだろう。

といって、「女なんか、皆、信用ならん!」と一生独身宣言するまで、心は荒んではいなかった。裏表がない、清廉潔白なの女が、この世のどこかにはいるはずと、青春真っ盛りのお年頃なら、まだまだ夢を見たいところ。

もし、理想の女を見いだしたなら、一生手放さずに、大切にしようと。もちろん、凶悪な姉の毒牙にかからないよう、守ろうと心に決めてもいた。

そんな俺が、男子校にいき、不良になったのは、やけになったからではない。剣道に長けた俺は、中学でインターハイ優勝したこともあり、強豪の剣道部がある高校から、およびがかかっていた。が、その剣道部には、OBにして現役警察官の名物イケメンコーチがいたのが、運のつきだった。

男漁りが趣味と豪語して憚らない、姉がロックオンしないわけがない。学校の説開会に、尾行してきて(俺も親も同行を許さなかったから)、剣道部の顧問とコーチと面会するときになって、降って湧いて出現。

「弟をよろしくう」「弟のことを知らせて欲しいから、連絡先を」とイケメンコーチに胸を押しつけ、その醜態を目の当たりにしては、推薦を断念せざるを得なかった。コーチに被害が及ぶし、俺の立場がなくなるし。

剣道一筋で進学を考えて、勉強をおろそかにして、元々、頭の出来が悪かったこともあり、不良御用達の男子校しか、受からなかったというわけだ。不良の巣窟とされる男子校では、グループに属さないと、学校生活を送れなかった。そう、必要性があって、不良になったのであって、迷惑がかかると思い、剣道の教室も辞めた。

もちろん、望んでことではない。幼いころから、剣道人生を邁進してきて、今も、その志に曇りはない。

ただ、女への印象を捻じ曲げるだけにとどまらず、人生を踏み荒らしにかかってきた姉に、反発するのに疲れてしまった。フリーターで遊びほっつき歩いている実家暮らしと、決別するには、まだ三年もかかると思えば、不良になって現実逃避でもしたくなるというもの。

てなわけで、本腰をいれるつもりはなく、学校の事情から、あくまで学生生活の一環として、入った不良グループは、見かけ倒し的なものだった。高校の悪名高さを傘にきて、不良らしく、肩をそびやかしながらも、喧嘩はしないし、犯罪的な迷惑行為もしない。いかにも弱そうな他校生に、かつあげするだけで、それもアリバイ作りのようなものとあって、率先してはしない。

俺のような半端ものが寄り集まり、不良高校にあって、形だけでも立場を保っているグループなのだ。不良学校といっても「テッペンとったる!」と吠えるガチ勢から「どうにか三年やり過ごしたい」と迷える子羊的なものから、ぴんからきりまでいる。ガチ勢にしろ、そのことを分かっているから、迷える子羊たちは放っておき、逃げ場的なグループを作るのも容認してくれていた。

一方で、外部の人間は、そんな事情を知らないので、本格的不良らと同じ制服を着た俺らを、同一視して、恐がってくれる。それはそれで、気分が悪くなかったから、たまに、グループでたむろして、外をほっつき歩くことがあった。

ただし、治安が悪い、高校付近やテリトリーを避け、人通りが多い町との境目辺りを、だ。その日は、カラオケをしてから、ぶらぶらと公園を歩いていて、格好の獲物を見つけた。学ランに学帽を被って、たすきがけに鞄を提げた、時代がかったコスプレでもしたような男子学生。

「お坊ちゃん、どこにいくんで?」と冷やかしたところで、振り返ったのは、これまた黒の短髪に切れ長の目をした、イケメンというより、美丈夫と表現したい、品のある顔つき。外灯の下で佇むさまも、やんごとないようで、楚楚とした女がタイプの俺にすれば、男であっても、どストライクだった。

ともなれば「なんだ、この学ラン」「着させてくれよ」と取囲んで、からかうのには混ざれず、おろおろとした。正直、止めたかったものを、形だけとはいえ、不良をやめたら、イコール高校中退になる。相手がどタイプだろうと、さすがに高校中退を天秤にかけては、踏みだせなかった。

