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第34話 勇者、国政に携わる
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事務所の職員のフォカロルがいなくなったことを市に報告して、ついでに国にも報告するつもりだった。
人件費を請求して事務室と揉めた記憶がある。揉めたということは人件費を貰えていないということだが、一応確認した方がいいだろう。後で請求されて返金するのは厄介だ。
しかし、事務室に行くよりも早く、オグオンから勇者全員に収集が掛かった。
現役の勇者全員となると、全国に散らばっている勇者が担当地区から集まることになる。まさか担当地区を無人したりしないだろうから、実習生に任せているのだろう。
俺もポテコに任せたかったのに、最近姿が見えないからいつもの分身を残して養成校に来た。
ただ、俺の分身を見るとクラウィスは思い出したように肉切包丁の手入れを始める。完全に食料として認識しているらしい。
今のところ俺の分身だと理解してくれて捌いたりしないが、あまり不在にしていると夕食の材料と間違われそうだ。
そんな事を考えつつ講堂に向かうと、入口前のホールに久々に顔を見るポテコがいて分厚い教科書を開いていた。
この講堂は普段使われていないから、俺やポテコのように学内に友人がいなくて自習室の席取りが出来ない生徒の丁度いい勉強場所になっていた。
しかし、今日のように突然の集会で大勢が集まっている時には、自習には不向きだ。
「久しぶりだな」
「そうかもね」
ポテコは俺と顔も合さず、いつも以上に素っ気無い。
しかし、今日オグオンに集められたのは現役の勇者だけで学生のポテコは対象外だ。何か俺に話でもあるのだろうと待っていると、ポテコは教科書をバタンと閉じた。
「先に言っておくけど」
ポテコは俺を講堂に押し込みながら、他に聞こえないように耳元で囁く。
「ボクだって全部知ってたわけじゃないから」
何が?と聞き返す前に、ポテコが閉めた扉に押し込まれるようにして講堂の中に入った。
既に勇者が千人近く集まっていて席はほとんど埋まっていた。
前の方の席は空いているが、壇上から顔が見えるような席に座るのが嫌な奴は後ろの壁に沿って立っている。卒業した後でも授業を受けるのと態度は一緒だ。
俺はここに集まっている現役の勇者たち全員顔と担当地区を覚えているけれど、こういう所で気軽に話をするような仲の人間は一人もいない。
2年目にして仕事仲間が1人もいないというのは我ながらマズいんじゃないかと思うが、変に気遣いをする必要が無くて楽だ。
知り合いがいる奴は一体何のために呼び出されたのかと心配そうに囁き合っていて、俺は1人で不安そうにしていると舐められるから目立たないように壁に寄りかかって話が始まるのを待っていた。
時間丁度になってから、入口から現れたオグオンが音も無く壇上に上がる。
一人を相手にするのも千人を相手にするのも変わらず、オグオンはいつもの調子で話し出した。
「今から話す内容は、現時点ではこの場限りのものとするように。しかし、午後に国内に周知することが決まっている」
オグオンはそこまで言うと、一息ついて手元に視線を落とした。
僅かに沈黙が流れたが、何事もなかったかのように顔を上げて淡々と言葉を続ける。
「次の議会で、私から1つ議案をあげる」
あくまで自然に紡がれた言葉だったが、講堂が静かなままざわりと波打った。
国の軍事を担当する勇者選出の大臣が議題を上げるとするならば、内容はこの国の軍事関係だ。
「以前よりディス・マウトに1人、勇者を派遣していた。勇者はオルトー連合国との国境の警備を行っていたが、数ヶ月前、連合国側の国境警備隊の侵入を阻止しようとした所、打ち倒された。彼女が……」
そう言ったオグオンの瞳が一瞬揺れた。
それは、思わず本音を漏らしたことに動揺をしたのか、仲間の死に動揺する人間らしい所を見せて勇者たちの支持を集めようとしたのか、俺にもわからなかった。
しかし、オグオンはすぐに元の調子に戻って淡々と話を続ける。
「国境を警備していた勇者が狙われたことから、オルトー連合国はディス・マウトの侵略を企んでいると考えられる。祖の国ディス・マウトを守ることは、大国であるヴィルドルクの役目である。また、犠牲となった勇者の最期の任務と志を我等が引き継ぐことに、この場に集まった者に異論はないと信じている」
