デイジーの受難

ルルオカ

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デイジーの十字架

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彼女。いや、彼は、僕と同い年ながら、子供がいるらしい。

といっても、血はつながっていない。
結婚した年上女性の連れ子だ。

彼こと、要人さんが結婚したのは二十歳で、そのときは駆けだしのカメラスタッフだった。
お相手は十五歳年上で、テレビ局の有名なプロデゥーサー。

はじめて仕事をしたときに、彼女が要人さんを気にいり、酒に酔った勢いでホテルに連れこみ、さらに勢いづいて結婚届も押しつけてきたらしい。
要人さん曰く「浮気されて離婚したばかりだったし、やけになっていたんでしょ」とのこと。

男顔負けに多忙を極めて仕事をこなす、やり手の業界人であり、型にはまらない、常識外れな女性だったという。

結婚届を提出した後に、連れ子がいることを知らされた要人さんは、「ちゃんと会っておきたい」と頼んだものの、「仕事忙しいしなあ」と彼女は乗り気でないというより、どうでもいいと思ってるようだった。

渋る彼女を宥めすかして、小学一年生の息子と会うことになったとはいえ、初対面から五秒も経たず目の前で嘔吐された。

「だーから、言ったのに(と言いつつ、事前に説明はなかった)」と彼女がぼやくには、前の前の旦那が息子に暴力をふるっていたのが原因で、それからというもの、紹介する男には、拒絶反応を示すようになったのだとか。

誰と引き合わせても嘔吐するし、恋人の機嫌を損ねるのが毎度のことだったから、「またどうせ」と思っていたらしい。
「これで、懲りたでしょ」と彼女は父親代わりになることを求めてこなかったものを、要人さんは諦めなかった。

時間をかけて痩せ、髪を伸ばし、女性らしい言葉遣いや仕草を身につけ、化粧やファッションも学んで、女装を極めようとした。

「元々、さほど雄々しい見た目や性格をしていなかったから、なんとか誤魔化せた」と本人は謙遜(?)したとはいえ、レギュラー番組で女装家と共演している僕でさえ、見抜けなかったほど隙のない化けっぷりだった。

「じゃあ、その胸は!?」と聞けば「整形じゃなく、パッドだよ」と教えてくれたものを、もうパットが体の一部のように馴染んていたものだ。

要人さんが女性化していくのを、彼女は驚きつつも、「私より女らしくなっていく」と愉快がって止めなかったらしい。

思ったより、仕事にも支障はでなかった。
なんなら、周りはやや歓迎ムードにもなった。

女性スタッフにすれば「傍にいても、かまえなくていいし、なんだかほっとする」らしく、男性スタッフにすれば「女っ気があってテンションがあがるし、それでいてセクハラとか注意しないでいいから気楽」とのことで、何よりも男女共に「目の保養になる」とありがたがっていたという。

そうして顔馴染みの仕事仲間などは受けいれてくれ、たまに顔を合わせる人や初対面の人に至っては、要人さんを女性と見て疑いもしなかった。

勘違いしたままでいるのを、本人も周りもいちいち訂正しなく、それもそれで、別に問題にはならなかったらしい。
疎んじたり陰口を叩く人がいたかもしれないけど、結婚相手である敏腕女プロデゥーサーが、要人さんに仕事を回してくれていたから、女装が原因で干されることはなかったようだ。

おかげで気兼ねなく時間と手間をかけて、女性化をすすめていった要人さんは、一年後、満を持して彼女の息子と対面した。
しかも「お母さんの友達だよ」と偽ることなく「去年会った、お母さんの結婚相手だよ」と真っ向から切りだして。

母親の再婚相手が女装した男では、息子としては尚更、拒絶したがるろところ。
まあ、拒絶どうとかの前に、一年ぶりに再会した母親の結婚相手の性転換したような変貌ぶりに、その子はただただ目を見張った。

放心するあまり嘔吐をするのも忘れてしまったようで、「連れ子にそこまでするか?」と呆れ返って、ついには降参したらしく、「お母さんより、きれいだね」と笑ってくれた。

以来、空いた時間を見つけては「忙しい」と彼女に断られても一人で、息子が預けられている実家に赴いた。
実家には姑がいて、はじめて要人さんと相対したときは、やはり呆れたようなものを、「孫が懐いているなら、いい」とうな垂れるように肯いて、家の敷居を跨ぐのを許してくれたという。

息子より姑のほうが、心境は複雑だったろうけど、要人さんがまめに実家に通ったことで、親交が深まり、しばらくもすれば、三人で一端の家族のように団欒を囲むことが多くなった。

その反面、彼女とは疎遠になっていった。
彼女の口利きがなくても依頼がくるようになったこともあり、仕事関連でも、ほとんど顔を合わせなくなってしまった。

「不思議と寂しくはなかった。彼女の実家にいけば、息子とお母さんが『ただいま』って迎えてくれたしね」と彼女とすれ違いの生活になっても、平気だったらしいとはいえ、その日は突然、訪れた。