情けなくも、足踏みしているうちに、赤髪が学ランに手をかけようとした。無表情でいた彼は、顔色を変えないまま、その手を叩き、毅然と告げたもので。

「そんな浮ついた心の奴に、伝統ある制服を着させるわけにはいかない」

高校付近の住人や、制服を見知っている人は、俺らが喧嘩経験ゼロとは露知らず、対峙すれば、青ざめるし、目を逸らす。はずが、彼はリーダーにまっすぐ目を据え、後ずさることも、腰を引くことも、背筋を曲げることもななかった。

少なくとも、俺がグループに入ってから、刃向かわれたのは、初めてだ。形だけの腰抜け集団といっても、相手になめた態度を取られれば、気色ばんで、不良らしく「ああ?」「んだと、こら」と威嚇する。尻目に俺は、潤んだ目を細め、顔を上気させ、陶然となって学ランを見つめていた。

強がる奴は、これまでもいたが、いざとなると、泣き面になり、逃げ腰になって膝を震わせた。生まれたての小鹿のようなざまを見て、「女も男も上っ面なのは同じか」と幻滅していたからに、一貫した態度でもって、筋を通そうとし、ぶれない彼が、そりゃあ、後光が差すように、尊く見えたものだ。

「彼こそ、運命の人では!」と最高潮に胸が高鳴りかけたとき、「チェストー!」とバッドを掲げる暴漢に襲われ、いいのか悪いのか、退散することになって。


※  ※  ※


不良高校の、逃げ場的な形だけのグループでも、矜持や面子や、なんやかんやはあるらしい。「このままでは、学ランに舐められるし、悪い噂が立てられるかもしれない!」とリーダーが吠えて、リベンジかつあげの決行がされることとなった。

とはいえ、グループの全員が喧嘩経験ゼロとなれば、闇討ちしてきた、ホラー的脅威なチェスト男との再会は、是非とも、避けたいところ。チェスト男は、学ランの友人なのか、何なのか。その正体を見極め、きゃつの不在を狙って、学ランに迫るためにも、事前調査が必要とされた。

が、チェスト男に関わりたくないし、目をつけられては、もってのほかと、誰も調査員になりたがらず(どっちが不良なのか)。おかげで、手を上げて「どうぞどうぞ」とダチョウ倶楽部的な乗りで、その役目を負うことになった俺は、あれきりと思っていた彼と、またお近づきになれるチャンスを手に入れたわけで。

俺とて、夜陰を引き裂くように、襲来したチェスト男が、いまだ悪夢にうなされるほど、恐くありつつ、面白くなくも思っていた。俺らの目には、気違いじみて写ったのが、学ランにしたら、暴漢をけちらしたヒーローのように、見えただろうからだ。

ありきたりに「助けてくれて、ありがとうございます」「なんの、これしき」とお互い照れ照れして、何かが芽生えて、はじまることは、ありうる。「学ランが女だったら」なんて野暮なことは、いうまい。なんたって、俺が学ランに、一目惚れしたのだから。

まあ、ぶっちゃけ、グループの意向そっちのけに、全くの私情で、学ランを尾行することなったわけだが、その前に「ここら辺に学ランの学校があったか?」とそもそも気になっていたことを、調べた。少し遠いながら、私立の男子校、清美高校が昔から、学ラン指定というので、そこの学生なのだろう。

断定できないのは、ネットで「昔から変わらない、制服のスタイル」と注目されつつ、学生の写真が一枚も見当たらなかったからだ。高校のホームページ自体ないし、元々、秘密主義なのと、このご時勢、不特定多数の人間の目に晒されたり、悪用されるのを、避けたいかららしい。

写真一つ、ここまで危機管理に徹している清美高校は、外部の人間を寄せつけないだけでなく、生徒を校内に閉じこめ、他校との交流をさせず、足の爪の長さにもけつをつけるほどの、マゾな規律を強いているとのこと。今の時流に逆らう、「軍国主義のよう」と叩かれることもある校風だが、振りきれたストイックさに惹かれる親や子は、少なくないとか。

調べていて、疑問に思ったことは二つ。とにかく、人目に晒されないよう、寮生活以外の生徒全員を、家までバスで送り迎えし、且つ、学ラン姿での寄り道を禁じているはずが、かの学ランはどうして、公園をうろついていたのか。他校生との交流も禁じられているというに、あのチェスト男は何なのか。

どうも秘密がありそうなのに「あの学ランも所詮、見かけ倒しか」と興醒めしかけたものの、気になるものは気になったし、一応、グループの指示もあったから、前にかつあげした時間帯に、公園付近を見張った。先に目にしたのは、チェスト男。少ししてから、かの学ランが、その元にやってきた。