さらさらと流れるように続く演説は、過去の大臣の演説でよく聞く言い回しと同じものだった。
だから、この話がどこまでオグオンの本心なのかわからない。
しかし、重要なのは本心であれ嘘であれ、大臣が全勇者を前にしてこの話をしているということだ。
「議案の内容は『オルトー連合国の特定国の指定について』」
予想していた言葉に、会場は今度は静まり返っていた。
全国津々浦々、戦争の始め方は千差万別だが、この世界の2大強国であるアムジュネマニスとヴィルドルクの戦争の始め方は決まっている。
戦争を始める前に、攻撃対象の国を特定国に指定する。いつでも攻撃を開始すると銃口を突き付けたような状態で、降伏するか、それとも立ち向かうか、選択の余地を与える。そうでないと強国2国はどの国であろうと人一人残らず国を丸ごと更地に出来るからだ。
「我等の正義の遂行と、祖の国ディス・マウトに永遠の安寧を」
以上、と最後にそう言って話を締めくくると、オグオンは来た時と同じように何事も無かったかのように壇上を下りて出て行った。
話は終わったらしいと各々が察して、騒めきとともに会場を出る。
講堂の外では、始まる前と同じようにポテコが立っていた。全部知っていたのか、と尋ねようとしたが、それを先回りしてさっきの言葉かと気付く。
「ホーリア」
後ろから呼ばれて振り返ると、中堅勇者のプロクロスが立っていた。つまり俺の先輩。
初めて会話をするのだから後輩らしく可愛い態度を取ろうと思ったが、数人の取り巻きを連れて全員が俺に疑惑の視線を向けていた。
「お前、何か知っていたのか?」
「いいや、私も今初めて聞いた」
「本当か?お前はアウビリスに随分好かれているからな」
「主席卒業の新人が上司に気に入られるのは当然だろう。そんなに気になるなら、アウビリスに直接聞いたらどうだ」
その根性が無いから、新人の俺を偉そうに問い詰めているのだろうが。
俺が中指を立ててそう口に出す前に、ポテコが教科書の角をゴスリと俺の頭に突き刺した。
前に裏拳をされた時は偶然だと信じていたが、最近のポテコは俺を殴ることに一切の躊躇が無くなっている。
「プロクロス、ホーリアに話があるので。失礼します」
ポテコはプロクロスに一度頭を下げると、俺を引っ張って騒ぎから抜け出した。
殆どは戦争なんて面倒な事を、とオグオンに批判的だった。中堅以上の勇者たちから見れば、大臣であってもオグオンはまだ若い新人だ。若さゆえに突飛なことを言い出したとブツクサと文句を垂れている。
「先輩、て」
人の声が聞こえないくらい離れた場所に着いてから、ポテコがぽつりと口を開いた。
「なんでそんなにすぐ怒れるの?」
「褒めてる」
「違うし。前世が闘牛か何かなんじゃないの」
「俺の前世は人間だ。オグオンは、あれは本気か?」
「だろうね。これで通らなかったら辞任じゃ済まない」
議案に上げた後、17人の大臣で採決を取る。それで否決される可能性もあるが、一度戦争を始めようとした以上、やっぱり無しになったとしても責任を取らなくてはならない。辞任はもちろん、過去には死罪や他国に引き渡しもあったと聞いている。
しかし、貴族選出のヒラリオン大臣はノーラが裏で糸を引いている。貴族が賛成するとなると商人選出も北部選出も賛成するだろう。その辺りを固めれば、後は多数決に流れる団体ばかりだ。
一番の曲者は獣人だが、今の大臣はコルダだ。オグオンに逆らうことはない。
ポテコが勘付いたのは、オグオンが強引にコルダを大臣にしようとしていたのを見たからだ。
オグオンが議案を上げようとしていることに気付いて、一端のスパイとして国に戻って報告していたのだろう。学会で発表する内容が軍事魔術ばかりだったのも、開戦に向けて国外への輸出商品を用意していたからだとすれば納得がいく。
ポテコにも色々と言いたいことはあるが、取りあえず上司のワガママに付き合うのは部下の役目だ。
俺はプロクロスに見つからないようにマントのフードを被って会場に引き返した。
「先輩、どこ行くの?」
「オグオンを探して来る。午後に国内放送で演説するんだろう。1人くらい手下がいた方が箔がつく」
