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第27話 勇者、横槍を入れる

〜5〜

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 祭りの間は市の仕事を手伝うから事務所に泊まると言って、ニーアは久しぶりに事務所の夕飯の席に着いていた。
 リリーナも今夜は事務所にいたが、今日のショックで部屋に籠って出て来ない。今はクラウィスに慰めてもらいながら自室でご飯を食べている。

「ウェスペル王国のシュウラン様です。ニーアはあんまり詳しくないんですけど、王族の方だとか」

「王族ー?すごいのだー!」

「騙されるな。王族なんていくらでもいる」

 俺は、早速お金持ちの匂いを嗅ぎ付けて立ち上がって歓声を上げたコルダを制した。
 ウェスペル王国のいう王族は随分広い括りで、シュウランという男も王の従兄の嫁のはとこの婚約者の息子とか、そんな感じの続柄だったように記憶している。

「別に騙されてはないです。従者の方とはぐれて困ってらしたので、迷子センターに案内しようとしたんですよ」

「まさか、ユーリに王族の接待をさせるつもりだったのか」

「だって、勇者様がいるからなんとかしてくれると思って。そしたらシュウラン様が人混みに押されて転びそうになって、思わずニーアが抱きとめちゃって……」

 それで、あの告白シーンか。
 王族なのになんて軽い男なんだ。遊びに来た外国の観光地で少し助けられた女の子に告白するなんて、冗談だとしても王族の自覚が無さすぎる。
 実際、コルダはすっかりその気になって、テーブルに手を付いてぴょんぴょんと飛び上がっていた。

「ニーア、王族と結婚するのだ?いいなー王女様なのだー!」

「待て。結婚して王族になるとウェスペル国民になるだろう。国籍が変わると勇者になれない」

「そんなの構わないのだ。お金持ちと結婚したら、働かないで暮らせるのだ。運が良ければ莫大な遺産を相続できるのだ!」

「勇者だって高給取りだ」

「嘘言っちゃ駄目なのだ!勇者の仕事はお金じゃないって勇者様が身をもって証明しているのだ。コルダのお給料にもちゃんと反映されているのだ……」

「給料については後で希望を聞くから、少し静かにしていてくれ」

「そうですよ、コルダさん。本人がいないところで色々言ったら失礼ですよ」

「じゃーあー、お断りするのだ?好きって言ってもらったのに?」

 俺が止めてもコルダは更に追及して、ついにニーアは口籠った。
 ニーアのことだから、お金目当てで告白を受けたりしないだろう。しかし、同情でオッケーしてしまうのはあり得る。あんな衆人環視の中で告白をされて、自分が断ったら相手の名誉が傷付いてしまうとか、責任感の強いニーアだからそんなことまで考えてしまうかもしれない。
 何やら考えていたニーアは、俺の顔をちらりと見てすぐに目を逸らした。

「でも……告白されて悪い気はしないのも事実ですね」

「それならさっさと結婚しちゃった方がいいのだー!」

「コルダさん、そんな簡単な話ではないんです。ともかく、ニーアは明日からシュウラン様の観光案内をするので、しばらく事務所に泊まりますね」

「……わかった」

 ニーアは元魔法剣士。恐ろしく体育会系の職で、男女が出会うと合コンではなく腕相撲大会が始まると噂を聞いたことがある。
 そんな環境にいたから、ニーアは色恋には疎いのかもしれない。
 娘さんが悪い男に騙されていると、俺は取り急ぎニーアの父親のゴーシュに報告をしに行こうと席を立った。

「勇者様、面倒なことになるから、父に言わないでくださいね」

 俺の動きを察したニーアが先回りしてそう言って、俺は仕方なく頷いた。
 しかし、まだアテはある。過激な手段になるかもしれないが、遥か遠くの国の王の遠縁がどうなろうと知った事ではない。

「あ、リストさんにも駄目ですよ」

 ニーアが更に先回りをして言って、俺は諦めて食卓に戻った。


 +++++


 翌日、ニーアは本当にシュウランの観光案内をしていた。
 久しぶりに市役所の作業着を着て、腕に案内係の腕章を付けたニーアは、街の中心地から少し離れた場所をシュウランと2人で歩いている。

 俺はそれを屋根から眺めていた。しかし、決して、ストーカーなどではない。
 祭りの間、ホーリアを警備しているオルドグの自警団の団長に挨拶に行ったら、暇なら手伝ってくれとディーバに自警団のジャケットも押し付けられてしまったからだ。
 人が多過ぎて魔獣は街に近付いて来ないから勇者の仕事は無いし、祭りのトラブルは、市の生活安全課とオルドグの自警団が片付けている。
 しかし、隣街の人間が働いているのに街の勇者の俺が怠けているのも後で副市長に何か言われそうだから、仕方なく仕事が少なそうな街外れで働いているというわけだ。

「嫉妬深いのは嫌われるわよ」

 俺の隣で屋根に寝転んでいるリリーナが、お菓子を摘まみながら言った。
 周囲の人間に認識されにくいように知覚低下の魔術をかけているとはいえ、昨日の迷子で心に傷を負ったリリーナが付き合ってくれているのは、多分、自警団のワイン色のジャケットが腕とか胸とかにベルトが付いていて、コスプレが大好きなリリーナの琴線に触れたからだろう。
 今朝は俺の代わりに自警団のジャケットを着て、鏡の前でお手製のモデルガンを構えてコルダと遊んでいた。

