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第27話 勇者、横槍を入れる

〜2〜

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 観光課の窓口から呼びかけると、デスクで書類を広げていたウラガノは面倒臭そうに立ち上がってカウンターまで出てきた。
 本人にやる気があるのかどうかはさておき、ウラガノがスーツ姿で役所仕事をしているのを見ると、俺は過去のトラウマを刺激されてなんだか体調が悪くなってくる。

「ウラガノさん、ミミーと結婚するって本当ですか?」

 ニーアが単刀直入に尋ねると、ウラガノは職場で隠しているわけでもないらしく「本当だけど」と何でもなさそうに頷いた。

「ニーア、わざわざ確かめに来たのか?ヒマだなぁ、この前言ってた追試の山は?卒業出来ないって泣いてたのに」

「終わりました!泣いてません!」

「もう婚姻届は出しちゃったのか?」

「出しちゃったってなんすか、勇者様。まだですけど。てか、勇者様まで来るなんて、そんなに俺に興味あるんすか?そんならもっと飲みの誘いに乗ってくださいよ」

「もしかして、もうすぐコルムナ記念日だから、それに合わせて出すんですか?」

 ニーアがウラガノに尋ねる。俺も多分そうだろうと思っていた。
 コルムナ記念日は、クリスマスにバレンタインを掛けたようなイベントの日で、その日に合わせて告白してカップルが雨後の筍のように成立したり、至る所で結婚式が挙げられたり。俺はこの人生で巻き込まれた事は一度も無いが、賑やかな日ではある。
 今の時期に結婚するなら、普通その記念日に合わせて婚姻届を出すと考えるだろう。しかし、ウラガノは何を言っているんだと不思議そうに首を傾げた。

「いや?今日は午後に意味わかんねぇ会議あるから、飽きたら抜けて出しに行こうかと」

「あんた、本当になんなのよ!」

 私用の届け出を仕事中に出すな。
 前世から引き続き勤勉な仕事人間の俺は突っ込みそうになったが、それよりも先にいつの間にか横にいたリリーナがカウンターを叩いた。

「うわ、怖……ていうか勇者様、話はそれだけっすか?」

「え?あ、ああ」

「じゃ、俺仕事中なんで、もう帰ってもらっていいですか?」

「わ、わかりました!今度また教えてもらいますからね!」

 思わず俺が手を出しそうになったのに気付いて、ニーアが俺の襟首を掴んでカウンターから引き剥がす。
 そして、まだ文句を言い足り無さそうなリリーナの腕も掴んで、一緒に引き摺って行った。


 +++++


 俺の視界にウラガノが入らない距離まで連れて行ってから、ニーアはようやく俺のマントから手を離してくれた。
 ニーアに引き摺られたせいで痛めた首を抑えつつ、一応ウラガノの名誉のために職員に聞かれない所まで移動して小声で2人に尋ねた。

「あれは、いいのか?」

「いい訳ないでしょ!」

 リリーナが俺の気遣いを無下にするような大きな声を出す。
 随分怒っているようだが、あまり騒ぐと職員の迷惑になる。クラウィスから非常食として渡されたパンをマントから出して咥えさせると、リリーナは黙った。
 それに比べて、ニーアは先程から随分静かだ。

「ニーアはどう思う?」

「うーん……これはニーアの想像ですけど……」

 ニーアは一度そう断ったが、ニーアの中ではほぼ確信しているらしく、すらすらと話し始めた。

「ウラガノさんは、外から来た人なのですぐに仕事を辞めると思われていたんです。でも、ホーリアで働き続ける気になって、地元の人と結婚すれば街を出て行かないって証明できるから、ミミ-を選んだんじゃないでしょうか」

「なによそれ!」

 もしゃもしゃとパンを食べていたリリーナが、顔を上げて声を荒げた。
 俺も「サイテー!」とか言ってウラガノと同類だと思われないようにしようとしたが、ニーアは「それで、ミミ-は」と話を続ける。

「盗みを止めて真面目に働こうとしていて、信用を得るためには堅実な仕事に就いているウラガノさんと結婚するのが一番簡単だったんじゃないでしょうか」

「……」

 それは、俺の知っている言葉では結婚ではない。業務提携とかビジネスパートナーと言う。

「それは、いいのか?」

「2人が決めた事なら、ニーアが言う事じゃないです。それに、ミミ-は手癖が悪いこと以外は良い子だし、ウラガノさんも悪い人ではないし、大丈夫ですよ」

 まだ納得が行かない俺は、リリーナを味方に付けて反論しようとした。しかし、役所の職員が駆けて来てニーアに声を掛ける。

「あのさ、引継ぎで分からない所があるんだけど、今いいか?」

「はい、大丈夫です!勇者様、ちょっと行ってきます」

 ニーアが職員に付いて行って、俺とリリーナは2人で残された。
 ニーアの姿が見えなくなると、リリーナは食べ途中のパンを胸元に突っ込んで片付けて、代わりに煙草を出して火を点ける。
 役所の中は恐らく禁煙だろうが、構わず煙を吐き出している。
 この様子だと俺の前では正体を隠す気は無いらしい。多分、前に営業許可証の事件で役所で揉めたから、騒ぎにならないように変装をして来たのだろう。