「あ、そ。先輩は、素直な良い子だね。また怒らないようにだけ気を付けて」
ポテコはそう言うと、まだスパイの仕事が残っているのか忙しそうに姿を消した。
人件費を請求して事務室と揉めた記憶がある。揉めたということは人件費を貰えていないということだが、一応確認した方がいいだろう。後で請求されて返金するのは厄介だ。
しかし、事務室に行くよりも早く、オグオンから勇者全員に収集が掛かった。
現役の勇者全員となると、全国に散らばっている勇者が担当地区から集まることになる。まさか担当地区を無人したりしないだろうから、実習生に任せているのだろう。
俺もポテコに任せたかったのに、最近姿が見えないからいつもの分身を残して養成校に来た。
ただ、俺の分身を見るとクラウィスは思い出したように肉切包丁の手入れを始める。完全に食料として認識しているらしい。
今のところ俺の分身だと理解してくれて捌いたりしないが、あまり不在にしていると夕食の材料と間違われそうだ。
そんな事を考えつつ講堂に向かうと、入口前のホールに久々に顔を見るポテコがいて分厚い教科書を開いていた。
この講堂は普段使われていないから、俺やポテコのように学内に友人がいなくて自習室の席取りが出来ない生徒の丁度いい勉強場所になっていた。
しかし、今日のように突然の集会で大勢が集まっている時には、自習には不向きだ。
「久しぶりだな」
「そうかもね」
ポテコは俺と顔も合さず、いつも以上に素っ気無い。
しかし、今日オグオンに集められたのは現役の勇者だけで学生のポテコは対象外だ。何か俺に話でもあるのだろうと待っていると、ポテコは教科書をバタンと閉じた。
「先に言っておくけど」
ポテコは俺を講堂に押し込みながら、他に聞こえないように耳元で囁く。
「ボクだって全部知ってたわけじゃないから」
何が?と聞き返す前に、ポテコが閉めた扉に押し込まれるようにして講堂の中に入った。
既に勇者が千人近く集まっていて席はほとんど埋まっていた。
前の方の席は空いているが、壇上から顔が見えるような席に座るのが嫌な奴は後ろの壁に沿って立っている。卒業した後でも授業を受けるのと態度は一緒だ。
俺はここに集まっている現役の勇者たち全員顔と担当地区を覚えているけれど、こういう所で気軽に話をするような仲の人間は一人もいない。
2年目にして仕事仲間が1人もいないというのは我ながらマズいんじゃないかと思うが、変に気遣いをする必要が無くて楽だ。
知り合いがいる奴は一体何のために呼び出されたのかと心配そうに囁き合っていて、俺は1人で不安そうにしていると舐められるから目立たないように壁に寄りかかって話が始まるのを待っていた。
時間丁度になってから、入口から現れたオグオンが音も無く壇上に上がる。
一人を相手にするのも千人を相手にするのも変わらず、オグオンはいつもの調子で話し出した。
「今から話す内容は、現時点ではこの場限りのものとするように。しかし、午後に国内に周知することが決まっている」
オグオンはそこまで言うと、一息ついて手元に視線を落とした。
僅かに沈黙が流れたが、何事もなかったかのように顔を上げて淡々と言葉を続ける。
「次の議会で、私から1つ議案をあげる」
あくまで自然に紡がれた言葉だったが、講堂が静かなままざわりと波打った。
国の軍事を担当する勇者選出の大臣が議題を上げるとするならば、内容はこの国の軍事関係だ。
「以前よりディス・マウトに1人、勇者を派遣していた。勇者はオルトー連合国との国境の警備を行っていたが、数ヶ月前、連合国側の国境警備隊の侵入を阻止しようとした所、打ち倒された。彼女が……」
そう言ったオグオンの瞳が一瞬揺れた。
それは、思わず本音を漏らしたことに動揺をしたのか、仲間の死に動揺する人間らしい所を見せて勇者たちの支持を集めようとしたのか、俺にもわからなかった。
しかし、オグオンはすぐに元の調子に戻って淡々と話を続ける。
「国境を警備していた勇者が狙われたことから、オルトー連合国はディス・マウトの侵略を企んでいると考えられる。祖の国ディス・マウトを守ることは、大国であるヴィルドルクの役目である。また、犠牲となった勇者の最期の任務と志を我等が引き継ぐことに、この場に集まった者に異論はないと信じている」
さらさらと流れるように続く演説は、過去の大臣の演説でよく聞く言い回しと同じものだった。
