筆と刀の混沌戦禍

皐月やえす

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「うむ、やはり良い稼ぎになるな」

 庄右衛門は満足気に、膝の上の銭の袋を眺める。ぱんぱんに詰まった状態で三袋……路銀にしては多すぎるほどだ。

「いっそ本業にしたくなるくらいだ。なぁ、雪丸」

 庄右衛門が背後の雪丸に向かって声をかけた。そこには不機嫌な顔をして袴を履き直している雪丸がいた。

「なんだ、もう着るのか?さっきの姿のままでもいいだろ」
「嫌だ!刀を使う時とかに困るし、男の人たちの助平な目がすごく不愉快だ!履く!」

ぷりぷりしながら答える雪丸に、庄右衛門は、

「怒るなよ。先日の酒代を稼いだと思えばいいだろうが」

と言い放つ。途端に雪丸はバツが悪そうにぶつぶつ言い訳をし始めた。

 二人は宿場から一週間は路銀が尽きた状況で旅をしていた。

 野草を食み、鳥や川魚を狩って自炊し、木の根元や洞窟に身を寄せて雨風を防いだ。その間も、夜になれば人ならざるものが襲いかかってくる。庄右衛門は化け物の絵が多くなってきたので、布で挟んで穴を開け糸で綴じた。もう五十枚を超えそうだ。

 この時、雪丸の刀で斬りつけて、庄右衛門の墨で封印する、というやり方が上手く封印できる事に気づいた。刀だけではとどめが刺せず、墨だけでは中途半端に人ならざるものの力を吸い取るだけだった。

 そんなこんなで化け物退治には慣れつつあるが、なにせ数が多すぎる。腹も減っているし、ヘトヘトだ。

 ようやく戦の野営を見つけたので、早速路銀稼ぎを始めた。
 庄右衛門は嫌がる雪丸の袴を脱がし、手甲てこう脚絆きゃはんも引き剥がし、髪を下ろして玉結びにさせた。最後に紅の染料を水で溶いて、雪丸の形の良い唇に指で塗ってやれば、たちまち清楚な美少女が誕生した。



 麗しい少女が恥ずかしがりながら春画の売り子をしているので、周りの男たちは大喜びで買いに来た。そしてその結果が冒頭の銭の山である。

「本当にもう、庄右衛門を手伝うのはこれっきりだからね!」
「おう」

 雪丸がぷりぷり怒っても、庄右衛門は適当に返事をしながら辺りを見回した。そして、

「……ちょっと行ってくる」

と立ち上がる。雪丸が慌てて付いてきた。

「どこ行くの?」
「あー……お前は来ない方が良いと思うが……」
「やだよ、こんなところで一人になったら、またさっきの男の人たちに酷いこと言われるもの!一緒に行く!」

雪丸が顔をしかめて側にきた。庄右衛門は後ろ頭を少し掻くが、

「わかった。余計な口は挟むなよ」

と言って、歩き出した。


 庄右衛門はのしのし歩いていたが、突然足音を消して歩き出した。この巨大でよくここまで無音で歩けるな、と雪丸が感心していると、庄右衛門が手で制した。
 庄右衛門の視線の先には、一人の女性がいた。黒髪を高いところで緩く玉結びをし、豊かな胸元を露出しゆったりと着物を羽織っている。年増なのだが、それも気にならないような色白の美人で、なんとも色っぽい女性だ。

(あれが噂の御陣女郎……?)

 雪丸は思わず庄右衛門を見上げた。

(あの人に用があるって……まさかこの人を買うの⁉︎)

 庄右衛門は女性の背後にわざと音を出して立った。女性は咄嗟に振り返り、かんざしを突き立てようとした。あまりに速い動きで、雪丸は庄右衛門が殺されると思い、飛び出そうとした。
 ところが、簪を持った女性の腕が止まった。驚いて庄右衛門の顔を見ている。庄右衛門は平然と声をかけた。

「聞きたいことがある。少し良いか?」
「まさか、庄右衛門なの⁉︎」

 女性が震え声で問うと、庄右衛門は小さく唸った。
 女性は簪を落として思い切り庄右衛門に抱き着こうとした……が、庄右衛門はそれをヒラリとかわす。

「ちょっと!なんで避けるの!あたしがどれだけ悲しんだか……どれだけ嬉しいか!」

 女性が怒りながら向き直ると、傍らにいる雪丸にも気が付いた。

「……誰だい、その子?」
「連れだ」

 庄右衛門が素っ気なく答えて、雪丸に説明する。

「こいつはのあざみだ。娼館の娼婦や御陣女郎として潜り込んで調査している。昔からの仕事仲間だ」
「ただの仕事仲間じゃないのよ~?夜はたっぷり仲良くしてたものね~?」
「してない。嘘を言うのはやめろ」

 あざみが庄右衛門にしなだれかかるが、庄右衛門はしっしっと手で追い払う。
 雪丸が面白くなさそうにあざみを見ると、あざみは少し意地悪な笑顔を向けた。

「でも昔からの仲だもの。誰も知らない庄右衛門の顔もあたしは知ってるのよ」
「うん……?まあ、確かになあ」

 庄右衛門は仕事中での話をしているつもりで返事をすると、あざみはしめた、と思う。

「そんな深い関係のあたしに、わざわざ会いに来てくれたんだよね?
なのに、無関係の坊やがここにいるのは野暮というものよねぇ。せっかく二人きりになれるのに……」

 庄右衛門の太い腕に寄りかかってにこにこする。庄右衛門は顔をしかめているのだが、特に何も否定しなかった。
 雪丸はかなりむかむかときたので、あざみを睨んでからくるりと元来た道を帰りはじめた。

「おい、雪丸?どこ行くんだ?」
「二人でごゆっくり!」

 雪丸が振り返りもせずどんどん遠ざかってしまった。
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