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第34話 勇者、国政に携わる

〜3〜

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 議会で採決が行われる日、例のごとく俺はオグオンに議事堂に呼び出されていた。
 前回と違って、今度は手の空いた勇者が生徒も含めて可能な限り集まるように言われている。
 真面目な俺は前と同じくホーリアに分身を残して来たが、議場の廊下に並んだ勇者たちは前回よりもずっと少ない。そして、皆フードを深く被って顔が見えないようにしている。
 採決の結果がどうであれ、戦争に賛成している勇者だと思われたくないからだ。そして、本当に反対している勇者たちは今回の収集には応じていない。

「あ、勇者様」

 壁に並んだ勇者の一人が俺の腕を引っ張って来た。真面目なニーアは、オグオンに言われた通り収集に応じたようだ。しかし、他の生徒たちは不穏な命令には従っていない。内申点を稼ぐのは重要だが、今回ばかりはそれが正解だ。
 ニーアは俺が気付いていないのかと思ってフードを外そうとするから、頭を抑えて深く被らせる。そして、俺も目立たないように他の勇者たちと同じようにニーアの横に立った。
 これも勇者の仕事の1つだ。
 オグオンが全国に向けて演説を行ったが、オルトー連合国を敵に回すことに国民全員が賛成というわけではない。
 採決は無記名方式だが、賛成の票を入れると反対派の国民から批難されたり襲撃に合う可能性がある。ここにいる勇者たちが守るから、どんな票を入れても危険は及ばないというアピールだ。

「勇者様、アウビリス様が言っていること、本当なんですか?」

「さぁな」

 廊下で黙って待っているのに耐えきれなくなったニーアがこそりと尋ねて来た。
 一つの議案を決するにしては時間がかかり過ぎているような気がする。内容が内容だから仕方ないのかもしれない。

「だって、普通に考えたらオルトー連合国じゃなくて」

「ニーア」

 俺がニーアの言葉を遮ると、ニーアは言葉を止めて俺に失望したような目を向けた。
 しかし、大切なのは真実ではなく、ヴィルドルク国がオルトー連合国を指定国にしようとしているという現状だ。
 そして、勇者選出の大臣がそう決めて国の議会で可決されたのであれば、自ずとそれが真実になる。

 しばらく待っていると、議場のドアが開いて大臣が次々と出て来た。
 1人2人なら姿を見たことはあっても、全員揃っている所を見るのは俺でも初めてだ。
 オグオンの支持もなくどうしようかと勇者たちが戸惑っていると、スルスム大臣が出て来て勇者たちを鋭い目で見回した。

「これだけ揃って、あなたたちは立ってるだけなの?」

 キンキンとした北部訛りの声に勇者たちは更に怯んだが、俺はフードを深く被ってスルスム大臣の横に並んだ。

「私が御自宅までお供します」

「出口まででいいわ。秘書がいるの」

 スルスム大臣は大きな白い耳をピクリを動かして、俺が誰なのか気付いた様子だった。
 いかがでしたか、と尋ねると、スルスム大臣は首を横に振る。

「目立った反対はなかった」

「その割に時間がかかりましたね」

「戦争に勝った後の儲け話ばっかり」

 スルスム大臣は大人の汚い世界に呆れたように言った。
 普通の国民は戦争で得をするか損をするか、気掛かりなのはそれくらいで、実際に戦争に出るのは勇者だけだ。

「ニーアは、嫌な仕事をするだろうな」

 俺が呟くと、スルスム大臣は言葉を止めた。
 しかし、オグオンに従って票を入れただけのスルスム大臣に罪はない。
 丁度出口に着いた所で、俺はスルスム大臣を秘書に引き継いだ。秘書にしては巨大で軍人のような獣人だ。反対派がスルスム大臣を襲ってきても一撃で倒せるだろう。
 そういえば、前にニーアと一緒に議事堂のホールを壊した獣人はそれがきっかけでニーアの飲み友達になり、話によるとアルルカ元大臣との申し送りが上手くいかなくて建て替えた修理代が未だに振り込まれていないらしい。
 俺が心配することではないだろうが、スルスム大臣は上手く部下を使えているのだろうか。
 そんな事を考えて引き返すと、議事堂の影からポテコが姿を現した。
 今日の仕事は廊下で並んでいることだ、と教えようとしたが、ポテコは勇者のマントではなく魔術師のローブを着ていた。

「ホーリア、大臣に話がある」

 どうやら今のポテコは俺の後輩ではなく、アムジュネマニスの魔術師だ。
 俺がポテコを連れて議場に戻ると、一人残ったオグオンが待っていた。
 中心に置かれた投票箱代わりの天秤は、元の通り水平に戻っている。
 大臣の投票は、覆いが駆けられた状態でどちらかの皿に投票をして、最後にどちらが傾いたかで決まる。だから、何人がどちらに投票したか明らかにされないようになっていた。

「大臣」

 ポテコが声を掛けてフードを外すと、オグオンは天秤を背に振り返ってポテコに対峙した。

「我が国の学園長より、お言葉を賜っています」

「聞こう」

「12柱の子から4柱の子へ」

 そう始まったポテコの言葉は、アムジュネマニスからヴィルドルクを呼びかける時に最上級に失礼な言葉だ。前の大臣だったら、それだけで戦争が始まっていただろう。
 舐められていることを理解しつつも、オグオンは怒り出すこともなく黙ったままポテコの言葉の続きを待っていた。

「此度の決断、右に立つ我が国において、柱の加護を等しく享けることを望む、と学園長は申しています」

 ポテコの言葉が終わったのを聞いて、オグオンは頷いた。
 古い魔術語で俺にも完全には理解できなかったが、アムジュネマニスはオルトー連合国とヴィルドルクの戦争に反対はしていないらしい。
 もし反対していたら、ヴィルドルクとアムジュネマニスが敵対するところだったから、首の皮一枚繋がった。とはいえ、軍事魔術の術式を開発して金儲けの算段を立てている国が反対するはずもないだろうが。

「つまり、教官。ボクのことは他の生徒と同様に使っていただいて結構です」

「ああ、感謝する」

 養成校の生徒に戻ったポテコに短く答えると、オグオンは議場の外に出て並んでいた勇者たちに呼びかけた。

「全員担当地区に戻るように。生徒は養成校へ集合。首都を封鎖する」

 オグオンの言葉に、廊下で並んでいた勇者たちは慌ただしく動き出す。
 養成校で躾けられた生徒達はすぐに校舎に向かって行く。しかし、新入生のニーアは騒然とした様子に戸惑っていた。

「ニーア」

「勇者様、あの……」

 養成校がある首都が閉鎖されたら、ニーアと会うのが難しくなる。
 俺はニーアの両手を握って先輩らしく気の利いたアドバイスをしようと思ったがいい台詞が思い付かなかった。

「気を付けて」

 それだけ言ってニーアを抱き締めてから、首都が閉鎖される前に急いでホーリアに戻った。
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