だから、この話がどこまでオグオンの本心なのかわからない。
しかし、重要なのは本心であれ嘘であれ、大臣が全勇者を前にしてこの話をしているということだ。
「議案の内容は『オルトー連合国の特定国の指定について』」
予想していた言葉に、会場は今度は静まり返っていた。
全国津々浦々、戦争の始め方は千差万別だが、この世界の2大強国であるアムジュネマニスとヴィルドルクの戦争の始め方は決まっている。
戦争を始める前に、攻撃対象の国を特定国に指定する。いつでも攻撃を開始すると銃口を突き付けたような状態で、降伏するか、それとも立ち向かうか、選択の余地を与える。そうでないと強国2国はどの国であろうと人一人残らず国を丸ごと更地に出来るからだ。
「我等の正義の遂行と、祖の国ディス・マウトに永遠の安寧を」
以上、と最後にそう言って話を締めくくると、オグオンは来た時と同じように何事も無かったかのように壇上を下りて出て行った。
話は終わったらしいと各々が察して、騒めきとともに会場を出る。
講堂の外では、始まる前と同じようにポテコが立っていた。全部知っていたのか、と尋ねようとしたが、それを先回りしてさっきの言葉かと気付く。
「ホーリア」
後ろから呼ばれて振り返ると、中堅勇者のプロクロスが立っていた。つまり俺の先輩。
初めて会話をするのだから後輩らしく可愛い態度を取ろうと思ったが、数人の取り巻きを連れて全員が俺に疑惑の視線を向けていた。
「お前、何か知っていたのか?」
「いいや、私も今初めて聞いた」
「本当か?お前はアウビリスに随分好かれているからな」
「主席卒業の新人が上司に気に入られるのは当然だろう。そんなに気になるなら、アウビリスに直接聞いたらどうだ」
その根性が無いから、新人の俺を偉そうに問い詰めているのだろうが。
俺が中指を立ててそう口に出す前に、ポテコが教科書の角をゴスリと俺の頭に突き刺した。
前に裏拳をされた時は偶然だと信じていたが、最近のポテコは俺を殴ることに一切の躊躇が無くなっている。
「プロクロス、ホーリアに話があるので。失礼します」
ポテコはプロクロスに一度頭を下げると、俺を引っ張って騒ぎから抜け出した。
殆どは戦争なんて面倒な事を、とオグオンに批判的だった。中堅以上の勇者たちから見れば、大臣であってもオグオンはまだ若い新人だ。若さゆえに突飛なことを言い出したとブツクサと文句を垂れている。
「先輩、て」
人の声が聞こえないくらい離れた場所に着いてから、ポテコがぽつりと口を開いた。
「なんでそんなにすぐ怒れるの?」
「褒めてる」
「違うし。前世が闘牛か何かなんじゃないの」
「俺の前世は人間だ。オグオンは、あれは本気か?」
「だろうね。これで通らなかったら辞任じゃ済まない」
議案に上げた後、17人の大臣で採決を取る。それで否決される可能性もあるが、一度戦争を始めようとした以上、やっぱり無しになったとしても責任を取らなくてはならない。辞任はもちろん、過去には死罪や他国に引き渡しもあったと聞いている。
しかし、貴族選出のヒラリオン大臣はノーラが裏で糸を引いている。貴族が賛成するとなると商人選出も北部選出も賛成するだろう。その辺りを固めれば、後は多数決に流れる団体ばかりだ。
一番の曲者は獣人だが、今の大臣はコルダだ。オグオンに逆らうことはない。
ポテコが勘付いたのは、オグオンが強引にコルダを大臣にしようとしていたのを見たからだ。
オグオンが議案を上げようとしていることに気付いて、一端のスパイとして国に戻って報告していたのだろう。学会で発表する内容が軍事魔術ばかりだったのも、開戦に向けて国外への輸出商品を用意していたからだとすれば納得がいく。
ポテコにも色々と言いたいことはあるが、取りあえず上司のワガママに付き合うのは部下の役目だ。
俺はプロクロスに見つからないようにマントのフードを被って会場に引き返した。
「先輩、どこ行くの?」
「オグオンを探して来る。午後に国内放送で演説するんだろう。1人くらい手下がいた方が箔がつく」
「あ、そ。先輩は、素直な良い子だね。また怒らないようにだけ気を付けて」
ポテコはそう言うと、まだスパイの仕事が残っているのか忙しそうに姿を消した。
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