外灯の下で、改めて目にしたチェスト男は、ブレザーを着ていた。たしか、進学校のだ。清美高校にしろ、その進学校にしろ、ここらでは生徒を見かけたことがない。

「どうして、こんな治安のよくない場で、わざわざ逢引を?」とまた新たな疑問を抱きつつ、観察しつづけていて、二人がそう懇意でないのが、分かってきた。学ランは相変わらず、澄ましているものの、チェスト男のほうが、女慣れしていない童貞のように、ぎこちなくしたり、慌てたり、声を裏返したりして、百面相をしていたからだ。

あのとき、チェスト男は、たまたま公園を通りかかって、俺らの恫喝を聞きつけ、助けに入ったのだろう。で、「その学ランだと目立つだろうし、しばらくは心配だから」とボディガードを買ってでたものと思われる。

要は、俺もチェスト男も、学ランと遭遇したのは、ほぼ同じタイミングだったわけだ。といって、ほっとはできなかった。ボディガードとして学ランの接近に成功した、きゃつのほうが、一歩リードしていたし、熱っぽい目や、幾度も唇を噛んで、射精を堪えているような表情を見るに、惚れているのは明らかだったもので。

節度を保って、接しようと努めていたとはいえ、傍目には、目も当てられないほど、駄々漏れだった。俺には、涎を垂らしっぱなしの狼に見えたものの、世間から隔離されたような学生生活を送っているせいか、ありありな下心に、学ランはまるで気づかず、至って健全に和やかに、他校生との親睦を深めているつもりのようだった。

まあ、学ランが、あくまで、つかの間の他校生との交流を嗜む体を崩さないなら、チェスト男も、娘を持つ頑固親父のような清美の加護にある生徒に、手出しはしないだろう。との、見込みは甘かった。道中で、チェスト男が、大きなスポーツバックから、古めかしいカメラを取りだしたなら、遠目に分かるほど、学ランが食いついて、瞳に星を散らしたのだ。

浮ついてなく、大人びた風情がある学ランの、あどけない顔を拝めたのは、ご馳走様だったが、同時に「馬鹿!狼野朗に隙を見せるな!」と警告を発したくなった。すぐに学ランは、恥ずかしがるように、目を伏せたといっても、ストーカー並の眼力のチェスト男が、その瞬間を見逃すはずがない。

それからというもの、古いカメラを餌にして、世間知らずで初心な学ランを罠に引きこんでいった。相手が、制約の多い清美の生徒とあって、困らせたり、気兼ねさせないよう、初めは、気をつけているように見えたのが、それも油断させるための、計算づくのことだったのか。複数の不良に闇討ちするような激情家なだけでなく、頭が切れて芝居も打てる、食えない策士家でもあったらしい。

尾行するうちに、チェスト男が悪代官に見えてきて、歯軋りしたものだが、「いやいや、だったら、お前がさっさと救いにいけよ」とツッコまれそうなところ。いやいや、だって、相手は天下の格式高い、お坊ちゃま学校の清美だ。

進学校のチェスト男と連れ立っているのを、見られたとして、停学処分で済むかもしれない。じゃあ、俺とだったら?緑に髪を染め、五つもピアスをしている、形だけの不良だとしても、制服からしてアウトで「こんな不埒な人間の手垢がついたような人には、二度と清美の生徒を名乗らせません!」と退学を突きつけられるのでは?

ほぼ初めての、まともな恋だったから、要領を得ず、尻込みして、中々、踏みだせなかったのもある。ただ、不良になったのを、このときほど後悔したことはなく、どうにか、裏口でもいいから、転校ができないかと、考えたのも、本当だ。

転校について、模索したところで、据え膳のチェスト男は待ってくれず、その日の別れ際は、いつもと違った。二人が背を向け歩きだし、しばらくして、チェスト男はスキップしだし、学ランは不安そうだったり、悩ましげだったり、曖昧な表情をしていた。鎖骨の辺りに手を置いたまま、頬を薄く染めて。

嫌な予感がしつつ、まだ転校できる当てはなかったから、指をくわえて見送るしかなく。翌日、いつもの場所で、顔をつき合わせた二人が、しばし気まずそうにして、目を合わせなかったのを見て、察すると共に絶望した。こいつら、一線越えやがったと。

