みえる彼らと浄化係

橘しづき

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「嘘……ですよね?」

 弥生さんが青ざめた顔で言った。

「私たちが住む前に近所の人が入りこんで、霊を集めるような仕掛けをしていた? だから、うちの家にばかり霊が集まっていた。そういうことですか?」

「ええ」
 
「あんな……いい人そうなのに?」

 三石さんが慌てた様子で弥生さんの背中を摩る。一番心配していたのはこれだ。あとは子供を産んでこの家でゆっくり育てていくつもりの弥生さんには、辛すぎる真実。

 暁人さんは申し訳なさそうに頭を下げた。

「黙っていた方がいいのかもしれない、とは思いました。依頼は除霊なのですし、そのほかの情報収集については予想外の事ですから……でも、これからも暮らしていく家のことを、何も知らずに出産されるのはどうなんだ、と思って、正直に話しました」

 柊一さんも頭を下げたので、私も続く。そのまましばらく沈黙が流れたが、両手で顔を覆ったまま弥生さんが答えた。

「いえ……あなた方は何も悪くないです。おっしゃる通り、真実を知らずにいる方が後々ずっと困ったでしょう。取り乱してすみません……」

 黙っていた三石さんが、怒りのこもった声で私たちに訊いた。

「それで……今は結局、霊はこの土地にある四軒の家全てに出没するようになった、ということですか」

 暁人さんが頷いた。

「その通りです。この家の屋根裏にあったものを撤去してしまったので、霊がこの家に惹かれることはなくなったということです。それぞれ結界は張っていますが、素人が張った気休め程度のもの。昨晩悲鳴が上がったのは、それを破って霊が現れた証拠です。霊たちは嫌な物になりかけてますが、きちんと向き合ってあげられれば除霊は出来ます」

 死因もとても可哀そうなものだし、悪霊に近づいてはいるものの今のところ人間に攻撃的ではないようなので、食べるのはなしということになった。今回は柊一さんではなく暁人さんの出番ということになる。

 亡くなった原因も分かったし、この家でだけ出没する理由も判明したので、あとは霊たちを眠らせるだけだ。恐らく少し大変だけど、暁人さんなら間違いなく除霊は成功すると、柊一さんは断言していた。

 だが、三石さんは真剣な表情で止めた。

「除霊は少し待って頂けますか」

「え?」

 驚く私たちに、彼は弥生さんの肩に手を置いたまま続ける。

「こんなことがあった手前、この家に住み続けること自体考え直さなくてはならないと思って……今すぐに除霊をしていただく必要はないかもしれない」

 厳しい表情をしてそう言った三石さんの顔を見て、言いたいことがなんとなくわかった。

 もし三石さんたちがこの家を売って引っ越しするとして、今除霊をしてしまえば、あんなことをやった他の家たちだけ平和が訪れることになる。除霊の費用も三石さんたちが負担しているのに、それでは納得がいかないと思ったのだろう。

 この家を出なくては行けなくなった理由は、周りに住む悪魔のせいなのだから。

 ただ怪奇現象が起きていたというだけだったら、私たちを呼んで除霊をし、そのまま穏やかに暮らせていけただろうに。

 近所に住む人間が不法侵入をして陥れようとしてきただなんて、許せという方が無理だ。

 暁人さんが静かに頷いた。

「分かりました……一旦この問題は置いておきましょう」

「勿論、今回調査して下さったことに対して費用はお支払いします」

「ありがとうございます。そう言って頂けるとありがたいです」

「またこちらから連絡します。今はとりあえずこれで終了という形でよろしいですか」

 私たちは頷くほかない。ゆっくり立ち上がり、荷物をまとめるために二階へあがろうとして、ぐったりしている弥生さんを振り返った。

 いてもたってもいられず、彼女に声を掛ける。

「弥生さん。ショックだったでしょうが、とにかくお腹の子と弥生さんにとって一番いい方法だけを考えてください。大丈夫、ご主人はこんなに優しくて二人の味方なんですから」

