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蛾
六
しおりを挟む宿を取るのは諦め、また野宿。
運良く丁度いい横穴を見つけたので、そこに二人して横たわった。
しばらくして、雪丸が静かに言い始めた。
「庄右衛門……私は、実は女なんだ」
「それはわかってた」
えっ⁈とお互い顔を見合わせた。
「なんでバレてないと思ったんだよ?」
「なんでわかったの⁉︎なんで何も言わなかったのさ⁉︎」
「最初見た時からわかってたぞ。
背は高くても骨格は女だからな。
お前がわざわざ男のフリをしているなら、何か理由があるんだろと思って、突っ込まないようにしてただけだ」
庄右衛門がケロリとして答えた。
忍びだからなのか、絵描きだからなのか、庄右衛門は着眼点が独特なようだ。
雪丸は悔しいような、ホッとしたような気持ちで庄右衛門を見つめた。
「俺が気になってるのは、その刀の方だ。
御神体だとか言ってたな……それ、持ってきちゃダメなやつだったんじゃねえのか?」
庄右衛門が聞くと、雪丸はシュンとしながら答えた。
「そうだよ。この刀は『イワトワケの刀』って言う、生者と死者を切り分け退魔する刀なんだ。
私の家はお祓いも請け負う古い神社で、この刀を御神体として祀ってたんだ。
人間に取り憑いた人ならざるものを切り離したり、切り刻んで退魔する。そうやって刀を使ってきたんだ。」
「なんでそんな大事そうなものを持ち歩いてんだ?
そもそも、どうしてお前がそれで化け物退治の旅をやっている?」
雪丸は項垂れた。そしてポツリポツリと話し始める。
「私の家、閏間神社は代々男が跡を継ぐんだ。
だけど父さんが早くに亡くなってね。
父さんの忘形見を身篭っていた母さんは、期待を一心に背負って出産に臨んだ。
でも生まれたのは、兄の翡翠と、私、雪の双子……つまり、忌み子が生まれてしまったんだ」
昔から出産は命をかける大変に危険な行為だった。
一人産むのでさえ一苦労なのに、双子、三つ子となるとさらに母子ともに死ぬ可能性が高くなる。
そのことから、産婆の間で大変な仕事だ、という意味を込めて忌み子と呼ばれ始めた。
それが捻れ捻れて、不気味だ、不吉だ、などという解釈まで含まれて、最初とは違う意味になっていったのだった。
「神社の跡取りが忌み子なんて不吉だ。
さらに、跡取り息子となる翡翠はとても体が弱くて、反対に女の私は病一つない丈夫な子だったから余計に、性別が逆なら良かったのに、ってずっと疎まれてたんだ。
……母はもっと色々言われてただろうから、苦しかったと思う。
それでも殺さず、私に剣術を習わせ、翡翠を守らせようと言い出してくれた」
剣術を習いに行く時には男の子のフリをしたそうだ。その時から雪丸と名乗っていたらしい。
子供のうちならば確かにバレないだろうな、と庄右衛門は納得する。
「私もそんな人生に不満はありつつ納得して従った。
剣術が好きだったし、翡翠のことが心配だったし、側にいてやりたかった。
でも、私たちが元服(成人)した時、当主代替わりを行うことになった。そのために当主となる翡翠の体を依代にして神様をおろす『神おろしの儀』って呼ばれてるものなんだ……。
あんまり想像が付かないだろうけど、すごく過酷な儀式なんだよ」
雪丸の説明によると、儀式は一ヶ月かけて『神おろしの儀』を行うという。
最初の半月で御神体の総本山まで自力で登って、山頂で三日三晩祈りを捧げて帰ってくる。
それが終わったら残りの半月、日が明るいうちは本堂で祝詞を上げ続け、夜は神に捧げる舞を一晩中踊る。
そうして一月過ぎた頃、神が完全におり、祓う力を得ることができるという。
「私くらい健康なら、まだなんとか頑張れる内容だけど、日中をほぼ布団の中で過ごしている病弱な翡翠に、そんなことをさせたら大変なことになる。
わかりきっているはずなのに、頭の硬い連中ばかりで、決まりだから、しきたりだからと翡翠に無理をさせようとしてたんだ。」
雪丸は続けた。
「だから、翡翠を助けたくて、私が代替わりできなくても、せめて二人で当主ができると証明したくて、飛び出したんだ。
ただ家出をしたんじゃ、なんの解決にもならないから、人ならざるものを私が祓って退治しようと決めたんだ。
その実績を見せつけるため、『イワトワケの刀』を持ち出したんだ…。
刀がなければ、『神おろしの儀』を行うこともできないしね。」
ふと、雪丸の顔が曇った。後悔の表情にも見える。
「でも私はまだ刀の真の力を出しきれてない……。
しかも、母さんが忍者を雇うほど、私を探すのに躍起になってるとは思わなかったし……、
私のやっていることは、間違っているのかもしれないって、段々思ってきちゃって……」
雪丸の声がどんどん小さくなって、膝を抱えてしまった。震えている。
先程の蛾の化け物に、何か見せられたのかもしれないと庄右衛門は思った。
「俺が思ってるより幼い頃から途方もないもんと戦ってきたんだな」
庄右衛門が声をかけると、雪丸が曖昧に呻いた。
「間違ってるのかもしれないと言っても、もう後に引けないくらいのところまでやってきたじゃねえか。
だから、いっそ吹っ切って、やれるところまでがむしゃらにやるしかないだろう」
庄右衛門は気まずそうに顔を顰めたが、やがてハッキリと言う。
「俺はお前と出会って、旅をして正解だったと思っているぞ」
しばらく沈黙が流れた。
やがて雪丸がゆっくりと顔を上げた。驚いた顔をしている。
「本当に、そう思ってくれてるの?」
「嘘じゃない。
お前に会えなかったら、俺は化け物に殺されて、ノコノコとあの世に帰っていたと思う。
お前に助けられたんだ」
庄右衛門は迷うそぶりを見せてから、
「ありがとうな」
と早口で言って、向こう側へ寝返りをうってしまった。
雪丸が驚いて庄右衛門を見ると、庄右衛門の耳から首筋が真っ赤だ。面と向かって礼を言うのが慣れてないのだろう。
雪丸は段々と体の奥がぽかぽかとしてきた。とても嬉しかったのだ。
思わずそのまま庄右衛門の背中に抱きつく。庄右衛門は驚いて声をあげた。
「おい、何すんだ!自分の寝床に行けよ!」
「ありがとう、庄右衛門!」
「うるせえな、もう寝るぞ!戻れ!」
雪丸がにこにこしながら寝転がると、庄右衛門はぶつくさいいながら寝返りをうちなおした。
雪丸が他人に認められたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
段々夜が更けて空気が冷たくなっていく中、雪丸は頬を桜色に染め、ホクホクぽかぽかしていた。
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