まんまと、清純な学ランをたぶらかした、悪代官ならぬチェスト男に、でも、案外、怒りは湧かなかった。はにかむ学ランを見る限り、手込めにされてはなさそうだし、不良という立場に足を引っ張られたとはいえ、名乗りを上げられなかったのは、なんだかんだ、俺が意気地なしだったからだし。

剣道では、負けても「ありがとうございました」と相手に礼を尽くさねば、ならない。己の弱さを飲みこみ、相手の健闘を称える。そんな武士道精神が染みついていることもあり、初恋破れたりと、潔く身を引くと決めて、今日で見納めだからと、のろのろと、二人についていった。

交際したてほやほやとばかり、意識しまくって、ぎくしゃくするバカップルぶりを見せつけられ、泡を吹いて死にそうになったものだが、その前にチェスト男に、電話がかかってきた。スマホを耳に当てて、顔色を変えたからに、身内に何かあったか、一大事の知らせを受けたのかもしれない。

電話を切って、事情を明かしたら、学ランはおそらく「急いだほうがいい」とうながし、チェスト男は躊躇いながら、幾度も、振り返りながら走っていった。そして、一人取り残された学ラン。

人通りが少ない場所だったものを、家まで近かったし(家まで、ついていったことはない。そこまで、してはいけないように思えたから)、前にかつあげ未遂されて、大分、経っていたから、大丈夫と判断して、チェスト男も泣く泣く、去っていったのだろう。

なんたって、調査員の俺がグループに「帰るときは、チェスト男が家に着くまで、一時も放れない」と嘘の報告をしているから、学ランの身の安全は保障されている。一応、俺が最後まで見送るし「だから、安心しろチェスト男」と勝手ながら、頼もしく請け負ったはずが「なんだ、あいつ、一人じゃねえか」と背後から声がかかった。

振り返れば、いつの間にか、グループが勢ぞろいしていた。報告が嘘とばれたのかと思いきや、「よう、長い間、尾行、ごくろうさん」と肩を叩かれたからに、様子見をしに、きただけらしい。

それにしても、なんという悪いタイミング。「ちょうどよかったな」「やっと、あいつ、放れたのか」「散々、焦らしやがって」「かつあげするだけじゃあ、物足りないな」「あの気取った学ラン、脱がしてやるか」とグループにとっては、長々と待たされてからの、絶好のタイミングとあって、獲物を前にした獣よろしく、奮い立つのを抑えられないように語気を荒くし、熱っぽい息を含んだ笑いを漏らした。

チェスト男を盾にして、適当に報告をしていれば、ああだこうだ文句を垂れつつ、そのうち、諦めるだろう。との見込みも、甘かったようだ。

なんて己を省みる間もなく「脱がしてやる」と聞くや否や、勢いよく、壁から跳びだし、走っていった。突拍子もなさに、グループが呆気に取られているうちに、学ランに追いつき、呼びかけることなく、走ったまま、いきなり腕を掴んで、引っ張った。

「え」と目を見開きつつ、咄嗟に状況判断をしたらしい学ランは、きっと睨みつけ、踏んばろうとした。前に絡んできた不良の、再襲来と思ったのだろう。

間違ってはいなかったが「走れ!追いつかれるぞ!」と叫んで、足をもつれさせるのを、強引に引っ張っていく。学ランが背後に目をやったところで、ちょうど、グループが壁から、わらわらとでてきたので、前に向き直り、釈然としなさそうな顔をしながらも、俺の駆け足に合わせて、自ずと走ってくれて。

そうして、あれほど初恋に足踏みをし、こそこそ、うじうじしていたのが嘘のように、人目を憚らず堂々と手をつなぎ、逃避行を決めこんだ。自分が手落ちした責任を取るため、学ランを守るためだったとはいえ、このつかの間だけでも、二人で駆け落ちしているかのような気分に、浸りたかったもので。

そう、映画「卒業」のような結末が待っていたとしても。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,679pt お気に入り:307

俺と監督

BL / 完結 24h.ポイント:923pt お気に入り:1

【完結】俺の声を聴け!

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:210

鬼上司と秘密の同居

BL / 連載中 24h.ポイント:3,103pt お気に入り:581

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,205pt お気に入り:93

【完結】転生後も愛し愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:631pt お気に入り:860

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,470pt お気に入り:3,013

処理中です...