 気休めな言葉だと分かっていたが、黙っていられなかった。彼女は顔を上げて、力なく微笑んでくれた。痛々しい姿に胸を締め付けらる思いだ。出産を控えているってだけで不安が大きいだろうに、こんなことになったんじゃあな……。

 でも、もう私たちに出来ることはない。

 そう思い、私は柊一さんたちを追うように二階へ上がった。





 

 それから数日が経った頃。

 浄化の仕事もなく、カフェのバイトで忙しくしていた私の元に、暁人さんから連絡が入った。先日の依頼の件で話したい、と言われたので、バイトが終わったあと三人で夕飯を食べに行くことになった。

 待ち合わせた近所のファミレスに入った時、一角がやけにキラキラしているなと思っていたら、柊一さんと暁人さんだった。ううん、久しぶりにあの顔を見るとやっぱり人間離れした綺麗さだなと唸る。

 二人は並んでソファ席に腰かけ、メニューを見ているようだった。

「お待たせしてすみません!」

「ああ、井上さんお疲れ様です」

「遥さん、どうぞ座ってーお疲れさま!」

 私は二人の向かいに座る。メニューを渡されたので、中からハンバーグセットを決めてそれぞれ注文すると、暁人さんが早速本題に取り掛かった。

「三石さんから連絡が来ました」

 お冷を飲んでいた自分は、しっかりそれを飲み込んで落ち着けてから続きを促した。

「そ、それでどうなったんですか?」

「あの家は売りに出して引っ越すそうです」

 ああ、やっぱりか。私は心の中でそう呟いた。

 普通、引っ越したばかりの家をまた売り、違う家へ移るなんて簡単に決断できることではないが、答えは案外すぐに出たみたいだ。それだけあの家に住みたくないと思ったのだろう。

 その意見には深く同意できる。

「そりゃそうですよね……」

 柊一さんは頬杖をつきながらため息をつく。

「だって、昔とはいえ放火で七人が亡くなった土地で? その霊が自分の家にだけ出没しまくる、と思ったら、いい人だと思ってた近所の人たちがそうなるように仕組んで、自分たちを見張ってた、なんてさー住み続けるの無理だって」

「ですよね! お子さんもこれから生まれますしね。そんなところで子育てなんて無理ですよ! あの人たち、子供にもなんかするかもとか思っちゃいますもん!」

「だよねー。だからまあ、こうなることは想定内ではあったかな」

 私は力強く頷いた。暁人さんも苦い表情をする。

「俺もそうなるだろうなと思ってました。それで、あの夜録音した音声は三石さんへ送っておいたんです。それを使って、近所の人たちとバトルしたようで」

「バトル……」

「ご主人が頑張ったそうですよ、弥生さんはあれ以降ずっと実家に避難されてるそうなので。不法侵入して家に細工したことを警察に届け出ない代わりに、引っ越し料金や、今回の件で赤字になる部分を支払ってもらうことにしたそうです。二か月とはいえ、一旦住んでしまったら家を売るときに購入時より価値が下がりますからね。赤字では納得いかないとのことで、取引をされたそうです」

「なるほど……!」

「証拠の音声や、回収した鏡などの証拠もありますから、あちらもみんな素直に従ったそうですよ」

「ということは、結局除霊はしてないんですか?」

「そうです」

 引っ越しが決まった家の除霊などをしても、三石さんたちにはあまり意味がない。だから結局、あの霊たちはそのままにしているということか。

 それを聞いて、私は黙り込む。

 この数日ずっと考えていたことがあった。バイトが終わった一人になると、ふと頭の中に浮かぶ。それを悩んでいた。

「遥さん?」

「……あの、除霊の料金ってどれくらいかかりますか?」

「え?」

「ローンでもよければ私が支払うので、除霊してもらえませんかね……?」

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