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背水の陣
十二
しおりを挟む雪丸の顔は暗いままだ。庄右衛門はそれを見て、溜息を吐いた。
「……信じていた身内に裏切られた気持ちは痛いほどわかる。
最期のその時まで真実に気づくのは難しいだろう」
その言葉が、雪丸の胸に突き刺さった。
庄右衛門は、まさに信じていた人間に家族全員を殺されてしまったのだから。
「お前はまだ、家族を守れる。まだ家族が生きている。
母親を許せないままでも構わん。だが、このままでは自分の居場所も命も奪われてしまうだろう。
俺は……」
庄右衛門の目がまっすぐこちらを見つめてきた。深い悲しみに揺れていた。
「俺はお前に、同じ目にあって欲しくない。だから、力を合わせて人ならざるものを倒そう」
庄右衛門は、雪丸のことを見ていた。今まで雪丸が出会ってきた大人の中でも、しっかりと見つめてくれている。心から心配し、協力しようとしてくれている。
そのことがとても嬉しくて、やがて雪丸は涙を流しながら頷いた。
「庄右衛門……!」
雪丸は庄右衛門の懐に飛び込んで、ぎゅっと抱きついた。庄右衛門は面食らったが、ぎこちなく頭を撫でてやる。
いつもだったら振り払うが、今回だけは特別だ。
「庄右衛門、しばらくは死なないでいてくれるんだね?」
雪丸が上目遣いで尋ねた。庄右衛門はしばらく黙ってから、
「人ならざるものの退治を完了するまではな」
と答えた。
雪丸はむう、と唇をへの字に曲げた。
「だめだよ、そんなこと言わないでよ。ここを庄右衛門の居場所にしようよ。
神社にも絵の仕事はあるし、力仕事もして欲しいし……」
「俺は忍びだから、人殺しの穢れ持ちって追い出されなきゃ良いんだがな」
「全部終わったら、翡翠と私が跡を継ぐんだ。そんなこと言わせないよ!」
「そうか、考えておこう」
庄右衛門が低く笑うと、雪丸がぐい、と顔を近づけた。
「庄右衛門、私は庄右衛門にたくさん助けられたんだ。庄右衛門は私にたくさんの素敵な思い出をくれたんだよ。
だから、今度は私を庄右衛門にあげたい。私が、庄右衛門の居場所になりたいんだ」
白い卵型の顔、薄紅色の形の良い唇。染まる頬に艶やかな髪がかかる。意志の強い切長の目が、庄右衛門を熱っぽく見上げてきた。
(おっと……)
いつもと違って女の子らしい装いの雪丸に、可愛らしいことをされたせいで、庄右衛門は少したじろぐが、
「ありがとうな。お前が俺の娘だったら高い高いしてやるところだったぞ」
とおどけて雪丸を引き剥がした。雪丸は気まずそうな顔をする。
庄右衛門はそろそろ部屋で休むことにした。部屋から出て、襖を閉めようとした時、
「でも、本当に庄右衛門が必要としてくれるなら、ここを居場所にして良いから。きっと母さんも許してくれるよ」
と雪丸が声をかけた。
庄右衛門は少し笑い、襖をしっかりと閉める。来た時と同様、再び襖に不思議な文字が浮かび上がり、フッと消えたのを見て、庄右衛門は驚愕で心臓をばくばくと鳴らしながらその場を後にした。
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