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兎
五
しおりを挟む(絶対にこいつらが原因じゃねえか‼︎)
庄右衛門は雪丸と自分をこんな目に合わせたうさぎに対して相当頭にきた。
(こいつらが何かはハッキリわからねえけど、雪丸はこんなだから、俺に出来ることだけをするしかないな……)
庄右衛門は腹を括ったように、雪丸の脇腹を掴んだ。そのまま自分の膝の上に対面に座らせ、
「ようし、お前が俺を満足させたら、お返しに俺もお前を気持ちよくさせてやろう」
と、雪丸の目を睨みつけた。睨みつけられたにも関わらず、雪丸は胸をときめかせて頷いた。
雪丸が庄右衛門の頬に顔を近づけている時に、庄右衛門はそっと雪丸の背に腕を回し、抱きしめた。雪丸が幸せそうに甘く喘いだが、この体制ではこれ以上自由に動けない。
うさぎたちがおや?という顔で立ち止まった。
「庄右衛門、これじゃ触れないよぉ……」
「俺はこの体制が良い。そのままがんばれ」
庄右衛門は雪丸の腕ごとしっかり抱きしめたまま素っ気なく言い、口々に文句を言いはじめたうさぎたちを思い切り睨みつけた。
視線だけで殺すことができそうな恐ろしい目つきに、うさぎたちも思わず黙って震え上がった。
「えっ?こいつ…僕らのこと見えてる?」
「まさか。人間なんかに見えるわけないだろ……」
「見えてんだよ」
庄右衛門は唸ると、左の手甲から筆を一本抜き、腰の瓢箪の墨汁を適当に床にぶちまけた。床に溢れた墨に筆を浸し、さらさらと手に届く場所にまずは一匹描き記す。
すると、うさぎの一匹が半透明になり、光の粒が墨の線画に薄く色を付けた。
うさぎたちは動揺し始めた。雪丸に首筋を甘噛みされながら庄右衛門が筆をうさぎたちに向けてハッタリをかけた。
「俺はお前らを封印することができる。答えろ。雪丸に何をしたんだ!」
うさぎたちはもごもご言うだけで答えない。苛立った庄右衛門はまたもう一匹うさぎを描いた。また別のうさぎが半透明になる。
慌てて別のうさぎが答えた。
「た、大したことじゃないよ!その子の欲望の枷を外しただけなんだ!いやぁ、よっぽど君のことが好きなんだねえ」
「うるせえ、畜生が‼︎」
庄右衛門が怒号を飛ばすと、うさぎたちは長い耳を一斉に抑えて縮こまった。雪丸は何もできないので、悩ましい声を上げながらもたれかかっている。
「大体なんでこんなことしたんだ!」
「なかなか自分の想いを伝えられなくて悩んでたみたいだから……手伝ってあげようかと……」
本当か?と庄右衛門が睨むと、うさぎはわかりやすく目を逸らした。
雪丸が庄右衛門の匂いを嗅ぎ出したので、思わずゾワッとする。
「因幡の白兎にでもなったつもりかぁ?お前らに縁結びは向いてなさそうだな」
庄右衛門は気を取り直してまた一匹描きあげた。うさぎたちは悲鳴を上げる。
「すいません!本当は何回もまぐわせて疲れ切ったところを食ってやろうと思っただけなんですぅ!」
「僕たち、人間の理性を取っ払うのが得意で!
あ、あとその子が想いを寄せてる人間に化けるのもできる!」
「性欲を分け与えて増強するのも得意なんです!
それがその子の心と共鳴したから上手く行ったっていうか」
「あと、自分たちが一番賢い生き物って顔して闊歩してる人間が、腰振ってる時だけは僕たち獣と変わらないっていうのが面白くてつい!」
わあわあと口々に言い訳や開き直りや謝罪を口にするうさぎを前に、庄右衛門はどうしたものかと考える。
幸いにも雪丸は経験がないので、自分の欲望をこれ以上どうしたら良いのかわかっていないようだ。どう動いて良いかもわかっていないので、思い切って抱え込んで正解だった。
とはいえ、このままではとどめも刺せない。雪丸を正気に戻さないと、刀を扱えないどころか、また襲われてしまう。
「お前ら、とりあえずこいつを元に戻してくれないか」
相変わらず庄右衛門にべったりとくっ付いている素っ裸の雪丸を指差した。うさぎたちが顔を見合わせている。
「戻せってんだ!」
庄右衛門が痺れを切らすと、うさぎがびくびくしながら口を開いた。
「僕たちの性欲を分け与えた人間は、体力が尽きるまでまぐわらないと元に戻らないんです……」
「……」
庄右衛門が憤怒の顔になった。まるで仁王のようだ。うさぎたちは身を寄せ合って震える。
「雪丸、しっかりしろおぉ‼︎」
庄右衛門は雪丸の肩を掴んで揺さぶった。
「正気に戻ってくれ!早くあいつらをぶった斬れ‼︎」
「んぅ?」
雪丸が焦点の合わない目でうさぎを見るも、
「やだよぉ……早く庄右衛門と気持ちいいことがしたいんだ……」
と再び庄右衛門に甘える。
「あのなあ!」
庄右衛門は一瞬だけ思案し、叫んだ。
「あいつらを倒さないと、俺のナニは勃たんぞ‼︎あいつらに精力を奪われたみてえなんだ‼︎」
「……ええっ⁉︎」
雪丸はビックリしたような顔をした。
そして、なんのことかわかっていない白うさぎたちを睨むと、すっと立ちあがった。
白い鞘から刀を抜き、構えた。
裸のままなのでよくわかるのだが、雪丸は本当に正しく構える。
使う筋肉も一切無駄がなく、一つの芸術品のようにも思えて、庄右衛門は思わず感心した。
「庄右衛門と私の愛の為にも、犠牲になっていただこう」
雪丸の凍てつくような声。端正な顔立ちが無表情になると、より恐ろしさが増す。
うさぎたちは散り散りに逃げ出したが、雪丸はとても素早かった。
駆け抜ければ刃が閃き、追いつけば一払い。
そうして斬りつけていく間に、庄右衛門は残りのうさぎを描ききり……。
空き家は、見事な六匹のウサギの絵で彩られた。
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