彼女が交通事故で亡くなった。
原因は、彼女の隣で運転していた人の酩酊による信号無視で、スピードを落とさないまま真正面から大型トラックと衝突したという。

息子と姑と警察に向かった要人さんは、突然の事故の知らせだけでない、さらなる驚きの事実を目の当たりにすることになる。

共に即死した運転手の家族も駆けつけていて、それが若い奥さんと幼い娘さんだったのだ。

胸騒ぎがした要人さんは、息子と姑を遠ざけ、警察官に詳細を聞いた。
予感は当たって、事故があった住所、そこはホテル街だった。



スタッフの顔合わせ後、「前林君には、話しておきたいことがある」と要人さんの行きつけの、古びた立ち飲み屋に連れてこられた。

顔が割れるのを恐れ「個室のあるところのほうが」と提案したものを、「大丈夫」といわれた通り、年齢層の高い男性客は、一人でちびちびと飲んだり、二人でしんみりとしながらお猪口を傾けたり、それぞれ行儀よくお酒を嗜んで、不愛想な店主も場違いな僕たちを無視してくれている。

普段、足を運ぶことのない類の店に、はじめは物珍しがって、お酒やつまみの安さに感嘆し、値段以上の料理の旨さにはしゃいだ。
が、話がはじまると、「もう一皿!」と頼んだ出汁巻き卵に手をつけられなくなり、湯気立っていたそれは放置されたまま、今やすっかり冷めきっている。

心なし萎れたような出汁巻き卵を見るともなく見ながら、「ショック、だったでしょうね」と呟けば、要人さんは、苦笑して首を振った。

「ショックじゃないのが、ショックだったよ。
それに、あらためて気づかされた。

俺は彼女のことを、好きじゃなかったんだって。

単純な話だ。
カメラスタッフで駆けだしだった俺は、仕事が欲しかったし、コネを作りたかった。

テレビ局の敏腕プロデゥーサーと関係を持つことは、そんな俺の立場や仕事上、都合がよかった」

死者を冒涜するような物言いが、でも、耳障りには聞こえない。
嘘偽りのない言葉だからなのか、強がっているからなのか。

それにしたって、「好きじゃなかった」と罰が悪そうでもなく、言ってのけるのは聞き捨てならず、「連れ子のために、一年かけて女装を磨き上げる必要はあったんですか?」とやや挑発的に問う。

「相手は、無理に息子さんと引き合わせようとしなかったのでしょ」

「あの子については、彼女のこととは関係ない」

間髪入れず反論してきたのに、畳みかけようとしていた言葉を飲む。

空気が張りつめたのは一瞬のことで、目を逸らした要人さんは「あんまり寂しそうな顔をしていたから」とぼそぼそとつづける。

「なんだか、放っておけなかったんだ。
もしかしたら、彼女より、あの子のことのほうが俺は関心を持っていたし、手放したくなかったのかもしれない」

さっきの仕返しとばかり、すぐさま「好きでもない女性と結婚したくせに」と毒づいてやった。
が、痛くも痒くもなさそうに「だよね」と笑いを漏らし、「そう、その罪は許されるものではない」と向き直って、僕をまっすぐ見据える。

「だからこそ、死ぬまで、彼女が好きでなかったと、あの子には悟らせてはいけない。

彼女以外に恋人を作らず、結婚もしないことで、『俺は彼女を最初で最後の人と思って結婚した』と証明して、あの子を安心させてやれたらいいと思う。だから」

「僕とは関係を持てない?」と引き継げば、要人さんは笑みを引っこめ、肯く代わりにゆっくりと瞬きをしてみせた。

演技の仕事を少なからず、こなしている僕だ。
初恋で両想いの結婚を実らせるのに形振りかまっていられないで、全身全霊で捨てられた子犬になりきってみせ、潤んだ瞳を一途に向けたのだけど、要人さんの、悟りきった仏のような表情を崩すことはできなかった。

ついには諦めて、「こんな、回りくどい話をしなくても、僕のことが好きではないと、そう言えばいいのに」と愚痴をこぼす。

咄嗟に前のめって、口を開こうとした要人さんは、でも一旦、飲みこんでから「恋は盲目というじゃないか」と遠い目をした。

「前林くんは理性的な人だと思うけど、さっき結婚を申しでたみたいに、いくら気をつけていても、暴走することがあると思う。
俺の事情を知ってくれれば、そうならずに済むかなと考えたんだ」

「俺だけならともかく、息子を巻きこんでほしくないしね」と目を瞑り、切々と語りかけてきたのに、「それでも」と食い下がれなかった。

完全敗北を期したとはいえ、「ずるい言い方だ」と負け惜しみを吐かないではいられなく、泣きそうなのを誤魔化すため、ビールジョッキを勢いよく煽った。

空になったビールジョッキをテーブルに叩きつければ、要人さんは瞼を上げていて、呆れたようでなく、それでいて宥めたり慰めたりもしてこなかった。

微妙に笑っているか笑っていないかの表情で、何も語ろうとせずに、やけ酒にやけ食いをする僕を見つめていた。





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