筆と刀の混沌戦禍

皐月やえす

文字の大きさ
13 / 58

しおりを挟む



「……庄右衛門殿、庄右衛門殿!」

 名前を叫ばれ、体を揺すられた。呻き声を上げながら身を起こすと、すっかり夜になっている。泊まっていた廃寺は焦げていたが、幸いな事に崩れおちず、庄右衛門も火傷をしないで済んだようだ。
 炎の化け物の絵には、燃え盛るえんじ色が着色されている。

 庄右衛門のすぐ側には、雪丸のホッとしたような顔があった。

「よかった、炎の化け物がこの廃寺に入っていったら、庄右衛門殿が中にいたなんて奇遇だね!また封印できたんだ!化け物が絵の中に入った途端に、炎もすぐに消えたんだよ!」
「ああ、だから俺は黒焦げの死体にならずに済んだわけか……」

大きくため息をくと、いつの間にか握っていた墨を見つめた。

「俺の封印の術は、筆じゃなくてこの墨に力があるようだ」
「ええ?そうなの?この墨って何でできてるんだ?」

 雪丸が首を傾げた。
庄右衛門は、かい摘んで説明した。自分の家族のこと、裏切られて濡れ衣を着させられて殺されたこと、汚名挽回してほしいと願われ、あの世で家族に追い返されたこと。

「俺が人ならざるものを見ることができるようになったのは、生き返ってからだ。そして、何故か嫁の髪が墨になって、その墨で描いた絵の中に人ならざるものを閉じ込められるらしい」
「なるほどね、合点がいったよ。人ならざるものを見ることができる人や、攻撃したり封印することができる人は、死後の世界を体験した事があるんだって」

雪丸は顎に手を当てて考えた。

「じゃあ、庄右衛門殿はもしかして、世間的には死んでいるの?」
「そういうことになるな。だから、俺は敵に見つかる訳にはいかない。死んだはずの俺がうろついているなんて知れたら、すぐに追手を送られて殺されるだろう」

庄右衛門は眉根を寄せた。

「俺は家族の為に、相手に見つかる前に仇打ちをしないとならん……万が一見つかったら、毎日命を狙われる。お前と一緒に旅をすることができないのは、そういう理由だ」

 雪丸は、うーんと悩み始めた。

「そういうことなら、そっとしておいてあげたいんだけども、……多分、もう庄右衛門は巻き込まれてるよ」
「なんだと?」

庄右衛門が雪丸を見ると、雪丸は続ける。

「人ならざるもの達は、自分たちの脅威になるものを排除しようと躍起になっているんだ。現に、今回の炎の化け物も、庄右衛門のことを狙って来たでしょう?」

庄右衛門はウンザリしたように首を振った。

「あいつら、俺の邪魔もしようってのか?ふざけやがって!」
「うん、だからやっぱり私も一緒に行くよ」
「……話、聞いてたのか?」
「えっと……うん。庄右衛門殿の目的は理解してる。私も、手伝える事があるかどうかは怪しいし……でも、一人で夜を過ごすより、私と一緒にいた方がまだ、無事に朝を迎えられると思う……」

雪丸によると、人ならざるもの達は日の光が落ちた後から活動し始めるそうだ。

「せめて庄右衛門殿の邪魔にならないように、早く封印ができるようにあらかじめ化け物の身動きを封じることはできると思う」

 庄右衛門は、正直雪丸を巻き込んで旅をしたくはなかった。だが、確かに一理あるかもしれないと思い始めた。

 今回もなんとか上手くいったものの、完全に不意を突かれた時には対応ができるかどうか。手元に筆も墨もなかったらお手上げだ。そんな時に雪丸が斬りつけてくれたら、生き残れる確率が上がるだろうし、心強いものがある。

 雪丸は息子よりも若いから、戦いの場に投げ込んでしまうのは気が引けると思っていた。

 しかし、雪丸は真っ直ぐこちらを見つめて、答えを待っている。その目は、庄右衛門よりもずっと早くから、人とは違う戦いに備えてきた、戦士の目だった。

 庄右衛門はやがて静かに声をかけた。

「化け物の絵は描くが、基本的には隠密行動を取るつもりだ。危険な人間がたくさん襲ってくるかもしれん。それでも、大丈夫か?」

雪丸は嬉しそうに顔中を笑顔で満たした。

「ふふふ、元々、私の旅も安全じゃないからねぇ」

庄右衛門は黙って考えていたが、やがて座り直して、クッと頭を下げた。雪丸も慌てて足を組みなおし、頭を下げる。

「すまない。これからよろしく頼む」
「こ、こちらこそ!」

こうして、庄右衛門と雪丸は道中を共にすることになった。







「あ、あのさ、庄右衛門殿……」

 その後大きな木の虚を見つけたので、今夜の寝床にしよう、と整えている時に雪丸に声をかけられた。
庄右衛門が、

「堅苦しいから呼び捨てで良い」

と言うと、雪丸はモジモジしている。

「……その、一緒に旅するから、私を庄右衛門の好きにして良いよって言いたいんだけど、あの、せめて、最初は優しくしてくれないかな…?私、経験がないから、恥ずかしいし、怖くて……」

耳まで真っ赤にしている雪丸に、庄右衛門は呆気に取られていた。

「いや、あれは……」
「だ、大丈夫!私、体が柔らかいから、庄右衛門のがいくら大きくても、多分耐えられるというか、えーっと、庄右衛門のシュミにはなるべく応えてあげたいというか……、あっ、でもあんまり特殊過ぎるのとか、痛いのはいやだな……!」

じわじわと汗を描きながらも、期待が少しこめられた潤んだ瞳が庄右衛門を見つめた。
大マジだ。
庄右衛門は、昼間にあんな大芝居を打つんじゃなかった、と後悔し始めた。

「そういう用はないから安心しろ」
「えっ……、そうなんだ……」
「残念そうにするな!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

処理中です...