「それで、リコリスは何をしに来たんだ?」

「あら、よくわかったわね」

「リリーナは、人の彼氏を見に来るほど活動的じゃない」

 まさかリコリスが変装している間、入れ替わりを見破られないようにリリーナを監禁したりしていないだろうかと一瞬考えた。
 しかし、リリーナは最近、夏の新作衣装を鋭意作成中だ。部屋からミシンの音がずっと聞こえていた。あの様子なら滅多な事では部屋の外に出て来ない。

「ミミ-が結婚するって聞いたから、どんな男か確かめに来たの」

 ミミ-は元々ゼロ番街で働いていたが、盗みで逮捕されてから謹慎になってどうやらそのまま退職したらしい。その結婚相手を見定めに来るとは、リコリスは随分職員想いの上司だ。ゼロ番街で部下に慕われているのも理解できる。

「そんなに馬鹿な子じゃないけど、もしも変な男に騙されているようだったらそれなりの対処をしようと思って」

 リコリスが「それなりの対処」をしたら、最低でもウラガノの命は無くなっていたはずだ。
 市役所で不審死事件が発生しなかったということは、ミミ-の相手としてウラガノを認めたのか。俺がそう尋ねると、リコリスはしばらく考えて煙草を指先で揺らしていたが、静かに頷いた。

「互いに信用を得ようとしてお互いを選んだなら、間違いないでしょう」

「そうか……?」

 先程のように大きな声で騒いでくれるかと思ったのに、リリーナの変装を止めたリコリスは冷静だ。
 俺としては、外野のガヤだとは自覚しつつ、もう少し難癖をつけたい気分だった。
 ミミ-は盗みをしなければいい子だし、ウラガノは仕事に不真面目な所以外はまぁ悪い奴ではない。しかし、結婚にはそれなりの覚悟というか雰囲気というか、そこに至るまでの物語というか。諸々必要なものがある気がする。

「勇者様って、案外ロマンチストなのね」

 リコリスは、リリーナの顔で瞳を細めるだけの冷たい笑顔を見せた。
 黒白と色が真逆で雰囲気も全く違うが、姉妹だけあって2人の顔はよく似ている。しかし、見慣れたリリーナの顔で知らない表情をされると何だか寂しくなってくる。

「ところで、あの彼。魔術を勉強する気はないの?」

「ウラガノが?いや、ないだろうな」

 酒の席で聞いたところによると、ウラガノはリトルスクールを卒業した後、親に上級学校に進学させられそうになり、それが嫌で家出をしてから家族に会っていないらしい。自己啓発のための勉強なんて微塵も考えない、現状に満足するタイプの人間だ。

「そう、もったいないわね」

 そう言ったリコリスの声は、本当に残念そうだった。
 ウラガノがあの場で殺されなかったのも、リコリスが認めるくらいの魔力を有していたからだろう。侵入魔法だけは、首席卒業をした勇者の俺でも敵わない可能性がある。奴を敵に回したら体は無事でも、金目の物は全て盗まれているはずだ。

「それじゃあ、勇者様。また店に遊びに来てね。勇者様の恋人役ならやりたがる子がいっぱいいるわ」

 リコリスが俺に煙草を咥えさせて、目の前に立ち上る煙が消えた時にはその姿も消えていた。
 俺はニーアを待って慣れない煙草を吸いつつ、想像よりもあっさりしている結婚観に置いてけぼりにされていた。

「勇者様、お待たせしました。あ!庁舎内は禁煙ですよ!」

 戻って来たニーアに言われて、俺は煙草をもみ消す。ニーアもリコリスが変装していることに気付いていたのか、姿を消したリリーナに関しては何も言わなかった。

「どこの部署もコルムナの準備で忙しいみたいです。ホーリアでも結婚式を挙げて行く観光客が増えるので、しばらく賑やかになりますよ」

 そうなると、観光課のウラガノは激務のはずだ。さっき雑な対応をされたことも許せる気がしてきた。首都でも記念日に合わせて一週間くらいお祭り騒ぎが続くから、いつもは大人しい観光地のホーリアでも絶好の稼ぎ時と大盛り上がりだろう。
 しかし、俺はもう1年間ホーリアで暮らしたのに、何故か去年の記念日の記憶がない。

「勇者様、去年のコルムナの日は、2回目の風邪を引いて寝込んでいましたね」

 俺はそういうところがある。人が楽しんでいる時に1人だけ残念な目に遭っている空気を読めない体質。
 しかし、俺は告白する相手もいないし、結婚の予定もない。出会いのチャンスを狙って恋愛イベントに参加するほど暇ではないから、街が観光客で混み合っているなら事務所に引き籠って大人しく過ごしていよう。
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