「実習先で悪い男に騙されて自主退学なんてことになったら、俺の責任問題だ」

「そう。良い男ならいいのね、ふーん」

 ニーアはウェスペル語も話せるから、通訳無しで街の古い建築物の説明をしている。
 それほど面白い話でもないだろうに、シュウランは真剣にニーアの講義に耳を傾けて、時折質問までして熱心な生徒だった。お祭り騒ぎに参加するために来たのかと思っていたが、外国の文化を真面目に学びに来たらしい。
 結婚詐欺を働く悪人には見えないが、国家の行く末を担う王族にも見えない。つまり、普通の最近の若者に見える。

「しかし、知らない奴に告白されていきなり好きになるか?」

 ニーアは、告白された途端に有頂天になって男に付いて行くような単純な人間ではないと思う。
 シュウランは王族だし顔も悪くないし、ニーアの話を聞いている様子は博識で温厚そうだ。
 しかし、情熱的な告白をされても学習熱心な良い人でも、結婚して勇者になる夢を諦めて国を出るくらい人を好きになれるだろうか。

「あのね、可愛いものを食べてると攻撃力が100になるんだって」

 体を起こして俺の横に腰掛けたリリーナがそう言った。
 攻撃力、とこの世界では聞き慣れない単語を俺が繰り返すと、リリーナは攻撃力、と繰り返して頷く。

「それで、お気に入りの服を着てると攻撃力が1000になるんだって」

「そうか」

「で、彼氏がいたら100万になるんだって。お姉ちゃんが言ってた」

「……なるほど」

 イナムのリュリスが言っていた事なら、俺も少しは理解できるかもしれない。
 攻撃力とは戦うための力だが、まさかモンスターと戦ったりはしないだろうから、他人や社会と戦う時の自分の強さになる付加価値のことだろう。
 彼氏がいたら100万なんて、恋愛至上主義の女子高生みたいだ。もしかしたら、リュリスの前世は、俺の前世よりも短かったのかもしれない。

「まぁ、俺は首席卒業の勇者だから何も無くても攻撃力一千万だから必要ないな」

「あたしだって、優秀な魔術師だから攻撃力一千万はあるわ」

「でも、いつも優秀な魔術師でいるのはちょっと疲れるし、簡単に攻撃力が上げられるなら恋人も悪くないって思うわ」

 もしも彼氏がいたら、世界に1人でも自分を好きでいてくれる人がいたら、きっと生きるのが楽になるだろうなと思う。リュリスは、前世でそんな価値観で生きていたんだろうか。
 彼氏がいたら攻撃力100万。では、いなかったら攻撃力はマイナス100万になってしまうのだろうか。自分の価値を他人の有無で決定するなんて、何となく、リュリスは生きるの大変だったんだろうなと同情してしまった。

「リュリスって……」

 俺が口を開くとリリーナが姉の事を話したそうに顔を寄せて来た。しかし、会ったこともない女の子の事を聞くのは気持ち悪すぎると気付いて質問を変えた。

「いや……美人三姉妹だからモベドスでもモテたんだろうな」

「そ、そうよ!あたしなんて年中告白されて大変だったんだから」

 リリーナはそう言ったが、確かモベドスに入学した時、リリーナは4歳だと聞いている。恋愛関係が始まるには少し早い気がするし、突然声が大きくなったから多分嘘だろう。

「お姉様は過激なファンもいっぱいいたし。お姉ちゃんだって。あんまり聞かなかったけど、でも絶対恋人がいると思う」

「何でそう思うんだ?」

「だって秘密の日記を書いてたもん。あたしにもお姉様にも読めない文字で。お姉様は誰にでも秘密にしたいことがあるのよって。だから多分、好きな人のことよ」

 誰にも読めない文字で書いていた日記。
 それを見せてくれないかと頼もうとして、やはり会ったこともない女の子の日記を見たがるのは気持ち悪過ぎると気付いた。
 引かれないように穏便に頼むには、何と言えばいいだろうと考えていると、リリーナが「お姉様のファンといえば!」と突然大きな声を出した。

「ロザリィよ!学園からここまでついて来て、あの子、ホントなんなの!」

 リリーナは何を思い出したのか、急に怒りを爆発させた。
 ロザリィとは誰の事だと俺が尋ねると、リリーナは「あの黒猫!」と八つ当たりするように怒鳴る。
 リコリスの傍にいる黒猫のアーテルが人間の女性だとは知っていたが、別の名前があって、しかもこの様子だとリリーナと仲が悪いらしい。

「お姉ちゃんがアーテルって名前を付けたの。じゃないとあの子、リコリスって名乗るところだったわ。何でもお姉様と同じじゃないと気が済まないみたい。顔も同じじゃないと嫌だから、魔術で作り変えたのよ」

「魔術で変装しているってことか?」

「ううん、それだと魔術が解かれたら元の顔になっちゃうでしょう。だから一回皮を剥いで作り直したの。でも完璧に同じに出来なかったのが嫌で、絶対に今の本当の顔は見せないのよ。今だってお姉様の影に勝手に住み着いて……まったく、一体誰に許可取ってるのかしら」

 ストーカーは、極めるとそこまで行くのか。
 それも一つの愛情表現だよな、とか言ってリリーナを宥めようとしたが、その軽い表現はアーテルの巨大な愛に釣り合わない気がして、俺は黙ってリリーナの文句を聞き流していた。
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