筆と刀の混沌戦禍

皐月やえす

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 宿を取るのは諦め、また野宿。

 運良く丁度いい横穴を見つけたので、そこに二人して横たわった。
 しばらくして、雪丸が静かに言い始めた。

「庄右衛門……私は、実は女なんだ」
「それはわかってた」

えっ⁈とお互い顔を見合わせた。

「なんでバレてないと思ったんだよ?」
「なんでわかったの⁉︎なんで何も言わなかったのさ⁉︎」
「最初見た時からわかってたぞ。
背は高くても骨格は女だからな。
お前がわざわざ男のフリをしているなら、何か理由があるんだろと思って、突っ込まないようにしてただけだ」

 庄右衛門がケロリとして答えた。
忍びだからなのか、絵描きだからなのか、庄右衛門は着眼点が独特なようだ。
 雪丸は悔しいような、ホッとしたような気持ちで庄右衛門を見つめた。

「俺が気になってるのは、その刀の方だ。
御神体だとか言ってたな……それ、持ってきちゃダメなやつだったんじゃねえのか?」

 庄右衛門が聞くと、雪丸はシュンとしながら答えた。

「そうだよ。この刀は『イワトワケの刀』って言う、生者と死者を切り分け退魔する刀なんだ。
私の家はお祓いも請け負う古い神社で、この刀を御神体として祀ってたんだ。
人間生者に取り憑いた人ならざるものを切り離したり、切り刻んで退魔する。そうやって刀を使ってきたんだ。」
「なんでそんな大事そうなものを持ち歩いてんだ?
そもそも、どうしてお前がそれで化け物退治の旅をやっている?」

 雪丸は項垂れた。そしてポツリポツリと話し始める。

「私の家、閏間神社は代々男が跡を継ぐんだ。

だけど父さんが早くに亡くなってね。
父さんの忘形見わすれがたみを身篭っていた母さんは、期待を一心に背負って出産に臨んだ。

でも生まれたのは、兄の翡翠と、私、雪の双子……つまり、忌み子が生まれてしまったんだ」

 昔から出産は命をかける大変に危険な行為だった。

一人産むのでさえ一苦労なのに、双子、三つ子となるとさらに母子ともに死ぬ可能性が高くなる。
そのことから、産婆の間で大変な仕事だ、という意味を込めて忌み子と呼ばれ始めた。

 それが捻れ捻れて、不気味だ、不吉だ、などという解釈まで含まれて、最初とは違う意味になっていったのだった。

「神社の跡取りが忌み子なんて不吉だ。

さらに、跡取り息子となる翡翠はとても体が弱くて、反対に女の私は病一つない丈夫な子だったから余計に、性別が逆なら良かったのに、ってずっと疎まれてたんだ。

……母はもっと色々言われてただろうから、苦しかったと思う。

それでも殺さず、私に剣術を習わせ、翡翠を守らせようと言い出してくれた」

 剣術を習いに行く時には男の子のフリをしたそうだ。その時から雪丸と名乗っていたらしい。
子供のうちならば確かにバレないだろうな、と庄右衛門は納得する。

「私もそんな人生に不満はありつつ納得して従った。
剣術が好きだったし、翡翠のことが心配だったし、側にいてやりたかった。

でも、私たちが元服(成人)した時、当主代替わりを行うことになった。そのために当主となる翡翠の体を依代よりしろにして神様をおろす『神おろしの儀』って呼ばれてるものなんだ……。

あんまり想像が付かないだろうけど、すごく過酷な儀式なんだよ」


 雪丸の説明によると、儀式は一ヶ月かけて『神おろしの儀』を行うという。

 最初の半月で御神体の総本山まで自力で登って、山頂で三日三晩祈りを捧げて帰ってくる。

 それが終わったら残りの半月、日が明るいうちは本堂で祝詞のりとを上げ続け、夜は神に捧げる舞を一晩中踊る。

 そうして一月過ぎた頃、神が完全におり、祓う力を得ることができるという。

「私くらい健康なら、まだなんとか頑張れる内容だけど、日中をほぼ布団の中で過ごしている病弱な翡翠に、そんなことをさせたら大変なことになる。

わかりきっているはずなのに、頭の硬い連中ばかりで、決まりだから、しきたりだからと翡翠に無理をさせようとしてたんだ。」

雪丸は続けた。

「だから、翡翠を助けたくて、私が代替わりできなくても、せめて二人で当主ができると証明したくて、飛び出したんだ。

ただ家出をしたんじゃ、なんの解決にもならないから、人ならざるものを私が祓って退治しようと決めたんだ。

その実績を見せつけるため、『イワトワケの刀』を持ち出したんだ…。

刀がなければ、『神おろしの儀』を行うこともできないしね。」

 ふと、雪丸の顔が曇った。後悔の表情にも見える。

「でも私はまだ刀の真の力を出しきれてない……。
しかも、母さんが忍者を雇うほど、私を探すのに躍起になってるとは思わなかったし……、
私のやっていることは、間違っているのかもしれないって、段々思ってきちゃって……」

 雪丸の声がどんどん小さくなって、膝を抱えてしまった。震えている。
先程の蛾の化け物に、何か見せられたのかもしれないと庄右衛門は思った。


「俺が思ってるより幼い頃から途方もないもんと戦ってきたんだな」

庄右衛門が声をかけると、雪丸が曖昧に呻いた。

「間違ってるのかもしれないと言っても、もう後に引けないくらいのところまでやってきたじゃねえか。
だから、いっそ吹っ切って、やれるところまでがむしゃらにやるしかないだろう」

庄右衛門は気まずそうに顔をしかめたが、やがてハッキリと言う。

「俺はお前と出会って、旅をして正解だったと思っているぞ」

 しばらく沈黙が流れた。

やがて雪丸がゆっくりと顔を上げた。驚いた顔をしている。

「本当に、そう思ってくれてるの?」
「嘘じゃない。
お前に会えなかったら、俺は化け物に殺されて、ノコノコとあの世に帰っていたと思う。
お前に助けられたんだ」

庄右衛門は迷うそぶりを見せてから、

「ありがとうな」

と早口で言って、向こう側へ寝返りをうってしまった。

 雪丸が驚いて庄右衛門を見ると、庄右衛門の耳から首筋が真っ赤だ。面と向かって礼を言うのが慣れてないのだろう。

 雪丸は段々と体の奥がぽかぽかとしてきた。とても嬉しかったのだ。
思わずそのまま庄右衛門の背中に抱きつく。庄右衛門は驚いて声をあげた。

「おい、何すんだ!自分の寝床に行けよ!」
「ありがとう、庄右衛門!」
「うるせえな、もう寝るぞ!戻れ!」

 雪丸がにこにこしながら寝転がると、庄右衛門はぶつくさいいながら寝返りをうちなおした。

 雪丸が他人に認められたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
 段々夜が更けて空気が冷たくなっていく中、雪丸は頬を桜色に染め、ホクホクぽかぽかしていた。
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